クローズアップ現代

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No.33502013年5月21日(火)放送
人生に寄り道を ~今注目の“ギャップイヤー”~

人生に寄り道を ~今注目の“ギャップイヤー”~

あえて厳しい道へ “ギャップイヤー”

太平洋・赤道直下の島、ボルネオ島。
その北部熱帯雨林を切り開いた集落に1人飛び込んだ、日本人学生がいます。
坂井健さん22歳。
立教大学を休学し、先月末、ここにやって来ました。

坂井健さん
「今日は最初の授業です。
ちょっと緊張しています。」

坂井健さん
「おはようございます。」

坂井さんは、貧困地区の子どもたちにパソコンを使って英語を教えるという活動をしています。

坂井健さん
「ビデオを見てください。」

ギャップイヤーを取るため、必死にアルバイトをして費用を稼いだという坂井さん。
日本の大学生活では学べない体験をしたいというのが、その動機でした。
スポーツサークルに精を出し、人並みにエンジョイした大学生活。
しかし、先輩に誘われてアジアを旅行したとき、自分の甘さや視野の狭さを痛感。
あえて厳しい世界に身を置かなければと考えたのです。

坂井健さん
「なんだか僕、『これだ』っというものがなかった。
大学生活で空虚感が僕の中にあって、それで休学をしようと決断しました。」


両親は、そんな坂井さんの決断に反対しました。
特に母親は泣いて引き止めたといいます。
それでも両親を説き伏せ旅立った息子。
人生を台なしにするのではないかと、両親は今でも心配しています。

父 数美さん
「びっくりしたというのが正直な話。
うまくいっているのを投げ出して、行かなければいけないのか。」

母 直子さん
「果たして日本の企業がどれだけの割合で受け入れてくれるのか、不安はある。」

どんな環境でも、対応できる人間になりたいと飛び込んだ坂井さん。
しかし。

「(担任の)先生は来ないの?」

坂井健さん
「今日はケニンガウ(近くの町)に行くらしい。
勝手にやってくれって言われました。」

通訳をしてくれるはずの現地の先生が、買い物に行くと言って出かけてしまいました。
坂井さんは1人で授業をしなければならなくなりました。

「先生、わからないよ。」

「リサちゃんが全然わからなかったって。」

坂井健さん
「本当ですか?」

ただ手をこまねくばかりの自分。
坂井さんの顔から笑顔が消えました。

坂井健さん
「Lapar Sekali…(おなかがとてもすいている)。」

何が起きても動じない自分になりたい。
この日もまた気持ちを新たにしました。

坂井健さん
「このままではまずいなと思います。
本当に現地に来てみないと、やっぱりわからないなって毎日感じている。」

人生の目標を発見 “ギャップイヤー”

ギャップイヤーを経験すると学生はどう変わるのか。
これまで50人近くもの学生がギャップイヤーを取得した、国際教養大学です。
海外との交換留学が盛んなこの大学では、5年前から新たにギャップイヤーを制度化。
学生たちはギャップイヤーの体験を通して、進路や仕事に対する考え方が明確になるといいます。

例えば、この学生。
ギャップイヤーでアフリカのガーナに滞在。
現地の果物を加工し輸出する、会社の起業を考えるようになりました。




この学生は、フィリピンの貧困地区でボランティア。
そこで、現地に仕事を生み出すビジネスがしたいと、フィリピンと交易する商社に就職を決めました。



4年生の渡部北斗さんもギャップイヤー経験者。
初めは漠然とほかの人がしないような国際貢献をしたいと考えていました。
ところが、知人を通してカンボジアで地雷撤去などの支援活動を行うNGOに参加したところ、現地で気になったのは地雷ではなく、井戸。

寄付金によって掘られたものの、故障し、放置された井戸が多数ありました。
本当に有用な資金の流れとは。
考えるうちに、一時的ではなく持続的な支援を行える組織作りが重要だと考えるようになりました。
そして先月内定を得た就職先は、世界有数の金融関連企業。
自分でも想像していなかった、国際金融の中枢に飛び込むことにしました。

渡部北斗さん
「国際貢献をするには、一歩手前のビジネスをしている企業をもう少しよくしたいなって。
しっかり団体を運営しながら、また国際的に社会をもっとよくできるような仕事がしたいなと。」

国際教養大学 中津将樹さん
「自分のやりたいことを能動的に考えて、そしてまた主体的に活動していく。
そしてそれを自分の勉強に生かす。
そういう人材、これが必要だと思っています。」

「寄り道」を評価? 変われるか日本企業

今、経済がグローバル化し複雑さを増す中で、正規のレールからあえて外れるという、これまで日本社会ではほとんど評価されなかった若者を見直す動きが出始めています。
経団連は、企業が必要とする人材育成の手段の1つとして、ギャップイヤー導入の検討を提言。
さまざまな障害を乗り越えチャレンジし続ける人材が育つとして、企業も評価するべきだと明言しました。

経団連の幹事で大手旅行会社の創業者、澤田秀雄さんもギャップイヤーの必要性を説く1人です。
澤田さんは3年前、誰も引き受けたがらなかったリゾート会社の再生を請け負い、黒字化に成功させました。
原点は、学生時代世界を放浪したギャップイヤー。
失敗を経験し困難にチャレンジする人材が、日本経済を活性化させるといいます。

大手旅行会社会長 澤田秀雄さん
「(ギャップイヤーを経験すると)失敗もするんだなとか、だまされたりもするんだなとか、うまくいかないんだなとか、そこからこれじゃダメだということを知ったり、失敗してもまたやり直せばいいじゃないかとか、チャレンジしやすくなりますね。」

人生に寄り道を “ギャップイヤー”

ゲスト秦由美子さん(広島大学高等教育研究開発センター教授)

●ギャップイヤーの体験で学生たちにどんな変化が起きるのか

例えば飛行場なんかに見送りにいったときには、ひ弱そうで、私も付いていかなくて大丈夫だろうかと思ったような学生が、1年たって帰ってきますと、「先生どうでしたか、大丈夫ですか」って、相手のほうが私をケアしてくれるような、本当にたくましい人柄、人材として帰ってきて、彼自身の中で非常に大きな変化が起こってるんだなと、1年間のギャップイヤーを通して、大人になって帰ってきたなとつくづく感じることがあります。

●帰ってきてからの大学生活・勉強に向き合う姿勢は?

ギャップイヤーを取ることによって、人生の目的ですとか、学ぶことの目的というものをもう一度見直してきてますので、意欲が違いますね。
ますます自分の人生について深く考えているように思います。
ですから、必ず修了して真面目に学んでいるようです。

●有益なギャップイヤーの取り方とは

イギリス人がよく例として示してくれるんですけれども、親が支援して中国の孤児院に行って、中国の孤児に英語を教えるAさんと、そして自分でお金をコツコツためながら、タイのビーチでのんびり過ごすBさんの例と、どちらがイギリス人の意味するところのギャップイヤーの精神なんですかと聞きましたところ、Bさんなんだっていうんですね。
ビーチでゆっくり寝そべる、そちらのほうが重要なんだと言いますね。
つまり1から10まで用意されたパッケージ化されたツアーに参加するのではなく、自分がみずからの力で計画し、そして乗り越えて、そして帰ってくる。
そのことのほうが意味が重い、意味があるんだっていうふうに言ってました。
海岸で何もしないというと、もう日本人から見れば、なんと消極的なと思うかもしれませんが、つまりそれがゆとりであり、振り返る時間になっていると思いますね。
彼にとってみれば、その彼自身の過去を振り返り、そして将来を考えるための時間となっているために、自己の中で消化されてしまってますから、知識や経験などが自分のものとなっていく、その醸成する時間なのだと思います。

地域の支えで成長 “ギャップイヤー”

島根県津和野町。
人口8,300人。
県内で最も過疎化が進む山あいの町です。

津和野町 宮内秀和さん
「向こうの鯉がいるほうから。」

去年(2012年)春からギャップイヤーを過ごす学生を受け入れ、現在4人が町の臨時職員として活動しています。
若い感性で地域を活性化したいというのが町の考えです。

津和野町 宮内秀和さん
「おじいちゃんおばあちゃんの多い町なんですけど、そうした方々も学生だったら喜んで孫が帰ってきた感じで話してくれるのでは。」


その中で農業をテーマに活動するのが、慶応大学の坂和貴之さんです。
坂和さんは後継者不足が深刻な農業をなんとかしたいと、新規就農者を呼び込むプロジェクトに取り組んでいます。
田舎暮らしに興味のある人に農業体験をしてもらい、移住につなげようというものです。

坂和さんは大学で商学部に籍を置くかたわら、町おこしのサークル活動をしていました。
その中で、地域が抱えるさまざまな問題に腰を据えて取り組みたいと思うようになり、大学を休学してここへ来たのです。


坂和貴之さん
「地域の衰退っていうのがいちばん見えてくるのが、こういった集落とか地域のことなので、何か対策といいますか、何か僕が活動して改善していくことができないかと。」


しかし、それは初め大きな壁にぶち当たりました。
意外なことに、地元の人たちから反対されたのです。
町は農業の後継者問題は学生には荷が重いと考えました。
これまで町があらゆる手を打ちながらも、ほとんど実を結んでこなかったからです。

津和野町 宮内秀和さん
「それ(就農)がもしできるくらいなら、行政マンも苦労しないと。
それこそ坂和さんが1年でやり遂げたら、坂和さんの銅像が建つと言ったんですよね。」

そこで坂和さんは農家を一軒一軒訪ね、農業体験に協力してくれるよう説得して回りました。
しかし行く先々で、農業の実情を知らない甘いプランだと言われ、プロジェクトは賛同を得られませんでした。
代々わさび農家を営む、大庭敏成さんです。
大庭さんも、坂和さんの提案は無謀だと考えました。
山の中のわさび栽培は機械化できず、ほとんど手作業なため、プロの農家でさえ過酷な仕事。
農業体験をしたところで、就農には結びつかないと考えたのです。
しかし大庭さんは、大学を休学してまで町にやって来た坂和さんに農業の厳しさを知ってもらうためにも、協力することにしました。

わさび農家 大庭敏成さん
「(坂和さんは)分からないなりにも、ものすごく真剣なまなざしで話すわけです。
わたし的には現実の厳しさも坂和さんに分かってもらいたいし、理想のようにはなかなかいかないという部分を肌で感じることが、彼にとっての成長材料にものすごくなると思った。」

こうして農家の人たちの協力を得て、去年夏、体験者募集のパンフレットが完成しました。
県外各地で配布したところ、大阪などから7人の体験者が集まりました。
すると、その中の1組が町に定住して新たに農業を始めると決断。
プロジェクトは思わぬ結果を生みました。

就農予定者
「ここをわさび田にして、一応こっちはハウスで。」

坂和貴之さん
「自分なりの考え方で取り組んだ結果、いま参加者の方が来てくれたりとか、農家さんが協力して下さっている状況が、何かしら僕自身でも大きな成長になりましたし、そういう意味で一歩進んでいるというところは感じます。」

坂和さんは、さらにもう1年ここでギャップイヤーを過ごし、将来、地域再生の専門家になりたいと考えています。
学生の成長を促す津和野町でのギャップイヤー。
学生たちは町の人々に支えられ現実の厳しさを教えられながら大きく変化しようとしています。

“ギャップイヤー” 日本に定着するには

●どういう環境を作っていけば学生たちの成長につながっていくか

この坂和君の例は、本当にギャップイヤーの精神にのっとったものだと考えられます。
年齢の縛りが強い日本社会では、遠回りを許さないんですけれども、この坂和君の例では、個人の成長を望み、そしてそれをボランタリーな団体が支援し、大学や社会もその趣旨をよく理解して後押しするというふうな形で、若者の意識、人々の善意、そして社会の理解という、相互信頼に基づいて形成されるギャップイヤーというものを体現したものだと思って、すばらしい例だと思いました。

●遠回りを許さない日本 具体的にはどういうことか

何歳によって入学し、何歳で卒業して、また何歳で就職しなければならないというふうな形の縛りがきつい社会においては、遠回りは許されませんですよね。
そういうふうなところで、ギャップイヤーというものを入れることによって、1つの風穴を入れてもらい、大学という時期でさえ遠回りが許されるんだというところが、伝わっていけばいいなというふうに思っています。

●心配される親御さんも多いが?

そうですね。
結局は、最終的には就職というところにたどり着いてしまうんですよね。
今のままだと空白期間が認められないような社会ですので、ですから一層ギャップイヤーというものが導入されて、そしてその空白をも評価してくれるような企業が、その立場に立って評価してくれるような社会になってもらいたいと、非常に願っているところです。

●ギャップイヤーはどう位置づけられるべきか

今までは知識や技能を習得して、それを反復強化していくだけの教育にとどまっておりましたが、それが自己の中で消化される、その振り返りの時間として、ギャップイヤーが利用されて、そしてそれが社会も長い目で見守ってくれるという形、その長い目で見守るためには、国としての懐の深さというものも重要になってくると思います。
ですので、ぜひそのような機会とするために、ギャップイヤーが使われてほしいと思います。

●短期的な人材育成にとどまってほしくない?

そうですね、ギャップイヤーを通して身につくことというのは、即戦力として出てくるものではなくて、その人の10年後、20年後にまた現れてくるものですので、短期的な視野で物事を測っていただきたくないなというふうに思っています。
あくまでもその人の人生のためですね。
人生において、意味のあるものとして生かされることが一番重要なんだと思います。

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