クローズアップ現代

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No.36402015年4月14日(火)放送
復興イノベーション ~被災地発 新ビジネス~

復興イノベーション ~被災地発 新ビジネス~

“1粒1,000円” イチゴの秘密

1粒、最高で1,000円にもなるイチゴはどうやって生み出されたのか。
宮城県山元町にある農業法人です。



「あそこにぶら下がってるのがセンサーです。」

3億円の補助金を活用したハウスでは、温度や湿度など、品質を高めるための環境を管理しています。



この法人を立ち上げたのは、東京でITコンサルティング会社を経営し、農業の経験がなかった岩佐大輝さん、37歳です。
地元、山元町の出身です。



東北を代表するイチゴの産地だった山元町。
津波による塩害で、これまでの露地栽培を続けることは難しくなりました。
ボランティアで地元に戻った岩佐さん。
従来にない栽培方法で、逆境を乗り越えることにしたのです。

農業生産法人GRA代表 岩佐大輝さん(37)
「何か既存のルールに縛られてる余裕なんてない。
自分たちでモデルを1回示してみようじゃないかと。」



一般の農家は、人件費や施設の維持管理など生産に関わる部分に資金をかけています。
一方、岩佐さんが重視したのは、イチゴの研究開発やマーケティングでした。


農業生産法人GRA代表 岩佐大輝さん(37)
「こことここに、おもいっきりお金をはるのが重要。」




岩佐さんが頼ったのは、地元の農家が蓄積してきたノウハウです。
熟練の技を分析し数値化。
それをもとに生産に乗り出しました。


先端の糖度が12度を超えると甘いといわれるイチゴ。
測ってみると、15.2度。
全国トップレベルの甘さを安定的に生み出せるようになりました。



さらに、イチゴ1粒1粒をパッケージングするなど、高級感を演出。
独自のブランド名も付けて売り出し、特別なイチゴだと消費者に訴えることで、1粒最高1,000円のイチゴが生み出されたのです。

農業生産法人GRA代表 岩佐大輝さん(37)
「いいものを作って消費者に明確にわかる形のブランディングをすることで、明らかに農産物もいい価格がつくと確信に変わった。」

垣根を越えて 若手漁師の挑戦

一方、漁業の分野でもこれまでの常識にとらわれない若手のグループが誕生しています。
横浜市内のホテルで人気を集める魚介料理。
使われているのはすべて、宮城県で水揚げされたものです。


提供しているのは去年(2014年)8月に結成されたフィッシャーマン・ジャパン。
異なる産品を扱う県内各地の若手漁師たちが集まり、立ち上げました。


宮城県石巻市。
メンバーの1人、わかめ漁師の阿部勝太さん、29歳です。
民間企業などに5年勤め、震災の2年前に地元に戻りました。

フィッシャーマン・ジャパン共同代表理事 阿部勝太さん(29)
「十三浜の(わかめは)一番いい。
海藻を育てるための浜みたいな。」

グループ結成の背景には、震災のあと、これまで知り合うことがなかったような人たちとの出会いがありました。
自分たちが考えていた以上に品質や漁業の持つ価値を評価してくれる声に触れ、これまでの漁業の在り方を変えたいと考えるようになったのです。

フィッシャーマン・ジャパン共同代表理事 阿部勝太さん(29)
「消費者のニーズにあわせて(わかめの)養殖現場の形も変えるのは、いままでほとんどなかった。
今、多少なりとも、こう売りたいからこう作ろうみたいな。」

どうしたら、自分たちが持つ価値を最大限に発揮できるのか。
これまで、取る魚が違うため交流があまりなかった若手漁師たちが、グループを組むことにしました。

従来は一般的に地域ごとに漁協などを通じ、市場に出荷していました。




その垣根を越え、強みを持ち寄ることで、三陸の海の幸をそろえた日本を代表するブランドを作ろうと考えたのです。




品ぞろえを強みに販路を開拓。
直接売り込むことで、阿部さんのわかめは震災前の2倍から3倍の値がつくようになりました。



男性
「わかめ、おいしいです。
歯応えあってシャキシャキで、食べ応えがある。」



独自のブランドを武器に、海外にも販路を広げています。
この日、訪れたのはフィッシャーマン・ジャパンの商品を扱うネット通販会社です。
去年11月から香港への販売を始めています。


「大小混ざってますけど、(香港に)300(セット)くらい出てる。」

「世界へ行けますよ。」



フィッシャーマン・ジャパン共同代表理事 阿部勝太さん(29)
「宮城の漁業、東北の漁業、日本の漁業と考えると、漁業の世界も震災があったから縁ができて、今後変わっていくひとつの大きなきっかけ。」

復興イノベーション 被災地発 新ビジネス

ゲスト田久保善彦さん(グロービス経営大学院研究科長)

●震災後に生まれた事業 着実に育っているもの、存在感が出てきたものがある?

そうですね。
(全体としてどんな状況?)
震災のあと、仙台は非常に起業率が高い地域ということになっているんですけれども、それこそ本当にたくさんのビジネスが生まれ、たくさんのプロジェクトが生まれました。
ただ一方で、そのプロジェクトの中にはうまくいかなかったものもありますし、役割を終えて、終わっていったものもあります。
ただ、今VTRにあったように、本当にしっかりとしたビジネスがこれからの東北の復興をけん引し始めた、これからそういう可能性を強く感じるものが出てきている、そんな状況にあるかなというふうに思います。

●4年間たっても続いているビジネス、中心になっている人の共通点は?

とにかく大変な状態だったわけですよね。
東北をどうにかしたい、もうこの町をどうにかしたいという本当に熱い思い、志みたいなものが、本当に太くど真ん中に存在しているっていうのが、間違いのない1つの共通点かなと思います。
ただ一方で、もう1つ皆さんが思っているものっていうのは、必ずそこに経済性、収益性を考えて、ちゃんとお金が回る仕組みを作ろうという、そういう能力なり、そういう思いなり、力なり、そういうものを持っている人っていうのは、非常に多いというふうに思います。
もう1つ、この人たちは、全部を自分でやろうとしないんですね。
とにかく周りの人をたくさん巻き込んで、友達や知り合いを連れてきて、どんどんどんどん、得意じゃないところは人に任せて、自分の得意なところは自分でちゃんとやって、そんなことを、相乗効果を狙っていっている。
そんな人たちがリーダーとして今、活躍をしていると、そんな印象を持っています。

●ボランティアから最先端のイチゴ作りへ飛躍した岩佐さん、なぜそれが可能だった?

岩佐さんはもともと高校卒業したあと、東京でIT会社の社長をやられてたと。
自分の地元が被災をして戻ってきたわけですよね。
一番最初に岩佐さんが取り組んだのは、本当に半径5メートルくらいの所のボランティアとしての泥かきだったというふうに聞いています。
でも、そんなことをやる中で、町の方から、社長なんだから、泥かきをずっとやっているのではなくてちゃんとビジネスを持ってきてほしいと、そんなことを言われたらしいんですよね。
そして、岩佐さん自身は泥かきの次のフェーズとして、ちゃんと雇用が生まれるビジネスを山元町に持って帰ってこなければ、やはり自分の価値はないだろうということを思って、そして自分が得意だったITの分野と、そしてイチゴの分野を掛け合わせたITによるフルコントロールの、新しい本当に先端農業に取り組んできた。
そして、そのきっかけになったのが国からの補助金みたいなこともあったんですけれども、その補助金を取るのも、やはりかなりの企画書みたいなものを書かなければならないんですよね。
そんなものも、実は岩佐さんは銀行員の友達がいたり、弁護士の友達がいたり、本当にそういう人たちのボランティアのパワーを集結させて、そんなプロジェクトをちゃんと国から取ってきて、そして今、本当に最先端農業を宮城県の山元町で展開をしていると、そんな流れですね。

●フィッシャーマン・ジャパンのケース、何が一番新しい?

ライバルどうしがライバルの意識を超えてつながったってことが1つ大きいと思うんですけど、もう1つ大きいなと思うのは、基本的にはやはりお魚、漁協さんを通じるか、もしくは魚市場に持っていくかという、この2つの選択肢がほとんどなわけですよね。
でも今、VTRにあったように、直販のルートみたいなものを開くことができた。
つまり漁師の皆さんに、自分たちの取った魚、育てた魚を売る第3のオプションを提示できている、提示しつつあるというのが非常に大きなポイントかなというふうに思います。

●どちらも被災地に限らないビジネスモデル?

そうですね。
例えば、岩佐さんはこれから何をしようとしているかというと、自分たちの作ったモデルを、新規に農業に就労される方に展開をして、いわゆる横展開をしようと。
横展開ということは、別に宮城県とか地元に限らずどこでもいけるわけですよね。
フィッシャーマン・ジャパンの方も別に三陸に限った話ではありませんから、フィッシャーマン・九州が出来てもいいかもしれません、四国が出来てもいいかもしれません。
そんな思いも込めて、ジャパンといういちばん大くくりにしたとも聞きましたけれども、本当にこの2つのモデルは、これから日本どこにでも持っていける横展開可能なモデルだなというふうに思います。

続々誕生! 被災地ベンチャー

今年(2015年)2月、仙台市でベンチャー企業を応援するイベントが開かれました。

「起業家プレゼンテーションの時間になります。」

壇上に上がったのは、震災後、事業を始めた起業家たちです。

福島の起業家
「5年10年かけて元どおりになってしまったらその5年10年はロスだと思って、どうせ(時間を)かけるのであれば、さらによくなった福島、東北、日本をつくりたい。」


このイベントを主催した竹井智宏さん、40歳です。
竹井さんは、東北を変えるのはベンチャーだと考え、震災の起きた年の夏に起業を支援する組織を設立しました。
これまで、100人を超す起業家を支援。
IT関連や福祉機器の分野などで、新しいビジネスが次々と根づき始めています。

例えばこちらは寝たきりの人でも楽に移動でき、足腰の機能回復にも役立つ足こぎ車いす。
竹井さんは、世界でも戦えるビジネスになると考えています。



『MAKOTO』代表理事 竹井智宏さん
「『次に東北』『次に日本全体』『世界の』同じように苦しんでいる人たちがいっぱいいるから、その問題を解決していこう。
世界に通用するような企業家育成のモデルを作っていきたい。」

ベンチャー育成 充実する支援

竹井さんが力を入れているのが、ベンチャー企業への資金調達です。
この業者は、仮設住宅などに暮らす200人の高齢者に弁当を配っています。



「“禁食”といわれる、その人が食べてはいけないもの。」

特徴は、一人一人の健康状態に合わせた弁当作りです。
ところが、この会社が2つ目の事業所を建設しようとしたとき、資金難という壁に直面しました。


そこで提案したのが、「クラウドファンディング」です。
経営者は、ホームページ上で事業の趣旨を説明。
その成長性に共感した人から資金提供を受けるというものです。
利子の代わりに特産品などが贈られます。
出資をした東京・練馬区に住む男性です。
事業の内容に、大きな可能性を感じたといいます。

出資した男性
「いま練馬でも高齢化が進んでまして、そういったサービスが本当に必要になってきている。
東北から東京、そして海外へという形でどんどん出て行ってほしい。」


ひとつきで集まった金額は215万円。





クラウドファンディングは震災以降、急速に拡大し、支援額はこの2年でおよそ10倍となりました。




『愛さんさん宅食』代表取締役 小尾勝吉さん
「これだけご支援をいただいて、皆さんからのお金が入ってますので、しっかりと本当に貢献できるような事業モデルを作っていきたいと思っています。」


また、震災を機に、人材を派遣する新たな仕組みも作られています。
一昨年(2013年)5月に設立された介護事業所です。
施設の利用者が日増しに増えています。
そのため、人材の確保が大きな課題となっていました。

そこで利用したのが、NPO法人が震災の2か月後に立ち上げた「右腕派遣プログラム」。




これは介護やIT技術、教育など、専門的なスキルを持った人材を全国から募集。
リーダーを支える右腕として被災地に送り込もうというのです。
これまで、208人が派遣されました。
右腕の人たちには、このプログラムを支援している企業などから、ひとつき最低15万円の活動支援金が支給されています。

この制度を利用して島根県からやって来た落合孝行さん、27歳です。
社会福祉士の資格を持つ落合さんは、右腕として介護予防の拡大に力を入れています。
健康体操を取り入れ、お年寄りの認知症や閉じこもりを防ごうというのです。

「先生間違えてる。」

島根県からやってきた 落合孝行さん(27)
「あれ、おれ間違った?」

将来は、ふるさとに戻ろうと考えている落合さん。
被災地で培った経験を、島根でも生かしたいと考えています。

島根県からやってきた 落合孝行さん(27)
「生き生き自分らしく、『私ここで暮らしていてよかった』って言って暮らせる人たちが増える地域をつくりあげたい。」

ベンチャー育成 充実する支援

●小さな事業所にとって専門性のある人材を探すときに助かる?

そうですね。
やっぱり、マッチングをする仕組みということが出来たということは、この国にとって非常に大きなことだというふうに思うんですよね。
知っている人は知ってるけど、知らない人は知らないということでは、なかなか使える人も少なくなってしまいますから。
それからもう1つ、お金の面も、クラウドファンディングという仕組みは、この震災のあとに急激に認知を得て広がってきている仕組みだなと思います。
誰が何をやるかというのが、極めて明確になっていますから、やはりお金を投じる側も、いろんな期待値とかそういうことを込めて、この人がこれをやるんだったら、じゃあ自分のお金を少し寄付しよう、もしくはこの人に託してみようみたいなことができる。
このインフラは本当に大きいと思います。

●どちらのインフラも多様な仕組みがさまざまな形で出来ている?

そうですね。
人のマッチングというのは、今回はプロジェクト的にやってる部分がありますけれども、そもそもボランティアをしたい人とボランティアが欲しいNPOをマッチングをするためのNPOもあったりします。
こういう世の中の、本当に広くいろんなものを支えるインフラが出来てくるというのは、本当に震災を契機にいろんなことが立ち上がってきている感がありますけれども、日本どこにいてもこういう仕組みは使えますから、これから先の日本の地域の再生だとか、そういうことにもいろいろ貢献できるような、そんな状況になるのではないかなというふうに思います。

●課題解決型の事業を立ち上げれば、全国でこうしたインフラを活用できるようになってきた?

そう思います。
今日のVTRでいけば、最も厳しい状況にあった地域からこれだけの成功事例というものが出てきたわけですよね。
そして、イチゴの例もフィッシャーマンの例も、これ、横展開可能な日本全国どこにでも適用できるようなそんな事例でした。
そして、クラウドファンディングの話も、人のマッチング、人の派遣の方法にしても、これも別に地域を問うものではありません。
2つの事例があり、そしてインフラが整ってきたということを考えれば、これから先、日本がこういうものを本当に参考にしながら、または活用しながらいろんな新しい価値を生める、そんな時代が来るのではないかなと思います。
(熱い志を持ったリーダーたちがどんどん立ち上がってほしい?)
そうですね。

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