2018年8月

よかとこin 太宰府・久留米


ずいぶん久しぶりのブログ、失礼します。

記録的な暑さが続いたこの夏。
どんな思い出ができましたか?

わたしの夏の思い出を少し紹介させて下さい!
先日、太宰府と久留米に友人と行ってきました!

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富山局で一緒に働いていた
同期の静岡放送局の鈴木キャスターを案内しましたよ。

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この日の気温は39度近くあって、
とっても暑かったんですが、
風鈴の音が、暑さを少し和らげてくれました♪

それから、久留米では「ぶどう狩り」!

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落ちないように片手を添えて
はさみでチョキン!!!
左手にずっしりとぶどうの重みを感じました。

粒が大きくて本当に甘くて美味しい!
3房を購入して、1人で全部食べてしまいました(笑)

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夜は、永井アナウンサーも合流☆
私たちが1年目の時から
色々なアドバイスをくれる大先輩なんです!

鈴木キャスターも満喫してくれたようで、
わたしも大満足の1日でした!

投稿者:松崎洋子 | 投稿時間:15時44分 | カテゴリ:松崎洋子 | 固定リンク

東京パラリンピックに挑む!


パラリンピック出場を目指す、福岡市出身の立石アルファ裕一(たていし・あるふぁ・ひろかず)選手は8月30日から4日間、中国北京で開かれる障害者卓球の国際大会、中国オープンに出場している。以前より注目されるようになってきた障害者スポーツだが、まだ環境は整っていない。日本代表の立石選手でも、合宿や遠征費にかかる約800万円を自己負担しなければならないし、練習場所の確保にも苦労している。コーチを務める弟のイオタ良二さんや(いおた・りょうじ)家族の支えでパラリンピック出場を目指す立石選手は、自分が金メダルを取ることで障害者スポーツの現状を変えたいと思っている。そのためにも今回の中国オープンでメダル獲得を目指す。

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■立石選手の実家、博多区で100年近く続く老舗の「立石ガクブチ店」
▽代表 立石武泰さん(立石選手の父)
電話・FAX:092-281-4008
住所:福岡市博多区大博町4-32

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■立石選手が通うトレーニングジム「LIGARE」
▽代表 日高秀さん(ひだか・しゅう)
電話:092-791-3305
住所:福岡市中央区高砂1-1-27 プレミールホサカ302

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【取材ディレクターの一言】
まだまだ厳しい障害者スポーツの現状ですが、立石選手の周りには彼の努力する姿に引き付けられた、たくさんの人の応援がありました。立石選手も以前よりは練習環境は整ってきて、期待に応えたいと話していました。
東京パラリンピック開催まで2年を切り、枠を獲得するためのレースが本格化しています。立石選手も自分なりに新しいトレーニングや戦術を取り入れ、今回の中国オープンに向けてパワーアップを図ってきました。「実力的には世界のトップと戦える位置まで来た」というのが弟のイオタコーチの見立てです。ぜひ今回の大会で実力を発揮して自信につなげてほしいと思います。

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18時30分 | カテゴリ:フォーカス福岡 | 固定リンク

国境越えた出会い 支え30年 ~アジア太平洋こども会議~


毎年、福岡に200人以上の子どもたちをアジア・太平洋の国々から招待し、日本の子どもたちとの交流を促す、国際交流事業「アジア太平洋こども会議」が今年で30周年を迎えた。
今まで福岡を訪れた子どもたちは、9,000人以上、ホームステイを受け入れた家庭は約7,000にのぼる。
参加者の子どもたちが特に楽しみにしているのが、一般家庭でのホームステイ。番組では、今年来日したパラオの女の子(11)と、筑紫野市のホストファミリーとの1週間の交流に密着。ことばの壁を乗り越えて、子どもどうしが互いに歩み寄っていく過程を描く。
また、「こども会議」を通じて来日した経験が、その後、国際的な仕事に就くきっかけになったという、過去の参加者も取材。初めての異文化との出会いが、子どもたちの人生をどのように変えるのか、探っていく。

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【取材者ひとこと】
パラオから来た女の子と、筑紫野市のホストファミリーの女の子の初対面から別れまでの一週間に密着しました。はじめはどちらも緊張して無言が続き、パラオの子はホームシックもあって涙してしまう場面も。仲良くなれるかな・・・と心配したのもつかの間、2人はことばを使わなくても一緒に楽しめる方法を見つけて、歩み寄っていきました。大人なら最初から無理!と決めつけてしまいそうな場面でも、ものおじせずになんとか乗り越えようとする、子どもたちの強さを感じた瞬間でした。
また、大人になった過去の参加者とホストファミリーとの26年ぶりの再会にも立ち会わせていただきました。お互い、純粋な子どもの時に出会ったからこそ、その後の人生でも忘れられない思い出になるんだな・・・と感じました。
「アジア太平洋こども会議」の事務局では、ホームステイの受け入れ家庭、また、交流事業のボランティアを募集しているということです。

■NPOアジア太平洋こども会議・イン福岡
〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神1-10-1 福岡市役所北別館5階
電話:092-734-7700 (平日10:00~18:45 土日祝休み)
FAX:092-734-7711

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18時30分 | カテゴリ:フォーカス福岡 | 固定リンク

愛情たっぷり!福岡生まれの"鉄鍋ギョーザ"


福岡と言えばラーメンやもつ鍋が有名だが、実は福岡市の人口10万人あたりのギョーザ店舗数は全国第2位の165店舗、北九州市も第4位と、名物料理のひとつ。福岡ならではのギョーザが多いことも特徴だ。
そのルーツの一つといわれるお店があるのが、北九州・八幡。今年で創業60年を迎える老舗が、今や全国で有名な「鉄鍋ギョーザ」発祥と言われる。
お店の二代目・宇久知紀さんは、一人前分の小さな鉄鍋で、多い日は150皿分のギョーザを焼く。パリパリふっくらのおいしさの秘密は鉄鍋に。直径18センチの鉄鍋は創業当初、コンロの大きさに合わせて特注したもの。火のあたりを均一にしてムラなくパリッと焼き上げることができる。さらに大事なのは鉄鍋特有の火加減。熱の伝導率がいい鉄鍋に合わせて火加減を調節。かりっとソフトな食感を生み出す。
創業者で宇久さんの母・温子(はるこ)さんとギョーザの出会いは65年ほど前。当時は珍しかったギョーザを八幡の製鉄マンで人気の中国料理店で食べ、あっさりした食べやすいギョーザを自分も作りたいと試行錯誤を重ねた。さらに、当時珍しかった「鉄板スパゲッティ」をヒントに、「アツアツのままお客さんに食べてほしい」一心で、鉄鍋ギョーザを完成。今も地域の人々に愛され続けている。
後継者不足に悩んだお店の危機を救った、元和食料理人の久冨陽介さんは、「歴史を重んじながらも新しいものを作り出して、自分が守り続けていきたい」と語る。

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焼きたての鉄鍋ギョーザ

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地域で長年 愛され続けてきた

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鉄鍋ギョーザ店 二代目店主 宇久知紀(うく・とものり)さん

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三代目 久冨陽介(ひさとみ・ようすけ)さん

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創業者 宇久温子(うく・はるこ)さん(90)

■(VTR前半に登場)福岡市中央区のギョーザ店 
▽「餃子屋弐ノ弐 大名店」
営業時間:午後5時~午前0時
住所:福岡市中央区大名1丁目―14―28
電話:092―732―9122

■北九州八幡・鉄鍋ギョーザ発祥のお店
▽「本店 鉄なべ」 
住所:北九州市屋八幡西区黒崎1丁目9-13
電話:093-641-7288
営業時間:午前11時~午後9時
店休日:木曜日
※ギョーザが完売すると午後いったん店を閉めることがあります

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暑い夏!ビールにギョーザは欠かせません!
わたしも大好きで、週に1度は食べている気がします…!笑
福岡県でギョーザと言えば、定番の焼き・水ギョーザ・揚げギョーザだけでなく手羽ギョーザなど種類も豊富ですよね!
福岡にいてなんとなくは分かっていながらも、ここまでギョーザがまちに根付いているとは知りませんでした。
なかでも今回は北九州で生まれた「鉄鍋ギョーザ」をご紹介しました。
最後の1個まで、あつあつほかほかで食べられる鉄鍋ギョーザ。
福岡ではすっかり当たり前のメニューですが、60年ほど前に一人の女性の「おいしいギョーザを温かいまま食べてもらいたい」との愛情から生まれたものだったんですね。
それだけでなく、発案者の宇久温子さんは日本人の口に合うように、あんも野菜多めでさっぱりと食べられるようにしたり、口当たりのいい食感の皮にするため薄さや水の量を調整したりと、細部にまでこだわりがあるんです。
たまにお店に出ると、常連のお客さんから次々と声をかけられ、楽しそうに会話をする温子さん。
鉄鍋ギョーザはこんなにも地元に愛され親しまれてきたんだなと、あらためて感じました。
ぜひアツアツのギョーザを食べて、残りの暑い夏を乗り切りましょう!

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投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18時30分 | カテゴリ:食いち! | 固定リンク

責任はみずからにあり ~部下を守った元陸軍司令官~


終戦後、捕虜虐待などの罪に問われたBC級戦犯をめぐる裁判。中には責任逃れともとれる態度を示した上官もいました。そのなかで「責任はみずからにある」と主張し続け、大岡昇平の小説「ながい旅」の主人公にもなった陸軍の司令官がいます。ことしになって見つかった別の元死刑囚の手記に、この司令官の獄中での様子がつづられていました。

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旧日本陸軍の岡田資・中将です。戦後、BC級戦犯として死刑判決を受けました。

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岡田中将が罪に問われたのは昭和20年6月から7月にかけて東海軍が起こした事件です。アメリカのB29爆撃機の搭乗員を処刑したもので、岡田中将は、東海軍を率いる司令官でした。

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BC級戦犯が裁かれたいわゆる横浜裁判では、多くの死刑判決が言い渡されました。なかには死刑を免れようと、責任逃れともとれる態度を示した上官もいました。こうしたなか、岡田中将は「司令官である自分にのみ最終的な責任がある」と主張し続けました。

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東京・町田市に岡田中将の遺族がいると聞いて訪ねました。
(左:長男の妻・純子さん 右:孫・洋介さん)

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純子さんは、岡田中将の裁判を傍聴し続け、死刑判決を受けた日もその場にいました。「死刑判決を聞いたときは本当に辛かったです。みんな覚悟はしていたんですけど、ショックで・・・」(長男の妻・純子さん)

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獄中の中将の様子を記した手記です。ことし5月、福岡市で見つかりました。別の事件でBC級戦犯として同じ巣鴨プリズンに収監されていた福岡市出身の冬至堅太郎陸軍主計大尉が書いたものです。自らの責任にこだわった岡田中将について多くのページを割いてつづられていました。「東海軍を我々が羨ましいと思ふのは、司令官が命じてやらせたことになって、下級者の罪が軽くなると云ふ功利的な考へではない。『部下が可哀そうだ、何とかして救ってやろう』と云ふ司令官の心意気そのものが嬉しいのだ」(手記より)

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岡田中将の姿勢は、獄中でも変わりませんでした。若い戦犯たちに対しては「必ず減刑になるはずだ」と励ましたといいます。また、巣鴨プリズンのアメリカ人将校からも信頼を勝ち取っていった様子が読み取れます。「閣下は死刑囚の正に大黒柱であった。このことは拘置所の米人将校もよく知っていて、何かことがあると閣下に相談に来るし、また閣下の要求されることはよく受け入れてくれるのであった。どこまでも積極的で、米軍に対して要求すべきことは遠慮なく要求された」(手記より)

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純子さんは岡田中将の獄中の姿を初めて知ったといいます。「実際の細かいことは知らされていませんでしたけど、よく書き留めておいてくださいました」

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手記には、処刑の際に岡田中将が残した若い死刑囚への言葉も書き留められていました。「私は東海軍事件の唯一の責任者として当然処刑されるべきものである。然し諸君たちは立場がちがふのであるから必らず吉報があると思ふ、大いに楽観されたし」。

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最後まで若い人たちを気遣い続けた祖父の姿について、孫の洋介さんは「他の道、いわゆる『逃げ方』はあったかもしれないけれども、今やらなきゃいけないことを最後までやりなさい、その責任から逃れない、逃げないようにしなさいということだと思います」と話していました。

【取材後記】
「父のことは子や孫に、話していきたいと思います」。長男の妻の純子さんははっきりとした口調でおっしゃいました。戦争が引き起こした事柄について、誰がどのような責任を負うべきかという問いに私は答えを見つけられていません。ただ、戦争が引き起こした事実と向き合い、伝えていくことで、私たちが学ぶべきことは今なお多い。このことを疑う余地がないことは取材を通して確信できました。

福岡放送局記者 陶山美絵

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:12時13分 | カテゴリ:WEBいち! | 固定リンク

中はとろっとろ!薩摩の白なす


なすなのに紫色ではなく緑色の果皮。中には真っ白のものも。決して失敗作ではありません。江戸時代から鹿児島に伝わる伝統野菜「白なす」です。病気に強く栽培も容易でかつては県下で広く栽培されてきましたが、収量が少なく形が不揃いで消費者からも敬遠されるため、市場に出回らず生産農家も減って、今ではほとんど作られなくなりました。
その白なすを栽培するのは、鹿児島市内で農園を経営する橋口孝久さん(67)。脱サラで農業を始め、薩摩伝統野菜の復興に取り組んでいます。中でも力を入れるのが白なすです。種を販売する業者もいないため、自家栽培で種も作ります。種作りに失敗すると将来の栽培継続も難しくなる中、栽培仲間たちと情報を交換しながら、より上質の白なす作りに取り組んでいます。
白なすは皮が厚いのが特徴。しかしぶ厚い皮に守られた中の実は柔らかく、料理すると別名「とろなす」と呼ばれるほどとろっとろで格別の味。6月下旬から8月いっぱいの収穫最盛期、見た目は少々悪くても味は絶品の薩摩野菜・白なす作りに奮闘する橋口さんの姿と、白なすの味の魅力を伝えます。

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■伝統野菜「白なす」

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■白なすを生産する橋口孝久さん

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■白なすを使った料理「白なすのそうめん」

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■白なすを生産している農園
▽橋口農園
〒892-0875 鹿児島市川上町3334-1
電話:099-243-7073

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■白なすを販売しているスーパー

▽タイヨー ONLY ONE 東郡元店
〒890-0068 鹿児島市東郡元町18番22号
電話:099-286-0558


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皆さん、「白なす」ってご存知ですか?
私は初めて出会いました!
なすといえば、皮が紫色で細長いイメージが強いですが、白なすは皮が緑色のものから真っ白なものまであり、色も形も様々。鹿児島では昔から食べられていた伝統野菜です。
この白なす、火を通すと、とっても美味しいんです。
今回は、郷土料理を研究している千葉しのぶ先生に「白なすのそうめん」を作って頂きました。口の中に入れると、甘くてとろっとろ!水分もたっぷりでとっても柔らかいんです。
しかし、このとろとろの白なす、生産者も消費者も今では少なくなってしまいました。
収量が少なく、不揃いで見た目も悪く消費者からも敬遠されてきたからです。
そのため、今では種も市販されておらず、生産者自身で種も取らなくてはなりません。
白なすを栽培する農園の橋口さんは、伝統あるこの白なすを絶やさないように、毎年種を残し、大切に育てています。
鹿児島の甘くてとろっとろの白なす。皆さんぜひ召し上がってみてくださいね!

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18時30分 | カテゴリ:食いち! | 固定リンク

黒木瞳さんにインタビュー


大女優を前に、ワタクシもいささか緊張しております・・・。

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黒木瞳さん。今月公開された映画『インクレディブルファミリー』で、
しっかり者の母親・ヘレン役の吹き替えを担当されています。
自分の姿をさらさず、声だけでキャラクターを演じる声優の仕事。
その魅力や、ふだんの女優としての表現とどう違うのかききました。

台本に書かれているうめき声ひとつとっても、
「うー」と「うーうーうー」では、心情が違う。
その違いは何か、とことんまでシミュレーションして臨まれたとか。
集中力が大事ですね?と問うと、
「それ以上に、体力です」と明るくにこやかに答えてくれました。

黒木さんといえば、八女市黒木町のご出身。
平成24年の九州北部豪雨の際には、地元を励ますために駆け付けました。
いつも絶やさない故郷への思いとは?
そして、今後挑戦したいこととは?
8月7日(火)のロクいち!福岡のなかで、じっくりお伝えします。

投稿者:中山庸介 | 投稿時間:13時53分 | カテゴリ:中山庸介 | 固定リンク

夏の全国高校野球 チーム紹介(福岡)


夏の全国高校野球。100回記念のことしの大会には福岡県から2校が甲子園に出場します。このうち、北福岡からは創部15年目の折尾愛真高校が春夏通じて初めての甲子園出場のきっぷをつかみました。

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南福岡からはノーシードから甲子園出場経験のある強豪を次々と破った沖学園高校が初出場をつかみとりました。強さの秘密は一風変わったトレーニングにありました。

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投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18時30分 | カテゴリ:スポロク! | 固定リンク

さわやかな酸っぱさ!日向のへべす


マンゴーに牛肉にピーマン…
数ある有名農産物を誇る宮崎県が、この時期、イチ推しする食材が「へべす」だ。
クセがなく、さわやかな酸味が特徴の香酸柑橘「へべす」。知名度は高くないものの、1度使ったらやめられないと飲食店を中心に、宮崎だけでなく、全国にファンを増やしている。
「へべす(平兵衛酢)」は江戸時代に長宗我部平兵衛が見つけたことから名付けられ、日向地方で代々育てられてきた。78人の平兵衛酢部会員を束ねる会長の黒木和之さんは30年前、この「へべす」の可能性を信じ、農家だった父親の後を継いだ。10年以上部会長を務め、品質の向上や「へべす」の普及に尽力している。
また、近年は若手生産者の活躍により、東京・吉祥寺周辺の飲食店で「へべす」が定番のメニューになったり、加工品がコンテストで賞をとったりするなど、「へべす」が全国に広がりつつある。
地域の宝「へべす」を広めようと奮闘する生産者たちを紹介する。

■黒木和之さん(へべす生産者)
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■黒木洋人さん(へべす生産者)
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■熊野敏行さん(へべす生産者)
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■へべすの購入に関しては
▽JA日向ひむか彩館
住所:宮崎県日向市大字高富299-1
電話:0120-52-3178

■へべすサワーを提供していた三鷹市の居酒屋について
▽大嶋屋
住所:東京都三鷹市下連雀3-37-41
電話:0422-48-4434

■熊野さんが作るへべすの調味料について
▽宮崎県門川町 熊野農園
電話:090―8058-5060

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「平兵衛酢」みなさんこの柑橘、ご存じでしたか?
へべすと読みます!江戸時代から日向に伝わる柑橘なんです!
九州・沖縄だとかぼすやシークワーサーなどが有名ですが、かぼすより少し小さく、さわやかでフレッシュな香りが特徴。
この香りで、暑い夏でも食が進みます!
先日、自宅でしょうゆにへべす果汁を加えた”へべすしょうゆ”をかけた冷ややっこを作ったのですが、おいしすぎて半丁食べてしまいました…!
さっぱりしているのに、なんだかクセになる味と香り!私もすでにやみつきです☆
へべすは、和・洋・中どんな料理にでも相性がいいということで、レシピは無限大!
今回ご紹介させていただいた熊野さんは、ご自身で開発したレシピをブログで発信しているんだそう!その数なんと40近く!
料理初心者の方でも簡単に作れるレシピばかりだそうですよ~
そして、若手生産者・黒木洋人さんは、へべすを多くの人に楽しんでもらおうと、へべす料理が楽しめるカフェを作っちゃいました。また、へべす風呂が楽しめる宿泊施設を年内にオープンする予定なんたそうです!
今回日向市に取材に伺って、平兵衛酢部会長の黒木さんを始め、若手からベテランまで、へべす愛をそれぞれの形で発信していることを知り、とても温かい気持ちになりました。
これからさらにへべすの生産量を上げるべく、いま県をあげて取り組んでいます!
へべすのこれからに、注目ですね!

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投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18時30分 | カテゴリ:食いち! | 固定リンク

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