2019年03月14日 (木)新しく 一歩踏み出す 大熊町 @平川沙英


こんにちは。キャスター平川です。

 

東日本大震災と原発事故から、8年が経ちました。私にとって、福島で過ごす3度目の3月11日。

ことしは、来月に避難指示が解除される予定の大熊町大川原地区から

新しい町づくりについて、中継でお伝えしました。

 

8年間放置されたままの住宅などが残る中、急ピッチで建設が進められているのが、町役場です。

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町役場のそばには、災害公営住宅なども並んでいます。

ですが、この地区に春から住む予定の人のほとんどが、大川原地区“以外”の住民だったんです。

というのも、原発事故前に役場などがあり、町の中心部だった大野地区は、現在も帰還困難区域。

 

そんな中でも、ふるさとの“大熊町”で暮らしたいという人が、春から大川原地区で生活します。

今回の中継では、「大川原地区をよく知らないという方にも

魅力を知ってもらい、親しみを持ってもらおう」という活動について、お伝えしました。

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かわいらしいイラストが描かれた地図。「大川原マップ」です。

こちらは試作品。春ごろに、完成したものが町民に配られます。

 

作っているのは、おおくままちづくり公社の佐藤亜紀さん。

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「新しい役場などに目が行きがちだけど、

神社や桜の名所など、この場所ならではの良さも知ってほしい」という思いを込めて、

地元の方などに聞き込みをしながら作っています。

 

亜紀さんは、県外生まれですが、お母様が隣の双葉町出身。

東京で働いていた時に「震災を忘れてほしくない」と、大熊町へ移住してきました。

今では、なんとこんな活動も!!

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大和久地区の方から受け継いだ笛で、「夫沢の神楽」を演奏。

「今は帰還困難区域になっている地域の文化も、ずっと残していきたい」と取り組んでいます。

 

このような亜紀さんたちの活動に、元々、大川原地区に住んでいた方も期待を寄せています。

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春に帰還する予定の、佐藤右吉さんです。

 

亜紀さんたちと協力して、地区の中に、ざる菊などを植えています。

避難先から大熊町に通う途中に咲いていた花に励まされ、

「大川原にも、こうした名所を作りたい」と始めたそうです。

 

「新しく住む方との交流のきっかけにしたい」と考えています。

見ごろになるのが楽しみですね。

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亜紀さんと右吉さん、白梅とともに。

お二人の仲の良いやり取りや、明るさ、温かさに包まれて、私もほっこりしました。

みなさんに会いに、また大熊町に行きたいと思います^^

 

県外出身の私ですが、

この2年間、「震災や原発事故について、たくさんの方と話をさせていただくことが

気持ちに寄り添える一歩になるのでは・・・」と取り組んできました。

 

大阪出身の私は、阪神淡路大震災の15日前に生まれました。

当時の記憶はありませんが、祖父母や両親が、その時の話を、今でも何度も教えてくれます。

祖父母は、戦時中の話も鮮明に覚えていて、そのときの教訓を私に伝えてくれます。

 

「戦争や震災が、いつか、ただ映像や文章で振り返るだけの、歴史上の話になってしまうのでは?」と

思うことが多々あります。

 

私は、このような環境で育ったからこそ、「これから、母になったとき、孫をもったとき、

ふるさとのことはもちろん、福島のこともずっと伝えられる人間でありたいな」と心から思います。

これからもいろいろな方の話を伺って、「伝え手」として成長していきたいと、改めて感じました。

投稿者:平川 沙英 | 投稿時間:19:15 | 固定リンク


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