ふるカフェ系 ハルさんの休日

古民家や古建築のカフェを紹介するブログです。

本放送:毎週水曜 午後11時00分~ NHK Eテレ

再放送:毎週日曜 午後6時30分~ NHK Eテレ

にて放送中。ドラマも合わせてお楽しみください!

2017年05月24日 (水)

神奈川・箱根のふるカフェ

やって来たのは、箱根の宮ノ下。まっ青な空が広がり天気も最高だ!

fulucafe_hakone001.jpg

江戸時代、4つの湯治場(とうじば)があった宮ノ下は、箱根の中心地だった。

 

歩いていると、いろいろなところにひょうたんが・・・???

fulucafe_hakone002.jpg

fulucafe_hakone003.jpg

 

明治時代からは、海外セレブも泊まる高級温泉リゾートとして人気だったそうだ。

 

fulucafe_hakone004.jpg

(箱根でも随一の老舗ホテル)

 

で、今回目指すのは、元老舗旅館と関わりが深いカフェなのだ!

 そのカフェは、長い、長い坂の途中にあった。

 

fulucafe_hakone005.jpg

 

でも、トタンって!どういうこと?

 

fulucafe_hakone006.jpg

だけど店内は、老舗旅館っぽい雰囲気。古い材木の味わいがたっぷりの空間だ。

fulucafe_hakone007.jpg

さっそく緑茶と最中を注文したら、ここにもひょうたんが!

fulucafe_hakone008.jpg

その謎を解き明かしてくれたのは、オーナーの妻である安藤恵美さん。

fulucafe_hakone009.jpg

 

豊臣秀吉が小田原攻めしたとき、傷ついた兵士を宮ノ下の温泉で療養させたらしい。

以来、秀吉のひょうたんの馬印のマークは、この街のシンボルとなったそうだ。

 

さて、次はカフェと老舗旅館の関わりを解明せねば。

店内には旅館をイメージさせる建具や調度品があることには、あるが・・・。

fulucafe_hakone010.jpgfulucafe_hakone011.jpgfulucafe_hakone012.jpg

 わからん!そんなときは素直に聞くに限る。

ということでオーナーの安藤義和さんに伺ってみた。

fulucafe_hakone013.jpg

江戸時代から代々続く温泉旅館だったが、

安藤さんの祖母がお亡くなりになったときに閉館。

そしてこの場所は、その旅館が板金屋さんに貸していた場所だった。

それを安藤さんが手を入れてカフェとしてオープンさせたそうだ。

 

そして昔、旅館の従業員寮だった建物も今、改装中だった。

fulucafe_hakone014.jpg

(芹澤毅さん(左) 大山哲生さん(右))

 

「建物は、そのオーナーの心意気や思い出そのものなので、

それをもう一度よみがえらせたい」と大工の芹澤さん。

「次の世代の人たちに自分たちの仕事は必要とされているのだ

ということを伝えていきたい」と材木店の大山さん。

fulucafe_hakone015.jpg

 心意気と心意気がふれあうと、新しいものが生まれるんだな。

 

fulucafe_hakone016.jpg

 このお土産屋さんは、かつてお寿司屋さんだったそうだ。

小田原、箱根は、小田原漆器や寄木細工などの木工が盛んな地。

fulucafe_hakone017.jpg

小田原漆器の職人さん、鈴木友子さんにその作品を見せてもらった。

 

fulucafe_hakone018.jpg

透明な漆(うるし)を使うことで、木目の自然な美しさが出ていて、かっこいい!

 

fulucafe_hakone019.jpg

最後に、義和さんのお父さん、安藤紀之さんにもお目にかかることができた。

「300年続いた旅館にピリオドを打ったのは残念でしたが、

残された資産を時代に応じて生かしてくれているので、

私としては賛成ですね」と紀之さん。

 

fulucafe_hakone020.jpg

 

 旅館からカフェに形は変わっても、おもてなしの心は、

いつも人をあったかくしてくれる。

うん、なんだか僕も元気をもらったぞ!

 

 

 

こぼれ話

僕がどぎもを抜かれたオシャレな洋館は、明治11年創業の老舗ホテル。国の登録有形文化財にも指定されている。
創業者の山口仙之助は福沢諭吉から実業と国際観光の重要性を教えられ、この地の旅館を買収。西洋風に改造して日本初のリゾートホテルにした。そんなわけで、ねらいは外国人宿泊客。パンや肉は、横浜から小田原まで馬車。そこから宮ノ下まで人足で毎朝運搬していた。発電所まで自力で設けて全館に電灯を整備。最初は火力発電、のちには蛇骨川を利用した水力発電に切り替えたらしい。
苦労が実って次第に客が増え、明治24年には現在の本館が新築。2階建ての本瓦葺。玄関上部の唐破風は社寺風。玄関は木製の回転扉、白孔雀の彫刻があしらわれている。中央階段は純洋風の廻り階段、でも細部の装飾は日本風の花鳥風月。階段親柱には菊の花、フロント柱・腰板は日光彫の富士山や尾長鶏のレリーフだ。明治29年建設の1号館、2号館は真っ白なコテージ。全体は洋館だが、玄関だけ寺社仏閣風。昭和5年にできた食堂は格天井。箱根の高山植物がひとつひとつ描かれている昭和11年にできた花御殿(客室棟)が完成は地上5階、近代日本風だが鉄筋コンクリート造。外部には木材で柱、長押、庇、大屋根をとりつけていて、千鳥破風造り。
つまり、全体として和洋折衷なのがポイント。外国人客に、西洋式ホテルの快適さとエキゾチシズムを両方味わってもらう演出、ってことかな。箱根宮ノ下は、観光立国ニッポンの原点ともいえる場所なのかもしれない。


『富士屋ホテル八十年史』富士屋ホテル、1958【非売品】
増田彰久『西洋館を愉しむ』筑摩書房、2007