2019年04月16日 (火)日本人の意識を変えろ!


”最大34万5000人余り”。
今後5年間で政府が見込んでいる外国人材の受け入れ人数です。4月から外国人材の受け入れ拡大が始まりました。ところが、技能実習生などとして日本で働いている外国人の中には、日本での仕事になじめず失踪したり、途中で帰国したりする人も少なくありません。そうした中、外国人材を受け入れる側の日本人の支援を始めようとしている男性が福岡県小郡市にいます。「外国人材よりも、むしろ日本人の意識を変える支援が大切だ」というこの男性。その真意を取材しました。

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3月中旬、私は、介護現場で働く外国人などが、日本語や日本の介護に関する勉強をしている教室にお邪魔しました。フィリピンやベトナムから来た人たちが学んでいました。

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福岡県小郡市の中村政弘さんです。14年前に会社を設立し、介護現場で働く外国人を支援してきました。4月からの外国人材の受け入れ拡大で、介護の事業所の変化を肌で感じると言います。「介護の事業所などから『日本語の教育などの面で助けてもらえないか、一緒にやってもらえないか』という要望は多くなっています」(中村政弘さん)。

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中村さんは、これまでにフィリピン人を中心として、300人近くの卒業生を送り出してきました。ところが、4月からの外国人材の受け入れ拡大は、昨今の人手不足を解消するという日本の事情ばかりが優先されていると感じるようになったといいます。同時に、外国人の視点に立つと、このままでは日本で働く外国人は増えないのではと懸念しています。「例えば、英語圏であるフィリピンの人たちの立場から考えると、ヨーロッパやアメリカ、カナダのほうが英語が使えるので、仕事がしやすいはずです。そうした中で、わざわざ漢字圏の日本をあえて選んで来ている人たちに『日本に来て良かった』と思ってもらえるようにするのは私たち日本人の責任ではないかと思います」(中村政弘さん)。

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外国人の目線にたって考えようという中村さんの原点。それは長男の謙一郎さんにありました。謙一郎さんは15年前、脳腫瘍のため、37歳の若さでこの世を去りました。学生時代、海外からの留学生を日本の企業に紹介する活動をしていた謙一郎さん。「アジアと日本の懸け橋になりたい」という思いを遂げるために大手企業を辞め、今の会社の前身を立ち上げました。その遺志を今、中村さんが継いでいます。

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これまで外国人の支援を中心に活動してきた中村さんは、新たな方針を打ち出しました。それは、外国人を受け入れる事業所の経営者や社員に、意識を変えてもらう取り組みを支援していくということでした。

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中村さんは、仕事場の雰囲気が暗かったり、日本人の対応が雑だったりしたため、失望して仕事を辞めてしまった外国人を数多く見てきました。だからこそ、受け入れる側の日本人に知ってもらいたいことがあると考えています。それは「働かせてやる」とか「教えてやる」といった上からの目線ではなく、同じ職場の仲間として、日本人の社員と同じように、互いに助け合い、技術を高め合いながら、楽しく仕事をすべきだということです。

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「日本に来る外国人は、希望に燃えて日本にやって来ています。失望させないためにも、受け入れ側の日本人が意識を変えて、外国人に何かを求めるのではなく、日本に来てくれた金の卵として大切に育てていくことが大切ではないかと思います」(中村政弘さん)。

【取材後記】
「謙虚な気持ちで外国人を受け入れること。『助けて下さい』という姿勢でないと、日本は立ちゆかなくなるとの認識を持たないとだめだ」。取材の最後に「これからどんな社会になってほしいですか」という私の質問に対する中村さんの答えです。中村さんは何度も「私たち日本人が変わらないといけない」と力説していました。これからさらに人口の減少や人手不足が加速する中、「上から目線」ではなく、外国人と共によりよい職場や社会を作っていくという意識改革、そして寛容な姿勢こそが、今の日本社会に求められているのではないかと強く感じました。

久留米支局記者・山崎啓

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:16時23分


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