2019年03月16日 (土)あといくつ 皆さん頼み 力作を! @五七GO!


今年度も、あと2週間です。

15日(金)の「はまなかあいづTODAY」でお伝えしたとおり、

岩間、平川両キャスターと吾妻は、番組を、そして福島を離れます。

 

29日(金)までに「ふくしま五七GO!」で紹介できる句は、あと18句。

福島の魅力をさらに脳裏に焼き付けるために、皆さんの力作、お待ちしています。

 

12日(火)「ウグイスの声が聞こえますの2句」

福島地方気象台が「ウグイスの初鳴き」を観測したこの日。

一足早く、ウグイスの声を耳にしていた方からの句をご紹介!

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いわき市の真鍋さんは、3日の朝に聞きました。

うぐいすの声と自然の美しい山々は、早起きのごほうびですね!(岩間)

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郡山市の乙髙さんは、住宅地で、2日に聞いて感動したとの句。

毎日1時間の散歩の時に耳にして、「ごほうび」と感じたと。その気持ち、よ~くわかります!(吾妻)

 

13日(水)「美しい写真、オレンジとブルーの2句」

磐梯山をはさんで、南北でこんなにも違う景色が!福島の自然って、ホントに深い!

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二本松市の久木さんが撮影したのは、北塩原村の桧原湖。

陽が昇った直後に、太陽の下を狙って撮って黄金色に!

きれい!その上、テントから人が出てきた瞬間を撮るあたり、さすがです!!(吾妻)

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西会津町の石川さんは、猪苗代湖のブルー!

美しいです!雲がない、波もない、湖面にくっきり写った飯豊…まさにタイミングですね!(岩間)

 

14日(木)「冬なの?春なの?の2句」

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須賀川市の花水木さんは、この日の朝、紅梅に積もった雪で1句。

単身赴任生活3年で、この時期の雪に慣れたとはいえ、着ていくものは悩みますよね。分かります。(吾妻)

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いわき市のデコポンさんは、満開の河津桜です。

風はもちろん、園児のみなさんともたわむれているように見えます!(岩間)

 

15日(金)「動き出す春の2句」

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会津美里町の森田さんは、磐梯山と只見線のベストショット!列車は、左から右に走り去っていくところだとか。

一瞬を切りとった写真、お見事です!(岩間)

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いわき市のみちとうろうさんは、初投稿!一足早く咲いた大島桜で一句。

いわき市小名浜は、大島桜も早いんですね!私は、「桜餅をまく葉っぱ」としても注目していますよ!(吾妻)

投稿者:ふくしま五七GO! | 投稿時間:10:00 | 固定リンク


2019年03月15日 (金)それぞれの 思いは重い 受け止めて @吾妻謙


震災8年関連のさまざまな番組を担当しました。

 

10日(土)の「特集 明日へつなげよう」での中継。

東京電力福島第一原子力発電所の立地自治体として初めて、

大熊町の大川原地区と中屋敷地区で、避難指示が来月解除される見通しです。

その大川原の現状を、全国に向けて中継しました。

 

ご一緒したのは、伊達市出身のタレント、長沢裕さんです。

「小学生の時に、原発を社会科見学で見た。まさか、こんなことになるとは」と。

原発事故から8年たって、やっと大熊町民がここで暮らすことができるようになります。

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先月、取材に訪れた時と比べると、災害公営住宅の建設が着々と進んでいるのが分かります。

 

入居予定の山本千代子さんは、大川原の出身ではありませんが、大熊町に帰りたいと入居を決めました。

「かつて営んでいたカラオケスナックは、町民の憩いの場だった。

夫を亡くし、再開は厳しいけれど、早く大熊に戻って、人が集う場を作りたい。私は負けません!」と。

悲しみとさまざまな憤りを超えた千代子さんに、強い力を感じました。

 

震災を通して、自治体のつながりも盛んになっています。

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福島県相馬市と岡山県総社市は、災害時相互応援協定を結んでいます。

去年の西日本豪雨の際は、被災2日後に、相馬から総社に、毛布や布団などの物資が届けられました。

 

「震災の時に支援してもらったので、今度は、その恩返し」と

迅速な対応に当たった相馬市地域防災対策室長の阿部勝弘さん。

また、総社から相馬にきている応援職員の谷口雄紀さんは、

「災害復興を、実際に被災した人に接しながら進められたのが勉強になった」と。

 

中継前夜に泊まったのが!

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Jヴィレッジです。

原発事故後、収束作業の最前線になっていましたが、

サッカーを中心としたトレーニング施設として、営業を再開しました。

 

天然芝のグラウンドは、トラックや作業車の駐車場になったり、

作業員のプレハブが建ったりしていましたが、美しい緑のグラウンドとして復活!

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間近に見て、感激しました。その日は、老若男女の宿泊客も。

聞けば「震災後、避難を通して福島市と神奈川県川崎市のサッカークラブで交流が始まり、

毎年交流試合をしていて、ことしは、復活したJヴィレッジで、ぜひやろうと」と。

そんな交流もステキだと感じました。

 

「はまなかあいづTODAY」でインタビューした、

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映画「福島は語る」の土井敏邦監督と、

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ふたば未来学園高校の演劇部と演劇を上演した作家の柳美里さんが、同様の話をしていたのも印象的でした。

それは「それぞれの震災体験は、信頼される聞き手にのみ、話される」

「8年前と今では、同じ人でも言えることが変化するので、ずっと聞き続けなければならない」ということ。

 

私も、福島を離れても、ずっと心を寄せていきたいと思います。

3月11日(月)の午前4時台に「ラジオ深夜便」でも放送した柳さんとの対談は、

らじる★らじるの「聴き逃し」で、今月18日(月)午後6時まで聴くことができます!

投稿者:吾妻 謙 | 投稿時間:18:25 | 固定リンク


2019年03月14日 (木)新しく 一歩踏み出す 大熊町 @平川沙英


こんにちは。キャスター平川です。

 

東日本大震災と原発事故から、8年が経ちました。私にとって、福島で過ごす3度目の3月11日。

ことしは、来月に避難指示が解除される予定の大熊町大川原地区から

新しい町づくりについて、中継でお伝えしました。

 

8年間放置されたままの住宅などが残る中、急ピッチで建設が進められているのが、町役場です。

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町役場のそばには、災害公営住宅なども並んでいます。

ですが、この地区に春から住む予定の人のほとんどが、大川原地区“以外”の住民だったんです。

というのも、原発事故前に役場などがあり、町の中心部だった大野地区は、現在も帰還困難区域。

 

そんな中でも、ふるさとの“大熊町”で暮らしたいという人が、春から大川原地区で生活します。

今回の中継では、「大川原地区をよく知らないという方にも

魅力を知ってもらい、親しみを持ってもらおう」という活動について、お伝えしました。

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かわいらしいイラストが描かれた地図。「大川原マップ」です。

こちらは試作品。春ごろに、完成したものが町民に配られます。

 

作っているのは、おおくままちづくり公社の佐藤亜紀さん。

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「新しい役場などに目が行きがちだけど、

神社や桜の名所など、この場所ならではの良さも知ってほしい」という思いを込めて、

地元の方などに聞き込みをしながら作っています。

 

亜紀さんは、県外生まれですが、お母様が隣の双葉町出身。

東京で働いていた時に「震災を忘れてほしくない」と、大熊町へ移住してきました。

今では、なんとこんな活動も!!

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大和久地区の方から受け継いだ笛で、「夫沢の神楽」を演奏。

「今は帰還困難区域になっている地域の文化も、ずっと残していきたい」と取り組んでいます。

 

このような亜紀さんたちの活動に、元々、大川原地区に住んでいた方も期待を寄せています。

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春に帰還する予定の、佐藤右吉さんです。

 

亜紀さんたちと協力して、地区の中に、ざる菊などを植えています。

避難先から大熊町に通う途中に咲いていた花に励まされ、

「大川原にも、こうした名所を作りたい」と始めたそうです。

 

「新しく住む方との交流のきっかけにしたい」と考えています。

見ごろになるのが楽しみですね。

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亜紀さんと右吉さん、白梅とともに。

お二人の仲の良いやり取りや、明るさ、温かさに包まれて、私もほっこりしました。

みなさんに会いに、また大熊町に行きたいと思います^^

 

県外出身の私ですが、

この2年間、「震災や原発事故について、たくさんの方と話をさせていただくことが

気持ちに寄り添える一歩になるのでは・・・」と取り組んできました。

 

大阪出身の私は、阪神淡路大震災の15日前に生まれました。

当時の記憶はありませんが、祖父母や両親が、その時の話を、今でも何度も教えてくれます。

祖父母は、戦時中の話も鮮明に覚えていて、そのときの教訓を私に伝えてくれます。

 

「戦争や震災が、いつか、ただ映像や文章で振り返るだけの、歴史上の話になってしまうのでは?」と

思うことが多々あります。

 

私は、このような環境で育ったからこそ、「これから、母になったとき、孫をもったとき、

ふるさとのことはもちろん、福島のこともずっと伝えられる人間でありたいな」と心から思います。

これからもいろいろな方の話を伺って、「伝え手」として成長していきたいと、改めて感じました。

投稿者:平川 沙英 | 投稿時間:19:15 | 固定リンク


2019年03月13日 (水)私には 何ができるか 自問自答... @淺川理沙


こんにちは。キャスターの淺川理沙です。

 

2011年3月11日から、8年が過ぎました。震災当日、私は愛知県にいました。

だからこそ、震災を直接、経験していない私に何ができるのか?

被災した方々の気持ちに寄り添うことができているのか?自問自答しながら、この日を迎えました。

 

震災後、シンガポールで働いていた時に、現地の方から「福島は大丈夫?」と聞かれました。

シンガポールでは、震災に関する情報が少なかったうえ、自然災害がほぼ起こらない国なので、

私が日本人と分かると、福島や日本のことを心配して、声をかけてもらうことが多かったのです。

 

福島局で働き始めてから、

新地町や相馬市、帰還困難区域だった自治体や福島第一原発など、浜通りへ行く機会がありました。

 

震災から8年たった福島を、日本だけでなく、海外の方々にどれほど知ってもらえているのか?

私自身、もっと現地に足を運び、福島の今を伝えていきたいと思いました。

 

先週、須賀川市の藤沼湖へ取材に行きました。

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震災では、堤防が決壊して7人が亡くなり、今も1人が行方不明のままです。

全壊した家も多くありました。

藤沼湖の決壊によって被災した方や、その歴史を次の世代に伝えようと活動する方を取材中です。

 

私にとって、初めての東日本大震災関連の取材となります。

22日(金)の「はまなかあいづTODAY」で放送予定です。

ぜひご覧ください。

 

さて、ほぼ毎週水曜日に更新しているブログですが、4月以降も「週1回」書きます!

 「はまなかあいづTODAY」の取材を通して、見て・聞いて・感じた「福島のいま」を

放送とブログで発信していきます。読みごたえのあるものにしますので、ご期待ください!!

 

 

投稿者:淺川 理沙 | 投稿時間:14:06 | 固定リンク


2019年03月11日 (月)あの日から2922日 @岩間瞳


こんにちは。キャスターの岩間瞳です。

きょうで、東日本大震災と原発事故から8年。2922日がたちました。

私自身も3月11日を福島で迎えるのは、8回目です。


去年のブログでも書きましたが、

長かったなと思うときもあれば、あっという間だと感じるときもあります。

 

これまで、取材を通して、たくさんの方と話をさせていただきました。

そのたびに、

「私にできることはなんだろう?何もできていないんじゃないか?」と、自問自答する毎日でした。

 

8年がたっても、ふるさとに帰ることができない人はたくさんいますし、

原発の廃炉、まだまだ長い道のりです。

大切な人を失った悲しみは、何年たっても癒えることはありません。

 

きょうのJR福島駅東口の駅前広場です。

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並べられているのは、メッセージが描かれた「キャンドル」。

追悼のメッセージと、復興への思いが書かれています。

まだまだ復興は道半ばですが、それでも前を向こうというメッセージに胸が熱くなります。

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きょうの「はまなかあいづTODAY」は、時間を拡大して、午後6時から1時間放送します。

私も、いま自分にできることを考えながら、福島の「いま」と「これから」をお伝えします。

ぜひご覧ください。

投稿者:岩間 瞳 | 投稿時間:15:22 | 固定リンク


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