2018年07月10日 (火)最期まで夫を気遣って・・・


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美しい棚田が広がる東峰村。九州北部豪雨では土砂に飲み込まれた3人が犠牲になりました。そのうちの1人、熊谷みな子さんは、歌が得意な女性でした。

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熊谷みな子さんは30年にわたってコーラスに打ち込んできました。全国を回り、東日本大震災の被災地でも歌声を披露してきました。

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みな子さんが所属していたコーラスグループの仲間たちは、亡くなったみな子さんについて、「合唱に向いた優しい声の、頼りになる人だった」と口にしました。「素直にハキハキ言われる方で、ものすごく真面目でした。練習を休まれることもほとんど無かったです」「みな子さんを頼りにして歌っていたので、今はどうしようって感じです」(メンバー仲間)。

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みな子さんの夫の武夫さん(73)は、妻を亡くして1年がたちますが、まだ遺骨はおさめていません。「どこかの納骨堂に納めておきたいけど、しっかりとした家が決まらんことには何もまだね・・・」(熊谷武夫さん)。

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豪雨当日の去年7月5日、外出先の武夫さんのもとに自宅にいたみな子さんから電話が入りました。「雨の降りが激しいけん、水が道を流れようけん、帰ってこんがいいよ」という内容だったと言います。豪雨のなか、みな子さんは最期まで、夫のことを気遣っていたのです。

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武夫さんは、雨が弱まってから帰宅すると、みな子さんがいた自宅は土砂に流され、跡形もなくなっていました。

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祈る気持ちでみな子さんの携帯電話を鳴らし続けた武夫さん。

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しかし、願いは届かず、みな子さんは4日後に遺体で見つかりました。

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ことし6月、東峰村で開かれた竹地区の火祭りで、仮設住宅から訪れた武夫さんの姿を見つけました。「この火祭りは思い出の一つではあるけんね。妻と一緒に見たが良かったなっち思うかな」(熊谷武夫さん)。

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7月5日の村の追悼式。武夫さんは遺族として花を手向けました。コーラスグループは、みな子さんが大好きだった歌を披露しました。「久しぶりに聞くと感動するわな。妻も天国で聞いてくれるかなと思ったり、歌いたかったやろうなと思う」(熊谷武夫さん)。

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家族にも、仲間にも愛されていた熊谷みな子さん。多くの人の心のなかで今も生き続けています。

【取材後記】
この1年間、ずっと熊谷武夫さんを取材してきましたが、今回初めて武夫さんの涙を見ました。追悼式でコーラスを聴いて涙を押さえる武夫さんに、私も目頭が熱くなりました。私の取材に対し、優しく応じて下さる武夫さんですが、笑って過ごしていても、最愛の人を失った悲しみは決して無くならないのだということを改めて感じました。そして1年の節目を迎えたこの日に、大切なものを次々に押し流して行った豪雨の無慈悲さ、さらには、残された家族の深い深い愛情を感じずにはいられませんでした。

福岡放送局記者 米山奈々美

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:11時00分


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