2018年07月12日 (木)動き始めた時間 ~妻を待ち続けて~


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2017年7月5日の午後。猛烈な雨が降り続いた朝倉市。あの九州北部豪雨では40人が犠牲になりました。朝倉市では今も2人の行方が分かっていません。
当時、豪雨が降り続く中、夕方の電話を最後に妻と連絡が取れなくなった男性がいます。その妻をずっと待ち続ける男性を取材しました。

【おしどり夫婦】
朝倉市杷木松末の田中耕起さん(54)。豪雨で自宅など全てが流されました。

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今も毎日、かつて自宅があった場所に通い、花に水をやっています。妻が帰ってくる時に目印になるよう、植えたものです。

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30年以上連れ添った田中さんの妻の加奈恵さんです。豪雨のあと今も行方が分かっていません。

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今まで夫婦で協力して3人の子どもを育て上げました。料理上手だった加奈恵さん。いつも健康を気遣った食事で耕起さんを支えてくれたといいます。「おかん(加奈恵さん)のハヤシライスは最高にうまかった。母ちゃんのおらんような人生、今まで考えたことない」(田中耕起さん)。

【あの日・・・】
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豪雨の日、耕起さんは建築の仕事で自宅から離れた場所にいました。家に1人でいた妻の加奈恵さんとは、夕方の電話を最後に、連絡がとれなくなりました。

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耕起さんが自宅に戻った時には、自宅も車も、跡形もなく流されていました。

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ほんの数枚の写真を除いて、加奈恵さんに関わるものをすべて失った耕起さん。加奈恵さんがいなくなったことを、今も信じることができずにいます。何に対しても意欲がわかなくなり、仕事も手につかなくなりました。

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「俺はそんな強い人間でもないし、これを乗り越える、乗り越えないって言うのは時間の問題ではないよ。やっぱ、いつも一緒にいた生活から、1日で空気が変わってしまったけんさ。とにかく悔しいだけよ」(田中耕起さん)。

【1年たってようやく・・・】
豪雨から1年を前にした6月、耕起さんにとって、思いもよらない知らせがありました。復旧工事の現場で、加奈恵さんに関するものが見つかったと連絡が入ったのです。現場は、自宅があった場所から数百メートル下流でした。

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岩の下から見つかったのは、ほとんど原形をとどめていない車。加奈恵さんが日ごろ使っていた車でした。加奈恵さんにゆかりのあるものが見つかったのは、これが初めてでした。

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「女房は、まだ影も姿もないけど、彼女に携わった品がひとつでも見つかったっていうのは、僕はすごくうれしい」(田中耕起さん)。

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さらに、車の中から夫婦の思い出の品も見つかりました。加奈恵さんと、ドライブをしながらよく聴いていたCDです。この日を境に耕起さんは、見つかったCDを車に積んで、いつも持ち歩くようになりました。

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耕起さんは「常に母ちゃんと一緒におる感じ。これは宝だ」と、語ってくれました。

【前へ・・・】
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CDが見つかって以降、耕起さんに変化が見られました。この日、耕起さんが向かったのは紳士服店でした。豪雨で服がすべて流されたため、スーツを新調することにしたのだといいます。1年間、手につかなくなっていた仕事を、今後再開しようと考えています。

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「女房も今の状況を望んどらんと思うったいね。次のステップじゃないけど、そういうのを考えんと、いかんっちゃないかな」(田中耕起さん)。加奈恵さんが行方不明になってから1年。耕起さんの止まっていた時間が、少しずつ動き始めようとしています。

【取材後記】
言葉のひと言ひと言に、妻・加奈恵さんへの深い愛情が込められている様子が印象的だった耕起さん。大切な人が突然いなくなった上に、思い出の品なども同時にすべて失うことの喪失感がどれほどのものなのか。どんなに取材し尽くしても、私たちには到底理解することはできないかもしれません。それでも耕起さんは「今回の豪雨の事を伝えることで、他の人が同じ悲しみを味わう事のないようにしたい」と私たち取材クルーを受け入れてくれました。その思いを無駄にしないよう、謙虚に今後も取材を続けて行きたいと思います。

福岡放送局ディレクター 飯村マリエ


私が耕起さんと初めてお会いしたのは2017年11月のことでした。耕起さんは取材の時にはいつも冗談を飛ばし、朗らかで豪快な方ですが、時折涙を流されることもありました。耕起さんが経験したことや感じたことを、私がすべて理解するのは難しいと思います。ただ、一人の人間として、私は耕起さんにどう寄り添えるのか?取材はその答え探しでもありました。私たちができることは限られるかもしれませんが、これからもしっかりと耕起さんの思いに向き合っていくことができればと思います。

福岡放送局アナウンサー 浅野達朗

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:14時17分


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