2018年07月23日 (月)進化が伝統!~博多織の挑戦~


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絹糸の光沢や独特の質感で多くの人をひきつける博多伝統の「博多織」。その技法が鎌倉時代に今の中国から福岡に伝わってことしで777年の節目の年を迎えているのをご存じでしょうか?長い歴史があり、博多の誇りでもある「博多織」ですが、着物がふだん着でなくなった今、地元でも「特別なもの」、「遠い存在」というイメージが広まっているのが実情です。そこで、博多織をもっと身近に感じてもらおうと、博多織の織り元たちが新しい商品づくりに挑み、博多織の可能性を切り開こうとしています。ヒントにしたのは博多織の777年の「進化」の歴史でした。

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博多を代表する国の伝統的工芸品・博多織。上質な絹糸で紡がれる帯などに多くの人が魅了されます。何といってもその特徴は縦糸の多さです。ほかの産地の織物に比べ3倍近い量で織ります。

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糸を隙間なく密集させるため、生地に厚みやハリが出て、丈夫で傷みにくいのが特徴です。さらに横糸の量とのバランスをはかり、織物の表面にわずかな凸凹のようなものを生み出すことで、結んでもずれにくく、ゆるみにくい作りに仕上がります。特に男帯は「朝締めても夕方までゆるまない」と評されてきました。

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江戸時代に編さんされた筑前国続風土記

博多織が一躍知られるようになったのは、江戸時代です。武士の間で評判が広がりました。重い刀を腰に差しても帯がゆるまず、生地が丈夫なので、長もちもすると重宝されました。古文書にも博多織の特徴が書き記されていました。
『唐織の絹帯 強くて久敷きに堪ふ』(訳 唐織=博多織の絹の帯は強くて長持ちする)

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今も「博多祇園山笠」の男たちにとって、博多織は欠かすことのできない1品だといいます。丈夫でゆるみにくいからです。

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「1回締めたら、もうゆるみにくい。小物袋を帯にぶらさげとっても、全然ゆるまんけんですね」

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博多織の織り元の人たちが集まって新商品の開発を進めていると聞いて、私は取材に出向きました。この集まり、その名も「博多テックス」。織物を意味する「テキスタイル」からとったそうです。なぜ新商品を開発するのか?そこには織り元たちの危機感がありました。実は、博多織の織り元は昭和50年には170社近くありましたが、今では47社に減っています。着物を着る機会が減り、根強い人気を集めてきた帯の需要が落ちているからです。

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背もたれや座面など、生地はすべて博多織。「博多テックス」が手がけようとしているのは、博多織とコラボレーションした家具です。全国有数の家具産地、大川の家具店やデザイナーと協力して商品化を目指しています。耐久性が求められる家具は、丈夫さが特徴の博多織との親和性が高いと考えたからです。日々の暮らしに欠かせない家具に使われれば、博多織をよりみじかに感じてもらえるのではと考えています。

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「いままでの技術を生かしたものをつくるためには、いろんなものに挑戦する。それが博多織の今後の将来の生きる道ではないかなと思います」(博多テックス呼びかけ人 原田織物 原田昌行社長)

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ところが課題が見つかりました。生地は、強い力で引っ張った上で家具に貼り付けます。博多織は縦や横の方向に加わる力に対しては強く作られていますが、斜め方向に加わる力に対しては、比較的弱いのです。このため、家具に貼り付けた生地は何度も座るうちによれてしまう上、せっかくの柄も変形してしまいます。家具に求められる丈夫さは帯以上のものだったのです。

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「生地を下に引っ張ってとめるので、角の部分はどうしても斜めに引っ張らないといけないところが出てくる。その結果、柄がどうしてもいびつな形になる」。(大川家具 丸仙工業 設計デザイナー飯田真生さん)

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「『博多織は強い』というのは、和装・帯の世界の話なんです。日本の工業製品の中での耐久テストをすると、そんなに強いものでもないんですよね。伝統的工芸品として生産を続けるのか、工業製品として新しいものをつくるのかという岐路に立っていると思います」。(生地の開発を担当 サヌイ織物 讃井勝彦社長)

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岐路に立つ博多織。しかし博多織には、これまで幾度となくピンチをチャンスに変えてきた歴史がありました。江戸時代の人気歌舞伎役者、七代目市川團十郎が使った博多織の帯や衣装を再現したレプリカです。粗悪な模造品が出回ったりして博多織の帯が伸び悩んだ際、当時の織り元らは、帯だけでなく着物や羽織まで作りました。そして武士のためだけでなく、それまで関わりがなかった歌舞伎の世界に博多織の売り込みを図ったのです。

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「“この博多の帯は唐織で強くてゆるまねー”って言って口上してくれるんです。一躍、江戸の町に博多織の名声が広まったって逸話があります」(原田織物 原田昌行社長)

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(博多織工業組合所蔵『博多織史』 明治期の博多織ネクタイ)

その後も、洋服が広まり始めた明治期には、ネクタイなどの小物をつくり始めました。

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昭和の戦時中には軍事用のパラシュートのベルトの生産を命じられるなど、苦しい時期こそ、特徴をいかした工夫と改良を繰り返し、新商品に活路を見いだしてきました。歴史をひもとくと、社会の変化に対応した「進化」こそ、博多織の伝統をつないできたといえるのです。

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「博多織も時代とともに変わってきていると思います。でもその中には、先輩たちの技術がのこっていく。日本の伝統文化というか日本の伝統工芸の技術がこれからも生かされていくべきじゃないかと思います」(原田織物 原田昌行社長)

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糸の種類や織り方の技術にもさらなる「進化」が必要だと考えた「博多テックス」。糸は肌触りのよい伝統の絹糸を使ってきましたが、今回は肌触りが絹により近くて強度も高いポリエステルに変えました。

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さらに織り方は、帯の丈夫さを生み出してきた縦糸の多さに加え、家具向けに強度を増すため横糸の本数も増やしています。


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「今考えられる一番ふさわしい織り方を見つけ出していく。それが続いてきたから、777年の伝統があると思います」(サヌイ織物 讃井勝彦社長)。

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「博多テックス」の目標は、博多織独特の光沢、そして上質な風合いが感じられる、耐久性も兼ね備えた家具です。職人たちが知恵を出し合い、新しい商品の研究が連日、続けられています。

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「やはり、われわれの業界だけでやると、なかなか飛躍したもののつくり方って難しい。いろんな異業種の方との交流をして、新しいものをつくるということが、これからは大事だと思うんで、そういうのを私はこれからやっていきたいと思います」(原田織物 原田昌行社長)


博多織の技術は、家具以外にもこれまで、大相撲の力士の締め込みや、室内装飾の壁紙などにも使われてきました。衣服以外のもの作りに挑戦する時、欠かせないのがさまざまな業種の人との連携です。家具づくりの場合、家具の形や博多織の柄を決めるデザイナーと、家具を組み立てて製造する大川家具のメーカーとの連携で商品により1層磨きをかけています。

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例えば生地のデザイン。北欧風にも見えるモダンな印象ですが、よく見ると、実は博多織を代表する「献上柄」の“花”や“しま模様”の要素が組み込まれています。
また、家具には品質のよい福岡産のヒノキが採用されました。くぎやネジを使わない技法で組み立て、博多織の美しさを際立たせているのです。さまざまな職人たちが集まる博多テックスの打合せの場は、「いいものを作りたい」という熱意と志で満ちていて、さらなる博多織の進化に期待したいと思いました。


【取材後記】
博多織といえば絹糸。そこを変えてしまっては博多織ではなくなると感じる人も少なくないと思います。しかし、織り元の人たちが、思案を巡らせた結果の大きな決断だったのだと思います。博多テックスの皆さんは、「大切なことは、博多の地で織物業を続けていくことだ」と話していました。家具に対しては、柔軟に素材を変えつつも、織りの技術は伝統にこだわり、さらに改良も進めていました。たとえば家具に使われる一般的な生地は強度を増すため生地の裏にのりをはったりします。ところが博多テックスの皆さんは、のりだけに頼らず、織り方にもこだわって改良を加え、家具向けに強度を高めようと取り組んでいました。伝統をつなぐということは、先人の技術を守りながらも、工夫や改良を繰り返し、進化させていくことも欠かせないということを、博多織の777年の歴史と、今を担う職人さんたちが示していると感じました。


福岡放送局リポーター 水越理恵

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:10時10分


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