2018年07月12日 (木)ある1枚の写真


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柔和で素敵な表情をしたお年寄りたちの集合写真。朝倉市の山あいにある石詰集落で開かれた敬老会の時に撮影された1枚です。住民どうしの絆の深さをしのばせる、この1枚の写真から、被災地の今を見つめます。

【小さな集落であの日・・・】
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九州北部豪雨の被災地の中でも最も山あいにある集落の1つ、朝倉市杷木松末の石詰集落。豪雨で川が氾濫し、山肌が削られるほどの被害を受けました。当時、16世帯53人が暮らしていました。

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石詰集落のお年寄りたちです。おととし秋の敬老会の時に撮影されました。この写真のなかの5人もの方々が九州北部豪雨で亡くなりました。

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石詰集落に暮らしていた井上美代子さん(66)と小城和正さん(73)、妻の八千代さん(70)の3人です。私が取材に訪れた日、集落の人たちが写った写真を持ち寄り、当時をしのびました。

【尊い命】
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亡くなった小嶋茂則さん(70)(こじま・しげのり)です。集落の行事に熱心に参加していました。

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妻のユキヱさん(70)は気が利く女性と評判でした。

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小嶋さんの母のミツ子さん(92)です。足が悪く、小嶋さん夫婦がいつも気にかけながら暮らしていたといいます。

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「小嶋さん夫婦は『おばあちゃん、おばあちゃん』って、みんなで本当に大事にしてました。豪雨当日は、おばあちゃんのそばで一生懸命、『もうちょっと我慢して頑張ろうね』って感じで声を掛け合ったりしよったのかなと思ったりしますね・・・」

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井上輝雄さん(89)(いのうえ・てるお)は芸達者で、おしゃれで明るく、集落の人気者でした。

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「この杯の持ち方は、輝雄さん独特の持ち方」「そうそう!うまそうにね」

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井上さんの妻のマサ子さん(82)は料理上手。井上さんにとって自慢の妻だったといいます。「マサ子さんは、たぶん怖くって、輝雄さんのそばから離れられなくって、たぶん一緒に流されたんだろうなって。たぶん輝雄さんにずっとしがみついていたんだろうなっていうのが想像にかたくなかったですね」(石詰集落 小城八千代さん)。

【5人をしのぶ気持ち】
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「私にとってみたら、困りごとがあったらすぐに相談できる人たちでした。『ありがとうな』という感じです」

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「つい何時間前まではふつうの生活があった訳なんですよね。それが一瞬にしてなくなって、5人は自分の中では『えー』って、本当に受け入れられない気持ちがいっぱいだったんじゃないかって。悔しいだろうなって思います」。


【残された者として・・・】
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石詰集落の住民たちは、今、失われた命と向き合いつつ、いつになったら慣れ親しんだふる里に戻れるのか、不安を抱えたまま、1年を迎えようとしています。

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「集落のみんながいないところで、気持ちの持って行きよう、よりどころもなくなった、それを、新たにまた作っていく不安はすごくあります」。

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「生き残ったものとして、亡くなった5人に対しては『頑張るからな』とか、そういう思い、そういうことばしか今は思いつかないな」。

【取材後記】
「地域の人たちが、こんな楽しそうな表情を浮かべて集まる集落があるんだ」。豪雨直後に、敬老会の写真を初めて見た時の私の感想でした。実際に石詰集落の取材を始めると、写真が映し出すように、住民の皆さんは本当に優しくて、仲がよく、被災後も避難先で過ごすお互いのことを思いやって生活をしていました。集落の人たちに、亡くなった5人との思い出や人柄を聞くと、とても楽しそうに笑顔を浮かべて語ります。その一方で、亡くなった5人への思いを聞くと「まだ、ちゃんとしたことばにはできない」と、みなさん声を詰まらせていました。その声や様子から、7月5日の豪雨がこの集落から奪ったものの大きさを実感します。石詰集落は今、長期避難世帯の申請をしていて、住民たちがふるさとに戻れるめどは立っていません。亡くなった5人や住民の人たちのたくさんの思い出が詰まったこの石詰集落が今後どうなっていくのか、引き続き取材を続けたいと思います。

福岡放送局記者 寺島光海

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:17時52分


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