2018年07月11日 (水)妻、娘、孫を失うも 前へ・・・


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九州北部豪雨の被災地、朝倉市の山あい。ここに最愛の妻、娘、孫の3人を同時に亡くした梨農家の男性がいます。つらい思いを抱きながら、私たちの取材に応じてくれました。

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朝倉市の三奈木地区では梨が栽培されています。去年の豪雨を乗り越えて今、順調に育っています。

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渕上洋さん(66)も50年近く、この場所で梨を育ててきました。ところが、のどかな山あいで幸せに暮らしてきた渕上さんの人生は去年7月の豪雨で一変しました。

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(娘 江藤由香理さん)

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(孫 友哉ちゃん)

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(妻 麗子さん)

渕上さんの自宅は豪雨で倒壊。娘の江藤由香理さん(当時26歳)と孫の友哉ちゃん(当時1歳)、妻の麗子さん(当時63)の3人を一度に亡くしました。由香理さんは2人目の子どもをみごもり、2週間後に出産予定でした。

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当時、渕上さんは、自宅から5キロほど離れた梨畑にいて無事でした。しかし道路が寸断され、自宅に戻れなくなりました。翌日、歩いてたどりついた自宅は大量の土砂と流木に飲み込まれていました。そして、娘の由香理さんは友哉ちゃんを抱きかかえるようにして見つかったといいます。

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あの豪雨から半年が経過したことし1月。私たちの取材に初めて応じた渕上さんは、苦しい胸の内を語り始めました。「現実やから、あきめらめないかんとかなとは思う。けど、あきらめきれん。前に行かないかんとは思うけどたい、常にその時の状況が頭に出てくるったい」。(渕上洋さん)。

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”あの日、家族を助けることはできなかったのか・・・”。渕上さんは自分を責めていました。「娘にね、『絶対お父さんが守るけぇ』って言うとったけど、それが出来んかった。いよいよ悔しい。たった1人のね、一粒種やもん・・・」。

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渕上さんは、避難先で大事にしているものを私たちに見せてくれました。それは焼酎の瓶でした。

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瓶には渕上さんが孫の友哉ちゃんを抱いた写真がラベルに加工され貼ってありました。父の日に、娘の由香理さんからプレゼントされたものでした。去年の暮れ、偶然、自宅近くで割れずに見つかったものです。「孫が帰ってきたと思ってからね、泣くばっかりやった。これは私の宝物ですたい」(渕上洋さん)。

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6月には、大切な家族との思い出が、新たに見つかりました。生まれてまもない友哉ちゃんと一緒に写った写真。

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(家族3人の写真)。
そして、妻と娘と3人で旅行に出かけた時の写真です。娘の由香理さんは、このころ、まだ小学生でした。

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あの豪雨から1年。渕上さんは、今も避難生活を続けています。それでも毎朝、梨畑に通い、手入れを続けています。今、育てている梨は、秋にかけて、収穫を迎えます。

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「娘がね、言いよるような気がするとです。『お父さん、なんば、ぐじゅぐじゅしよるとね!梨畑があるやろっ。しっかりせんね』って言われると思ってね」(渕上洋さん)

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最愛の3人が亡くなった自宅は取り壊され、今はさら地になっています。その場所には、花束やおもちゃが供えられていました。

【取材後記】
「失ったものが大きいじゃない、大きすぎるっち、大きすぎるっち自分で言いながらも、負けてはおられん。本当、そう思う。止まってはいられんし、やはり、前に進んで行かにゃいかん」。渕上さんはみずからに言い聞かせるように豪雨から1年を前にした今の思いを私に語ってくれました。”つらい思いを抱きながらも、前へ進まなくてはならない”と、みずからを奮い立たせていました。渕上さんによりますと、娘の由香理さんはよく、梨畑の手伝いに来てくれていたそうです。渕上さんは秋の収穫を楽しみに、きょうも山あいの集落で丹念に梨の手入れをしているに違いありません。最愛の家族を愛でるように・・・。

福岡放送局記者 小田真

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:14時13分


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