ふるカフェ系 ハルさんの休日

古民家や古建築のカフェを紹介するブログです。

2017年04月12日 (水)

東京・錦糸町のふるカフェ

スカイツリーを望む、ここは、東京・錦糸町。

cafe_kinnshicho_001.jpg今回は、ビルの谷間にある「見つけにくい」カフェを探しちゃいます。

 

僕が学生のころに知っていた錦糸町とは様変わりして
大きなショッピングモールもできて、まさに大都会って感じ。

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でも、1本裏路地に入ると、昔ながらの町工場も残っているんだよな。


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軽く迷ったけど、見つけました!見事にビルに挟まれている(笑)。

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引き戸にはガラスの装飾。この意味は、のちほどってことで。


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店内は、狭いけど木のぬくもりが感じられる空間。


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そして、いたるところにガラス細工が・・・。


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   店主の廣田英朗さんに聞いたところによると、
昭和31年に建てられたこの建物は、もともと靴やわらじの町工場だったそうだ。


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ここで、廣田さん情報を2つ。
廣田さんの実家は、120年続くガラス製造店。だから、店先のガラスの装飾をはじめ、
店内にたくさんのガラス工芸が置かれているのだ。
そして、もう1つ。廣田さんは、カリスマブロガーのハル、
つまり僕の大ファンらしい(でも、僕がハルだってなかなか気づいてくれない・・・)。

 

cafe_kinnshicho_010.jpg(およそ200年前から続いている伝統のガラス工芸、江戸切子(えどきりこ)。)

 

熱いコーヒーが飲めるように開発した江戸切子のカップで飲むコーヒーは最高でした!

そして、そして、伝統の和菓子を特別にいただいた。
人生ではじめて食べる「野菜の砂糖漬け」だ。


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甘いだけでなく、野菜のうま味や食感がしっかりあって、絶品でした!

ものづくりが盛んな墨田区だけあって、お客さんには職人さんも多い。
隣のテーブルには、ブラシづくりの職人さん母娘が。


cafe_kinnshicho_012.jpg(宇野千榮子さん(左) 宇野三千代さん(右))

 江戸切子に手作りブラシ!下町の職人技に感動!

 

和柄のステキなTシャツを着ているお客さんを発見。


cafe_kinnshicho_013.jpgcafe_kinnshicho_014.jpg(繊維工場の会長 久米信行さん)

 なんとこの方、日本でいち早くTシャツを作った繊維工場の会長さん。

当時は、Tシャツのことを「色丸首(いろまるくび)」と呼んでいたそうだ。

 

特別にカフェの屋上に上がらせてもらったら、そこには戦後の日本があった。


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この屋根瓦は、戦後の物資不足のときに生産された厚型スレートだ!

たくさんの体験をさせてもらって、そろそろ退散しようかと思っていたとき、
また職人さんとその娘さんが入って来た。


cafe_kinnshicho_016.jpg(娘の七虹(ななこ)ちゃんと、はさみ製造職人の石田明雄さん)


石田さんははさみ職人。子どもにも安全な刃のないはさみを見せてくれた。


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そして、娘の七虹ちゃんは僕がハルだって見抜いてくれた。
七虹ちゃん、ありがとおおおお!

 

新しさは、いつも古さの中に眠っている。


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僕のなかで、常に新しいことにチャレンジする職人さんの姿と、
ビルのはざまに残っているカフェの姿が重なった。

こぼれ話

「厚型スレート」という言葉が出てきたね。
スレートとは、もともと、「粘板岩の石盤」という意味。つまり、薄く削いだ天然石の屋根材を呼ぶ言葉だった。
こういうのは今は「天然スレート」と呼ぶ。ヨーロッパでは中世から使われていて、日本では明治以降に入ってきた。
東京駅など、歴史的建造物の屋根にも使われているよ。
​天然スレートの一大産地が宮城県石巻市。東京駅の復原のとき、もとの天然スレートを再利用しようと、取り外して石巻市で洗浄・修復したんだけど、東日本大震災の津波で流されてしまった。それでも地元の業者さんの努力で復原完成した姿はニュースで見て知っているかも。
ただこの天然スレート、希少で高価だから、一般の家屋には使いづらかった。
関東大震災を契機に、耐震の必要から屋根の軽量化が検討されるようになる。トタンなんかがいいわけだけど、震災需要で品薄。そこで石綿とセメントを使った人造の「石綿スレート」が普及するようになった。(今では石綿は健康被害があるため使用されなくなってるけどね)
ここで「スレート」の意味が広がってきちゃったわけ。
スレートの歴史をさらにさらに流転させたのが、昭和の戦争。物資不足で石綿の配給が止まってしまった。そこで今度は石綿を使わず、厚みを増して強度を上げたスレートが生まれた。これが今回登場した「厚型スレート」だ。もともと薄く削った板岩のはずが「厚型」とはこれいかに?とは思うけど、これも歴史の因縁がなせるわざ。
スレートひとつとってみても、人間は代替に代替を重ねていろんなバリエーションを作ってきた。今ではなかなか見かけない厚型スレートだけど、そういう試作の途中経過が瞬間冷凍されているかと思うと、感慨深いものがあるね。