2018年08月24日 (金)福島、ここがイイカンジ⑦全国放送になりました @川崎寛司


アナウンサーの川崎寛司です。

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皆さん、“捕虜(ほりょ)郵便”というハガキをご存じですか。

戦後、旧満州にいた日本兵や民間人、約60万人が連行されました。

ソ連の捕虜となった日本人が使っていたため、そう呼ばれています。

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60年余り前、シベリアに抑留されていた男性と、

福島県会津地方に身を寄せていた男性の家族が交わした捕虜郵便、52通が残されていました。

 

ハガキを交わしたのは、

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福島県会津若松市の出身の佐藤健雄(たけお)さんと、妻の敏子さん、そして子供たちです。

 

健雄さんはシベリア、敏子さんたち家族は、

健雄さんの親戚宅がある福島県旧山都町(今の喜多方市)に身を寄せ、離れ離れになりました。

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私は、健雄さん夫妻の娘さんたちを、東京・品川区に訪ね、捕虜郵便を見せていただきました。

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初めて、健雄さんからハガキが届いたのは、昭和27年夏。

会えなくなって、7年がたっていました。

 

その時の気持ちを、三女の金沢ルミ子さんは語ってくれました。

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敏子さんは、すぐに返事を書きました。

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「子供達、私、元気です。これまでの苦労は如何ばかりか、お察しください。

如何なることがあっても、元気で居て下さい。神に祈ります」

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その後、敏子さんは、4人の娘たちの写真も同封。

健雄さんは、8年ぶりに、娘たちの姿を目にしました。

 

その時の気持ちを、ハガキに、こう綴っていました。

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「待望の小包、到着。写真を受け取った。4人とも、想像以上に立派に成長している。

敏子の忍苦、母性愛に敬意を表する」

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こちらは、このハガキを1文字1文字読み解いた、健雄さん夫妻の孫、上口晴美さんです。

ハガキを書いた時の祖父母の気持ちを、涙ながらに語ってくださいました。

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そして、離れ離れになって11年後の1956年、健雄さんは帰国。

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家族に囲まれて、晩年を過ごしたそうです。

 

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こちらは、帰国した健雄さんと娘さんたちの写真。

とてもすてきな写真ですね。

 

さて、

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この物語は、24日(金)「おはよう日本」で全国放送もしました。

 

健雄さん夫妻のお孫さんの上口さんは、捕虜郵便を通して、

多くの方に、戦争の悲惨さや平和の大切さを伝えていきたいと話していました。

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上口さんをはじめ、ご家族の皆様など、取材にご協力いただき、本当にありがとうございました。

私も、もっと戦争や抑留のことを勉強し、伝えていかなければならないと感じた取材でした。

投稿者:川崎 寛司 | 投稿時間:21:22 | 固定リンク


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