ふるカフェ系 ハルさんの休日

古民家や古建築のカフェを紹介するブログです。

本放送:毎週水曜 午後11時00分~ NHK Eテレ

再放送:毎週日曜 午後6時30分~ NHK Eテレ

にて放送中。ドラマも合わせてお楽しみください!

関東

2017年08月23日 (水)

神奈川・茅ヶ崎のふるカフェ

 

ここは、神奈川県茅ヶ崎市。降り立ったのは、香川駅。

そばに海はないが、たくさんの畑がある。

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目の前に水着ギャルはいないが、

羽根付きの自転車に乗ったおじさんはいる。

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今回、僕が目指す、太陽のようなカフェは、この石畳の先にある。

 

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爽やかな香りがする、さわら材を使った外観。だけど、どう見ても新しい。

ここ、本当に古民家カフェ?

cafe_chigasaki004.jpgすごい!

広々とした空間に、たくさんの柱と梁(はり)が網の目のように組み合わさっている。

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これは、「相欠(あいが)き継ぎ」だ!

しかも梁が3段も組まれているじゃないか!

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2階席は1回以上に広々とした落ち着いた空間が広がっていた。

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なんと、梁が目線と同じ高さにある。

しかも、曲木(まがりぎ)ではないか!

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この建物は青森にあった築200年の元農家さんの古民家を移築したものだった。

「ここは老舗の蔵元で、昔からあった建物や移築した古民家などを使って、

今はいろいろなお店をやっています」とホールチーフの水島さん。

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(ホールチーフの水島 功さん)

 

この店の歴史が詰まったカレーと、地元の有機野菜を使ったサラダセット。

cafe_chigasaki010.jpg サラダに入っていた生のオクラは、

歯ごたえも粘りっ気もあって、おいしー!

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このカレー、スパイスの中に独特の苦味があっておいしいのは、

廃業寸前になった造り酒屋を救った地ビールが入っているからだ。

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地元が誇る創業145年の造り酒屋を守るために

6代目を継いだ熊澤さんは、

地元・茅ヶ崎が誇れる地ビールを開発したのだった。

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(6代目蔵元の熊澤茂吉さん)

 

熊澤さんは、地ビール開発後、歴史ある酒蔵と地元を結びつけようと

飲食店を作ることを計画。

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茅ヶ崎は自分がやりたいことを表現すると、

いろいろな人たちが協力してくれるそうだ。

「太陽のように光を放つと、そこからいろいろなものがつながっていく。

まさにこのカフェが、そうだよね」と常連客の谷さん。

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(自転車製作職人の谷 信雪さん)

 

あれ、この顔は?と思った人は、

さすがです!羽根付きの自転車に乗っていたおじさんです。

谷さんは茅ヶ崎でオリジナル自転車を作っている職人さん。

 

太陽のように光を放つ人たちは、まだいた。

ギタリストの露木さんと、ボサノバ歌手のMIDORiさんだ。

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(ギタリストの露木達也さん・ボサノバ歌手のMIDORiさん)

 

MIDORiさんは、昨年45歳でデビューしたとき、

このカフェで初ライブをやったそうだ。

 

ここ茅ヶ崎には、昔から個性を尊重する文化や土壌があった。

それが、茅ヶ崎の人たちのチャレンジ精神を育ててきたのだろう。

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やっぱ茅ヶ崎、かっちょいー!

 

 

 

 

2017年06月28日 (水)

千葉・野田のふるカフェ

千葉県野田市関宿地区へ。

ここに「こんもりしたカフェ」があると聞き訪れた。

目指すカフェに着いてみたら、小高い丘の上に棟の蔵がそびえていた。

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これは珍しいと思っていたところ、その正体は、

水害を防ぐために生まれた「水塚」というものだった。

2階からはスカイツリーの眺望も堪能!

さらに、特産品の枝豆を生かした絶品料理に

しょうゆだけをかけて食べるぶっかけそば。

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店主は、妻のためにカフェオープンを思い立ったとのこと。

そんな夫婦愛秘話にも心が温まる思いがした。

 

 

 

 

 

 

2017年06月14日 (水)

茨城・土浦のふるカフェ

いかにも城下町って感じのこの場所は、茨城県土浦でございます。

fulucafe_tsuchiura001.jpgそして向かうは、お城の敷地にたたずむ、ふるカフェ!

 

川は流れていないのに、通りに橋の欄干?ということは・・・・

fulucafe_tsuchiura002.jpg「感じてみてください」の高山さんのメールで聞いてみたら、

やっぱり暗渠(あんきょ)だった。

 

お城、キターーーーーーーーーー!

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でも、カフェが見当たらない。

探して、探して、見つけたのは、昼寝中のおじいちゃん・・・。

fulucafe_tsuchiura004.jpgと思ったら、その隣がカフェでした!

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入母屋(いりもや)造りの格式高い様式の外観だ。

fulucafe_tsuchiura006.jpgきっとここは、二間だったところを一つの大きな空間にしたんだな。

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おっ、窓からはしっかりお城が見えるではないか。

fulucafe_tsuchiura008.jpg床脇、床、書院がすべて揃った書院造りの床の間。

fulucafe_tsuchiura009.jpgしかも、床の間と縁側の仕切りに採光窓として障子や欄間を入れた平書院だ。

fulucafe_tsuchiura010.jpgさりげなく凝った作りがそこかしこにある。

でも、どうしてここが、お城の敷地なのか?

その答えは、店内にあった古地図と

fulucafe_tsuchiura011.jpgなんと!

「感じてみてください」の高山さんのお友だち、木塚さんが教えてくれた。

fulucafe_tsuchiura012.jpg木塚さんが指しているところが、この場所で、

この辺りはは多計郭(たけぐるわ)と言って、

かつてお城の武士の住居や蔵などがあった場所。

つまり、昔はお城の敷地内だったってことだ!

 

謎が解けてスッキリしたところで、お店のオススメ、

れんこんカレーを。

fulucafe_tsuchiura013.jpgれんこんのシャキシャキした歯ごたえが、なんともいいアクセント!

そしてデザートは、しょう油とお餅のワッフル。

みたらし団子のようなおいしさでした。

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先ほど縁側でお昼寝していたのは、

このカフェの常連さん、小宮威彌さん。

fulucafe_tsuchiura015.jpg土浦の隣のつくば市が、筑波学園都市として整備されたり、

つくば万博が開かれ急発展するにつれ、ここ土浦は徐々に衰退。

そこで、土浦を元気にしたいと、

2014年に店主の工藤さんがこのカフェをオープンさせた。

ちなみにこの建物は、昭和11年に建てられたものらしい。

 

土浦をもっと元気にしたい!そう思っている人は工藤さんだけではなかった。

実家が江戸時代から続く酒店という矢口祥子さんは、

fulucafe_tsuchiura016.jpg手描きの新聞を土浦の活性化のために配っている。

fulucafe_tsuchiura017.jpg自家焙煎の珈琲店を営んでいる松本正さん、由美さんご夫婦は、

fulucafe_tsuchiura018.jpg地元の飲食店や農家を集めたマルシェ(市場)を月に一度開催している。

 

土浦を愛する工藤さんのカフェには、

土浦の魅力をもっと発信したいと願う人たちが集まってくるのだ。

店も人も魅力的だなと思って横を見ると、

fulucafe_tsuchiura019.jpg寝ちゃっていました。

気持ち良さそうな小宮さんを見てたら、僕も縁側でゴロンとしたくなっちゃった。

2017年05月31日 (水)

東京・浅草のふるカフェ

 

今回の舞台は、活気と下町人情にあふれる東京は浅草

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今では世界中から、この江戸情緒を感じに大勢の人たちがやって来る。

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目指すは、奥浅草の“ひっこみじあん”なカフェ。

“ひっこみじあん”っていうのがちょっと気になるが、

まあ、行ってみますか!

と、思ったら突然の雨。でも、ここは下町人情あふれる浅草。

親切なおばさまが傘を貸してくれた上に、道まで教えてくれた。

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あった!

うん?建物が奥まったところにあるから、“ひっこみじあん”ってことか?

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木造モルタル一軒家。飾り気のない外観も“ひっこみじあん”?

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店内の中央には渡り廊下。その両側は、かつて部屋だったはずだ。

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頭上には、昔はあった2階の床板をはがした開放的な吹き抜けが。

fulucafe_asakusa_008.jpg 思っていた雰囲気とちょっと違うぞ。お店の人は黙々と働いているし、

お客さんも自分たちの世界に閉じこもっているって感じ。

どこに行ったんだ?浅草の陽気な下町人情は!

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2階も1階と同じ造りで、真ん中に渡り廊下があって、

その両側に部屋があった形跡が・・・。

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廊下の突き当たりには洗面所。そしてその右にはかつてトイレだった場所が・・・。

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間違いない!ここは、戦後すぐに建てられた共同住宅、アパートだったんだ!

 

建物の謎を解明したところで、注文した甘酒と黒豆を堪能。

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黒豆の上にのっているクリームには甘酒が入っているそうだ。

さっぱりしてて、あとをひく味。器のおちょこも、かわいい!

 

黒豆のやさしい甘さにメロメロになっていたら、

この建物の大家さんが、伯父さんとお兄さんを連れてやって来た。

fulucafe_asakusa_014.jpg(大家の松村七雄さん(右) 兄の松村輝彦さん(中央) 伯父の川村仁さん(左))

 

そして、なんと、伯父さんの川村さんは、かつてこの共同住宅の住人だったのだ!

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薄い板1枚の壁だったので、当時は隣の部屋の話し声まで聞こえたそうだ。

でも、お互いにそれを聞こえないふりをした。

そう、聞こえても、聞こえないふり・・・。

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相手をおもんばかる“ひっこみじあん”も立派な人情だったのだ!

 

店主の室伏将成さんと妻の志保さんは、かつて共同住宅だったこの建物を、

ほぼ手作業で1年かけて改修。2015年にこのカフェをオープンさせた。

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「僕はお客さんに長居してほしいと思っている。

そして、今日はじっくり自分と向き合おうっていうお客さんがいると、

お店にもいい空気が流れるんですよ」と将成さん。

水がセルフサービスなのも、お客さんのペースで時間を過ごしてほしいから。

最初、そっけないカフェだなと思っていた自分を殴ってやりたい気分だ。

 

閉店後、お客さんとして来ていた俳優の奥居元雅さんも交えて映画の上映会になった。

このノリは、やっぱり下町。

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見えないところでお互いを思いやる浅草の人たち。

本当の人情って、さらっとしていて、ほんのり甘いものなのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

2017年05月24日 (水)

神奈川・箱根のふるカフェ

やって来たのは、箱根の宮ノ下。まっ青な空が広がり天気も最高だ!

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江戸時代、4つの湯治場(とうじば)があった宮ノ下は、箱根の中心地だった。

 

歩いていると、いろいろなところにひょうたんが・・・???

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明治時代からは、海外セレブも泊まる高級温泉リゾートとして人気だったそうだ。

 

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(箱根でも随一の老舗ホテル)

 

で、今回目指すのは、元老舗旅館と関わりが深いカフェなのだ!

 そのカフェは、長い、長い坂の途中にあった。

 

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でも、トタンって!どういうこと?

 

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だけど店内は、老舗旅館っぽい雰囲気。古い材木の味わいがたっぷりの空間だ。

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さっそく緑茶と最中を注文したら、ここにもひょうたんが!

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その謎を解き明かしてくれたのは、オーナーの妻である安藤恵美さん。

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豊臣秀吉が小田原攻めしたとき、傷ついた兵士を宮ノ下の温泉で療養させたらしい。

以来、秀吉のひょうたんの馬印のマークは、この街のシンボルとなったそうだ。

 

さて、次はカフェと老舗旅館の関わりを解明せねば。

店内には旅館をイメージさせる建具や調度品があることには、あるが・・・。

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 わからん!そんなときは素直に聞くに限る。

ということでオーナーの安藤義和さんに伺ってみた。

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江戸時代から代々続く温泉旅館だったが、

安藤さんの祖母がお亡くなりになったときに閉館。

そしてこの場所は、その旅館が板金屋さんに貸していた場所だった。

それを安藤さんが手を入れてカフェとしてオープンさせたそうだ。

 

そして昔、旅館の従業員寮だった建物も今、改装中だった。

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(芹澤毅さん(左) 大山哲生さん(右))

 

「建物は、そのオーナーの心意気や思い出そのものなので、

それをもう一度よみがえらせたい」と大工の芹澤さん。

「次の世代の人たちに自分たちの仕事は必要とされているのだ

ということを伝えていきたい」と材木店の大山さん。

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 心意気と心意気がふれあうと、新しいものが生まれるんだな。

 

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 このお土産屋さんは、かつてお寿司屋さんだったそうだ。

小田原、箱根は、小田原漆器や寄木細工などの木工が盛んな地。

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小田原漆器の職人さん、鈴木友子さんにその作品を見せてもらった。

 

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透明な漆(うるし)を使うことで、木目の自然な美しさが出ていて、かっこいい!

 

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最後に、義和さんのお父さん、安藤紀之さんにもお目にかかることができた。

「300年続いた旅館にピリオドを打ったのは残念でしたが、

残された資産を時代に応じて生かしてくれているので、

私としては賛成ですね」と紀之さん。

 

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 旅館からカフェに形は変わっても、おもてなしの心は、

いつも人をあったかくしてくれる。

うん、なんだか僕も元気をもらったぞ!

 

 

 

2017年05月17日 (水)

東京・木場のふるカフェ

今回は、僕のファンである女性店主の方からメッセージをいただき、

東京都江東区木場にやって来ました!

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 木場は江戸時代につくられた運河の町で、材木で栄えた町。

 

ところで、これ、何だか分かりますか?

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(川は埋め立てられて公園になっていた)  

 

正解は、公園の門、じゃなくて、昔の水門。

と、教えてくれたのは、偶然の再会を果たした高山英男さん。

僕のブログのファンなら、覚えていますよね。

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 そう、中野のふるカフェで出会った・・・『感じてみてください』の人です(笑)。

川沿いにたたずむ、いかにも木場っぽいふるカフェ、発見!

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いい感じの木の外壁。カフェの中がどうなっているか、期待感マックス!

 

扉を開けると、香ばしいパンの香りが・・・。

 

 

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店内には木工品や木のオブジェがいたるところに置いてあり、あったかい雰囲気。

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こちらが、僕にメッセージをくださった店主の高橋幸子(ゆきこ)さん。

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正確には、僕のファンではなく、僕のブログのファンでした(笑)。

 

着物姿の常連さんが、しょうが湯を飲んでいたので、

郷に入れば郷に従えということで、僕もしょうが湯を。

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(スパイシーな味がクセになる)

 

店の常連さんであり、地元の材木問屋の旦那衆のみなさんが、

この建物のことを教えてくれました。

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(左から田中さん・柴崎さん・天野さん・鷲田さん)

 

ここは元々、林場(りんば)と呼ばれる材木置き場だったそうだ。

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(この格子のようなものは材木が痛まないように風通しをよくしたもの)

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 (壁の下のコンクリートは昔の川の護岸)

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(2階は住み込みで働いていた若い衆が使っていた)

 

幸子さんがこのカフェをオープンさせたのは2015年。

長年勤めていたパン屋さんを辞めて次の仕事を探していたとき、

たまたま空き家になっていたこの建物と出会ったそうだ。

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多くのビルが建つ中、この建物は昔ながらの木場を今に伝えている。

 

こちらは、材木屋さん3代目社長の馬田勝之さん。

木の良さをもっと子どもたちに知ってもらいたいと、木工体験などをやられている。

店内にある木のおもちゃも馬田さんのところで作ったものだ。

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昔の風景はなくなっても、他人のことを気にかける

おせっかいなところは昔のままだそうだ。

木の温かみを感じられる人たちの思いは、いつまでも変わらない。

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2017年05月03日 (水)

群馬・桐生のふるカフェ

東京から電車で2時間半。群馬県の桐生市にやって来ました!

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桐生は、ちょっと路地に入ると蔵や町家がある風情のある街だ。

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(ノコギリ屋根。明治や大正時代によくあった工場の屋根)

 

何か音が聞こえると思ったら、ここは桐生織の工場だった。

「西の西陣、東の桐生」と言われるほど、桐生は昔から織物産業の中心だったのだ。

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なんだ、これは!年季の入った古民家ではあるが、なんか変・・・。

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(コンクリートの丸いオブジェは、井戸を横にしたもの)

 そして、店内に入ると、もっと変!

無数の民芸品で埋め尽くされた不思議な空間だった。

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cafe_kiryuu_007.jpg(家の中に、庭?)

 それでは、探検といきますか!

半地下あり、2階あり、中2階あり、見れば見るほど、違和感だらけだ!

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いろいろな空間が迷路のようになっていて・・・迷子になってしまいました!

 

何が何だか分からない僕に、常連客の山鹿さんが教えてくれました。

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(常連客の山鹿英助さん)

 

初代当主で料理人だった小池魚心さんが、

「家の中に家を作る」というコンセプトのもと、

古民家を徹底的に改造して作ったのが、このカフェだったのです。

 

そして、僕がオーダーしたスパイスのきいた本格的なカレーが登場。

これは昭和12年にこのカフェがオープンしたときからのメニューで、

レシピも当時のままだそうだ。

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(辛いルーの中からじっくり煮込まれた玉ねぎの甘さが、たまりません!)

 

 

こちらは、二代目店主の妻、小池敏子さん。

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そして敏子さんの計らいで三代目店主の一弘さんに

魚心さんの部屋を見せていただくことに。

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(このカフェの生みの親、小池魚心さん)

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(これは、魚心さんが描いたこのカフェの設計図)

 

 

さらなる驚きが、このカフェにはあった。

なんと、20世紀の世界的な巨匠、棟方志功が描いた壁画があるのだ!

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しかし、この壁画が発見されたのは今から10年ほど前だったという。

熱烈な棟方志功のファンだった魚心さんは、店の壁に絵を描いてもらった。

ところが、その絵が気に入らなかった魚心さんは、

その日のうちに漆喰(しっくい)で塗りつぶしてしまったのだ。

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(地元新聞記者の蓑﨑昭子さん)

 

しかーし、2008年、地元新聞記者の蓑﨑さんが

三代目の一弘さんにお願いして、絵をよみがえらせた。

『花なら何でも好きという人は、花の美しさがわからない人だ』by魚心さん

世間の評価かどうあれ、自分の美意識にあわないものは、

そばに置きたくなかったのだろう。魚心さん、かっこよすぎます!

 

こちらは、金子さんと、新井さんご夫婦。

魚心さんも造詣が深かった桐生織について話を聞かせてくれました。

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(衣料品店 店主の金子由美彦さん)

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(染織史研究家の新井正直さんと、アクセサリー作家の求美さん)

 みなさん、桐生の織物文化に深い愛情をもつ人たちでした。

 

今回のカフェは、ただのカフェではなかった。

小池魚心という偉大なマルチクリエーターが、

こだわって、こだわって、こだわり抜いて作り上げた、ひとつの作品なのだ。

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魚心さんと会って、話を聞いてみたかったなあ・・・。

 

 

 

2017年04月26日 (水)

東京・中野のふるカフェ

やって来たのは、東京・中野
ちょっと高い建物に上ると、もうすぐそこに新宿副都心が見渡せる。
だって、新宿から電車でたった4分ですから。

 

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しかし、こんなにぎやかな場所に、
築およそ70年!二軒長屋を改築したカフェなんて・・・

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ありました!

二軒分の長いスペースをうまく利用して、

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いい感じのテラスになっている。
出迎えてくれたのは、店主の嘉山隆司さん。

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店内は、二軒を仕切る壁が取っ払われて1つの空間に。

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長屋にもともとあった障子は、なんと天井に!

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老朽化を逆手にとったアイデアがいっぱいだ。

そして、ラッキーなことに、長屋を改築した中西さんを
店主の嘉山さんが紹介してくれた。

cafe_nakano_007.jpg(中西道也さん)

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空き家だった二軒の長屋を2010年に中西さんがカフェに改築したのだ。

「古い建物の古さを残すのは、自然を残すのと似ているところがある」

と中西さん。名言だな。

 

オススメのカレーは店主の嘉山さんが半日かけて作ったもの。
スパイシーだけど玉ねぎのほのかな甘みもあって絶妙なおいしさだ!

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テラスで何かを眺めている人がいたので、話しかけてみると、

「見ているのではなく、感じている」と意味不明な答えが・・・。

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 (高山英男さん)

よくよく話を聞いてみると、カフェの前の通りは暗渠(あんきょ)で、
通りの下には桃園川という用水路が流れているとのこと。その流れを感じていたのだ!
ちなみに暗渠とは、上からフタをして覆い隠された川や水路のこと。

 

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だから、通りがクネクネしていたのだ!
そして僕が入ってきた入り口は、かつて川沿いの縁側だったところだった。

もう1つ、忘れられない出会いがあった。
それは、児童文学者の森ひさしさん、御年99歳!
戦後から中野に住む、このカフェの常連客だ。

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森さんからは、戦後の中野がどんなところだったのか?
貴重な話をたくさん聞かせてもらえました。

店主の嘉山さんと妻・明美さんには、もう1つの顔が・・・。
区役所でケースワーカーとして実績を積んだ嘉山さんは
今でもお客さんの様々な相談に乗っているそうだ。
そして、明美さんは・・・

cafe_nakano_013.jpg(沖縄芸術大学研究員の肩書きを持つ明美さん(中央))

琉球音楽の専門家なのだ。
この日は、お仲間と沖縄の歌と踊りを披露してくれました!


ユニークで人情あふれる人たちが集い、絆を深める場所。
ひょっとすると、昔の長屋もこんな感じだったのかも。

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 東京から電車で30分。ここは、神奈川県大和市の中心地、中央林間

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で、今回向かったのは、築50年のアメリカ人向けに作られた一軒家カフェ!

お目当てのカフェに向かう途中には、

「ランチハウス様式」と簡素なたたずまいに素朴な色合いの

米軍ハウスが目に飛び込んできた。

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で、目的のカフェ・・・あれ?外観は、思いっきりジャパンではないか!


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でも店内は、奥まで真っ白のホワイトハウス。


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きっとここは、かつてのリビング。うん、間取りもアメリカっぽい。

しかも、店に置かれた、古い小物や家具がいい味を出している。

 

cafe_rinnkann_006.jpgcafe_rinnkann_007.jpgcafe_rinnkann_008.jpg

 

まさに、古き良きアメリカって感じだ!

キッチンには、アメリカ料理には欠かせない、立派なガスオーブンが鎮座。


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オーダーしたのは、アメリカ伝統の家庭料理、ミートローフ。

かわいらしい盛り付けは、もはやメルヘン!


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オーブンで焼いた肉のうまみが、口の中でジュワーと広がって、もう最高!

ところで、この建物。
トイレとお風呂が一緒だったり、アメリカの住宅らしさが
随所にあるけど、米軍ハウスとしては狭い気がする。それは、なぜか?

cafe_rinnkann_011.jpg(床のタイルがレトロでしょ)

 

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(奥の小部屋は、もともとクローゼットだったのだ)

もともとは米軍の人たちのために建てられたけど、
その後には日本人も使うと考えた大家さんが
アメリカ的であり、日本的でもある建物にしたのではないか?

と、僕に教えてくださったのは、神奈川大学教授の内田青蔵さん。


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先生、ご教授ありがとうございました!

 

1967年に建てられたこの米軍ハウスは

2010年に空き家になり、取り壊しの危機を迎えたそうだ。そのとき、


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(右:眞鍋三保さん 左:畠山有香さん)

眞鍋さんは友人の三ツ本さん、畠山さん、

そして長岡さんらの助けを借りて、カフェとして再生することを決意。

cafe_rinnkann_015.jpg(三ツ本ひとみさん)

 

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(長岡進さん)

 

資金も少なかったので、地域のペンキ屋さんや大工さんに
手伝ってもらいながら、ほとんど自分たちの手で半年間かけて改修したそうだ。

日米の文化がこの地で出会い、和洋折衷の米軍ハウスが生まれた。
それを見ながら育ってきた地元の人たちの歴史や憧れが
いっぱい詰まった、ふるカフェでした。


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シーユーレイター!アイルビーバック!

 

 

 

2017年04月12日 (水)

東京・錦糸町のふるカフェ

スカイツリーを望む、ここは、東京・錦糸町。

cafe_kinnshicho_001.jpg今回は、ビルの谷間にある「見つけにくい」カフェを探しちゃいます。

 

僕が学生のころに知っていた錦糸町とは様変わりして
大きなショッピングモールもできて、まさに大都会って感じ。

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でも、1本裏路地に入ると、昔ながらの町工場も残っているんだよな。


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軽く迷ったけど、見つけました!見事にビルに挟まれている(笑)。

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引き戸にはガラスの装飾。この意味は、のちほどってことで。


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店内は、狭いけど木のぬくもりが感じられる空間。


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そして、いたるところにガラス細工が・・・。


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   店主の廣田英朗さんに聞いたところによると、
昭和31年に建てられたこの建物は、もともと靴やわらじの町工場だったそうだ。


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ここで、廣田さん情報を2つ。
廣田さんの実家は、120年続くガラス製造店。だから、店先のガラスの装飾をはじめ、
店内にたくさんのガラス工芸が置かれているのだ。
そして、もう1つ。廣田さんは、カリスマブロガーのハル、
つまり僕の大ファンらしい(でも、僕がハルだってなかなか気づいてくれない・・・)。

 

cafe_kinnshicho_010.jpg(およそ200年前から続いている伝統のガラス工芸、江戸切子(えどきりこ)。)

 

熱いコーヒーが飲めるように開発した江戸切子のカップで飲むコーヒーは最高でした!

そして、そして、伝統の和菓子を特別にいただいた。
人生ではじめて食べる「野菜の砂糖漬け」だ。


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甘いだけでなく、野菜のうま味や食感がしっかりあって、絶品でした!

ものづくりが盛んな墨田区だけあって、お客さんには職人さんも多い。
隣のテーブルには、ブラシづくりの職人さん母娘が。


cafe_kinnshicho_012.jpg(宇野千榮子さん(左) 宇野三千代さん(右))

 江戸切子に手作りブラシ!下町の職人技に感動!

 

和柄のステキなTシャツを着ているお客さんを発見。


cafe_kinnshicho_013.jpgcafe_kinnshicho_014.jpg(繊維工場の会長 久米信行さん)

 なんとこの方、日本でいち早くTシャツを作った繊維工場の会長さん。

当時は、Tシャツのことを「色丸首(いろまるくび)」と呼んでいたそうだ。

 

特別にカフェの屋上に上がらせてもらったら、そこには戦後の日本があった。


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この屋根瓦は、戦後の物資不足のときに生産された厚型スレートだ!

たくさんの体験をさせてもらって、そろそろ退散しようかと思っていたとき、
また職人さんとその娘さんが入って来た。


cafe_kinnshicho_016.jpg(娘の七虹(ななこ)ちゃんと、はさみ製造職人の石田明雄さん)


石田さんははさみ職人。子どもにも安全な刃のないはさみを見せてくれた。


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そして、娘の七虹ちゃんは僕がハルだって見抜いてくれた。
七虹ちゃん、ありがとおおおお!

 

新しさは、いつも古さの中に眠っている。


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僕のなかで、常に新しいことにチャレンジする職人さんの姿と、
ビルのはざまに残っているカフェの姿が重なった。