クローズアップ現代

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No.36492015年5月12日(火)放送
私の遺体  提供します ~増える献体  それぞれの選択~

私の遺体 提供します ~増える献体 それぞれの選択~

3か月の孫の死 献体で恩返し

埼玉県の大学で事務の仕事をしている白田順子さん、56歳です。
去年(2014年)、献体の登録をしました。
きっかけは、生後3か月の孫を病気で亡くしたことでした。
ショックのあまり、何も手につかなかったといいます。

白田順子さん(56)
「どうしたらいいのだろう、どうやってこれから過ごしていけばいいのだろう。」

孫のために何もしてあげられなかったと自分を責め続ける中、白田さんは献体のことを知りました。
孫の治療に尽くしてくれた医師たちの姿を思い出し、医学に貢献したいと、献体する決断をしたのです。

白田順子さん(56)
「お世話になった先生方に直接のお礼にはならないけれど、先生のあとに続く方のお役に立てるのかと思う。」



解剖実習を経験した医学生の手記を読み、その真摯(しんし)な姿勢に心を打たれたといいます。

白田順子さん(56)
「『献体をした人の(体に)メスを入れたときに、その人の“生”を感じました』。
その人はどういう人生だったのか、どういう思いをして献体をしてくれたのか、そういうことも含めての医学なんだと。

献体の登録をしてから半年余り。
人の命のために自分も役に立てるかもしれない。
その思いが白田さんの力になっています。

白田順子さん(56)
「まっすぐに生きていけそうな気がしました。
(献体が)私が生きていく目標、生きる力になっている。」

増える献体 背景に何が

全国で増え続ける献体の希望者。
この大学にも、献体を希望する人が次々と訪れています。
この日も、70代の夫婦が献体の申し込みに来ていました。

東北大学 白菊会 熊谷信一事務局長
「動機、きっかけは何だったのですか?」

「生きているうちには、勤労奉仕とか寄付とかできればいいんだけど。」

東北大学 白菊会 熊谷信一事務局長
「入会者が2件あったということです。」

この大学では、先月(4月)だけで新たに16人が献体の登録をしています。


東北大学 白菊会 熊谷信一事務局長
「(献体登録者が)昨年度が200件、今までにない数。
その前が134件。
今後も増え続けるのかなという感じがします。」


献体が増える背景には、解剖されることへの意識の変化があります。
高松市にある飲食店です。
店主の棚原加代子さんです。
親族が3年前に献体。
そのときの大学側の誠実な対応を知り、みずからも献体することを決めました。

棚原さんに献体の話を聞き、常連客も関心を持ち始めています。
遺体を解剖されることへの抵抗感はほとんどないといいます。



棚原加代子さん
「痛くもないよ、死んでるのに。」




常連客
「そのまま火葬されるよりも、人のためになるんだったら、自分の体のいいところが少しでも役に立てば。」



さらに家族の在り方の変化も、献体が増える要因になっています。
松山市で保育園を運営している鴨﨑恭夫さん、77歳です。
献体の登録を希望していますが、気がかりなのは家族の反応でした。

鴨﨑恭夫さん(77)
「申込書は書いたけれど、若干心配なのは家族の同意という前提があると、この辺が心配。」

妻の延榮さんとは結婚して50年以上になります。
献体したいと打ち明けた鴨﨑さん。
妻からは意外な反応が返ってきました。



妻 延榮さん
「こちらが反対してもするだろう。
反対する気持ちはありませんでした。
自分が好きなように今までしてきたのだから。」

鴨﨑恭夫さん(77)
「突き放されている。」

死後のことは、それぞれが決めればいいというのが延榮さんの考えでした。

鴨﨑恭夫さん(77)
「家内は家内で、今まで自分の生き方で突っ走ってきた人。
『(献体も)自分でどうぞ、決めたことならそれでいいでしょ』ということ。
献体で何かしらのお役に立てればと思う。」

日本解剖学会の松村讓兒理事です。
献体に対する意識が、近年大きく変わったと感じています。




日本解剖学会 松村讓兒理事
「遺体を切り刻むということは、まっとうな人間がされるべきことではないという意識が(社会に)あった。
献体を決意された方がいるとすると、ほとんどの場合、家族が反対していた。
生活の中での意識というものがだいぶ変わってきた。」

しかし今、献体が増える中で新たな問題も起きています。
大学の納骨堂のスペースがいっぱいになりつつあるのです。
献体したあと、遺骨は原則遺族に返されます。
しかし、家族がいないなどの理由でここに納められる遺骨が急増しています。
この納骨堂には480の遺骨を納められますが、すでに8割以上が埋まり、あと3年で受け入れができなくなる見込みです。

愛媛大学 医学部 松田正司教授
「(納骨堂が)100年もつという設定だったのですが。」




愛媛大学 医学部 松田正司教授
「今は多くの人が献体をしたいと言ってくれるので、非常に助かっている。
ただ一方では、先ほどのような納骨堂のことや、いろいろなことが変わってきているということも、こちらも戸惑っている。」

夫婦で決めた “死後の居場所”

家族の関係が変わる中で、子どもがいても納骨堂に入ることを希望する人もいます。
松山市に住む増田勝子さん、85歳です。
夫は亡くなり、一人娘は関東で暮らしています。
かつて、角膜を移植する手術を受けた増田さん。
視力を取り戻してくれた医療に少しでも貢献できたらと、献体を考えるようになりました。

「こちらがご主人?」

増田勝子さん(85)
「はい。」


献体を決意する決め手となったのが、墓の問題でした。
3年前に亡くなった夫の宇太郎さんとは、同じ墓に入ろうと約束していました。
15年前には、160万円をかけて愛媛県内に2人の墓を用意しました。
しかしいざ墓を建ててみると、死後、この墓を誰が維持するのか不安になったといいます。
関東で暮らす娘の家族には負担をかけたくないと、結局この墓に入ることを断念しました。

増田勝子さん(85)
「見晴らしはいい所だったけれど、諦める。
(娘に)できるだけ迷惑はかけたくないのがいちばん。」

増田さんは、共に献体して愛媛大学が維持・管理する納骨堂に一緒に納めてもらおうと、夫に提案しました。

増田勝子さん(85)
「『お父さん、愛大(愛媛大学)の慰霊碑(納骨堂)に入れてもらわない?』『おお、お前も一緒か?』
『お父さんが入っているなら私は別々に入るわけにはいかない、私も慰霊碑(納骨堂)に入れてもらうよ』と言ったら、『ああ、そうしたらいいよ』と。」

夫の宇太郎さんが眠る大学の納骨堂。
夫婦で見つけた死後の居場所です。

増田勝子さん(85)
「このごろすごく爽やか。
いつ逝っても、お父さんも送ったし心配は無いと思ったら、いよいよ心晴れ晴れです。」

“最期まで自分らしく” 献体という選択

最期まで自分のことは自分で決めたいと、献体を選んだ人もいます。
敷村サガノさん、84歳です。
松山市内で1人暮らしをしています。


昭和24年、事務職として働き始めた敷村さん。
同僚の女性が次々と退職していく中で、仕事を続けました。
男は仕事、女は家庭という意識が強かった時代、敷村さんは第一線で働き続けたいと独身を選び、管理職にまでなりました。

敷村サガノさん(84)
「勤めている間はものすごく仕事をしました。
もうこれは良心に恥じない。
さぼってどうかしようとかないから、認めてもらえたのでは。」

定年後もサークル活動を掛け持ちするなど、自分らしく生きることを大切にしてきた敷村さん。
人生の締めくくり方も自分で決めたいと、献体し納骨堂に入る手続きを済ませました。

敷村サガノさん(84)
「自分の死後も人に迷惑をかけない段取りは全部終わった。
(大学への)電話だけは私は死んだらかけられないから、これだけは頼むよと姪(めい)と甥(おい)に言ってあるんです。」

最期まで自分らしく。
敷村さんは今、達成感を得ているといいます。

敷村サガノさん(84)
「自分で、自分の意志で、自分の生活を全部決めてきたから。
遊んで仕事して、本当に人生はよかった、悔いはない。
元気で、最期にどこでもいいけどコロッと死ねたらいちばん理想。」

増える献体 それぞれの選択

ゲスト橳島次郎さん(東京財団研究員)

●献体し大学の納骨堂に入りたいと希望する人が急増 この変化をどう見る?

献体は、これまで長い時間かけてここまで普及したのは、今までの葬式やお墓の在り方にそぐってきたから。
つまり献体をしても普通にお葬式もできるし、お骨をお墓に納めることもできると、そういうことで普及してきたんだと思うんですね。
献体しても、今までの葬式や、ほかのやり方を変えなきゃいけないというのではなかったと。
それが今ほぼ100%に近く普及するようになると、また新しくそういうお骨をお墓に入らなくてもいいんだと。
そこまで新しい意識が出てきているというのはとても新しい動きなので、私も長い間研究してきましたけれども、こういう動きがあるということを知って非常に驚いているところです。

●献体を受け入れやすくなった背景は?

それは、登録された方々が皆さんおっしゃっているように、医学の役に立てる。
とても分かりやすい形で、解剖実習っていうのは、医学生が必ず通らなければ、すべてお医者さんになる人はやらなければならないことで、それをしないとお医者さんになれないので、そのためには人間の遺体が必要であると。
自分がそれになることができる、そこで役に立てると。
そういう気持ちがあり、しかもそれはとても分かりやすいので、そういう気持ちがあるからご本人も多少抵抗があるとしても乗り越えられるし、家族にもそういうことで納得してもらえる。
家族のほうも、ああ、そういうことならと納得できるという、そういうところがあったからなんでしょうね。

●家族の同意を心配していた鴨﨑さん 意外にも簡単に得られたが?

そうですね。
献体が増えてきたことの背景、いちばん大きな背景には、やはりお葬式やお墓の在り方が今までは決まった1つのことしかなかったのに、それも同じ時期に長い間かけて、いろいろなやり方を選べるようになってきた。
それを選ぶのが、まずは地域社会から出てきて、家族で選ぶ。
そしてさらにまた、その家族の中で一人一人が選べるということで、そういう自分が死んだあとどうする、お葬式やお墓はどうするっていうことに、選択肢がいろいろ出てきて、それに対しての自由の度合いがちょっとずつ増えてきたと。
献体もその中の1つの、なんていうか、選べる選択肢というところに入ってる。
だからこれだけ普及しているんだと思うんですね。
でもまたさらにその奥に、献体もするしお墓も要らないと、そういうオプションっていうか、メニューも出てきた。
それを選ぶ人が増えている。
むしろ大学の先生のほうが戸惑っているのがとても印象的でしたね。

●社会に受け入れやすくなった背景の1つとして、1980年代に法律ができたこともある?

はい。
私はちょうどその法律ができる前後に献体登録者の方々の調査をしていたので、がらっと変わったのは、とてもよく覚えています。
献体の法律というのは非常に簡単で、「献体の意志は尊重しなければならない」というそれだけなんですけど、それでもやっぱり医学の役に立てるっていうだけじゃなくて、さらに、それが国が認めてる、社会全体が法律を通じて認めていると。
それもとても分かりやすい、ああ、それならいいんじゃないかという大きなきっかけになったと思いますね。
(世間体を気にしなくてもよくなる?)
こういうことなんだと説明しやすくなったというのはありますね。

●献体を決めた人たちは生きる気持ちが前向きになっているが、これは共通している?

それは2つぐらいのことがあると思うんですけれども、1つには、やはり死んだあとのことだけは自分ではできないことですよね。
だから最後の方のように、生きてる間は自分でできることを全部自分でされてきた。
もうできる限りのことはされてきた、それには満足だ。
でも、死んだあとのことは自分でできないんで困る。
でも、こういう形で死んだあとのこともやってもらえると、それを自分で決められたっていうので、1つ安心ですね。
やっぱりもう1つは、役に立てるということがあるとそれで生きがいができるとか、晴れ晴れするっていうのは、ずっと30年ぐらい前から、登録された方、皆さん必ずおっしゃることなんですよね。
死んだあとのことでなんか生きがいになるっていうのは、ちょっと変な感じもしますが、それは役に立てるということなので、例えば災害が起こると、必ずその現場に日本中から、全国からボランティアが来て募金が集まる。
それは役に立ちたいという気持ちがみんなにあるからですからね。
それで、そういうボランティアをするってことで気も晴れ晴れするし、役に立てたということで生きがいにもなるということとで、私はこの献体というのは、生きてる間と死んだあとという違いはあるけれども、その役に立つというところでは、同じものがあるんだと思うんです。

●献体が急増し納骨したいという希望者も増えているが、どう向き合うべき?

納骨まで面倒見てもらいたいというのは本来の献体の理念に反するという見方もあるようですが、私はそうではないと思うんですね。
(本当は無報酬?)
無報酬、無条件のうえに、大学の敷地の中に眠るということで、むしろここに役に立ってくれた人がいる、あるいは自分が役に立ったお医者さん、医者、医学生をずっと見守っていけるという意味では、大学の敷地の中にも眠りたいというのは、私は献体の理念にむしろとてもよく合ってることなのじゃないかと思うんですね。

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