人形浄瑠璃

人形浄瑠璃について

人形浄瑠璃について

節をつけて物語を語る「浄瑠璃」に合わせ、三人で一体の人形を操って演じる伝統芸能で、日本各地に伝わっています。歌舞伎の演目の多くは人形浄瑠璃からの翻案であり、江戸時代から人形浄瑠璃と歌舞伎は影響しあいながら共に高い人気を誇ってきました。現在でも国立劇場などでの公演は多くのファンを集めています。世界の人形を使った演劇の中でも特に洗練されているとされ、2003年にはユネスコの世界文化遺産として登録もされています。

黒木町の人形浄瑠璃 〜旭座人形芝居〜

明治5年頃、笠原地区鰐八集落で祝の座の余興から始まったとされる人形浄瑠璃で、この集落にある数世帯がこれまで伝統を継承してきました。貴重な人形も多数所有しており、現在は「旭座人形芝居保存会」として年に一度、常設芝居小屋『旭座人形芝居会館』で定期公演を行っています(福岡県指定無形民俗文化財)。

地元の笠原小学校では10年前より、5・6年生の総合学習の授業の一貫としてこの人形浄瑠璃に取り組んでいて、旭座の定期公演にも参加しています。今回のドラマでは実際の笠原小学校の児童たちが有名な「傾城阿波鳴門 巡礼歌の段」を熱演しました。

黒木町の人形浄瑠璃 〜旭座人形芝居〜

「傾城阿波鳴門 巡礼歌の段」あらすじ

傾城阿波鳴門 巡礼歌の段

徳島藩の武士、十郎兵衛とお弓の夫婦は藩主の盗まれた刀を探すため、盗賊に身をやつして大阪に暮らしていた。ある晩、お弓は一人の巡礼娘に逢う。

少女の可愛さにその故郷をきくと、「生まれは徳島。父様の名は十郎兵衛、母様はお弓」という。その娘は六年前に故郷に残してきたわが子、お鶴だったのである。お弓は、自分たちが追われる身の上であり、親と名乗ればこの子にも害が及ぶと考え、知らぬ顔でお鶴と別れる。しかし娘の後姿を見送ったお弓は、どうしてもたまらなくなりその後を追う―

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