クローズアップ現代

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No.34222013年10月28日(月)放送
ひきこもりを地域の力に ~秋田・藤里町の挑戦~

ひきこもりを地域の力に ~秋田・藤里町の挑戦~

全戸調査で明らかに ひきこもりの実態

秋田県藤里町は、白神山地のふもとに広がる、人口3,800人の町です。
若者の多くは町から出ていき、65歳以上の高齢者が人口の4割を超えています。
その藤里町が、ひきこもりの問題に気付いたのは、2006年。
きっかけは、高齢者の介護予防にあたっていた介護福祉士が、お年寄りから受けた相談でした。
家にひきこもっている若者がたくさんいるから、調べてほしいというのです。

桂田良子さん
「『あそこにもいるよ、あそこにもいるよ』という感じで。
あそこにも、黙って(ひきこもって)いるやついたでとか、みんながしゃべらないでいたもんね。」


いったい誰が、どこに閉じこもっているのか。
地域福祉を担う社会福祉協議会が、町に埋もれる人たちを探し始めました。

調査の先頭に立った、菊池まゆみさんです。
菊池さんは実態をつかむため、住民に協力を求めました。

「お邪魔していいでしょうか?」



自治会や民生委員、PTAなどのネットワークを活用。
広く情報を集め、一人一人のリストを作成しました。
すると、予想以上に多くの人が、家にひきこもっていることが分かりました。
その数、100人以上。
3,800人の小さな町に住む現役世代のおよそ10人に1人という驚くべき事態でした。

藤里町社会福祉協議会 事務局長 菊池まゆみさん
「最初は10人、20人レベルを連想してたんですよ。
私にとっては、精神疾患のある方々というイメージがちょっと強かったものですから。
あーそっか、本当に行き詰まっていらっしゃった方々がこんなにいるんだ。」

どんな悩みを抱えているのか。
菊池さんたちは、全戸への訪問調査に乗り出します。
カウンセリングから始めるつもりでした。

藤里町社会福祉協議会 菊地孝子さん
「ごめんください。」

しかし、悩みを聞くどころか、なかなか会うこともできません。



藤里町社会福祉協議会 菊地孝子さん
「怒る人もまずいるんですけど、お願いっていう感じで、もう来ないでくださいって感じで。
それは、ちょっと残念だったっていうか、悲しかったですけど…。」

調査は3年に及びました。
特に何が原因でひきこもったのか、悩みを聞くことは困難でした。
過去の傷に触れることになるからです。
また、外に出ようと誘っても、どこへ?と問い返されて、答えが見つかりません。
出ていく場所は用意できていませんでした。

藤里町社会福祉協議会 事務局長 菊池まゆみさん
「あまりにも、どういうふうな形で関わればいいのか、全く思いつかなかったものですから…。
ちょっと一瞬ひるんだっていうよりは、もう見なかったことにしたいなっていうのが、本当に本音でした。」


当時、ひきこもっていた人の1人に話を聞くことができました。
訪問調査が始まった、2007年。
Aさんは、すでに10年近くひきこもっていました。
Aさんもまた、突然の訪問を素直に受け入れることができませんでした。

Aさん(40代)
「あー来るんだ、みたいな。
最初、何しに来たか分からなかったですからね。
何か訪問販売みたいで、怪しいと思いましたけど。
うさんくさいなと思いましたけど。」

Aさんは地元の高校を卒業後、大学に進学。
東京のコンピューター会社に、プログラマーとして就職します。
しかし、スピードと高度な技術を要求される世界についていけず、結局、4年で退職。
地元に戻ることにしました。

Aさん(40代)
「逃げたって言えば、逃げたのかもしれないですね。
東京で結構ハードな感じで、バリバリ頑張らなきゃみたいな感じの人もいましたし。
気を張って生きていかなきゃいけない、みたいな。
軽いノリではなかったんですけど、戻ろっかなみたいな感じで。」

ひきこもりの実態 働きたいけど働けない

しかし、優しく迎えてくれるはずのふるさとで、厳しい現実に直面します。
Aさんはまず、地元のハローワークに通い、就職活動を始めます。
ところが、このころ、不景気が続き、スキルを生かせる仕事はありませんでした。
そこで、事務などに職種を広げましたが、面接を受けても受けても、不採用が続きました。


1年後、プログラマーとしての経験を生かしたいと、車で2時間離れた秋田市でも、仕事を探しました。
しかし、技術革新のテンポは速く、Aさんの経験と技術は、すでに価値のないものになっていました。




再び、ふるさとに戻ったAさんは仕事を選ぶことを諦め、アルバイトの仕事にも挑戦します。
しかし、高学歴があだとなり、アルバイトでさえ採用されませんでした。
不採用は、30社に達しました。
次第に、家から出ることができなくなります。
このころからAさんは、何の変化もない毎日の生活を少しでも記憶にとどめたいと、日記をつけ始めました。

Aさん(40代)
「ゲームして、午後寝てるんですよ。
で、寝たのが2時間くらいで、6時半ごろ起きて。
で、ずっとゲームして、寝たのが夜中の12時。」



不規則な生活が続き、追い詰められていきます。
自分のことを責めるようになりました。

Aさん(40代)
「受からない、会社に採用されない、仕事ないという状況っていうのは、何かが欠如してるんじゃないかっていう、自分の中で。
転げちゃうと、終わりますよね。
なかなか、はい上がれない。」

ひきこもり支援 発想の転換

一方、戸別訪問を続けていた菊池さんたちは、この町に、ひきこもりが113人いることを突き止めました。
どうすれば、外に連れ出すことができるのか。




この時、菊池さんが考えたのは、楽しい居場所を作ることでした。
卓球やカラオケ大会などを企画すれば、外へ出てくるかもしれないと考えたのです。




しかし、会場に姿を現す人は、ほとんどいませんでした。
訪問しても、なかなか会ってもらえず、悩みを聞き出すこともできない。
外に連れ出すことにも失敗してしまいました。
菊池さんたちの活動は行き詰まりました。

そんなある日、菊池さんの考えを大きく変える出来事がありました。
社会福祉協議会の採用試験に、21歳のひきこもりの若者が突然、現れたのです。
学校になじめず、高校1年で中退し、そのままひきこもっていたBさんでした。

Bさん(20代)
「やっぱり二十歳過ぎてからですよね。
周りは普通に就職して、結婚して、子どももいましたし…。
本当に焦りはありました。
本当に、何も経験してないのは自分だけだったです。」

突然の行動に驚いた菊池さんは、面接でBさんの思いを聞きました。
Bさんは、自分も働きたいと訴えました。
それまでカウンセリングを第一に考えていた菊池さんにとって、予想外の訴えでした。

藤里町社会福祉協議会 事務局長 菊池まゆみさん
「ガツっと、頭をゴンとやられた感じでしたね。
彼が来たことで、そうだよなって。
健康な体を持っていて、働く能力がないわけではなくて。
そうすると、働く場を求めているのかな?
その時、初めて分かった気がします。」

菊池さんは、方針を転換しました。
彼らは、働く場を求めている。
そう確信した菊池さんは、働くきっかけを作ろうとします。

当時、注目したのは、失業者のための支援事業。
ホームヘルパー2級などの研修が受けられ、資格を取ることができます。
菊池さんたちは祈るような思いで、このチラシを、ひきこもっているすべての家に投かんして回りました。



研修会場を見て、菊池さんは驚きます。
ひきこもっていた人たちが、次々に姿を現しました。
働くきっかけを求めて、資格を取ろうと、家から出てきたのです。
そうした人たちの中に、10年以上ひきこもっていた、あのAさんもいました。


Aさん(40代)
「これで動かないで、いつ動くんだ的な感じだったんでしょうね。
これは今やらなくて、いつやるんだ的な感じで。
それは普通の仕事を探す時と同じで、受けるだけ受けよう、みたいな。」

菊池さんは、ひきこもりへの考え方を根本的に改めました。
彼らは弱い人ではない。
多くは、働く場所がないために、家にひきこもらざるをえなかった人たち。
チャンスがあれば、よみがえる。

ひきこもり支援 地域に働ける場を

2010年、菊池さんは町役場の協力を得て、ひきこもっていた人たちのための就労支援施設を開設します。





「季節のうどんのセットの方。」

昼は、食事どころとして営業。
自家製の手打ちそばや、うどんを食べることができます。
ここで働き始めたのは、8人。
賃金は、1時間110円から550円。
本格的に働くまでの準備期間にあたる、いわゆる“中間的就労”の働き方です。

採用試験に突然現れて、菊池さんの考えを変えたBさんは、ちゅう房のチーフを任されました。
料理人並みの腕前だと評判です。

Bさん(20代)
「役割があるっていうのは、やっぱり、よかったんじゃないですかね。」

新しい取り組みも始まりました。
買い物が不便な地域に住む、お年寄りへの支援です。

「いっぱい買っていいですよ。
荷物運びますんで。」

マンツーマンで付き添い、買い物をサポートします。



「持ってください、って。」






外出が難しいお年寄りには、自宅まで配達します。

「どうも、お待たせしました。」




「みんなの力を借りないと、やっていけないような感じで。
本当に助かっております。」

感謝されることで、自分が必要な存在であることを実感し、ひきこもっていた人たちが自信を取り戻し始めています。



この秋からは、商店街も支援の輪に加わりました。
町にどんな仕事があるのか、写真店をはじめ、葬祭店や酒店などの店主から、仕事についての講義を受けます。




「いいね、そんな感じ。
はい、それでいきます。」

藤里町では、ひきこもっていた113人のうち、50人以上が家を出て、そのうち36人が、すでに働き始めています。



藤里町社会福祉協議会 事務局長 菊池まゆみさん
「どんどん変わるんですよね。
自分で、自分の可能性に気付いてなかったんだと思うし、どっかでリベンジしたい、どっかで活躍の場が欲しいと思いながら、チャンスを待っていた人たち。
そのチャンスは永久にこないだろうなって、9割9分あきらめながらも、そういうチャンスを、どっかで待ってた人たちなのではないかなと、今は思っています。」

ひきこもりを地域の力に 小さな町の挑戦

ゲスト玄田有史さん(東京大学教授)

●注目される藤里町の取り組み

すごいですよね。
もともと、こういうのを発見したのが、もともと介護とかで高齢者のお宅をお邪魔してて、ご自身の健康のこととか、生活のこと、悩みはあるだろうと。
ただ、本当に大きな悩みは子どもさんのことで、仕事をしていない、社会と関わりが持てない、自分が将来いなくなったあと、どうなるんだろうっていう、そういう悩みに、これまで一緒に話を聞いて、一緒に泣いてあげるしかなかったのが、そうじゃないんだって、なんとかしなきゃいけないんだっていう、やっぱり、そこに勇気を持って立ち向かったことが、今回の取り組みのすごさじゃないかと思うんですよね。
(ひきこもりへのイメージを大きく変えますね)
そうですね。
ぜひ誤解がないようにしていただきたいんですけれど、さっきの10人に1人とかっていうので、これは藤里町が特別にひきこもりが多いような町だっていうふうな捉え方をされたとすれば、それは正しくないと思うんです。
たぶん、このように、丁寧に一戸一戸訪問をして、話を丁寧に聞くと、恐らくどんな地域でも、同じような厳しい状況にある方、困った状況にある方は、きっとたくさんいらっしゃるんだと思います。

●ひきこもり支援 発想の転換

まず、こういう問題、実態がよく分からないっていうことが、とても大きくて、だからこそ、ああいう取り組みをされたと思うんですけど、実は私自身も、こういう状況にある方のことが、すごく気になって調べたことがあるんです。
孤立無業っていうんですけど、英語の頭文字を取ってスネップっていうんですが、20歳から59歳ぐらいの働き盛りで、仕事をしていない、結婚したこともない、そしてふだん、ずっと1人か、家族と一緒にいる人しかいないというのを孤立無業っていうんですけど、政府の統計を調べてみても、162万人。
すごい数なんですよね。
それで、この15年ぐらいで2倍になっていると。
しかも、特徴は今おっしゃったように、実は病気の方も、もちろんいらっしゃいます。
ただ、いろんな方がいる。
就職活動に落ちて、もう自信がなくなったとか、人間関係で疲れてしまってとか、職場の厳しさについていけなくて、今、どんな地域でも、大都会でも、地方都市でも、若い人でも、そうじゃない人でも、高学歴な人でも、そうでない人も、誰でもが孤立無業とか、ひきこもりになる可能性がある。
そういう、孤立が一般化しているというのが、現在の状況だと思いますね。
(菊池さんたちの粘り強く、丁寧な活動が功を奏した?)
そうなんですよね。
実際に菊池さんたち、お話を伺ったんですけど、やっぱり、情報提供を粘り強く、丁寧にやっていく。
やっぱり、どこかで求めていらっしゃる。
特に気付いたのは、やっぱり仕事っていうことに関する情報を求めてらっしゃるっていう、この情報提供の見事さっていうのは、やはり今回の取り組みの中で、いろんな方が参考になる、大事なポイントだと思いましたですね。

●ひきこもり支援の鍵は?

大事なのはステップ、丁寧に一歩ずつ踏んでいくっていうことじゃないでしょうか。
やはり、なんとか出ていく、その中で、いきなり正社員だとか、難しい仕事ではなくて、やっぱり、いろんな置かれた状況の中で、できることを少しずつやっていく。
そういう意味では、いろんな受け皿があって、その中でできることを、みんなが少しずつやりながら、次の段階に進んでいくっていう、そういう受け皿作りというのが、とても大事に思いますね。
(家族の方々には、あまり促すなというところまで伝えていたそうだが?)
そうですね。
こういう活動のことを、専門用語でアウトリーチっていうんですけれども、相談窓口を、国もいろんな意味で、ひきこもり支援対策で、相談窓口を作ってるんですけれども、なかなかそこまで出ていけないのが、ひきこもりの状況で。
じゃあ、今度は逆に、一戸一戸訪問して対応していく。
ただ、このアウトリーチが難しい。
やっぱり実際、他人が来るっていうのは大変なプレッシャーですから、それで、ご本人とご家族の関係が難しくなったりとか、本人がますますプレッシャーを感じる。
それができるためには、そういう一戸一戸に丁寧に情報を提供したり、ポンと後押しをしたり、いろんなつなぎ役をする、そういう専門的な役割が極めて重要な役割を果たしていると思います。

●ひきこもり支援 支援者にとっても助けになる仕組みが必要

私は、そういうのを支援者支援というふうに呼んでいて、国がなんとかすることも大事だけど、まず支援者を一生懸命、国なり自治体なり、市町村のみんなが支援をして、その方を通じて、困っている人たちに手を届けていく。
今、そういう世界ではコミュニティー・ソーシャル・ワーカーって言ったり、地域福祉コーディネーターって言っているみたいですけど、そういう方をみんなで支えていくということが、これから大事だと思いますね。
(藤里町の取り組みを見てみますと、高齢者の方々の生活をサポートする役割を積極的に担ったり、将来、もしかしたら商店街の後継者として育っていく可能性も出てきたように見えますね)
国谷さんがおっしゃるように、今回すごいのはやっぱり、いろんな意味の発想の転換があって、大体、こういうひきこもりとか、孤立無業っていうと、社会のお荷物と思われるところが多いんですけど、こういう若者がいなくなっている状況の中で、まさに彼らが地域の宝なんだと。
これが地域を支えてくれる人たちなんだっていうことを、みんなが信頼し、期待するっていうことが大きくて。
実際、彼らに会いましたけど、本当に気がつくし、優しいし、困っている人に対する目線とかが本当に温かいんですね。
そういう人たちを信じてやるっていうことが大事だと思いますね。

●ひきこもりを地域の力に

みんなで支え合う、信頼し合うということが大前提じゃないでしょうか。
(自分が期待されている、必要とされているということを実感できる社会になってほしいですね)
今、社会に余裕がない分だけ、みんなの支え合いによって、新しい知恵を作って、みんなで盛り上げていくということが大事だと思います。

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