クローズアップ現代

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No.36062015年1月27日(火)放送
“いまを生きる”言葉 ~詩人・吉野弘の世界~

“いまを生きる”言葉 ~詩人・吉野弘の世界~

“いまを生きる”言葉 詩人・吉野弘の世界

福岡市に住む主婦の木下綾さん、33歳です。
吉野さんの詩集を、折に触れ読み返しています。




特に気に入っているのが、夫婦の向き合い方を歌った「祝婚歌」の一節です。




『祝婚歌』より
“完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい”

木下綾さん
「『完璧をめざさなくていい』と。
はっと気付かせてくれる言葉でありますね。」



結婚して4年になる綾さん。
最近、夫との関係に思い悩んできました。
夫の浩一さんは、会社から大きなプロジェクトを任され長期の出張を繰り返しています。
すれ違いから、つらく当たりがちになっていた夫との関係を見つめ直したといいます。

木下綾さん
「うまくいかないことはあるけれど、それを積み重ねて夫婦になっていくと、すごい想像できた。
吉野さんの詩で。」

木下綾さん
「お帰り、お疲れ。」

出張先から浩一さんが帰ってくるのは、月に2回ほど。



木下綾さん
「味、同じ?」

夫 浩一さん
「この味や。」

これから長い時間をかけて、「祝婚歌」に書かれた関係を築いていきたいと考えています。

『祝婚歌』より
“健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい”


詩人・吉野弘さんは大正15年生まれ。
詩の世界に入ったのは終戦直後の混乱の中でした。
軍国少年として育った吉野さん。
兵士となり、国のために戦って死ぬことは当たり前だと考えていました。

ところが、吉野さんが陸軍に入隊する5日前、戦争は終わります。
今まで信じて疑わなかった価値観を、根底から覆された吉野さん。
絶対的な価値観などないと気付かされます。
一度は死んだはずの命を、人のために役立てたい。
終戦の2年後、21歳の吉野さんは詩人になることを決意します。

そのときにつづった文章が、今回、自宅の書斎から見つかりました。
そこには、戦争を決して繰り返してはいけないという強い思いが書かれていました。


“人間は、その不完全を許容しつつ、愛し合うことです。
不完全であるが故に退け合うのではなく、人間同士が助け合うのです。
他人の行為を軽々しく批判せぬことです。
自分の好悪の感情で、人を批判せぬことです。
善悪のいずれか一方に、その人を押し込めないことです。”

次女 万奈さん
「戦争が終わって180度変わって、ちょうどそのころ。
ずっとぶれてなくて自分がこうなりたいと思っていた詩人になった。」



吉野さんはサラリーマンとして働きながら詩を作り続けました。
題材にしたのは、日常の身近な出来事です。
夕方の通勤列車で見た光景を詠んだ「夕焼け」。
自分の前に立ったお年寄りに2度席を譲った優しい少女が、3度目には譲らなかったときのことを描きました。

『夕焼け』より
“二度あることは、と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。”


みずからのドラマで吉野さんの詩をたびたび引用してきた、脚本家の山田太一さんです。
人間の弱さへの優しいまなざし。
それが吉野さんの魅力だと感じています。

脚本家 山田太一さん
「電車で席を譲る少女の悩み・悲しさ、それもちゃんと詩になさっていて、自分も生活者なのだって、それを忘れて美に走ってはいけない、観念に走ってはいけないと思ってらっしゃったんじゃないか。」



人間の弱さや不完全さを、何気ない日常の中に詠み続けた吉野さん。
今月(1月)、東日本大震災で被災した岩手県大槌町の成人式で、代表作の1つ「生命(いのち)は」が朗読されました。

『生命は』より
“生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする”

新成人
「『生命は自分一人では完結できない』というのはすごく共感できます。」



この詩を新成人に贈ることを企画したのは、町役場に勤める佐々木健さんです。
津波によって、職場の同僚の多くが犠牲となりました。
佐々木さんも自宅を流されました。
佐々木さんは避難所の運営を任されましたが、思うように復興が進まず、自分の無力感にさいなまれる日々が続きました。

佐々木さんを支えてくれたのは、全国から集まったボランティアの人たちでした。
そんなとき吉野さんの詩に巡り会います。
「花粉を運ぶ虫や風のように自分は誰かに支えられて生きている、そして自分も誰かを支えている」。
最後の一節が心に響きました。

『生命は』より
“生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分
他者の総和
私も あるとき
誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない”

大槌町役場職員 佐々木健さん
「誰かのための風だったかもしれない。
一人一人が必ず誰かの役に立っていると、あの言葉から僕は教わった。」


自分は生かされ、そして生きている。
吉野さんのことばを、被災地を支える若者たちに届けたい。
佐々木さんの願いです。


忙しく今を生きる人たちに、大切なものを気付かせてくれる吉野さんの詩。
そのことばに出会ったことで、生き方を変えようとしている人もいます。
従業員20人の事務用品の販売会社を経営する坂本裕さん、37歳です。
大学を出て漫画家を目指していましたが、夢を諦め、5年前父親が経営していた会社の跡を継ぎました。
不本意だった地元での再出発。
当初は従業員との関係もうまくいかなかったといいます。

中小企業社長 坂本裕さん
「家業を継ぐのがすごい嫌だった。
子どもの頃から“社長の息子”と言われていたのが嫌だった。」



佐々木さんは昼休みになると会社を離れ、詩集を開きます。
何度も読み返しているのが「虹の足」。
遠くからは見えても近くでは見えない虹を、人の幸せと重ね合わせています。

『虹の足』より
“山路を登るバスの中で見たのだ、
虹の足を。
乗客たちは頬を火照(ほて)らせ
野面に立った虹の足に見とれた。
多分、
あれはバスの中の僕らには見えて
村の人々には見えないのだ。
そんなこともあるのだろう
他人には見えて
自分には見えない幸福の中で
格別驚きもせず
幸福に生きていることが―。”

「父親の跡を継ぐことができた自分は恵まれている」、そう気付かされました。
坂本さんは社員との接し方も変えようとしています。
その心構えとしているのが「祝婚歌」です。

中小企業社長 坂本裕さん
「『正しいことを言うときは相手を傷つけやすいものだと気付いているほうがいい』。
胸がすっとする。
リセットできて、またぶれずにいこうと思う。
一生続くかもしれない。」


なぜ今、多くの人が吉野さんの詩にひきつけられるのか。
映画監督の是枝裕和さんです。

映画「空気人形」より
“花も、めしべとおしべがそろっているだけでは不充分で。”

是枝さんは6年前、映画の中で吉野さんの「生命は」を引用しています。
価値観が転換する、戦中から戦後を生きた吉野さんのことば。
先行きが不透明な今の時代に人々が求めているものと重なっているのではないかと、是枝さんは考えています。

映画監督 是枝裕和さん
「自分の力で努力して克服していくという成長神話に多分、人が疲れているから、吉野さんの詩の世界観とか、諦めとはちょっと違う優しさみたいなものが求められているところはある。
空虚感・孤独感が駄目なものではなく、そういうものを感じているからこそ、そこに多者が入ってきて寄り添って、埋めてくれる隙間があることの方が人間としては可能性が広がってるんだと。」

“いまを生きる”言葉 詩人・吉野弘の世界

ゲスト和合亮一さん(詩人・国語教師)

●この静かな共感、広がりをどう見る?

吉野弘さんは、やはり非常にいろんな方が読んでくださっていて、それで例えば学校の授業などでもたくさん読まれていらっしゃいますし、だけど今、ここでこういうふうに広がっていくというのは、何か今、私たちが現代で生きてる中で、共感し合うものがそこにあるからだと思うんですよね。
それで今、確かにさまざまなことがあって社会が混迷してますけども、社会不安をわれわれ持っていますけれども、だけどその中で吉野弘さんは、常にまなざし、それを「物差し」といってもいいと思うんですけれども、その変わらない物差しで世界を描き続けた。
彼も戦後、詩人を志して詩を書き始めるわけなんですけれども、戦後の混迷した社会と、今のこの震災後の現代社会の混迷ぶりがどこか重なっていて、その中で地面に根を張って、地に足をつけて生きてきた生活者としての吉野弘のことばが、私たちの胸に届いているんじゃないかなというふうに思います。

●地に足をしっかりとつけた吉野さんの「物差し」とは?

これは、今日はすごく感動したんですけれども、吉野弘さんが詩人を志して、そして21歳のときに書かれた作品が紹介されましたよね。
その中で「他人の行為を軽々しく批判せぬことです、自分の好悪の感情で人を批判せぬことです、善悪のいずれか一方にその人を押し込めないことです」というふうに、はっきりと書かれていらっしゃいます。
詩を書く人間というか、詩人というのは、宮沢賢治にしても、中原中也にしても、例えば同じ世代の谷川俊太郎さんにしても、一番最初の書いた作品が、その人の一生をずっと貫いていくような、そういう初期詩編といいますか、最初の作品がずっとその人の一生を貫く明かりとなるようなそういうものを、全部が全部ではないですけど、時々そういう方が現れるんですけれども、きょうのこの紹介された作品も、吉野弘さんのまさに明かりとなって、ずっと心にともし続けられた作品なんだなと思ったんですね。

その中で「善悪のいずれか一方にその人を押し込めないことです」という、このひと言が、まさに吉野弘さんの物差しを形づくっていたのではないかなと思うんですよね。
つまり今、われわれが生きていて、何が善で、何が悪で、何がよくて、何が悪くて、正反ということをすぐ突きつけられますよね。
そして僕はもっと問題なのは、これは被災地に暮らしていて、私も感じることなんですけど、はっきりとそれを突きつけて、区別して、そこでくくってしまって、満足している人がたくさんいるんですよ。
僕はそのことについて、吉野弘さんが、はっきりと善悪のいずれかに押し込めないこと、人を簡単にくくらないこと、考えをくくらないことということを述べているんじゃないかなというふうに思います。

●“善悪のいずれか一方にその人を押し込めないこと”それを一番表している詩は?

紹介された中で、やっぱり「夕焼け」という詩をぜひご紹介したいと思うんですね。
それでその夕焼けというのは、ご存じの方、たくさんいらっしゃると思うんですけれども、満員電車で、席をその主人公は2回譲るんですが、3回目で譲らずに、満員電車は目的地に向かっていくという場面が描かれていますけれども、その中の優しい心の持ち主は、他人のつらさを自分のつらさのように感じる。
「やさしい心の持ち主は、いつでもどこでもわれにもあらず受難者となる」ということばがありますが、まさにこの今、私たちが暮らしていて、優しい心の持ち主の方々がいっぱい傷ついている。
そういう状況の中で、みんな本当は手を伸ばしたいのに、これは福島のことばで「おだがいさま」ということばがあるんですけど、おだがいさまでしょって、手を伸ばしたいのに伸ばせない、何かそういう全体が、優しい心の持ち主なのにそれを表せない、そういう思いを、みんな実は持っていて、その寂しさや孤独感というものが、この「夕焼け」という作品には、すごく美しい情景の中に描かれていると思います。

●手を差し伸べたいのに差し伸べない、この空気感が今の社会にも感じられる?

そうですね。
だから私たちは思ったよりも、特に震災後というふうに言ってしまうと言い過ぎかもしれませんが、震災後、特に心傷ついている方がたくさんいらっしゃいますね。
それが鏡のようになって、吉野弘さんの作品に、あるいは詩というものに、自分が映し出されている。
だから僕は、詩というもの、ことばというものに集まる理由っていうのは、僕は、詩というものが、どうして「言(こと)」ということばの隣に「寺(てら)」ということばが付くんだろうって、これは吉野弘さんも、ずっとそのことばを見ながら、漢字を見ながら、詩を書く方なんですけども、私も吉野さんのまねをして、ずっと詩ということばを20年間、ずっと長く持ってきて考え続けてきましたが、吉野さんの作品に出会って、1つ分かりました。
ことの隣にてらが付いてるのは、「寺子屋」なんじゃないかな。
今、この状況の中で、寺子屋のように、たくさんの方がひざを突き合わせて、そして自分の人生や思いを語る。
そういう大切さを、吉野弘さんは作品を私たちに渡しながら、今の生き方、考え方を示してくださっていると思います。

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