クローズアップ現代

毎週月曜から木曜 総合 午後10:00

Menu
No.34312013年11月14日(木)放送
揺れる巨大医療グループ 徳洲会・不正選挙の実態

揺れる巨大医療グループ 徳洲会・不正選挙の実態

巨大医療グループ 組織ぐるみの不正選挙

徳田前理事長の次男・徳田毅議員です。
去年(2012年)12月の衆議院選挙で、自民党から立候補し、3回目の当選を果たしました。
その当選が、違法な選挙運動に支えられていた疑いが強まっています。

徳田毅衆議院議員
「私の親族含む関係者が逮捕された事実は、大変重く受け止めている。
心から、おわび申し上げる次第です。」



不正は、どのように行われたのか。
徳洲会の職員派遣の指示書です。
公示日の2週間前、各地の病院に送られていました。




“地域活動”という研修のため、鹿児島に職員を送るよう記されています。





別の内部文書です。
派遣した職員の勤務の取り扱いについて書かれています。





期間中、欠勤扱いにするよう記されていました。
なぜ、このような指示が出されたのか。





看護師や薬剤師などが、全国の病院から鹿児島2区に派遣されていた、今回の事件。
選挙運動をさせ、その対価として報酬を支払うと、公職選挙法違反となります。




そこで選挙運動ではなく、“地域研修”として派遣。
欠勤扱いにし、ボランティアとすることで、選挙違反ではないという工作をしたと見られています。
派遣された系列病院の事務職員です。
研修と呼べる行事は僅かだったといいます。


派遣された病院の事務職員
「『鹿児島地域研修』と言われていたので、実際に『知覧町の特攻平和会館には行ってください』と言われていた。」




特攻隊の資料館への訪問。
それは、研修に見せかけるためだったと見られています。
欠勤扱いとされ、支払われなかった給料は、その後のボーナスで補填(ほてん)されていました。

派遣された病院の事務職員
「賞与の時に、『鹿児島地域研修手当』で金額が書いてあった。
その用紙は『読んだら破棄するように』という指示も、一言添えてあった。
見られたら、まずいんだろうなという意識もあった。」

独自入手 内部資料 組織ぐるみの不正選挙

研修の名目で、全国から集められた徳洲会の職員。
実際には、何をしていたのか。
私たちは、今回の選挙で、事務所に置かれていたホワイトボードの写真を入手しました。

赤い文字は、派遣された職員の所属する病院名。
どの地域で活動するかを割り当てられていました。





千葉県の薬剤師たちは、薩摩半島南部の、およそ1,900世帯を担当。





鹿児島市内の3,000世帯は、岐阜県や滋賀県の病院職員が訪問するよう指示されていました。





病院の事務長などの幹部は、企業部隊として、地元の企業にあいさつ回りに行っていました。





さらに、多くの写真に写っていたのは、○や×の印と、各地区ごとの数字です。
訪問した結果を集計していたことが、関係者への取材で分かりました。
公示前、職員たちの主な仕事は一軒一軒、家を回り、反応を探ることでした。



反応を5段階に分類。
支援してくれるうえに、知人も積極的に勧誘してくれる人は◎。
投票してくれる人には○。
投票先を決めていない人は△。
一軒一軒、地図に結果を記入し、事務所に持ち帰っていました。
この集計などをもとに、その後の選挙運動の重点地区が決められていたといいます。

自民党が優勢と見られていた去年の選挙で、なぜ、ここまでの運動を展開したのか。
当時、重点地区に投入された職員です。
幹部たちは次の選挙も見据え、力の差を見せつけることにこだわっていたといいます。

派遣された病院職員
「今回、大差をつけることで、相手陣営に対しても、もう勝てないというふうに思わせるくらいの票を。
完全勝利という内容の発言は、幹部のほうからもあった。」


医療の現場を離れ、選挙のための活動をしていることに疑問を感じる職員も少なくありませんでした。

派遣された病院職員
「ほかのスタッフは、病院で普通に仕事をしている。
自分は今、鹿児島で、実際は政治活動を行っている。
冷静に考えた時に、本当は、やってはいけないことなのかなという思いになる時はあった。」

巨大医療グループ 組織ぐるみの不正選挙

「ばんざーい!」

選挙の結果は、徳田議員の圧勝となりました。
それから、11か月。
一昨日、徳田議員の姉2人と幹部らが逮捕されました。
特捜部と警視庁は、徳田前理事長も不正に主導的に関わったと見て、在宅のまま、容疑者として捜査を続ける方針です。

今回、逮捕された幹部の1人です。
逮捕前の取材に対し、医療機関でありながら、選挙に執着したグループの体質に問題があったと認めました。

逮捕された幹部
「徳洲会がこれだけの大きな組織になったので、いろいろなことが問い直されている。
社会的な存在になった医療法人が本来の医療活動、病院という現場に立脚したものに作り上げていかなくてはいけないと思う。」

徳洲会の不正選挙 捜査の焦点は

ゲスト北村洋次記者(社会部)

●徳洲会の不正選挙 今後の捜査の展開は?

徳田毅議員の当選が無効になるかどうかをめぐって、特捜部側と徳田前理事長側の間で激しい攻防が行われると見られます。
公職選挙法には、候補者の家族が選挙違反で禁錮以上の刑が確定した場合、当選が無効になる“連座制”の規定があります。
特捜部は、この連座制の適用を視野に、徳田前理事長や、逮捕した姉の関与の裏付けを進める方針です。
これに対し、徳田前理事長側は、徹底して争うものと見られます。
前理事長らは、運動員として派遣された職員に、報酬が支払われていたことは知らなかったなどと、容疑を否認しているんです。
そのうえで、違法とされた選挙運動は、グループを解雇された元幹部職員が以前の選挙で考え出した方法に従って、各地の病院が自発的に行ったもので、自分たちは関係ないなどと主張しているのです。

●組織的な違法選挙は以前からあった?

徳洲会の職員たちに話を聞きますと、10年ほど前から、今回と同じような方法で、選挙運動を組織的に行っていたといいます。
それを裏付けるような書類も存在しているんです。
VTRにあった職員の派遣の指示書と同様のもので、4年前の衆議院選挙の際にも、各地の病院に送られていました。



比較すると、よく分かるんですけれども、職員を欠勤扱いにしたうえ、減額分をあとからボーナスに加算するなど、去年の選挙と全く同じ方法が記載されています。
違法な選挙運動が、徳洲会の中でシステム化されていたことが分かります。

なぜ病院が政治に 徳田前理事長の執着

ALSとの闘病を続ける、徳田虎雄前理事長。






体が動かなくなったあとも、文字盤に目線を合わせて意思を伝え、グループ全体に指示を出していました。





前理事長が常に掲げてきたことばがあります。
“生命(いのち)だけは平等だ。”





徳田虎雄前理事長(当時39歳)
「命を取って、金を取って、偉そうなことをするのが医者だ、と言うてる人もおるわけです。
そういうことを言われてね、頭にくるからね、そういう医療を直そうとして、私たち、やっているだけです。」

政治家になる前の徳田前理事長です。
鹿児島県の離島の貧しい家庭から医者になり、貧富の差や住む場所で医療に違いがあってはならない、と主張していました。
24時間365日の救急医療を掲げ、全国で病院建設を進めました。

徳田虎雄前理事長(当時39歳)
「日本の医療が、なぜ遅れてるか。
どうしたらいいか。
日本の医療は、どうしたら変わるか。
どう思いますか、皆さん。
日本全国に総合病院を作りまくるんや!」

しかし、立ちふさがったのは、医師会でした。
地域の医療に大きな影響が出るとして、徳洲会の進出に反発したのです。

医師会との対立を深めていった徳田前理事長。
当時を知る人物は、政治の力で解決しようとしていたといいます。
寿洋一郎さんです。
昭和58年、初めての立候補にあたって、選挙参謀を務めました。

選挙を前に、徳田前理事長の考えをまとめた文書です。

“医療改革は政治抜きにはできない。”

“障害物を打破するためには 何でもやる”



前理事長は、病院建設が進まないのは、医師会による行政の圧力があるからだと考えていました。





病院建設には、都道府県に申請し、許可を得る必要があります。
ところが、徳洲会の申請には許可を出さないよう、医師会が働きかけていたというのです。
初めての選挙では、医師会が推す候補と激しい戦いを繰り広げました。



徳田虎雄前理事長(当時)
「戦いですから。」





対立は、地元のほかの選挙にも飛び火。
住民を二分する争いにまでなりました。





平成2年、3度目の挑戦で初当選。
状況は一変しました。




元選挙参謀 寿洋一郎さん
「(病院建設要望のために)県庁に行っても、当選前は知事も会ってくれなかった。
せいぜい秘書課長くらいが会う。
でも代議士になった途端、みんな応対が180度変わってくる。
こういう意味では、非常に活動範囲が広がった。
仕事がしやすくなった。」

徳洲会の病院が建設された鹿児島県与論島です。
人口5,000人余りの島に建てられた唯一の総合病院は、今、医療の中核を担っています。




当選後、徳田前理事長は、選挙区内の奄美群島に6つの病院を開設しました。

しかし、再び壁にぶつかります。
平成5年、自民党に入ることがいったん決まりましたが、10日後に取り消されたのです。
その背景には、医師会の強い反対がありました。
徳洲会の顧問弁護士をしていた、濱秀和さん。
前理事長は、医療グループを拡大していくには、より大きな政治力が必要だと考えるようになっていったといいます。

元顧問弁護士 濱秀和さん
「この現状を、どうにか打破したい。
打破しないと次には進めない。
これは、彼の考え方だった。
やっぱり1人では何もできない。
大きい政党で、そこを動かせば、制度が動くと彼が考えたのは間違いない。」

平成6年、みずから新政党・自由連合を設立。






2年後の衆議院選挙では、88人もの候補者を擁立しました。
その後、平成13年まで、漫画家やプロレスラー、タレントなど、のべ361人の候補者を立てました。
しかし、本人以外は全員落選。
大敗を喫しました。


3年前、解散した、自由連合の政治資金収支報告書です。






借金が70億円余り残っています。
その多くは、徳洲会グループが捻出した資金でした。
医療改革を掲げ、政治に傾倒していった徳洲会。
巨大医療グループの在り方が今、問われています。

医療界の“異端児” 徳洲会とは

ゲスト川渕孝一さん(東京医科歯科大学大学院教授)

●医療界における徳洲会という存在とは?

そうですね、徳洲会、もう40年ぐらいの歴史があるんですけれどもね。
当初は、やっぱり医療界では、異端児って言われてましたね。
それが、どんどん救急だとか、不採算医療をやって、市民権を得てきたと思うんですね。
もう1つは、やっぱり、特筆すべき点は、経営がうまいんです。
例えば、人件費率も、すこぶる低いですしね。
それで、そういう病院をいくつも経営していく中で、いわゆる規模の経済っていうんですかね、薬を安く買うことが、大きな病院でグループ化していくと、できますよね。
医療機器も安くなると。
そこで浮いたお金を、また再投資に使っていくということで、そういう点では、医療界で病院経営の模範児のようになってきましたね。
(徐々に患者への視点が抜け落ちていってしまったような印象もあるが?)
今のVTRにもありましたように、どんどん政治のほうに行き始めましたね。
ややもすると、どんどん地域医療やってきたんですけれども、どうも原点をだいぶ失ったなという感じがしますね。

●揺れる徳洲会 地域医療への影響は?

実際、北海道から南は沖縄までね、病院をカバーしてるんですけれども、本当に救急車の受け入れ台数なんかも、非常に多い病院もありますし、それから離島だとか、誰もやらないような、こういう医療もやってますよね。
そういうのがややもすると、だんだんですね、おかしくならんかなという、少し心配されるところもありますよね。
(医療施設を整えていく中で、歯車が狂ってしまった理由は?)
そうですね、医療というのは非営利性が原則でありまして、もっと言えば、公共性が高いサービスですよね。
特に徳洲会は、公益性の高い病院もあるわけです。
こういうところは、いわゆる税制的に優遇されてますしね。
どんどん地域医療やってくれ、ということなんですけれどもね。
まあ、ややもすると、やっぱり、本当は患者さんを向いた、患者中心の医療のはずなんですけどもね。
どんどん政治にのめり込むことによって、私は、ちょっと残念なのは、やっぱり医療の原点を忘れてしまったな、ということがありますよね。

●救急医療や地域医療 どうあるべきか?

雨降って地固まる、ということばがありますけどもね、結局、この事件、まだまだ分からんところいっぱいありますけれども、私は、もうちょっと同族性が排除されて、結局、いろんな同族の方が経営に関与していたんですけれども、やっぱり、もう1回、医療というのは、公共性、公益性っていうのを第一にして、そして地域医療を担うような形になってほしいなと。
実際ですね、徳洲会は、昔は医師会と対立してましたけれども、奈良県なんかに行きますと、本当に医師が足りなくて、むしろ自治体が徳洲会グループに来てほしいというケースもあるんですね。
そういう点では、地域医療になくてはならないようなところもありますので、もういっぺん原点に立ち戻って、私は、この事件をきっかけに再生してくれないかと思いますね。
(医療現場は非常に疲弊していますから、対立ではなく、いかに手を結べるか、そのきっかけにしてほしいということですね)
本当に未曽有の少子高齢化が来ますので、これをやっぱり、きっかけに、何とか、この地域医療の再生に向かってほしいと思いますね。

あわせて読みたい

PVランキング

注目のトピックス