2018年6月 8日

サプライズ 与えるつもりが 腰抜かす @吾妻謙


8時間で、一気に卓球が上達した吾妻です。

というのも、私が3日(日)に行ってきたのが「24時間マラソン卓球大会」。

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小高卓球クラブが行っている復興に向けたイベントで、今年で3回目です。

ご縁は、こちら。

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去年2月に、作家の柳美里さんを取材した時です。

南相馬ひばりエフエムの柳さんの番組「ふたりとひとり」の収録の様子を撮影しました。その時の出演者が、小高卓球クラブのこのお二人でした。

去年6月にお誘いを受けましたが、都合がつかず欠席。すると、今年も案内が届きました。

ならば、サプライズで行って驚かしてやろうと連絡せずに参加することに。

しかも、最も沈滞しているであろう深夜を狙って。

真っ暗な中、南相馬市小高区の小高体育センターのドアをそっと開けると・・・。

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沈滞どころか、すごい熱気ではありませんか!!

 

時刻は!

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2時50分。これ午前ですよ!深夜3時前!!

2日土曜日の午前10時から始まり、トーナメント戦が繰り広げられたり、

ゲームを楽しんだり、思い思いにラリーを楽しんだり、和気藹々、盛り上がっています。

こんなゲームも。

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「的当て」です。31の的を120秒でいくつ射貫けるかを競います。マシンからボールが次々と繰り出され、打つ方も大変です。

そんな時は仲間たちから「あきらめない!あわてない!あせらない!」と

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クラブのスローガンで励まされます。

ちなみに、これは。

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卓球ド素人の私が挑戦した跡です。11枚。我ながら上出来。

私は、午前2時から最後の10時前まで8時間近く、皆さんと卓球を楽しみました。

こんなに卓球の練習をしたのは初めてです。

当初、足を引っ張ってばかりだったダブルスも、時間の経過とともに何とか楽しめる程度に上達しました!

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付き合って下さった皆さん、本当にありがとうございます。

でも、ちょっとでも回転がかかったボールは、まったく拾えませんでしたね・・・。

小高卓球クラブのメンバーは、50代後半から88歳までの48人。

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まだ小高に帰ってこられない方もいらっしゃいます。

この24時間の間、プレーの合間に住民同士が近況報告をしたり、

情報交換をしたりできるのがとっても有意義な時間なんですって。なるほど!

メンバーの30人くらいが徹夜で、ケガもなく楽しく朝を迎えました!!すごい体力!!

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会長の高橋茂さん(右)との出会いが、こんなにおもしろいイベント参加へと展開しました!感謝します!

パンツのポケットにスマホを入れたままプレーしていて、歩数計は

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21,719歩、13.4キロ。当然翌日は筋肉痛。

この痛みも、最高のイベントの余韻ということで!

投稿者:吾妻 謙 | 投稿時間:20:44 | 固定リンク


Road to Tokyo from Fukushima vol.7 誰もが"見送る"街に @山田賢治


東京パラリンピックまで、あと800日あまり。

 

福島に来てからも、パラスポーツを取材しています。

これまで出会ってきた福島の選手に共通することは、

練習場所まで、車で移動している選手が多いこと。

 

練習のときだけではなく、車がないと生活が不便ということも、

地方の事情としてはあります(福島だけに限りません)。

足が機能しなかったり、切断したりしている選手の運転では、

アクセルやブレーキは、全部、手元でコントロールします。

 

私は、これまでずいぶんとパラの選手を取材してきましたが、

こんなに頻繁に、手動運転装置を見ることはありませんでした。

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手動運転装置の一例。

写真中央下(やや左)の銀色のレバーは、引くとアクセル、押すとブレーキ。

ハンドルについているノブを使い、片手で運転できる。

 

また、自分は運転しなくても、家族や仲間が車で送迎してくれる、ということもあるでしょう。

このようなクルマ文化も手伝って、

なかなか街で、車いすの人や、視覚や聴覚などに障害のある人、知的障害や精神障害の人などと

すれ違うことが少ないような気がします。

 

障害のある人もない人も、同じ社会に生きています。そこに大きな“段差”はありません。

ただ、障害のある人には特性があり、一部、配慮が必要な場合があります。

そして、それを知って、自然と接することが求められます。

それが、“誰もが生きやすい街づくり”につながります。

 

ただ、ふだん接する場面が少ないと、“どんな人なんだろう?”

“どんなことに困るのか、困らないのか”が分からず、

ひいては“こわいから、どう接したらいいかわからない。見て見ぬふりをしよう”という考えに至り、

障害の「ある人」と「ない人」という、分離された社会になってしまいます。

 

つまり、「理解できない」ということが「恐怖」となり、関わりを避けてしまうのです。

福島で、もっと障害のある人もない人も混ざった場があるといいな、と感じることが多々あります。

接してみると、「こんなちょっとした配慮があればいいんだ」とか

「なんだ、大きな違いはないんだ!」といった気づきが必ずあります。

 

さらに、“一方的なサポート”ではなく、学ぶことがさまざまあります。

障害があってもなくても、常に“双方向の関わり”であることが、理想の人間関係。

そんな社会であるべきではないでしょうか。

 

つまり、意識的な歩み寄りが必要です。

それには、あえて言えば、障害のある人にも、積極的に街を“歩いて”ほしい。

そのことで、街も変わっていきます。

 

車いすの人、白杖を使ったり、盲導犬といっしょに歩いたりした視覚障害の人、

お年寄り、妊婦さん、子ども・・・がすれ違ったとき、大丈夫かな?危険がないかな?と

自分の後ろを少し振り返って“見送れる”ように。それが自然と習慣付くように。

いろんな人がいるんだ、という認識を多くの人が持つことで、誰もが“見送る”文化になれば、と願います。

 

一方で、障害のある人が外出しやすいような、インフラ整備(道路や店の段差やトイレなど)も必要です。

「誰もがお互いを尊重して、“普通に”接することができる街になれば」

福島に来て1年。日常生活で感じている思いです。

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点字ブロックが続く歩道。この上を、無意識に歩いている人もいる。

“見送った”ときに、そうした人がいたら注意したい。

投稿者:山田 賢治 | 投稿時間:11:05 | 固定リンク


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