クローズアップ現代

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No.37552016年1月19日(火)放送
“最期のとき”をどう決める~“終末期鎮静”めぐる葛藤~

“最期のとき”をどう決める~“終末期鎮静”めぐる葛藤~

“終末期鎮静” 家族の選択

義隆さん
「痛い、痛い。」

自宅で療養していた、末期がん患者の義隆さんです。
去年(2015年)2月、私たちは本人や家族の同意を得て取材を始めました。
最期は家で過ごしたいと退院しましたが、激しい痛みに苦しんでいました。
毎日の痛みの強さを10段階で示した記録です。
一日中、耐え難い痛みを訴えた日もありました。
妻の昭子さんです。
懸命に看病しましたが、できることは限られていたといいます。

妻 昭子さん
「声に出して痛い痛いって言うようになって、体なでてあげるしかできない。」

義隆さんの主治医、新城拓也さんです。
がんは腰の近くの骨に転移していました。
モルヒネを使うなどさまざまな治療を行いましたが、痛みは取り除けませんでした。

新城拓也医師
「今見せた仙骨の痛みは特に激しくて…。」

妻の昭子さんは、なんとか痛みを取ることができないか尋ねました。

妻 昭子さん
「どうしようもないですもんね。」

新城拓也医師
「止める方法はいくつかあるし、ある時点からは反対に(痛みが)とりきれないとわかってきたら、寝られるようにしてあげる。」

新城さんが説明したのは、「終末期鎮静」でした。
痛みを感じないよう鎮静剤で眠らせ、そのまま最期を迎える方法です。

新城拓也医師
「治療としては本当に最後の切り札なので、できればしないで手元に持ったまま、穏やかな状態で患者を見送りたいのが本音。
でも必要となる人はどうしても出てきてしまう。」

新城さんはガイドラインに沿って終末期鎮静の検討を始めました。
体力の低下などから、余命は1週間未満と診断しました。
その3日後、家族からすぐ来てほしいと連絡が入りました。

新城拓也医師
「痛い?」

義隆さん
「痛い痛い。」

新城拓也医師
「かなり痛い?」

義隆さん
「かなり痛い。」

すでに4時間以上、激しい痛みが続いていました。
新城さんはなんとか痛みを取り除こうと別の薬を使いましたが、効果はありませんでした。

義隆さん
「痛い痛い痛い。」

もはや手だてはないと考えた新城さん。
義隆さんに、終末期鎮静を望むかどうか尋ねました。
鎮静については以前、説明していました。

義隆さん
「今のは相当痛い。
この痛みをかわす方法で手続きをしたい。」

新城拓也医師
「もう待てない?」

義隆さん
「待てない、難しいな。
痛い、待てない、痛い。」

義隆さんは鎮静を希望し、家族も同意しました。
鎮静の準備が始まりました。

義隆さん
「お母さん。」

義隆さんが、家族とことばを交わせる最期の時間です。

義隆さん
「子どもに恵まれてよかったなぁ。」

妻 昭子さん
「お父さんのおかげです。
お父さん頑張って私たちを支えてくれたから。」

義隆さん
「お母さんの役に立つこと何もできなかったから。」

妻 昭子さん
「こんな子どもたち授けてくれて。」

鎮静剤の投与が始まりました。

妻 昭子さん
「じいじ寝ちゃったね。
もう痛い痛い言わないね。」

鎮静を始めて3日後。

新城拓也医師
「ご臨終です。
お疲れ様でした。」

妻 昭子さん
「お世話になりました。」

義隆さんは息を引き取りました。

妻 昭子さん
「後悔ないですし、みんなも心の準備もできたし、主人もそういう判断、自分がそれを決めたし、間違ってなかったと思う。」

新城拓也医師
「本人も苦しみぬかなければならないのと同時に、ご家族も最後の数日苦しんだことというのは、相当後になっても、場合によっては何年も残るような後悔とつらかった思い出になる。
患者さんを取りまく全ての人たちの苦痛を緩和する、最後の切り札になるのが鎮静。」

在宅で迎える“最期のとき” 終末期鎮静 めぐる葛藤

ゲスト小笠原文雄さん(日本在宅ホスピス協会会長 医師・僧侶)
ゲスト池田誠一記者(報道局特別報道チーム)

●医師も悩み抜いたうえでのこの選択、どう見た?

小笠原さん: VTR見てて、本当につらいですよね。
だからドクターも相当悩んだんだと思うんですけれども、確かに家に帰ってくると、皆さん笑顔で暮らされる方が非常に多いんですが、中にはどうしても痛みが取りにくいといいますか、取れない患者さんもないわけじゃないんです。
そういうときに奥様たちも、やっぱりもうしょうがないよね、眠っていただこうかと、ご本人も「もう眠りたい」ということであれば、まあしかたがないのかなという気もしないわけではないんですよね。
本当にお気の毒というか、つらかったなと思うんですけどね。
(小笠原さんご自身は、終末期鎮静をしたことはある?)
私も若かりしころといいますか、40代のころに1人だけ、実は終末期鎮静をさせていただいたことがあるんです。
そのときにやっぱりものすごく胸が痛くて、こういうことだけはしたくないと思って、ちょっといろいろ勉強したりしまして、それから合計で1,000人ほどの方のおみとりまで、最期まで支えさせていただいたんですけれども、結局は1人だけ終末期鎮静をさせていただいただけで、その後は一度もなかったんですよね。

●一方で今、在宅の現場では終末期鎮静の選択が行われている その背景に家族の存在があるように感じるが?

小笠原さん: われわれは患者さんにエネルギーの5割ぐらいを、そしてご家族の方にも5割ぐらい、要するに患者さんだけでなくて、家族がお疲れになると、患者さんも疲れた家族の顔を見たくないもんですから、どんどん痛みも悪くなってしまいますので、どうしてもよくない負の連鎖が始まってしまいますから、患者さんとご家族と、両方きちんとケアをしないといけないところは、なかなか両方ケアするのは大変なこともあるものですから、難しい点もあるのかなと思いますよね。
(そういうことから終末期鎮静が選択されてしまう?)
そうですね。
ケアをするためには看護師さんとか、多職種みんなで、大勢の方でケアをしないとうまくいかないことが多いもんですから、最終的には、終末期鎮静にまでなってしまうケースもあるんだなあという、そういう感じがしてます。

●取材をして、在宅を支える医療関係者からどんな声を聞いた?

池田記者: 医療従事者の中には、迷いを抱えている人が少なくないことが課題だと感じました。
去年、NHKと日本在宅ホスピス協会などがアンケートを行いまして、その結果、在宅の医師の4割が、「過去5年間に終末期鎮静を行ったことがある」と回答しました。
そのうちの2割は、「積極的安楽死とあまり変わらないと感じることがある」と回答しました。
中には、限られた関係者で鎮静の判断をしなくてはならないという、在宅ならではの課題を指摘する声もありました。

(安楽死とは違うということ?)
そうですね。
「積極的安楽死」は、日本では違法行為となります。
医師が患者に死に至る薬を投与して、患者の命を終わらせるというものです。
一方で終末期鎮静は鎮静薬を投与して、患者を眠らせて苦痛を取り除くといったもので、多くの医療従事者は区別して考えています。
ただ薬を投与したあと、患者が命を終えるという側面を見ると、両者はよく似ていまして、これまで議論が続いてきました。
日本緩和医療学会は、終末期鎮静を行う際の要件を、より厳しくしようと検討しています。
しかしそもそもガイドラインは、多くの医療従事者が判断に関わることができる、病院や施設での使用を前提としたもので、在宅での使用を念頭に作られたものではありません。
今後は在宅でも、例えば複数の医師が判断に関わることができる仕組みを作るなど、検討を進めなくてはならないと感じました。

どう決める“最期のとき” 終末期鎮静めぐる葛藤

去年7月、39歳で亡くなった尚子さんです。
終末期鎮静を強く希望していました。
その選択に同意した妹の絵己(えみ)さん。
今も自分を責め続けています。

妹 絵己さん
「姉の死に加担してしまったとか、どうしても罪悪感とか(あります)。」

子宮けいがんの末期で治る見込みはないと言われ、自宅で療養することになった尚子さん。
病床で思いをつづっていました。

尚子さんからのメッセージ
“痛くて痛くて逃げたくなります。”

全身を襲う激しい痛み。
尚子さんは、さらに別の苦痛も抱えていました。
一緒に暮らす1人息子に自分が苦しむ姿を見せたくなかったのです。

妹 絵己さん
「(姉は)息子にはとにかく自分の良かったころを記憶にとどめておいてほしい。
病気で痛みのあまりネガティブだったり、そういうような自分をなるべく見てほしくない。」

絵己さんたち家族は、尚子さんに一日でも長く生きてほしいと思い、終末期鎮静に反対していました。
しかしあるとき、尚子さんはメッセージを送ってきました。

尚子さんからのメッセージ
“えみは私にとって家族の中で一番頼りがいがあって、心から信頼してる。”

鎮静に同意してほしいと求めてきたのです。
その2週間後、尚子さんは食べることができなくなり、急速に衰弱しました。
激しい痛みに耐えながら、絵己さんに訴えました。

妹 絵己さん
「ジェスチャーで、かけてくれ、かけてくれ、眠らせてくれっていうことを先生に伝えて、じゃあもうお願いしますって言って。」

鎮静を始めて1週間後、尚子さんは亡くなりました。
姉の思いを受け入れた選択は正しかったのか。
絵己さんは問い続けています。

妹 絵己さん
「最後までたとえ本人が苦しかろうとも、望んだものはなかろうとも、生きるための医療行為をし続けることが、ある種、家族にとっての、姉をあきらめないことなんじゃないか。」

医師の間にも葛藤が生じています。
在宅医の齋木実さんです。
3年前、齋木さんはある患者に鎮静を行いました。
市川良平さん。
末期の肝臓がんで、認知症も患っていました。
良平さんには、強い痛みから来る「せん妄」という症状が現れていました。
意識が混濁し、苦しい表情で大声を出したり、暴れたりすることもあったといいます。
妻のシツエさんです。
みずからも持病を抱えていましたが、地域に十分な介護サービスもなかったため、夜間は1人で良平さんの世話をしていました。

市川シツエさん
「もう、うちの昔の良平さんじゃないわね。
どこかの子どもさんみたいになっちゃって。
キーキーいうんですよ、朝までね。
6時ころまでつき合わせて、あとバタンと倒れちゃって。」

当時、医師の齋木さんは良平さんの余命が2~3週間だと診断し、終末期鎮静の検討を始めていました。
シツエさんの体力も限界だと感じていたといいます。

齋木実医師
「(良平さんは)ほとんど食欲がない状況なので、場合によっては数週間、場合によっては数日で状態が悪くなる可能性があったと思います。
(シツエさんも)変わりゆくご主人に体力的にも精神的にもついていけないような状態。」

シツエさんは鎮静に同意しましたが、良平さんの明確な意思は確認できませんでした。
こうした場合、ガイドラインでは本人の以前の考え方から推測できることが必要だとしています。
良平さんはかつて、家で穏やかに死にたいと話していたといいます。
そのことばから、齋木さんは本人も望んでいると判断。
鎮静を行ったのです。
今、齋木さんの心は揺れています。
ガイドラインの要件は慎重に判断したものの、家族の境遇にも配慮してしまったのではないか。
答えはまだ出ていません。

齋木実医師
「がん末期でせん妄状態で苦しんでいる方が目の前にいらっしゃる。
そしてそれを一生懸命在宅で支えているご家族がいらっしゃる。
鎮静を選択したことは間違ってはいないと私は思うんですけれども、ただそれが安楽死じゃないですと言い切ることはできないかもしれないんですよ。」

安らかな最期を迎えるために

●命と向き合うほど、はっきりした答えが出ない中で決断を迫られる 本当に難しいのでは?

小笠原さん: 難しいんですよ。
特にね、命の大切さ、目には見えない生かされている命、それをどう最期まで人間として、価値あるものとして支えていくかってことについて、これやっぱりご家族も、それからわれわれ医療者も、みんな悩んでるのはいつも、現状はそうだと思いますよね。
特に今回のように、鎮静をかけて、そしてお別れしてしまった場合、後悔される方も、やっぱりあってもしかたがないのかなと思うんですが、でもやってしまった以上は、いつまでも後悔してると旅立たれた人も悲しまれると思うから、自分できちんと踏ん切りをつけて、次の一歩をまた進んでいただきたいなと思うんです。

●小笠原さんは患者・家族とどう向き合っているのか?

小笠原さん: (自分がみている)この患者さん、すいがんで、がんの末期で、いろんな所に転移もしたりして、夜寝られなくなって、昼夜逆転してしまったり、いろんなことが、ちょっとせん妄らしきことをお話されたり、ご家族もちょっと疲れてしまって、夜も寝られなくなってしまって、もうだめって感じになっちゃったんですよね。
そのときにうちの先生方が「そろそろ(終末期)鎮静かけたほうがいいんじゃないの」という話をご家族とされたものですから、「ちょっと待ってくださいね、僕ちょっとご家族と話してきます」って言って、往診させていただいて、そしてとりあえずは夜寝られないからご主人がお疲れなさるんだから、ご本人に夜だけまずぐっすり寝てもらいましょうよと。
そうすればあす目が覚めれば、ひょっとしたら痛みも苦しみも和らいでるかもしれないよって言ったんです。
(音楽がかかっているが?)
そしたら、ちょっとこれ触っても全然意識がなかったのに、サブちゃんの音楽を聴いたら目がぱっちり開いて、動きだしちゃって。
(好きな演歌を聴いたら?)
そうです。
われわれの価値よりも、サブちゃんの価値のほうがよっぽど高かった、歌がよかったんですね。
家では不思議なことが起こるんですよ。
(体の痛みとともに、心の痛みを取る?)
そうです。
痛みはやっぱり、心の痛み、これが大事なんです。
心っていうか、精神的な痛み。
いわゆる在宅ホスピス緩和ケアというのを提供してるんですが、ホスピスというのは命、生き方、死に方、みとりの哲学、考え方です。
そして緩和ケアの「緩和」は苦しみを和らげること、「ケア」とは生きる力、希望が出ること、だから心のケアをするだけでかなり痛みの感じ方が変わってくる、苦しみの感じ方が変わってくる。
(そうすると終末期鎮静という選択をしなくてもよくなる場合がある?)
よくなる場合があるんですよね。
特に夜ぐっすり寝ることによって、悪循環を断つ。
ここが非常に大きいのかなと思ってます。

●終末期鎮静というのは、選択しなくてもいいものになっていったほうがよい?

小笠原さん: もちろん。
やっぱり最期の最期には遺言をおっしゃるかどうか分かんないにしても、うなずいたり、いろんな意思表示ができたり、にこっと笑われたり、そして亡くなられると遺族の方も「よかった」と思われるじゃないですか。
そういうことを感じながら、最期まで生かされている命を生き切っていただきたい。
完全に寝てしまうと、やはり「社会死」といいますか、「心の死」にもなってしまうので、そのあたりもあとから悔いが残るという、そういう方もおみえになることがあるものですから、できることならそうしてあげたいなと思います。

●このあと在宅が進む中で、この終末期鎮静はどうなっていけばいいと思う?

小笠原さん: これはやっぱりまず、ドクターとか看護師のスキルをアップすること。
もう1つはご家族が、最後はどうしたらいいか、終末期鎮静をやってもらっていいのかどうかを決める、そういうことだと思います。
(事前に決めておくということ?)
そういうことだと思います。

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