クローズアップ現代

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No.38602016年9月12日(月)放送
“戦場の悪夢”と金メダル ~兵士とパラリンピック~

“戦場の悪夢”と金メダル ~兵士とパラリンピック~

兵士たちのパラリンピック

日本の選手たちの連日の熱戦も伝えられているリオデジャネイロ大会ですが、皆さんはパラリンピックの原点が、戦争で傷ついた兵士たちの大会だったことをご存じでしょうか。
パラリンピックに日本から出場しているのは、先天的な障害、もしくは事故などで障害を負った人たちです。

しかし海外では、戦場から帰還した負傷兵も数多く参加していて、私たちが取材しただけでも、今回は17か国の兵士が出場しています。
紛争地を抱える国や、テロとの戦いに参加している国などが目立ちます。

そしてアメリカでは、出場選手の10人に1人が兵士、または元兵士となっています。
番組では、前回のロンドンパラリンピックで金メダルを獲得し、連覇を狙う競泳のスター選手を取材しました。
兵士たちは、戦争で負った傷をどう乗り越え、リオの舞台に臨んだのでしょうか。

“戦場の悪夢”と金メダル

ブラッドリー・スナイダーさん、32歳。
5年前、戦場で両目を負傷し、一切の光を失いました。

スナイダーさんは元アメリカ海軍の兵士です。
2011年、反政府武装勢力との戦いが続いていたアフガニスタンに派遣されました。

元米海軍 ブラッドリー・スナイダーさん
「私の任務は、住民たちの安全を守るため、タリバンが無数に埋めた地雷を探すことでした。
その時、私の50センチ前で地雷が爆発し、その瞬間、死を覚悟しました。」

3日間、生死のふちをさまよった末、一命は取り留めました。
しかし、両目を摘出。
義眼での生活を余儀なくされました。
その時の思いを自らの著書に、こうつづっています。

自伝『FIRE IN MY EYES』より
“毎晩、目が見える夢を見ました。
そして毎朝、暗闇の中で目が覚めます。
残りの人生を何も見えないまま生きることを、残酷にも突きつけられるのです。
無限の闇に飲み込まれ、どん底へと引きずり込まれていきました。”

スナイダーさんは、4人兄弟の長男です。
海軍士官学校を卒業し、弟たちにとっても自慢の兄でした。
しかし、戦場から帰った姿は見る影もありませんでした。
家の中で迷子になるなど、何もできなくなっていたのです。
そんなスナイダーさんにとって、一筋の光となったのが、少年時代から続けてきた水泳でした。
絶望を振り払うかのように、かつて慣れ親しんだプールに通い続けました。

元米海軍 ブラッドリー・スナイダーさん
「どのレーンが空いてる?
今日は太陽出てる?」


「雲ひとつない、晴天よ。」

視力を失ったスナイダーさんは、真っ直ぐに泳げません。
何度もコースロープに衝突します。
人とぶつかることもしばしばです。
それでも、水の中は特別な場所でした。

自伝『FIRE IN MY EYES』より
“長いこと味わわなかった、自由を感じた。
プールの中では、本当に昔の自分のようでした。”

泳ぐことで自らを取り戻した、スナイダーさん。
4年前、ロンドンパラリンピックに挑み、金メダルに輝いたのです。
しかし、ロンドンの後、スナイダーさんは次へのモチベーションを保てずにいました。
ひとたび日常に戻れば、暗闇で生きることの現実を突きつけられるからです。

元米海軍 ブラッドリー・スナイダーさん
「僕だって悲しんだり、落ち込んだりすることがあります。
そんなときは、いったん立ち止まります。
前向きに生きたい、幸せに生きたいんです。」

同時多発テロ以降、スナイダーさんのようにイラクやアフガニスタンに派遣されたアメリカ兵は、およそ270万人。
そのうち97万人が、心身の障害を訴えています。
そして今も、1日平均で20人の帰還兵が自ら命を絶っています。
戦場の記憶は、いつまでも兵士たちを苦しめます。

陸上短距離でパラリンピックを目指す、ロバート・ブラウンさん。
2006年、陸軍兵士として従軍したイラク戦争で、武装勢力に銃撃を受け、右足の切断を余儀なくされました。

元米陸軍 ロバート・ブラウンさん
「私は右半身に、何発もの銃弾を浴びました。
弾丸は坐骨神経を貫通し、足の大部分の感覚を失い動かなくなりました。」

義足のランナーとして、アメリカを代表する選手になりました。
しかし、戦場の悪夢は今も拭い去れないといいます。

元米陸軍 ロバート・ブラウンさん
「戦場の記憶は、一生背負っていかなければなりません。
しかし目指すべき目標さえあれば、苦しむ時間は少なくなります。
自分の礎となるものを見つけて、闘い続けるしかないんです。」

心身に刻まれた戦争の傷と向き合う兵士たち。

ロンドンの後、次の目標に向かえずにいたスナイダーさんは決意を新たにしていました。
後押ししてくれたのは、戦友たちの存在でした。

左の胸には、戦場で命を落とした親友のタトゥー。

脇腹には、戦場から戻ったものの心を病み、自ら命を絶った友人のタトゥー。
心が折れそうになる自分への戒めでした。

元米海軍 ブラッドリー・スナイダーさん
「親友はイラクで戦死した。
彼は二度と日差しを浴びたり、家族に会うことはかなわなかった。
私には残された手足がある、家族がいる。
幸運にも生きています。
彼らのためにも精いっぱい生きなければならない。」

もう一度、金メダルを。
スナイダーさんは毎日7,000メートルの泳ぎ込みを続けました。

元米海軍 ブラッドリー・スナイダーさん
「ぶつかって血を流すこともありますが、私は決して泳ぐことはやめません。
ぶつかっても前に進む、これが私の生き方です。」

そして、昨日(11日)のリオデジャネイロ。
連覇を懸けて臨んだ、男子400メートル自由形の決勝。
スナイダーさんは4レーン。
スタートで出遅れ、さらに隣の選手にぶつかりそうになります。
そして、蛇行。
50メートルを横一線で折り返します。
泳ぎ込みの成果は後半に表れました。
2位以下を大きく突き放し、優勝。
戦場の悪夢を振り払い、亡き友たちの存在をメダルに刻んだ瞬間でした。

元米海軍 ブラッドリー・スナイダーさん
「毎日感謝して精いっぱい生きてきたし、戦友たちだって、きっとそう生きたでしょう。
その思いを結果で示すことができました。」

兵士たちのパラリンピック

ゲスト 為末大さん(元陸上選手)
ゲスト 友添秀則さん(早稲田大学スポーツ学科学術院長)

生きて帰れなかった友人たちの分も最大限に生きていきたいという、その背負っているものの大きさを感じたが、為末さんはどう見た?

為末さん:やはり、あの多くのパラリンピアンも同じように、人生のどこかの部分で障害を抱えたりしているわけですけど、そこでスポーツの力で乗り越えたというのを、非常にスナイダーさんは感じられているんではないかと思いますね。

友添さんはどう見た?

友添さん:戦場という極限での大事故、大きなけが、これはたぶん彼にとって、もう死んだも同然のような大きなダメージだったと思うんです。
そこからもう一度、人間の尊厳を感じたり、あるいは「生き直していく」ような勇気、力、こういうものをスポーツが与えてくれるという意味では、スポーツの力をVTRを見ながら感じておりました。
(生き直す?)
生き直しですね。
(スポーツの持っている力は、VTRからも伝わってくる?)
スポーツに巡りあった人たちは幸せなのかもしれないですね。

視聴者の方より:「パラリンピックに元兵士の方が参加することは思いもつきませんでした。」「知りもしなかったです。」「初耳です。」

パラリンピックは1948年、第2次世界大戦の負傷兵のために、イギリスでアーチェリーの大会が開かれたのが原点。とすると、今のこのすう勢は、パラリンピックの原点に回帰しようとしているということ?

友添さん:評価をどうするかというのは難しいところなんですけれども、特にアメリカの同時多発テロ以降、イラン、イラク、あるいはアフガニスタンの紛争等を経る中では、確かに負傷をした人たちが大会に参加する率が高くなってきたという意味では、原点に帰っているところも、なきにしもあらずだというふうに言えると思います。
(今後も増えていくんでしょうか?)
一層増えていくだろうという予測をしている人たちもいます。

視聴者の方より:「アスリートと元兵士の身体的な差ってありますか?もしあるとしたら、元兵士が優位になることは?」

為末さん:やはり身体能力が高い方が多いと思いますし、トレーニング自体を積んでいるわけです。
その後、障害を負っても、体はそのままですから、将来的に元兵士の方がパラリンピックに出る割合はそんな多くないかもしれないですけど、表彰台には多く乗る可能性はあるんじゃないかと思います。
パフォーマンス自体が高いので、その場合に、それをどう捉えるかですけれども、風景自体が変わる可能性はあると思います。

まさにどう捉えるかというのは、私たちがこれから考えていかなければいけないところでもあるわけなんですが、ここでこちらの数字をご覧いただきたいと思います。

1兆4,700億円。
これは、アメリカが心身に障害を訴える兵士らに対する保障額でして、年々、その負担は膨らみ続けています。
今、アメリカやイギリスのような国々では、負傷兵の社会復帰を促すために、パラリンピックをはじめとするスポーツに活路を見い出そうとしています。

国家を挙げて 負傷兵をリオへ

今年5月。
パラリンピックの前哨戦ともなる、負傷兵による、スポーツの世界大会が開かれました。
開会式には、アメリカのブッシュ元大統領が出席しました。

ブッシュ 元アメリカ大統領
「皆さんを誇りに思います。
国のために尽くしたことに感謝を述べたい。
私の友である皆さんに神のご加護を。」

2年前から始まった、この大会。
今年は14か国から、およそ500人が参加しました。

イラクやアフガニスタンに28万人を派兵したイギリス。

領土を巡ってロシアと戦った、ジョージア。

いまだテロが相次ぐアフガニスタンからも参加していました。

負傷兵に対し、国家を挙げた大々的なスポーツ支援に乗り出しているのが、アメリカです。
国内のスポーツ大会で好成績を収めた負傷兵には、収入や練習に専念する環境を保障。
専属のコーチを付け、パラリンピックへの挑戦を促します。

アメリカ陸軍所属で、競泳女子代表のエリザベス・マークスさん。
国の支援を受け、初出場のリオデジャネイロで金メダルを獲得しました。
メディアにもたびたび取り上げられ、注目を集めてきました。

競泳 女子代表(運動機能障害) エリザベス・マークスさん
「肉体的にも精神的にも軍に支えてもらった。
このサポートがなければ、今の私はない。」

スポーツプログラム責任者
「パラリンピックプログラムは、やる気を引き出す仕組みです。
回復した兵士の姿を見せ、他の負傷兵を奮い立たせるのです。」

国家を挙げて 負傷兵を支援

負傷兵への支援はそれだけではありません。
軍の病院には50億円をかけ、最先端のリハビリ病棟が建設されました。

「いま歩いているここから下が、すべて理学療法のジムです。」

国民に向けて作られたPRビデオには、そのリハビリプログラムが紹介されています。

PRビデオ
「装具は全て患者に合わせて作られ、ハイテク素材が使われています。」

手足を失った兵士には、軍が開発した義手、義足を無償で提供。
理学療法士らが付きっきりで支援します。
スポーツ医科学を駆使して、兵士の回復度を把握し、社会復帰やスポーツ活動を後押ししています。
負傷兵を戦場へ復帰させるための施設もありました。

リハビリ病棟の施設長
「重症を負いながらも、現役復帰を望む兵士が増えています。
派遣を判断する司令官に情報を伝えているのです。」

こちらは、訓練用の自動小銃や散弾銃などを撃つことができる施設です。

PRビデオ
「トラウマ的な負傷を受けた後、自信を取り戻す治療として活用している。」

アフガニスタンなどの戦場を再現した、シミュレーション施設もありました。
映像や音だけでなく、においまで再現されています。

PRビデオ
「この施設のおかげで、我々は患者のために革新的なリハビリ治療を開拓できた。」

スポーツで機能回復を果たした後、戦場に戻る兵士たち。
負傷兵のおよそ2割に上ると見られています。

国家を挙げて 負傷兵を支援

為末さんは、今のVTRに非常に強く関心を持って見ていたが、どう思った?

為末さん:私はサンディエゴという所にいたんですけども、負傷した兵士の方が、何割かの方、ホームレスになられたりしているんです。
職がなかなかなかったりもしていて、ですから貧困が影響して、兵士という選択肢を選んでいるという方もいらっしゃるんだと思います。
(スポーツを通じて機能回復させた後も、経済的な理由でまた戦場に戻るということもある?)
そういう可能性もあるんだと思います。

一方で、軍の担当者がパラリンピックプログラムは回復した兵士の姿を見せて、ほかの負傷兵を奮い立たせる仕組みだと言っていたが、スポーツ、パラリンピックが、再び戦場に戻るサイクルの一部に位置づけられていることをどう思う?

友添さん:極めて残念ですね。
オリンピックやパラリンピックというのは、国際親善や世界平和を最高の理念にしているわけですから、それと、このスポーツを利用して、もう一度戦場に戻ってしまうというのは、本当に皮肉な言い方をすると、人間のいわば、業みたいなことを感じざるを得ないです。
特にスポーツというのが、もろ刃の剣で、それを良くするも悪く使うも人間次第だということで、この例でいうと、前半のVTRでは、非常にプラスの価値で使っていましたけれども、今のVTRを見ると、マイナスの価値にスポーツを使い出しているという感じがやっぱり否めないです。

スポーツが何のためにあるのかということを問い直すことでもあり、今後、パラリンピックというものの性質が変わっていくかもしれないという段階に入っている中で、われわれは東京大会を開くにあたって、どんなことを考えてメッセージを発信していくべき?

友添さん:1948年にパラリンピックの一番最初の大会の源流がイギリスで始まった。
その時に、負傷兵を治療することが原点だと申し上げましたけれども、この原点は少し違っていて、1964年の東京オリンピックの時に、日本でやった東京パラリンピックが、初めてパラリンピックという名称を使って開催された大会なんです。
パラレルオリンピック、つまりもう1つのオリンピックと言っているわけです。
つまり、平和や国際親善のためにスポーツを使おうということでやったわけだから、2020年のオリンピックでもう一度原点に帰って、平和にパラリンピックを使うということを、日本からメッセージとして出していく必要があると思います。

為末さん:私は、スポーツ自体に善悪があるわけではなくて、運用する私たちの方が、それにどんなメッセージを込めるかというのが大切だと思っています。
特に個人の努力というのは、すばらしいんですが、オリンピックにしても、やはりヒトラーが昔、利用したって例もありますし、オリンピックもパラリンピックも、すごい強い力があるがゆえに、それをどういうふうに使っていくかということを私たちは考えるべきだと思います。
特にパラリンピックは、パラリンピックのために何ができるかというよりも、パラリンピックが社会のためにどんなメッセージを発信できるかということ。

今回のグラレコ

番組の内容を、「スケッチ・ノーティング」という会議などの内容をリアルタイムで可視化する手法を活かしてグラフィックにしたものです。

質問
コーナー

Q1

今後、兵士のパラリンピアンは増えるの?

為末さんは「その可能性は否定できない」と話していました。もともと兵士は身体的にきわめて鍛え上げられています。今後のパラリンピックで「表彰台の独占もあるかもしれない」。ただ、そもそも身体に障害を負うような戦争のない世界が一番望ましい事は言うまでもありませんが…と。
Q2

パラリンピックは戦争と関係している?

1948年にイギリスの病院で開かれたアーチェリーの大会が原点とされています。第2次世界大戦で負傷した兵士のリハビリが目的でした。主催したグッドマン博士の言葉が有名です。「失ったものを数えるな。残された機能を最大限に活かせ」

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