山田 賢治

2017年11月15日 (水)Road to Tokyo from Fukushima vol.4  "非常識"を"常識"に @山田賢治


人間、走るときや泳ぐとき、「左右対称でバランスよく、同じように動かすこと」が理想だと考えます。

その方が、ゴールまで、直線的に力のベクトルを持っていくことができ、

自分の力を、より効率的に使うことができると思うからです。

 

しかし、それは本当でしょうか?

私は、パラスポーツの選手と会っていると、

「左右対称の動きを目指すことが、はたして正しいのか?」言い切れないと感じるようになりました。

それは、片方の手や足にまひがあったり、切断していたりする選手は、

そもそも、左右同じく動かすことが難しいからです。

独自の走り方が一人一人あり、そこを認識して極めていくことが、強さに変わるのではないでしょうか。

 

「世間にとっての“非常識”を、その人にとっての“常識”に変える」

 9月、福島で行われたジャパンパラ陸上でも登場した、

リオパラリンピックの銀メダリスト2人を例に見ていきます。

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ジャパンパラ陸上競技大会にて(9月 福島市)

 

陸上の山本篤選手は、左足の膝より上、太ももの部分を、高校の頃の事故で切断。

ブレードのついた、競技用の義足を使いこなしています。

かつては、走るとき「左右同じような動きで走ろう」と、練習していました。

しかし、進化を続ける競技用の義足は、地面を蹴ったときの反発力が強くなっています。

そこで、左足を踏み込んだ際、より前に進むような走りができないか?

「歩幅が左右異なる走り」を、追求し始めました。

 

でも、簡単な話ではありません。

左足の義足を踏み込んだときの衝撃に耐えられる肉体が必要になります。

左足の太ももで残っている部分と、軸がぶれないように、体幹を徹底的に鍛え続けました。

左右非対称の走りが、山本選手の生きる道。

そのための努力と工夫のプロセスが、たくさんの気づきを私たちに与えてくれるのです。

 

もう一人、陸上、車いすの佐藤友祈選手。

脊髄の病で、胸から下がまひしています。

佐藤選手と左手で握手をすると、ほとんど力を感じません。

左手の握力は2キロほど。左右対称の握力を目指そうと思っても、障害ゆえできません。

車いす陸上は、車輪を下に押し込むことによって進みますが、

左右の力のバランスが悪いと、車体がぶれて、推進力が分散してスピードを出すのが難しくなります。

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ジャパンパラ陸上競技大会にて(9月 福島市)

 

この時点で、競技を続けることが厳しいと考えてしまうのではないでしょうか。

しかし、佐藤選手は違いました。“非常識”を“常識”にとらえようと試みたのです。

 

佐藤選手がたどりついた技術。

それは、「右手は、全力で下に押し込みますが、左手は、一緒に動かしてかじを取るような感じ。

リズムを体の中でとって、左右の車輪をたたくタイミングやバランスを整えている」のだと。

アンバランスな身体の状態を、脳が察知して、

電気信号のやりとりを変えて対応できるようになったのではないでしょうか。

人間の能力ならぬ、“脳力”も感じます。

 

個性を追求する選手の姿は、一般のスポーツでも同じです。

しかし、パラスポーツでは、それが際立って感じられます。

 

パラリンピックの精神、「失われたものを数えるな。残された機能を最大限に活かせ」。

今ある状態であきらめるのではなく、何ができるのか、どうしたらできるのか、

試行錯誤し、自分のスタイルを見つけていく。

その過程に、パラスポーツの醍醐味を感じます。

その“味”を知ることは、私たちの人生、どんなことにもあてはまる、新たな気づきにつながるのです。

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佐藤友祈選手と。7月のパラ陸上世界選手権金メダルを見せてくれました。

ずっしり重かった!

投稿者:山田 賢治 | 投稿時間:23:03 | 固定リンク


2017年10月18日 (水)Road to Tokyo from Fukushima vol.3 ジャパンパラ陸上 in福島 ~"自分"に挑み続ける~ @山田賢治


9月23日(土)と24日(日)、

福島市のとうほう・みんなのスタジアムで開かれた「ジャパンパラ陸上競技大会」。

福島県出身の選手は9人。地元の声援を受けながら、レースに挑みました。

 

その中で私が注目したのは、庭瀬ひかり選手、23歳。

須賀川市に住み、地元の信用金庫で働きながら、夜や休日に練習をしています。

パラ陸上は、障害の種類や程度によって、レースが分けられますが、

庭瀬選手は、車いすを使う選手の中で、最も障害の重いクラス。

100mの日本記録保持者です。大会前の練習と本番に密着しました。

 

庭瀬選手は、いつも自ら運転して練習場にやってきます。

車いすが、車の屋根に収納できる、特別な車です。

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 生まれたときから、

全身の関節が脱臼し、背骨が湾曲するなど、骨が変形する「ラーセン症候群」の庭瀬さん。

自分の体について、こう話します。

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「生まれたときから、この体なんで。この体しか、わからないんですよね。

だから、歩ける人をうらやましいと思わないし、なんでこの体なの?って言ったこともないし」

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 中学校時代は、車いすで走り回る活動的な女の子でした。

その姿を見た先生にすすめられ、地元の車いすマラソンに参加。

いきなり2位の成績を収めます。

そして、4年前。

競技用の車いす、レーサーを手に入れ、本格的に陸上競技を始めました。

レーサーは、オーダーメイド。

正座で乗る選手が多い中、膝が折りたためないため、足を下におろし、ベルトで固定します。

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 庭瀬選手は、車いすを使う選手の中で、最も障害の重いクラス。

日本の女子で唯一、世界でも数少ない選手です。

「お手本になる選手がいない。自分がやるしかない。

自分の記録を塗り替えることが一番のベストタイムになるので、それを目指してやってきています。

“こんな不自由な体をしていても、頑張れることはあるんだよ”ということを見せたいと思います。」

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100mの自己ベストは、31秒台。

リオパラリンピックでは、決勝に出場した選手で、最も遅い記録が29秒台。

庭瀬選手は、今、30秒を切ることを目標にしています。

 

常に意識していること。それは、「今ある機能を、最大限使うこと」。

庭瀬選手は、肘の曲げ伸ばしができないため、車輪を、地面の近くまで押し出せません。

腹筋や背筋のトレーニングで、こぐ際、頭が左右にぶれなくなり、

ゴールへ、まっすぐ力が向かっていくようになりました。

ピッチを早め、スピードアップを図りますが、それには限界があります。

  

そこで意識しているのは、肩の後ろの骨、「肩甲骨」の動きです。

肩の可動域を広げて、ひじが伸びない分、肩でカバーしようとしているのです。

肩甲骨を後ろに引き上げることで、前に進む力が増すといいます。

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しかし、庭瀬選手には、今、大きな課題があります。

体重は30キロ。軽い分、スタートからトップスピードに早く到達しますが、スタミナが切れ、残り30mで失速。

そこで、最近、シートの下に「おもり」を巻きつけることを始めました。

体重を、おもりで増やそうという試みです。

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重くすることで、こいだときに惰性の力が生まれ、後半の失速を防げるのではないか。

しかし、スタートダッシュに、より大きな力が必要になり、

トップスピードまでに、時間がかかってしまう問題も生まれます。

 

おもりを4キロ、2キロ、0キロとそれぞれ走り、トップスピードも測りました。

そして、この日の練習で、今度のレースのおもりをどうするのか、結論を出しました。

「0でいきます。決めました。決まりました。よかった、まよいなく。」

 

「とりあえず何でもやってみて、ダメだったらダメでした。

じゃ、どうする?と次につなげていく。

ダメならできるようにやり方を変えればいい。

やれる可能性があることはすべてやります、それが私のモットーですから」

 

本番の日。

やや緊張した面持ちでウォーミングアップ。集合時刻ギリギリまで体を動かし、スタートラインへ。

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※オレンジ色のユニフォームが庭瀬選手

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スタートから勢いよく出たものの、

記録は、自己ベストに0秒08及ばず、31秒86。

地元で30秒を切ることを目標としていただけに、レース後、悔しい表情を見せました。

しかし、最後、来シーズンに向けて、「いろいろと試していきたい」と力強い声が。

“やれる可能性があることはすべてやる”というポリシーを貫き通したあとに、

どんな成長が待っているのか、楽しみにしたいと思います。

 

パラリンピックには、“残された機能を、最大限にいかせ”という精神があります。

まだまだ自分には、使っていない機能があるのではないか―――。

“自分”に挑み続ける庭瀬選手の姿を、これからも追っていきます。

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投稿者:山田 賢治 | 投稿時間:16:43 | 固定リンク


2017年10月13日 (金)Road to Tokyo from Fukushima vol.2 ジャパンパラ陸上in福島 ~知って、触れて、興味が増す~ @山田賢治


9月23日(土)24日(日)の2日間、

福島市のとうほう・みんなのスタジアムで、ジャパンパラ陸上競技大会が開かれました。

3年後の東京パラリンピックに向けて、トップアスリートが県内に集まる貴重な機会でした。

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 初日の天気は、時折雨が降り、決してよいコンディションではありませんでしたが、

翌日は一変、快晴。青空で日焼けしそうな天気に恵まれました。

 

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リオパラリンピック走り幅跳び(T42)銀メダリスト 山本篤選手の跳躍

 

選手たちは、この大会に向け、それぞれの思いがありました。

7月の世界パラ陸上選手権に出場した選手は、調整不足の点が否めませんでしたが、

今シーズン納めの大会で、現時点での力を確認する絶好の機会になったようです。

また、若手や3年後の東京パラリンピック出場を目標にしている選手にとっては、

自己ベストを狙った懸命な姿が目立ちました。

 

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視覚障害クラス(T13)は、東邦銀行所属の2人の争い。

佐々木真菜選手(左)と佐藤智美選手(右)の200m。

地元開催で大きな声援が送られる中、

このレースで、佐々木選手は、26秒28のアジア新記録をマークしました。

 

佐々木選手は、400m、200mで、

今季、次々とアジア記録を塗り替え、充実したシーズンとなりました。

しかし、世界のトップレベルとはまだ差が。来シーズン目指して、ますますのパワーアップを!

 

競技場の外では、パラスポーツを楽しめるアトラクションが数多くありました。

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今井アナウンサーがトライ!

戦略と実力、双方が必要なボッチャ。

なかなかうまくいかず、「あれ?」「あれ?」の言葉の連続

 

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指導は、ボッチャ日本代表ヘッドコーチ、村上光輝さん。白河市在住です。

子どもにもわかりやすく、丁寧にルールを教えていました。

 

この場所で、うれしい声が。

何人もの子どもが、お父さんやお母さんに、

「あっ、これ(ボッチャ)知ってる!」「テレビで見たことがある!」と自慢げに話していました。

 

リオパラリンピックでのメダルをきっかけに、

メディアで取り上げることが増えたことで、見たことがあったのでしょう。

確実に、リオパラリンピック以前と比べて、競技の存在が知られてきたことを感じました。

 

村上さんは、競技の面白さを感じ取ってもらうことで、

「2020年の放送では、視聴者が試合を見ながら“ああでもない、こうでもない”と、

次の1投の戦略を読み、考えを戦わせるくらい、多くの人が“ボッチャ通“になってほしい」という夢を持っています。

 

今回のように、知ってもらう、

そして、実際に体を動かして、触れて、楽しさ、難しさを味わってもらう機会を増やすことが、

パラスポーツへの関心を高めることにつながるはずです。

 

パラスポーツは、決して障害者だけのものではありません。

地道な活動を、各地で続けることの大事さを感じました。

 

投稿者:山田 賢治 | 投稿時間:06:54 | 固定リンク


2017年08月21日 (月)Road to Tokyo from Fukushima vol.1 パラスポーツへのお誘い@山田賢治


2020年8月25日。

東京パラリンピックの開会式の日です。

 

あと“3年”という時間は、すぐにやってきます。

ニュースでも「東京オリンピック・パラリンピック」という言葉をよく聞くようになりました。

最近のニュースですと、大会マスコットの話題がありました。

公募が終わり、2000件以上の応募の中から、全国の小学校のクラスごとに1票を投じる投票を行って、

来年2月上旬までに決まる予定です。どんなマスコットに決まるのか、楽しみです。

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(リオパラリンピックのマスコットキャラクター「Tom」とリオの空港で)

 

東京パラリンピックは、どんな大会になるのか。いや、東京パラリンピックを“どんな大会にする”のか。

一人一人の関心とアクションが、大会を盛り上げます。

 

去年のリオパラリンピックで、NHKは、大部分を生中継で130時間以上放送しました。

私は、現地で閉会式の実況などを担当し、会場の盛り上がりを肌で感じました。

東京大会でも、この熱狂を!

 

※Road to Tokyo via Rio

「”リオへの道は東京に通ず” ~リオパラリンピックを振り返って~」

http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/3300/258202.html

 

障害のある人のスポーツ、パラスポーツ。

パラリンピック出場を狙うアスリートだけのものではありません。

障害のあるどんな人でもプレーできる環境整備が進むこと。

また、会場のバリアフリーを進めて、オリンピックもパラリンピックも、“生で見て楽しむ”ことが求められます。

それが、2020年以降の日本のレガシーになるでしょう。

 

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来月には、福島市でパラ陸上の国際大会が開かれます。

「百聞は一見にしかず」。ぜひ、会場でご覧ください。

 

パラスポーツの取材から、今の日本社会や私たちにある固定観念も見えてきます。

これから不定期ですが、「Road to Tokyo Para from Fukushima」をこのブログで連載していきます。

福島の地で取材したことを丹念に追い、考えたことを発信していきます。

どうぞお読みください。

投稿者:山田 賢治 | 投稿時間:12:17 | 固定リンク


2017年08月10日 (木)思いを共有して、前へ @山田賢治


 先月、広野町で開かれた「第2回福島第一廃炉国際フォーラム」に行ってきました。

 震災と原発事故からの復興に向けて、また住民の帰還に向けて、廃炉作業は大きなカギとなります。廃炉への課題としては、「汚染水対策」や「燃料デブリ(溶けて固まった燃料)の取り出し」、「解体」、「労働環境の改善」などが挙げられます。長いスパンのロードマップの中で、一つ一つの作業、施策にしっかりとした計画性や確実性が求められます。

 

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【初日の会場の広野町中央体育館。昼食では、「なみえやきそば」がふるまわれました】

 

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【会場はほぼ満員。会場をかえて、2日間に渡って開かれました。】

 

 このフォーラムの大きなコンセプトは、「今、ともに考えたいこと」。廃炉に、私たちはどう関わっていったらいいのでしょうか。

 ファシリテーターは、立命館大学准教授で社会学者の開沼博さん。福島局夕方のラジオ番組「こでらんに5」、火曜のパーソナリティーです。

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【講演する開沼さん。この後のワークショップでは、参加者の思いが外に出るよう、会場を動き回って語りかけていました】

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「“廃炉”について、何がわからないのかがわからないのではないか」

この言葉から始まり、まずは廃炉について知っておくべきことを、データとともに開沼さんがわかりやすくレクチャーしました。その話を踏まえて、地元から参加した人たちが、不安や疑問をボードに書き出します。率直に出して、みんなで共有し、考えることを目的としました。

 

実に様々な角度からの声でした。

「本当に計画通りに進んでいるの?予定通りに進むの?」

「再び地震がくるのではないか」

「メディアはもっとポジティブな報道をしてほしい」

「公開していない情報があるのでは?」

「廃炉のかかる総額は?どれだけ国費が使われるの?」

「デブリはどこにもっていくの?」

「数字の読み解きができない。どこからが安心かがわからない」

などなど、心の中にあるモヤモヤを外に出すことを行っていました。

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【地元の人だけでなく、外国の人も参加していました。ほかにも、原子力を研究している東京の大学院生など、初めて出会った人たちで議論を交わしていました】

 

“安全”と”安心”を得るために、住民が直接、廃炉の状況を視察できる仕組みを作るなどして、“ローカルからグローバルに”声をどんどん発信していくことが必要だという言葉がありました。その上で、正確でわかりやすい情報提供がなされることは言うまでもありません。

 

来年以降もこのフォーラムは継続的に実施予定とのことです。私たちにとって距離感を感じてしまいがちな廃炉作業が、さらに遠い存在にならないように。閉ざされた中で行われることのないよう、私たちも関わっていく姿勢を持ち続けていくことが必要だと感じました。

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【来年も参加し、今年との変化を感じられれば…】

投稿者:山田 賢治 | 投稿時間:15:02 | 固定リンク


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