ふるカフェ系 ハルさんの休日

古民家や古建築のカフェを紹介するブログです。

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にて放送中。ドラマも合わせてお楽しみください!

2017年05月10日 (水)

京都・吉田山のふるカフェ

 

またもやって来ました。千年の都、京都! 

cafe_yoshidayama_001.jpgなぜか等間隔で座る鴨川のカップルや、京都大学を横目に、

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  いざ、大正末期に建てられた、茶の湯にゆかりのある山荘カフェへ!

 

カフェは吉田神社の奥、吉田山の上にあった。


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 圧倒的な存在感。そして、よ〜く見ると、

建物の土台は基壇(きだん)と言われる石垣に、鴟尾(しび)と言われる屋根飾り。

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(格の高い寺院によく使われる基壇(きだん))

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(飛鳥時代に使われていた屋根飾り)

さらには、清水寺と同じ懸造り(かけづくり)だ!

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(斜面に立つ建物を支える伝統工法)

 

客席のある2階へ上がると、床にも、天井に組まれている梁(はり)にも

ヒノキが使われ、美しい光沢を放っている。

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この建物は元々、お茶席のときに食事を楽しむ食堂棟で、

近くには8軒の茶室があったそうだ。

それらを建てたのが、カフェオーナーの谷川次郎さんの祖父、茂次郎さん。

孫の谷川さんは、残っていた2軒の茶室を修繕し、食堂棟をカフェにしたのだ。

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(カフェオーナーの谷川次郎さん)

 

茶の湯にゆかりのカフェということで、お抹茶をオーダーしました。


cafe_yoshidayama_011.jpg上品な甘さが口の中で広がる落雁(らくがん)をいただき、
そこにお抹茶のさわやか苦味がさらに広がり、ただ、ただ、うまい!

 

ラッキーなことに、たまたま来店されていた

藪内(やぶのうち)流のお茶の先生である小澤翠さんが茶室を案内してくれることに。

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そこには、雅な文化を具現化した小宇宙が・・・。

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天井には、曲がり木が絡み合い、床柱にはアカマツの虫食い丸太が

さりげなく使われている。


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小澤さんは、吉田山の風雅な文化を今に伝えるこの茶室で
お茶の稽古(けいこ)や一般体験会を行っているそうだ。

 

カフェに戻って、ランチをいただいた。
このときの月替りメニューは地元の湯葉を使ったあんかけ丼と、筑前煮などだ。
cafe_yoshidayama_017.jpgまるでオムライスのような湯葉丼は、かつおだしが絶妙なふんわりとした食感。
そこに、つぶつぶのあられとショウガが、いいアクセントに。

僕の後ろのテーブルでは、
京舞のなかでも篠塚流のみなさんが、舞で使う扇子を選んでいた。
cafe_yoshidayama_018.jpg(家元の篠塚瑞穂さん(中央)・瑞桜さん(左)・梅晃さん(右))

 

ここで、急展開のサプライズが!

京舞を見たことがない僕のために、なんと、梅晃さんが舞ってくださったのだ。


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京都・吉田山には、茶室や京舞を今に復活させた、風雅を愛する心があった。


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また、寄らせてもらいまひょ!


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こぼれ話

お茶をいただく…という、日本古来のカフェ文化?がついに登場だね!
カフェといえばお茶を出し休憩する場所なわけだけど、日本ではそういうのを「茶屋」と呼んできた。ちょっときょうはそのへんをお話させてくれる?茶屋は街道沿いの宿場や峠などに設けられ、みんなそこで旅の疲れを癒やした。
大名・貴族などは自分の屋敷のなかに広大な庭園を設けたから、そこにも茶屋を作った。散策するときの休憩のためだね。
茶の湯が一般的になって、こうした茶屋も、茶の湯を楽しむための場所として洗練されていく。あの桂離宮だって、最初は「かろき茶屋」から出発して次第に整えられていったもの。古書院や中書院、新御殿のような立派な屋敷の他に、現在は4つの茶屋が残されている。茅葺の松琴亭や柿葺の月波楼など雅な名前がつけられている。京都という都会から離れて、田舎風情を洗練された形で楽しむものだ。洗練された田舎というのが、いかにも貴族趣味。

近代になると、事業に成功した財界人のあいだで茶の湯が大流行する。彼らを桃山時代にならって近代数寄者と呼ぶ。三井財閥の益田孝は茶人としては益田鈍翁と号して茶器の収集に熱心だったし、小田原には掃雲台という別荘を営んだ。造園に熱心だったのが原富太郎(原三渓)で、横浜本牧に三渓園という庭を作り、全国から古建築を移築して、多くの茶屋を作った。聴秋閣は二条城から移築したもの。このお庭は、見学可能だ。谷川茂次郎の数寄の道も、そんな実業家たちの流れにあるのでは。一部とはいえ、素晴らしい遺構を残してくれたみなさんに乾杯!