2016年9月

手紙、10年前から届きました! @吾妻謙


今週は「自分も涙もろくなったもんだ」と実感する毎日で、特に昨日(29日)のベイスターズ、ハマの番長、三浦大輔投手の最後のマウンドに目頭が熱くなった吾妻です。

仕事で一度だけお会いしましたが、すごく盛り上げてくださって。

さて、飯舘村が村制50年事業として企画した「10年後に配達される手紙」のことは、このブログでもお伝えしていますが、25日、発送式が行われました。

飯舘村交流センター「ふれ愛館」で開かれた、村制60年の「60祭」。

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そこで、村で10年間大切に保管され、その間に値上がりした郵便料金2円分の切手を新たに貼られた1840通が郵便局員に託されました。

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そのうち、村内宛はおよそ1100通。原発事故によって全村避難を余儀なくされている人々の元には、転送手続きを経て配達されます。

この式典で、皆で「ふるさと」の合唱をしたときのこと。

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その4番は、この日のために村の中学生が作詞しました。

「胸に生きる思い出 いつも村を思わん までいの心めぐりて わたしたちのふるさと」

「までい」とは、「丁寧な」という意味のこの地方で使われている言葉です。

この4番になった時、ステージの後ろのカーテンが開き、外の景色が目に飛び込んできました。

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たちまち目頭を押さえている方がたくさん。グッときました~。

私も10年前にこの手紙を投函しました。転勤でどこにいるかわからなかったため宛先は実家にしていたら、母から「届いたよ」と連絡が。転送の前に、写真を撮ってメールで送ってもらいました。

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全部で5通。そのうちの1つの宛先に「第三子様」と。お~、思い出しますね~。10年前、1歳になった双子に宛てて妻と書き、投函した後、3人目の妊娠が発覚。

「届いたとき自分宛の手紙が無かったら寂しい思いをするよねぇ・・・」と妻と話し、締め切りギリギリで追加の投函をしたんだよなぁ。でも、性別もわからず、ましてや名前を決めているわけでなく、「第三子様」宛にしたのでした。

その第三子様は、今月9歳の誕生日を迎えました。三つ子の様に育っているので、改めて妻と「あの時無理して書いておいてよかったね~」と話しております。

まだ、手元には届いていません。また、届いても、お父さんがいる時に読んで欲しいので、開封しないで待っていてねとお願いしています。内容は本当に覚えていないのでドキドキします。

いま、この10年前の手紙に関して取材を続けています。亡き夫から、可愛がってくれた亡き祖母から、はたまた中学生の時の自分から手紙が届きます。また、ある夫婦は交際中に結婚を願って手紙を書き実現させました。震災と原発事故を経て、飯舘の皆さんは10年前の手紙をどんな気持ちで受け取り、読んだのか。想像するだけでもうるっときてしまいます。自分からの手紙を読んでいる子どもを見たら号泣してしましそう・・・。

投稿者:吾妻 謙 | 投稿時間:19:05 | 固定リンク


伝統を支えるちょうちん職人 修行中! @岩間瞳


こんにちは!
スーパーに並んだサンマやキンモクセイの香りで
すっかり秋になってしまったんだなあと実感している岩間です。

夏が過ぎてしまうのは名残惜しいですが、福島は秋も楽しい!
会津まつりや飯坂けんかまつり、二本松のちょうちん祭りなどの
秋まつりが盛りだくさんです!


先週20日(火)Fのモトのコーナーを担当しました。
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中継でお伝えしたのは、
370年以上の伝統を持つ二本松のちょうちん祭りを支える職人。

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実は、二本松のちょうちん祭りで使われる提灯は

創業享保元年…300年の歴史を持つ老舗の
市内のちょうちん店が一手に引き受けているんです。

家族3人で、この時期800個を超える提灯を作っています。


今回ご紹介したFのモトは、浅倉大輔さん。
8代目の父・祐二さんの背中を追って修行を続ける31歳です。

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ちょうちんの顔ともいえる文字を書くのは父・祐二さんの仕事。
ちょうちん祭り独特のこのちょうちんも!
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フリーハンドですらすら筆を進めていきます。
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ということで、修行中の祐二さんが担当するのは
そのちょうちんの仕上げ。

私がいちばん驚いたのは、“油引き”という作業です!

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雨に強いちょうちんを作るために油を塗ることは
祭りで使うちょうちんにとって必要不可欠です。

しかも、薄く塗りすぎてしまうともちろん雨をはじかないし
厚く塗りすぎてしまうと和紙が硬くなって壊れてしまうので
油を均一に塗るための、工夫があるんです。

それが、こちら!

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熱した油を真綿を使って塗る!!!

油ののびを良くするために熱し、
和紙を傷つけずムラにならないように真綿を使います。

大輔さん当たり前のようにやってるように見えますが、
この油、なんと50度を超えているんですよ!?

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お風呂の43℃でも熱いのに、油の50℃だなんて…!
私も手を入れてみましたが、
ピリピリして一瞬しか触れませんでした…。


このように、熟練の技と経験が必要になるちょうちん作り。
修行を始めて6年が経った大輔さんも
1人前にはまだ程遠いとおっしゃっていました。


毎日朝の9時から深夜まで続くちょうちん作りは
集中力と経験と、何よりちょうちんが好きでなければできません。

そして、普段は母・春子さんも加わって親子3人で作っていますが、
毎日朝から晩まで顔を合わせていても
喧嘩は1度もしたことがないという浅倉家のみなさん。
お互いを信頼し尊敬しあっている関係だからこそ、
良い仕事ができるのだと感じました。

浅倉家のみなさん、本当にお世話になりました!

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二本松のちょうちん祭りは、
来月の4日から3日間にわたって行われます。
伝統の暖かいあかりの裏には親子で奮闘するちょうちん職人がいることを
ぜひ多くの人に知ってほしいと思います。

そして!9代目めざして頑張れ!大輔さん!!!

 

ちなみに、家族といえば…

今年のお彼岸のお中日は実家に帰って母とおはぎを作りました。

欲張りすぎてかなり大きくなってしまったけれども!
手づくりっていいものですね(*^_^*)

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大輔さんの取材を通して
私も家族との時間をもっと大切にしなくてはと思いました(*^_^*)

投稿者:岩間 瞳 | 投稿時間:19:57 | 固定リンク


性分だから・・・とはいえ! @吾妻謙


突然肩に激痛が走り夜も眠れず、翌朝駆け込んだ整形外科の診断は「五十肩」。肩の痛み以上にショックを受けた47歳の吾妻です。わが家の体重計では体内年齢36歳なのに・・・、肩の関節は「体内」ではないのか・・・。

 

さて、世界で活躍されている43歳、福島市在住のエースパイロット室屋義秀選手に会ってきました。

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エアレースは年間8レースで総合チャンピオンの座を争いますが、今シーズンも大詰め6レースまで終わりました。今シーズンは総合3位以内を目指し、第3戦の千葉大会では悲願の初優勝を果たしている室屋さん。

しかし、あと2戦で総合順位は現在8位。去年の6位を下回っています。

そこでこの先どう戦うのか抱負を伺いに行ったのが福島市のふくしまスカイパーク。

22日は、福島を中心とした子どもたちにスカイスポーツの魅力を伝えようというイベントが行われていました。

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室屋さんはシーズン途中ですが、日頃ふくしまスカイパークを拠点に活動していることから地域に貢献しようと、こうしたイベントに積極的に関わっています。

滑走路で小型飛行機と綱引きをしたり、

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室屋さんが飛行機の仕組みを説明したり、

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飛行機がどうして飛ぶのかを教えます。

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中でも、機体を軽くするために、この部分は布が張ってあると聞いた子どもたちは驚きの声をあげていました。

また、雨で視界も悪く、デモンストレーションフライトは無理だと思っていましたが、そこは室屋さん、卓越した技術で空港の上を超低空で飛び、参加者を喜ばせていました。

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室屋さんは、優勝した第3戦以降もテストフライトでは最速タイムを叩き出していますが、本番ではちょっとしたミスからポイントを重ねることができていません。それをズバッと聞きましたところ、返事は。

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「そこまで無理をしなくても勝てるんですが、どうしてもより速く飛ぼうとギリギリまで攻めてしまう。それが自分の性分なんですかね」と苦笑い。「世界最速の称号を得るため、圧倒的な勝利とするためには攻め続けないと」。

む、室屋さん、性分とはいえ、無理をせずに勝てるなら、勝って下さいよ~!

しかし、それくらいストイックな勝負師でないと世界で戦えないんでしょうね。

 

25日の日曜日には、残り2戦が行われるアメリカに出発します。連続で表彰台に立てれば総合3位以内も圏内です。

次に福島に帰ってくる時はシーズンが終わったあと。お会いするのが楽しみです。

 

しかし、室屋さんには五十肩なんて関係ないんだろうなぁ・・・。

投稿者:吾妻 謙 | 投稿時間:21:19 | 固定リンク


見て楽し、詠めばなお良し「五・七・GO!」 @吾妻謙


文章力に自信はありませんが、小学生の時の夏休みの課題で作った俳句が、市のコンクールで入選してから、17文字にはまんざらでもない吾妻です。

 

その影響もあって、今年度の「はまなかあいづToday」で、ニュースや季節の話題を5、7、5の17文字で皆さんにお寄せ頂こうというコーナーを始めてしまいました。

その名も「ふくしま五・七・GO!」。

条件は、季節感やニュース感覚があることのみ!俳句ではないので季語が無くても問題なし!川柳でもなんでも、17文字なら構いません。

今年度も上半期が終わろうとしていますが、これまでにご紹介した句は199句になりました!皆さんありがとうございます!

毎週お送りくださる「常連」の方も増えてきました。一方で、やや初投稿の方が減ってきています。コーナーの評判は上々なだけに、もっと多くの方の句を紹介したいなぁと思う今日この頃です。

そこで今回は、これまでに印象に残った句をいくつか振り返ります。

参加者の平均年齢は70代半ばです。最年長は福島市の98歳、安田荘三さん。

「色どりを 今年も見れた あじさい小路」

自宅近くの土合舘公園のアジサイを詠んでくださいました。「今年も見れた」に達者な姿が浮かびます。

また、最年少は10歳!福島市のなーちゃんです。

「信夫山 桜が咲いた 春の風」

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春の訪れを喜ぶ気持ちを、福島市の桜の名所、信夫山に行って詠んだそうです。

採用の鍵はタイミング!5月23日に寄せられ、番組で紹介した句がこちら。

「風薫る 智恵子想うや グロキシニア」

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5月20日は「智恵子抄」で知られる高村智恵子の誕生日。智恵子の生家近くにお住まいの二本松市の野里ゆりさんから頂きました。グロキシニアは、智恵子が高村光太郎のアトリエを初めて訪れた時に持っていった花で、その花を偶然20日に友達からもらったので投稿したとのことでした。素敵なお話ですし、勉強になりました!

また、6月22日、参議院選挙の公示日には

「十代が 明日を拓く 参政権」と、いわき市の佐藤益弘さんから寄せられました。

コーナーには、はがきや封書でもご投稿頂けますが、52円、82円を節約するにはホームページからの投稿が楽で早い!

二本松市の佐藤福子さんからは「口惜しけど ネットもスマホもアイドンノー」と投稿がありましたが、そんなことおっしゃらずに、ぜひ挑戦してみてください。こちらから!

http://cgi2.nhk.or.jp/toppage/upload/index.cgi?id=fukushima1

投稿者:吾妻 謙 | 投稿時間:19:20 | 固定リンク


あれから10年・・・ @吾妻謙


先週「文才が無く、毎回ブログに苦しんでいる」と悩みを吐露した吾妻です。

しかし今週も、文章と格闘した私のエピソードを。

 

まずは、この写真。

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ポストですが、屋内にあります。福島第一原子力発電所の事故のため全村避難が続いている飯舘村の役場1階ロビーに設置してあります。が、投函口がふさがれています。

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隣には「大切な人 10年後のあなたへ あと23日」と。

これは10年前に、飯舘村が村制50年を記念して募集した「10年後に配達される手紙」のポストです。その10年後というのが、今月30日なのです。

そして、7日(水)に配達に向けた作業が行われました。

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そう、切手を貼る作業です。当時80円だった郵便料金は、いま82円。役場の担当者が8人がかりで3時間半、1800通あまりに2円切手を貼りました。

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「あ、○○さんも出していたんだ~」とか「『当時8歳の僕より』ってかわいい~」なんて盛り上がるシーンもありましたが、「まさか原発事故で村に住めなくなっているなんて・・・」と切ない会話も。全く何が起こるかわからないものです。飯舘村の皆さんは、どんな気持ちで10年前の手紙を受け取るのでしょうか。

 

かく言う私も10年前、このポストに投函しました。当時、双子が1歳、3人目の妊娠がわかったばかり。子どもと妻に、その時の気持ちを綴ったはずです。具体的に何を書いたのか覚えていないのですが、その時も文章力に自信がなかったのか、当時福島局のホームページに掲載していた「キャスター通信」には不安も。

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「10年後、子どもたちが開封した時に、父親の威厳台無しなどという恥ずかしい思いをしてしまいそう」と。

そして「キャスター通信」締めくくりの文章がこちら。

写真6

「飯舘村の企画で、手紙の配達日は、2016年9月30日。転勤族の私は何処にいるのやら・・・。子どもと一緒か、はたまた単身赴任か・・・。宛先を何処にするかが悩みです。まあ、いずれにしても、その日が、手紙を平穏に受け取れる世界であることを願ってやみません。」

あの後福島を離れ、その2年後に震災が発生し2カ月にわたって応援に戻ってきました。さらに去年から再び福島局勤務。「何処にいるのやら」の答えは「ここにいる!」でした。

飯舘村では今月25日に、村の60周年記念会を開き、そこで手紙の発送式を行います。

私は、宛先を埼玉の実家にしたので、実際に子どもたちがその手紙を読むまでタイムラグが発生します。果たして、父の威厳を保てる文章なのでしょうか?ドキドキしながらその日を待ちます。

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しかし、10年、老けるわなぁ・・・。

投稿者:吾妻 謙 | 投稿時間:19:24 | 固定リンク


文学者たちのトークイベント! @吾妻謙


子どもたちが学校で作文を評価されると、何のためらいもなく「お母さんに似た」と言っています。どうも文才が無く、毎回ブログに苦しんでいる吾妻です。

喋っている通りに文字にすれば、少しは面白くなるだろうになんて言われたりもします。

そんな私があこがれる文学者たちのトークイベントが、先日福島市で開かれました。

 

トークを繰り広げたのは、玄侑宗久さんに柳美里さんという芥川賞作家2人と、東日本大震災の時にツイッターで詩を発信し続け、多くの人を励ました詩人の和合亮一さんです。

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この3人は、福島県在住。

玄侑さんは、三春町の福聚寺の住職です。

柳さんは、震災直後から南相馬市の臨時災害放送局で番組パーソナリティーになり、神奈川県鎌倉市から通い続けて、去年春に移住しました。

福島市の和合さんの呼び掛けで、震災から5年半、福島に暮らしながらどんな表現活動をしてきたのか語りあったのです。

会場は福島市内のお寺のお堂で、100人近くが福島県内はもちろん東京からも訪れていました。

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津波の被害や、原発事故の影響など、県内で過ごしてこそわかることがたくさんある中、それぞれに思いを話してくださいました。

「ラジオ番組で南相馬の440人の方々から話を聞いているうちに、様々な人間関係が築けた。その人たちの苦楽は、同じ所に住まないとわからない」と移住を決めた柳さんは、地元の魚屋さんに皿を持って並び、刺身を2人前つくってもらったり、「テーラー屋さん」でお母さんの着物からスカートを仕立ててもらったりと南相馬ライフを満喫されています。

震災後、ねこや虫など小さい命に目がいくようになったそうで、誤って冷蔵庫に入ってしまった蚊を手のひらの人肌で温め、蘇生させて放したなんてエピソードを語ると、玄侑さんと和合さんから「そんな優しい方が福島に来てくださり、表彰もの」と絶賛されていました。

玄侑さんと柳さんはこの日が初対面で、作品の感想を述べ合っていたのも新鮮でした。

それぞれの本を読む機会はありますが、3人そろってのトークイベントは福島ならではです。皆さんがどんな思いで創作しているのか興味深いお話しが聞けて、とっても贅沢な時間でした~。

終演後はサイン会も開催。

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如何です?豪華ですよねぇ。

玄侑さんは、和合さんや柳さんにサインを書いてもらっていました。

写真4

この写真を見た和合さん。「学校で先生に居残り勉強でもさせられているみたい」と笑っていました。これは中々貴重な一枚です。

作品も素敵ですが、ご本人も皆さんとても魅力的でした。

投稿者:吾妻 謙 | 投稿時間:16:52 | 固定リンク


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