東京パラリンピックまで、あと800日あまり。
福島に来てからも、パラスポーツを取材しています。
これまで出会ってきた福島の選手に共通することは、
練習場所まで、車で移動している選手が多いこと。
練習のときだけではなく、車がないと生活が不便ということも、
地方の事情としてはあります(福島だけに限りません)。
足が機能しなかったり、切断したりしている選手の運転では、
アクセルやブレーキは、全部、手元でコントロールします。
私は、これまでずいぶんとパラの選手を取材してきましたが、
こんなに頻繁に、手動運転装置を見ることはありませんでした。
手動運転装置の一例。
写真中央下(やや左)の銀色のレバーは、引くとアクセル、押すとブレーキ。
ハンドルについているノブを使い、片手で運転できる。
また、自分は運転しなくても、家族や仲間が車で送迎してくれる、ということもあるでしょう。
このようなクルマ文化も手伝って、
なかなか街で、車いすの人や、視覚や聴覚などに障害のある人、知的障害や精神障害の人などと
すれ違うことが少ないような気がします。
障害のある人もない人も、同じ社会に生きています。そこに大きな“段差”はありません。
ただ、障害のある人には特性があり、一部、配慮が必要な場合があります。
そして、それを知って、自然と接することが求められます。
それが、“誰もが生きやすい街づくり”につながります。
ただ、ふだん接する場面が少ないと、“どんな人なんだろう?”
“どんなことに困るのか、困らないのか”が分からず、
ひいては“こわいから、どう接したらいいかわからない。見て見ぬふりをしよう”という考えに至り、
障害の「ある人」と「ない人」という、分離された社会になってしまいます。
つまり、「理解できない」ということが「恐怖」となり、関わりを避けてしまうのです。
福島で、もっと障害のある人もない人も混ざった場があるといいな、と感じることが多々あります。
接してみると、「こんなちょっとした配慮があればいいんだ」とか
「なんだ、大きな違いはないんだ!」といった気づきが必ずあります。
さらに、“一方的なサポート”ではなく、学ぶことがさまざまあります。
障害があってもなくても、常に“双方向の関わり”であることが、理想の人間関係。
そんな社会であるべきではないでしょうか。
つまり、意識的な歩み寄りが必要です。
それには、あえて言えば、障害のある人にも、積極的に街を“歩いて”ほしい。
そのことで、街も変わっていきます。
車いすの人、白杖を使ったり、盲導犬といっしょに歩いたりした視覚障害の人、
お年寄り、妊婦さん、子ども・・・がすれ違ったとき、大丈夫かな?危険がないかな?と
自分の後ろを少し振り返って“見送れる”ように。それが自然と習慣付くように。
いろんな人がいるんだ、という認識を多くの人が持つことで、誰もが“見送る”文化になれば、と願います。
一方で、障害のある人が外出しやすいような、インフラ整備(道路や店の段差やトイレなど)も必要です。
「誰もがお互いを尊重して、“普通に”接することができる街になれば」
福島に来て1年。日常生活で感じている思いです。
点字ブロックが続く歩道。この上を、無意識に歩いている人もいる。
“見送った”ときに、そうした人がいたら注意したい。
投稿時間:11:05