ものがたり

浜通り

野木和夫さん

  • 未来デザイナー

無数の穴の記憶を伝える

いわき市のまちなかにのこる穴。

 

 

これらは、「産業遺産」と呼ばれるこの地域にあった石炭産業の名残。

いわき市にあった常磐炭田は、本州一の石炭埋蔵量を誇り、今でも炭鉱の坑口や、選炭工場など炭鉱の関連施設が点在している。地元のガイドに案内された見学者も「見たことがないものばかり」と驚嘆の声をあげていく。

 

 

 

いわき市の産業遺産をめぐるツアーは、観光業を盛り上げようと、

2007年から地元有志や元炭鉱関係者が中心となってはじめたもの。

野木和夫さんは、立ち上げ当初からのメンバー。

炭鉱の歴史を伝えたいという情熱は人一倍。炭鉱関係の資料は何でも収集し、歴史や証言をまとめた本まで出版してしまった。

 

 

 

 

野木さんの活動の原動力は、家族の暮らしを支えた炭鉱への感謝の思い。

父親が炭鉱会社に勤めていた野木さん。幼いころから石炭産業や、そこで働く人たちが日常の中にあった。大学卒業後、父のあとを追うように、地元の常磐炭鉱に就職した野木さん。

 

「直接炭鉱にお礼なんかできないから、自分のできることとして。そんな格好つけるわけじゃないけれども、少し恩返しになればね…」

 

現在の自分や家族があるのは、炭鉱のおかげだと考えている。

 

 

 

炭鉱の閉山から40年あまり。町の様子がすっかり変わり、当時にぎわった商店街もかつての面影はほとんどない。

当時から営業を続ける店が一軒だけだ。昭和21年創業の食堂は、壁一面に当時の写真を貼って客を出迎える。二代目店主は、炭鉱関係者の胃袋を満たしたラーメンの味を変えずに守り続けている。

 

「ラーメンの味は変えられないですね。他に行った炭鉱にいた人が、思い出してきてくれますから。」

 

 

 

炭鉱の記憶が薄れていくなか、野木さんは、若い世代に伝えていきたいと考えている。炭鉱跡にやってきた地元大学生のツアー。

炭鉱の入り口の前で語る野木さん。必ずすることがある。

 

 

 

炭鉱の坑口に手を当て、耳をつけること。ふるさとを支えた炭鉱。

そこで働いた人に少しでも思いを寄せてほしいと考えているからだ。

 

「自分の故郷に炭鉱があって、いろんな意味でいろんな経済や、戦後復興に貢献してきたっていうことを、やっぱり何世代にわたって受け継いでいってもらいたい。」

 

かつて日本を支えた無数の穴。

それは過去と未来をつなぐタイムトンネルだ。

 

 

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