クローズアップ現代

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No.37142015年10月8日(木)放送
“正しい”アクセント 誰が決める?

“正しい”アクセント 誰が決める?

言葉のアクセントに異変!? なんでそ~なるの

今年(2015年)の春、欽ちゃんはもう一度学びたいと大学生になりました。

学生
「欽ちゃん、おはよう。」

若い学生たちと接していて驚かされたのが、聞き慣れない言葉のアクセントです。

コメディアン 萩本欽一さん
「これなんて読む?普通に。」

学生
「クラブ。」

コメディアン 萩本欽一さん
「これは?」

学生
「モデル。」

コメディアン 萩本欽一さん
「彼女に言わせてみようか。
これ何?」

学生
「クラブ。」




コメディアン 萩本欽一さん
「あれ?音が違うよ。
これ、『クラブ』だろ。」

学生
「イントネーションが違いますね。」

さまざまなアクセントが入り乱れ、戸惑う欽ちゃん。

コメディアン 萩本欽一さん
「『雨じゃね?』」

欽ちゃんも驚くほど多様化している、言葉のアクセント。
実際、街でも聞いてみると…。


「甘い。」

「あまい?」

「下がる?」

「え?『あまいー』じゃない?」

「スニーカー。」

「『スニーカー』ではないですか?」

「違う。」

「スニーカーって言うよね?」

「え?スニーカーって言う?」

「言うでしょ。」

「がめん(画面)。」

「がめん。」

「違う、それなまってる。
スマホの『がめん』。」

多様化するアクセント。
一方で、読み方は1つに絞るべきと考える人も少なくありません。
視覚障害者のために文字を読んで伝える音訳ボランティアの松本久美子さんです。
日本語は同音異義語が多いため、文字が確認できない人に理解してもらうには正確なアクセントが欠かせないといいます。

音訳ボランティア 松本久美子さん
「誤って伝わってしまう場合があるので、辞典的に保証されているもの(アクセント)を使わないといけない。」

基準を大切にしている松本さんが最近気になっているのが、アクセントの刷り込み現象です。

音訳ボランティア 松本久美子さん
「これは何と読むでしょうか?
アクセントを考えて。」

「万里の『ちょうじょう』。」


音訳ボランティア 松本久美子さん
「正しくは『ちょうじょう(長城)』であって、『ちょうじょう(頂上)』ではないんです。
マスコミが主導で何回も何回も1日のうちにニュースで流れます。
聞いた人はみんなそれを覚えてしまう、『万里の頂上』だ、『万里の頂上』で事件があったんだと、またみんなが言い始めると、これは流れになる。
やっぱりこのままにしてほしくないと思いましたので、全部の(テレビ)局に電話をかけました。」

誰が決める? “正しい”アクセント

NHKにも、連日アクセントに対する違和感の声が寄せられています。

“アクセントが悪すぎて聞きづらい”

“アクセントが最近乱れきっています”

伝統的なアクセントを守るべきか、多様化するアクセントをどこまで受け入れるべきか。

「どんどん若い人は(アクセントが)平板になってくるんだけど、なるべくそこは食い止めるべきところは食い止めといたほうがいいだろう。」

全国の放送や教育の現場で使う共通語の基準を示すとされる日本語発音アクセント辞典。
その編さんをする現場では、過去にないほどの大改訂が行われています。
特に違和感があると指摘されている5,500語のアクセントに関して、言語学者などを交えて集中的に審議します。

そもそも、なぜこうした基準は生まれたのでしょうか。
本来、日本語は語彙やアクセントなど地域ごとの方言の違いが非常に大きい言語でした。
そのため、出身地が違う者どうしが意思の疎通を図る際の壁になっていました。
そこで明治以降、東京・山の手の言葉を基準に標準語教育が急速に進みます。
そこには国家の統一と同胞意識を作り出すというねらいがありました。
背景にあったのは国力の強化です。

特に軍隊では、正確で迅速な情報伝達が必須でした。
標準語による徹底した統制が図られました。




そして戦後。
共通語という呼び名のもとに、全国どこでも通じる言葉がメディアを通じて広まりました。
言葉の統一が、いわば日本の高度成長を下支えする役割も果たしてきたのです。
しかし今、言葉の多様性が進む中、共通語の基準が揺らいでいます。
中でも議論の的となっているのが地名のアクセントです。

“深谷、深谷”

声優の田中一永さんです。
去年(2014年)から、首都圏の鉄道会社の駅で流れるアナウンスの声を担当しています。
田中さんは、今回指定されたアナウンスの中で、出身地である駅名のアクセントに違和感を抱きました。

声優 田中一永さん
「僕の普通の感覚で言うと、『ふかや』なんですね。




収録の時点で言ったのは『ふかや』。」





今回吹き込んだアナウンスは、田中さんたち地元の人が慣れ親しんだアクセントとは異なるというのです。

「駅のナレーション聞いていたら『ふかや』って言っていたけど。」

「『ふかや』ですよ。」

「私たちの(アクセントの)ほうが正しいと思うんですけど。」

こうした声を受けて鉄道会社では、ふかや(頭高)をふかや(平板)に修正しました。

「どれが一番、東京式アクセントに近いのかという観点から選ばないといけない。」

今回、辞典の大改訂でも、これまでどおり共通語アクセントだけを認めるのか、地元でよく使われているアクセントも新たに認めるようにするのか。
基準の在り方そのものを見直す議論が始まっています。

「秋田の大館市じゃない別の人に聞くと、『おおだて』って言う人が出てきたり、そこの地元と周辺で違いがある。」

「地元では『おおだて』というふうに、わりと知っている人が言っていて、私もそう思うし。」

「『おおだて』を地元のアクセントにしたいの?」

「だからそれを確認したほうがいいんじゃないですかと。」

議論の末、従来のものに加え、地元でよく使われているアクセントも併せて採用するという、これまでにはなかった方針を決定。
来年(2016年)の春の出版に向けて最終調整が進められています。

NHK放送文化研究所 塩田雄大主任研究員
「今までは共通語とか標準語というと、これだけが正しい、それ以外は間違っている、わりとそういう態度が多かったが、そうではなくて、共通語というのは幅があるものである、つまり枠である。
公共的な公共圏の中での言葉を、この範囲で使おうということを、もっと多くの人間で話し合っていくことが必要。」

大改訂の結果を待たずに、独自の基準を作る動きも出ています。
どんな文章でもすぐに音声化できるソフトを開発しているメーカーです。
このメーカーでは、これまではアクセント辞典をもとに40万語近い単語を音声ソフトに記憶させてきました。

しかし、新たに生まれる言葉や多様な読み方をされている言葉は、独自にアクセントを決めることにしました。
ネット上で、最もふさわしい読み方について投票してもらい、多数決で決めているのです。


ちなみに、この言葉のアクセントはこれに決まりました。





東芝 研究開発センター 籠嶋岳彦さん
「アクセント辞典のような確からしさはないかもしれないけれど、ある程度、一般の人がみんなこれが自然だと思っているのであれば、それは採用してもいいんじゃないか。」

言葉のアクセントに異変!? なんでそうなるの?

ゲスト萩本欽一さん(コメディアン)
ゲスト塩田雄大(NHK放送文化研究所主任研究員)

●若者の言葉に違和感がある?

萩本さん: はい、あの会話にちょっとついていけないところがありますかね。
それと、今のVTR見てると、なんか今日、怒られに来たような気もしますが、でもわりとこれは、もうその土地の言葉にしようじゃないかっていう話もあって、最後は楽しみです。

●若者の言葉が平板化しているが、本当はアクセントが違うという気持ちもある?

萩本さん: いや、それよりもなじもうとしてますからね、そこでは違ってようがどうしようが、そちらについていくという。
今こうしてこの番組で見ていると、違うんじゃないかって明日あたりには言うけれど、できればそういうこと言わずにという気はありますね。

●なぜ平板化している?

塩田主任研究員: もともと、日本語のアクセントというのは、「平板型」が非常に多いんですね。
このアクセント辞典にも7万語ぐらい出てるんですが、恐らくこれの40%か50%は実は平板型のアクセント、非常に日本語らしいアクセントなんですね。
その一方で、外来語が日本語に入ってくるときには、最初はあまり平板型では入ってこないんですね。
つまり、外来語らしく、「頭高型」ですとか、「中高型」とか呼ばれる、平板型ではない形で入ってきている、外来語らしくふるまっているわけですね。
それが平板化するとですね、あたかも昔から居座っているような印象を受けて、つまりその外来語の平板化に対して、違和感を覚える人っていうのは、外来語は外来語らしくしていろという気持ちの表れということもあるわけですね。
(『クラブ(頭高型)』と『クラブ(平板型)』では?)
例えば「クラブ」で言いますと、伝統的にはずっと「クラブ(頭高型)」と言ってきているわけですね。
しかし今まである学校の運動のクラブであるとか、あるいはちょっと高級な飲み屋さんのクラブとは違ったもの、クラブというものを、今までとは違うものを表したいという意識の表れとして、そういうものが使われることがあるんですね。

(『雨じゃね?』の意味は分かった?)

萩本さん: 意味が、われわれね、イントネーションで違う意味伝えたりしますんでね、ちょっとあれはどう取っていいんだか、つまり心配している雨なの?それとも、ああやっぱり雨なんだって、その、どこで理解していいかっていうのは…。
イントネーションで今、何を言いたいのっていうの、ちょっと…。

塩田主任研究員: これは、よく使う言葉は、こういうイントネーション、つまり労力の少ないイントネーションにしたいという、自然な流れであるわけですね。
では、なぜこれをよく使うかっていうと、伝統的な、例えば共通語に無理やり当てはめていうと、例えば「やばくね?」って今、言うのを「やばくない?」っていう形で、上げて下げてまた上げるっていう、エネルギーが必要なイントネーションなわけですね。
それに対して「やばくね?」っていうのは、あまり疲れない。
では、なぜ疲れないイントネーションが欲しくなってくるかというと、相手に対して同意を求めてる、「やばいよね」と、私はやばいと思っているし、あなたもそれに同意するよね?という形で、お互いに質問と同意を繰り返しながら話をしていきたいという、現代の人間の、現代の若者の特性の表れなんではないかなというふうに私は思ってます。
「雨じゃないですか?」という、上がって下がって上がるのは、やっぱり「雨じゃね? 」よりは疲れるんですね。

萩本さん: 「疲れるって気が付かなかったですよね。
だとしたら、ちょっと感情がなくなってくるっていう意味では、ちょっと寂しい。
われわれでいうと、ほとんど感情が笑いとして成り立ってるところがあるから、絶対にそっちはいかないですよね。
(その感情をもっと表すうえでは、例えばどういう?)
雨が嫌だってときはちょっと音程下げて、「雨だー」って落としますし、雨降ってもなんでもない、今日は休めるっていうんで、「雨だ、雨だ」っていうことで、今日は雨降っても嫌じゃないというふうに伝えるということですからね。
だとするとなんですか、だんだんお笑いで言うと、感情がなくなって、だんだん笑わなくなってきますよ。

塩田主任研究員: 恐らく、大人は分からないんですけど、若い人は若い人で細かいイントネーションの使い分けがあるんですね。

萩本さん: 置いてかれてますね。

●ちょっとした言い方で、聞こえ方が全く違う?

萩本さん: 大人の会話ってそうじゃないですか。
その言ってる意味と違う意味を伝えるときあるじゃない。

「ごめんなさい」って言う場合と、「ごめんなさい、ごめんなさい」って言ってるのは、なんか本当に悪いんだけど、許してくれるわよねっていうのを足していってるのであって、これがなくなるとちょっとねぇ、いろいろ男と女なんてのは、わりとこのへんをうまく使ってるなと思いますよ。

発見!日本語の未来? 多様化し続ける言葉

庄内平野の中央に位置する山形県鶴岡市です。
古くから城下町として栄えたこの町で、戦後70年にわたり言語調査が行われてきました。

調査員の1人、言語学者の阿部貴人さんです。
阿部さんたちは鶴岡市民700人を対象に、ふだん使っている言葉のアクセントや発音について聞き取り調査を続けています。



「すず(鈴)。」

元国立国語研究所 研究員 阿部貴人さん
「これはなんでしょう?」



「きづね(キツネ)。」

元国立国語研究所 研究員 阿部貴人さん
「これ最後です、これは?」

「うちわ(団扇)。」

昭和25年から続けてきた調査の結果です。
戦後は3割近くにすぎなかった共通語の普及率が、年を追うごとに上昇。
今やあらゆる年代の鶴岡市民が共通語も使っていることが分かりました。
しかし、共通語の基準が浸透した今、阿部さんはそれとは逆行する動きを発見しました。
若者たちの中で、失われかけていた方言やアクセントの新しい使い方が生まれていたのです。

「『先生さ言う』。」

「『先生さ言う』。
『誰々さ言う』みたいな。」

「『じゃあ俺は大体5時半くらいさ、そこさ行く』みたいな。」

若者たちの会話で多く聞かれる「さ」という言葉。
1984年に発表された、吉幾三さんの「俺(お)ら東京さ行ぐだ」。
曲のタイトルにも付けられている「さ」という助詞は、本来、東北弁で方向や場所を示す名詞のあとに使われていました。

ところが阿部さんたちの調査では、方向以外のさまざまな言葉に応用して使われていることが分かりました。
実はこうした新たな方言は、ほかにも次々と生み出されています。



「面白いなと思ったときに『うげる』って。」

「『マジうげるわ』とか、『それわがんね』。」

中でも阿部さんが注目したのが、地元以外の場所に行ったときこそ、独自の方言やアクセントを使うという若者たちです。

「他の県に行くと『何その方言?』と言われて、逆に使いたいみたいなのがあって。
『うげる』って言っちゃう。」



若者たちがあえて地元の方言を使うのは、自分たちの文化や価値観を強く主張しようという表れではないかと阿部さんは見ています。

元国立国語研究所 研究員 阿部貴人さん
「若者は、やはり大人とは違うものを使いたいという意識が強いわけです。
それで生まれるのが『若者コトバ』ということです。
自分たちらしさを示すために、アイデンティティーを示すために、共通語の影響を受けながらも、これまでの方言を活用して新しいものを生み出す。
方言を再生産している。」

欽ちゃんも納得! 若者コトバの豊かさ

●方言をまた新しく作り、他県に行ったときにむしろ使いたいという若者たち どう見た?

萩本さん: いやいや、いいんじゃないですか?
ねぇ、ぜひそうして。
だって、みんな一緒だと個性がなくなるし。
子どもたち、若者たちはそう言ってますが、先生、なんか怒ったような顔してますよ。
やっぱり若者って次の時代、次の時代、言葉変化させてますね。

塩田主任研究員: そうですね。
非常に私、健全な流れだと思うんですけれども、昔、例えば戦前はこういうことができなかった、なぜかというと、昔はとにかく日本中で言葉が通じなかった時代があったわけですね。
そういった中で標準語、当時、標準語と呼ばれていたものを全員が習得するというような形で、半ば強制的に教育がなされた時期があったわけですね。
しかし今は多くの人が、それなりのしかるべき場所に行けば共通語的なものを話す、そして地元で友達と話すときには方言的な話をするっていう使い分けをすることが、多くの人ができるようになってきている。
そうなってくると、別に努力して共通語を習得する必要もなくなっているわけですから、そういったときに、自分のアイデンティティーといいますか、自分がどういう立ち位置でこの会話をするのか、あなたとはどういう接し方をするのか、どういうキャラで話をするのかということを示すために、積極的に方言を資源として使ってるということだと思うんですよね。

(方言を資源として使ったことはある?)

萩本さん: そうですよ。
だって個性がないって、私、個性がない人っていうのは、もう国に個性があるんですから、それを大いに利用するってのはいいんじゃないですか?
(東京のご出身?)
私、東京にいてなまりがあるって言われてましたからね。
ですから、どっちかっていうと使いますよ。
だって東京で「おっさん、これまけてよ」とかってきついもんですから、「おっちゃんさ、まけてくれんかな」って、やりますよ。
そうするとね、なんかそっちのほうがね、有利に働くっていうのはありますよ。
(使い分けをしている?)
そうやってたから、僕は有名になったとき、お国どちらですか?って、東京?なまりがあるじゃないですかって言われましたから、今でもちょっと音程がおかしいんじゃないですか。
イントネーションがおかしいんじゃないですかね?

●一体誰が正しいアクセントを決めていくのか 今どう考えている?

塩田主任研究員: ひと言で言いますと、正しいアクセントを誰が決めるのか、そうだ、それは自分で決めるんだってことになると思うんですよね。
ですから私たちが作っているこのアクセント辞典というのは、これを守れ、ここに載っていないものは、すべてバツだということではなくて、これをヒントに、これをきっかけにして、自分がどういう言葉を使うのか、ある場面ではどういう言葉を使うのかということを考えるヒントにしていただけたらと思ってます。

萩本さん: 安心した言葉がありましたよ、今、ほっとしましたね。
私これね、守れって話かと思ったら、そうではなくて、なるほど。
だとすると私ね、どっちかっていうと基準作ってくれたほうがうれしいですね。
笑いって、基準があればあるほど、それをちょっとずらすことで笑いになるので、大いに基準をもうちょっと前に出していただくと、笑いがもうちょっと、もっともっと笑えるようになりますね。

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