クローズアップ現代

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No.33882013年7月31日(水)放送
疑惑の薬 ~論文データ操作の闇~

疑惑の薬 ~論文データ操作の闇~

人気の薬に疑惑が… 論文データ操作の闇

長村好章医師
「ちょっと心臓、聞かせてもらっていい?」

内科医の長村好章さんです。



脳卒中や狭心症を発症するおそれの高い高血圧の患者に、長年、「ディオバン」を処方してきました。
命の危険にも関わる、論文の改ざん疑惑。
長村さんは、憤りを感じています。



「『自分ののんでいる薬、先生、大丈夫ですか』と聞かれるけど、説明するのが本当に大変。
本当に、ちゃんとしてほしい。
現場からの怒り。」



脳卒中や狭心症の予防にも効果があるという、うたい文句で、年間1,000億円以上を売り上げてきた、「ディオバン」。
しかし、今月(7月)11日、京都府立医大が、その根拠になっていた論文のデータが操作されていたことを公表しました。

京都府立医大 調査委員会 代表 伏木信次副学長
「結論には、誤りがあった可能性が高いと考えられます。」




問題となった論文は、どのようなものだったのか。
2004年、高血圧の患者3,000人が参加する、国内最大級の「ディオバン」の臨床研究が始まりました。
1,500人ずつ、2つのグループに分けられた患者たち。
それぞれ、「ディオバン」と、ほかの高血圧の薬を、毎日服用してもらい、4年間、経過を観察しました。


その結果、ほかの高血圧の薬を服用したグループでは、延べ155人が脳卒中などを発症しました。
一方、「ディオバン」は83人。
発症率を半分に抑えるという、画期的な結果でした。
ところが、この論文に疑問を抱いた研究者がいました。
京都大学附属病院の由井芳樹医師です。
海外では、脳卒中などの予防効果が、ほかの薬より高いと認められた研究がなかったからです。

京都大学附属病院 由井芳樹医師
「(論文では)狭心症とか脳卒中が、約半分に発症率が減っていると。
今までの常識と全く異なるので、非常な違和感を覚えた。」


こうした研究者たちからの疑問の声を受け、京都府立医大は、今年(2013年)4月、調査委員会を設けました。

「これらが調査に使ったカルテです。」

3,000人の患者のうち、大学にカルテが残っていた223人について、カルテと論文のデータを比較しました。



その結果です。
まず、ほかの高血圧の薬を飲んだ111人。
論文では、脳卒中などの患者が34人も出た、としていました。
ところが、カルテを調べると、20人しかいませんでした。
14人も増やす操作が行われていました。

一方、「ディオバン」を飲んでいた112人。
脳卒中などを起こした患者は、論文では14人とされていましたが、カルテを調べると、2人多い、16人でした。
調査の結果、薬の効果に大きな違いはなかったのです。

疑惑の薬 追跡“論文改ざん”

誰が論文のデータを操作したのか。
調査委員会が注目した1人が、データ解析の担当者でした。

実は、ノバルティスファーマの社員だったのです。
公正な判断を行うべき研究の場に入っていた、製薬会社の社員。
私たちは、まずこの社員の自宅を訪ねましたが、すでに会社を辞め、行方は分かりませんでした。



「今、ご在宅ではないでしょうか?」

「おりませんけれども、こちらに。
あちらから連絡くるのみで、連絡とれない状況で。」

取材を進めると、この元社員は、ほかの大学の臨床研究にも参加していたことが分かりました。


京都府立医大の前に、同じように「ディオバン」の高い効果を認めた、東京の慈恵医大の臨床研究です。

この研究成果をもとに、当時、ノバルティスファーマは、薬の効果をうたう宣伝を行っていました。



“選ばれしもの。”






“パワーが違う。”

別の製薬会社で、営業を担当していた男性です。
こうした効果で、「ディオバン」の売り上げが増加したといいます。



別の製薬会社 営業担当
「あのデータは、特に脳卒中に関して、かなりインパクトがあったから、目に見えて増えていくというのが分かった。
ほかからの切り替えも、かなり多かったと思う。」



「ディオバン」の売り上げです。
慈恵医大の研究発表を受け、増加。
さらに3年後、京都府立医大が論文を発表した年に、過去最高の1,400億円を記録しました。
臨床研究の結果を薬の販売促進に使ってきた、ノバルティスファーマ。
元社員が論文のデータを操作したかどうかの証拠は、見つからなかったとしています。
一方、京都府立医大は、なぜ、製薬会社の社員を臨床研究に深く関与させたのか。
研究チームの責任者松原弘明元教授です。
ノバルティスファーマの制作した、「ディオバン」を宣伝するDVDに出演していました。

京都府立医大 松原弘明元教授
「心臓、腎臓、脳の合併症のある方に対しては、ファーストチョイスで使うべき薬だ。」

かつて松原元教授の研究室にいた男性は、資金が豊富な製薬会社となら、大規模な臨床研究が行えると話します。


話 元京都府立医大 医師
「大規模臨床試験というのは、非常に研究の花形だった。
注目を浴びるというのは、明らかだった。」



松原元教授の研究室は、2009年からの4年間に、ノバルティスファーマから、合わせて1億円を超える寄付金を、研究費として受けていました。
寄付金は、多くの研究室が企業からもらっていますが、ノバルティスファーマからの額は、ほかの企業より、ぬきんでて多いものでした。

話 元京都府立医大 医師
「(松原元教授は)研究費を獲得するという点での成果を、非常に重んじられていたし、非常に積極的に、それが(教授の)仕事だとおっしゃっていた。」

大学の調査に対して、データの操作への関与を否定している松原元教授。
なぜ、製薬会社の社員が臨床研究に深く関わっていたか、取材に対し、明確な回答はありませんでした。
調査委員会の代表を務めた、伏木信次副学長です。
今回の問題は、臨床研究において、製薬会社と医師の関係がどうあるべきか、はっきりとしたルールがない中で起きたと感じています。

京都府立医大 調査委員会 代表 伏木信次副学長
「当該薬剤の製薬会社の方が、非常に深いところで関与しているというスタイル。それから、大学の研究者も、そのことに対して、あまり認識がない。全体の構造として、非常に、これは問題だったと認識している。」

疑惑の薬 “論文改ざん”の衝撃

ゲスト稲垣雅也記者(科学文化部)

●臨床研究のデータの操作 医療現場や患者への影響は?

「ディオバン」は、1世代前の高血圧の薬と比べますと、値段が2倍から10倍する、高価な薬なんです。
血圧を下げる効果だけで比べますと、「ディオバン」も、そのほかの高血圧の薬も、それほど大きな違いはありませんので、やはり売れたのは、脳卒中や狭心症への効果への期待というのが大きかったんだと思います。
脳卒中などへの効果が変わらないのであれば、患者さんは、もっと安い薬で同じ効果を得られた可能性もあるわけで、そうした意味で、論文を書いた研究チームと、それから、その結果を使って薬の宣伝をした製薬会社の責任というのは重いと思います。
ただ、「ディオバン」の血圧を下げる効果自体が問題となっているわけではありません。
患者さんが突然、服用をやめますと、血圧がコントロールできなくなるおそれがありますので、自分で判断せずに、必ず医師に相談してほしいと思います。

●データ操作は会社ぐるみ? 企業はどう責任を受け止めている?

ノバルティスファーマは、会社ぐるみの関与というのはなかった、というふうに否定しています。
社内調査では、元職員の臨床研究への関与は、直接の上司だけしか知らずに、その上司も、元社員が大学の非常勤講師の立場もありましたので、その立場で関わっていたと思っていた、というふうに話しています。
脳卒中などを予防する効果をうたい文句にして、大きな利益を上げたので、保険組合ですとか、患者に賠償するべきじゃないかという質問に対しては、会社側は、血圧を下げる効果で薬の承認を得て、販売をしているので、ご理解をいただきたいというふうに答えるにとどまっています。

●真相はどこまで明らかに?

2つの大学とも、調査委員会を設けて調査をしているんですけれども、誰がデータを操作したのかという点は、その点の真相というのは、まだ明らかになっていません。
論文に使われた患者のカルテですとか、データを詳しく調べているわけですけれども、データには保存の義務がないために、重要なものがすでに一部、廃棄されてしまっているというのが実態なんです。
このままでは、問題がうやむやになってしまうおそれもありますので、大学で十分に対応ができないということであれば、やはり、国が調査を進めていくべきだというふうに思います。

どう防ぐ 臨床研究の不正

イギリス、インペリアル大学のセバー教授。
高血圧の治療薬について、ヨーロッパ最大規模の臨床研究を行った第一人者です。
セバー教授の臨床研究も、企業からの資金に支えられています。
それだけに、企業との距離の取り方には慎重になるといいます。

インペリアル大学 ピーター・セバー教授
「当然、製薬会社は、自社の薬が優れたものであって欲しいと、期待しています。
かつて我々の研究でも、参加した施設から、おかしなデータが送られてきたことがありました。」

どのようにして、臨床研究の公正さを保つのか。
イギリスでは、法律によって、研究を厳しく規制しています。
その監督にあたるのが、MHRA=医薬品庁です。

これは臨床研究に必要な手続きを、MHRAがまとめた手引きです。
500ページにわたって、こと細かに規制内容が記されています。
研究者は、まず国に申請し、研究体制や実施方法が適切か、承認を受けます。
研究データを保存することも、義務づけられています。
改ざんなどの問題が起きた場合、元のデータと照合できるようにするためです。
こうした手続きに違反すれば、法律で処罰される可能性もあります。

MHRA 臨床研究部 エレイン・ゴッドフリー副部長
「我々は、法律に基づいて、さまざまな臨床研究に目を光らせています。不正が起きれば、研究現場の査察を行うこともあるのです。」


しかし、厳しい規制には課題もあります。
手続きが煩雑になり、時間やコストがかかるため、実施される臨床研究が減っているのです。

カーディフ大学 ジョン・コックロフト教授
「研究を行うのが難しくなっています。
コストが非常にかかるためです。
患者さんにも、直接の恩恵はないと思います。」


日本では、どのように臨床研究の不正を防ぐのか。
厚生労働省と文部科学省の合同会議でも、急きょ、検討が行われました。

法律による規制ではなく、強制力のない、倫理指針の内容を充実させることが考えられています。
例えば、医療機関などに、自主的にカルテなどのデータを保存するよう促します。
さらにデータの解析を正しく行い、不正があっても、見抜けるような臨床研究の専門家を育成すべき、という指摘もあります。



合同会議 福井次矢委員長
「最後は、一人一人の研究者の知識と技量とモラルに行き着く問題だと思います。」




厚生労働省 研究開発振興課 一瀬篤課長
「今回の問題から、大臣直轄の検討委員会も、近日中に設置することとしていますので、そういった中で、この問題点等を究明して、再発防止に取り組んでいきたい。」

疑惑の薬 “論文改ざん”の衝撃

ゲスト渋谷健司さん(東京大学教授)

●日本の臨床研究の信頼 大きなダメージを受けたのでは?

そうですね。
私も非常に衝撃を受けてるんですが、やはり効果があると思って、薬をのみ続けた患者さん、それから患者さんのためを思って処方したお医者さんたちというのが1つ。
それから、やはり医療費を負担した一般国民。
さらには、世界の日本の研究に対する目。
そうした3つが、非常に大きく損なわれたと。
さらに真相解明から程遠い現状、そうしたものに対する不満というのが、非常に高まっていると思います。

●なぜ海外に比べ、日本の臨床研究をめぐる体制作りに遅れが?

ほとんどの科学者は、一生懸命やってると思うんですね。
ただ、今までモラルに頼り過ぎてきたという懸念があります。
ですから、法的拘束力のあるルール作りとか、あるいは、実際の臨床研究をする病院に、人やお金というのが非常に少ないという現状がありますし、さらには、そうした問題が起こったときに、調査権限を持つ機関がないと、そういう3つの問題があると思うんですね。

●研究室と製薬会社 癒着が起きやすい構図があった?

そうですね。
現実的には、産学連携なしでは、わが国の創薬や臨床研究のレベルというのは、国際標準には到達できないと思います。
ですから、なおのこと、データを独立して管理する部門、あるいは、データをきちんと分析できるような部署を作るとか、そうしたルールをきちんと作るということと、役割を明確にして、透明性を保つ、そうしたものをきちんとやっていかなきゃいけないと思っています。
(産業界からの関係者が入っていたとしても、きちんと役割の線引きをはっきりさせ、データを独立して管理する部門を作るということ?)
そうですね。
それは最低限だと思います。
(誰がいつ、どこまでのデータを見る権限があるのかということも、はっきりさせなければいけない?)
そうですね。

●法律ではなく倫理指針 これで再発防止は可能?

そうですね。
やはり、指針はあくまでも指針であって、やはり、科学者のモラルに頼るところがあります。
ですから、ある程度の法的拘束力を持ったシステム作りっていうのが、今後、検討する必要があると思います。
(指針では十分ではない?)
その可能性があると思います。

●画期的な新薬が生まれにくくなっているが?

そうですね。
そうした中で、日本は今回の政権を通して、各省にバラバラにある研究費を集めて、そうした新しい枠組みを作ろうと努力していると思います。
(新しい新薬がなかなか生まれにくい状況で、製薬会社としては、新しい臨床研究を通し、新しい付加価値を作り出そうというインセンティブが働くことになるのでは?)
そうですね。
ですから、今回のようなケースを契機として、今後、日本は研究も含めて、きちんとしたルール作りと、透明性を担保していくと、そうした強いメッセージを、国内だけではなく、世界的にも出していくということが今後、大きく求められると思います。
(今回の事態を通して、それをチャンスに変えていくと。)

●データが信頼できないと 成長戦略にも関わってくる?

そうですね。
ですから、本当に今回、僕も含めて医療関係者は、これを契機に、前向きに世界の目と、そして国内の患者様たちに対して、きちんと説明していく義務があると思っています。

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