ふるカフェ系 ハルさんの休日

古民家や古建築のカフェを紹介するブログです。

本放送:毎週水曜 午後11時00分~ NHK Eテレ

再放送:毎週日曜 午後6時30分~ NHK Eテレ

にて放送中。ドラマも合わせてお楽しみください!

2017年4月 1日

2017年04月01日 (土)

長野・軽井沢のふるカフェ

東京から、新幹線で1時間。憧れの避暑地・軽井沢

お目当ては築90年、別荘カフェで味わえる、贅沢モーニング!
セレブな別荘地を抜け細い森陰の小道を行くと、かなり質素な山小屋ふうの建物が見えてくる。アルファベットの表札が、以前は外国の人が住んでいたことをしのばせる。

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そもそも軽井沢は、江戸時代、旧中山道の宿場町。避暑地に生まれ変わったのは、明治21年、カナダ人のアレキサンダー・クロフト・ショーが別荘を建ててからのこと。
宣教師だったショーは、お金のかからない質素な作りを心がけ、空き家になっていた旅籠を移築して再利用するという工夫をした。その後ショーが仲間を呼び寄せたこともあり、明治の終わりには滞在者の7割近くが外国人に!彼らが住む別荘が次々と建てられていった。この建物も旅籠を再利用。煙突は下水用の素焼きの土管で、質素な精神がうかがえる。お目当てのスペシャルモーニングはでソーセージにびっくり。実はソーセージ作りも外国人たちがこの地に持ち込んだもの。日本らしいサクラの木のチップを使って燻製にしたものだ。日本の風土と外国人が出会って生まれたのが軽井沢文化なのだ。

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2階には書斎があって、万年筆に原稿用紙が残る。実はここ、作家・森瑤子さんがイギリス人の夫、それに3人の子供達と夏を過ごした別荘だった。子ども達にはイギリスでポピュラーな野菜ルバーブのパイをよく作ってあげていたという。森さんが52歳の若さで亡くなったあと、娘のヘザーさんたちがここを訪れることもなくなり、一時は空き家になっていたが、軽井沢を愛する有志が保存活動を進め、国の登録有形文化財に指定。2012年、カフェとして生まれ変わった。ご遺族も再びこの思い出の場所に足を運ぶようになった。

2017年04月01日 (土)

茨城・結城のふるカフェ

東京から列車を乗り継ぎ1時間、茨城県結城市へ。築90年!贅を尽くした巨大ふるカフェへ。

カフェの窓の外側にあるのは「濡れ縁」。法隆寺など古い建物でも見られる歴史ある様式。さらに「回り縁」になっていて、景色を見渡せるエリアがふんだんに。濡れ縁を支えている「持送り」も凝ったデザイン。ガラス表面の波打ちは、かつて一枚一枚手造りで作られた超レアな「大正ガラス」。

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何かとゴージャスなこの建物の正体は、地元の造り酒屋の邸宅。ここ結城は結城紬で知られる着物の町として隆盛を極め、全国から様々な商人が集まる一大商業都市だった。
近江から移住してきた小西家が財を築き、昭和元年、別邸として建てたのがこの建物だったのだ。

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それがカフェとしてよみがえったきっかけは、商工会議所と市内の若者が協力して地域活性化の取り組みを行う「結いプロジェクト」。古民家を再活用し、店舗の開業を応援する事業がその一つだった。改修の際には、プロジェクトメンバーの建築家も手伝い、2013年の開業以来、全国から人々が訪れる新名所に。古い蔵や神社を利用してイベントも頻繁に開催。

出店やコンサートなどを行い、去年は2万人が集まった。
堪能したのは地元野菜のサラダ。関東平野に位置する茨城県は、野菜の生産額が、北海道に次いで全国第2位!結城も市内の半分が耕地になっている。全国一の生産量を誇る白菜をはじめ、野菜を首都圏に出荷している結城は、「東京近郊の台所」と言われている。

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横浜駅から電車で20分の郊外の街、緑区中山。ここに築60年、庭付き一戸建てのカフェがある。

屋根は青の光沢が美しく、昭和30年代の民家でよく使われていた青緑瓦。内部には天井板を剥がして空間の広がりを見せている。棚の板を剥がして窓から光が入る工夫も。

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ここ中山は、かつては徳川家の旗本に年貢を納める大農村地帯。昭和に入っても横浜におろす農産物の供給地だった。今でも緑区は面積の10%が経営農作地で、春はキャベツ・冬は大根の生産が盛んだ。自家菜園をする人も多く、このカフェの野菜も全てシェフが育てた有機野菜。というわけで地元で撮れた野菜を生かした水キムチを堪能!

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なぜ戸建ての一軒家が空き家になっていたのか? そもそも中山周辺に一軒家が多く建てられたのは、高度経済成長期に起こったマイホームブームのため。都心や横浜へのアクセスがよく自然も多いため人気の街だったが、1990年代からマンション志向が高まり、一戸建てに空き家目立ち始めた。
だがここ最近、中古物件が見直されるようになって移住者が再び増えるようになり、店主たちは空き家だったここを中山や古民家の魅力の発信基地にしようとカフェとしてオープンしたのだった。

2017年04月01日 (土)

静岡・沼津のふるカフェ

東京から1時間強、やってきたのは静岡県沼津市。築100年、見どころ満載の港町カフェがあるという。路地に残る古い蔵がそのカフェ。

漆喰で覆われた壁の上の方は、ノミのあとが残る石がむき出しに。耐火性にすぐれ、かつて江戸城の石垣にも使われていた地元産の伊豆石だ。天井は板が外され、梁がむき出しに。丸太の反りを利用して、より重さに耐えられるようにしている、日本伝統の和小屋組だ。

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その正体は、大正時代に作られた船道具屋の蔵。沼津は、静岡有数の港町として明治、大正、昭和と繁栄を極めていた。狩野川沿いの港には、魚や資材を積んだ船が集結し、川岸には蔵がずらりと立ち並んでいた。戦後は、関東に近い交通の便のよさから、企業の進出が活発化。この蔵も一時はダンスホールに改装!連日多くの若者が列をなした。

しかし、高度経済成長期が終わる頃になると、近隣の三島や富士市に新幹線の駅ができて人の流れが変わる。街から商業施設が次々撤退、かつての賑わいを失っていく。この蔵も20年近く借り手が見つからず、空家になっていた。しかし「富士山のふもとに住みたい」と東京から移住してきた店主を地元の人々が物心両面で応援、カフェとして再生したのだ。堪能するグルメは、アジの干物の生産量が日本一の沼津らしく、沼津産豆アジのフライ!

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