2018年07月09日 (月)希望のともしび つなぐ伝統


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『再建への道しるべにしたい』。
九州北部豪雨から1年。被災した人の中には、1年がたってようやく第一歩を前へ踏み出せた人もいます。九州北部豪雨の被災地、東峰村に古くから伝わる高取焼と呼ばれる焼き物を作り続けてきた窯元の当主。このたび、1年ぶりに焼き物づくりを再開しました。しかし、そこには”複雑な思い”もありました。

【伝統の焼き物“高取焼”】
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6月27日。私は、東峰村にある高取焼の窯元「高取焼宗家」を訪ねました。”小さな窯”が完成し、焼き物づくりを再開すると聞いたからです。火入れ前の窯の中には、完成前の茶わんや皿などの新作が並べられていました。

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「ちょうど1年の節目に、新しい窯に火が入ればいいなと思っていました。何とかぎりぎり、焼けるということで、ありがたいことです」(高取焼宗家十三代目 高取八山さん)

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高取焼は、江戸時代に福岡藩の初代藩主、黒田長政が朝鮮半島から職人を招いて作ったのが最初とされ、藩の御用窯として引き継がれてきました。きめ細かな土から生まれるつややかさと、重厚感のある模様が特徴です。十三代目の八山さんはこれまで約50年、半世紀にわたって茶道具などを作り続け、伝統を受け継いできました。

【伝統に危機が】
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その伝統に危機が訪れます。去年7月5日の九州北部豪雨。山から流れ出た土砂や流木が、長年受け継いできた八山さんの窯の中にまで入りこみ、壊滅的な被害を受けたのです。八山さんは高取焼の制作の中断を余儀なくされました。

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八山さんは、窯だけでなく「唐臼」と呼ばれる高取焼づくりに欠かせない道具も豪雨で失いました。「唐臼」は、真下を流れる沢の清流を動力にして、土や石を細かく砕いて粘土の材料をつくります。高取焼の質感や薄さを生み出すのに欠かせないものです。東峰村では高取焼宗家だけに残る貴重なものでした。しかし、2本あった唐臼の片方は、九州北部豪雨の濁流に流されてしまい、今も見つかっておらず、もう1本も支点がずれてしまい使えなくなりました。復元するにしても、材料となる大きな赤松の一本木を見つけることから始めなければなりません。さらに、豪雨の影響で窯の周辺の地形や水の流れが変わってしまい、元通りに復旧させることは本当に途方もない道のりです。実はこの唐臼、6年前の九州北部豪雨でも大きな損傷を受け、3年前にようやく修復が終わり、日常を取り戻した矢先に再び大きな被害に見舞われてしまったのです。

【再建へ】
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自力では再建できそうにない被害を目の前に、八山さんは焼き物の制作への意欲を失い、心が折れそうになっていたといいます。そんな八山さんの心を奮い立たせたのは、ボランティアの人たちでした。「高取焼の伝統を途絶えさせるわけにはいかない」。そんな思いを持ったボランティアの人たちが全国各地から訪れ、泥のかき出しなどに汗を流してくれました。

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窯の復興を願う応援メッセージも八山さんのもとに全国から寄せられ、勇気づけられました。「被災直後は、絶望的な気持ちになっていました。でもボランティアの人たち、応援してくれる人たちがたくさんいて、ここでへこたれるわけにはいかないと思いました」。
(高取焼宗家十三代目 高取八山さん)

【簡単ではない復興への道のり】
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しかし、再建には高いハードルがありました。「穴窯」と呼ばれる被災した窯は、工場の機械のようにお金があれば買えるものとは違って、簡単には代えが効かないものだったのです。「穴窯」は八山さんにとって特別な窯だったといいます。八山さんによると、窯の適度な空間や密閉性、それに窯にくべるまきの量など、さまざまな要因が焼き物の仕上がりに大きく影響するということです。「穴窯」の中では焼き物がまきの灰をかぶり、それがまた溶けることで味わい深い作品になるといいます。納得のいく作品をつくるために何年もかけて繰り返し火を入れては、炎の色や肌に感じる温度などで、火加減や焼き時間を見極め”勘”を研ぎ澄ませてきました。八山さんにとって穴窯は、古くから伝わる高取焼の渋くて素朴な模様を表現するのに欠かせない、しかも簡単には代えが効かない、まさに「相棒」だったのです。そして、ハードルはもう1つありました。窯を作れる職人を探さないといけないのです。こうした窯を作れる職人は全国的に少なくなっています。また見つかったとしても、すぐに作ってもらえるかどうかもわかりません。再建の費用も、相当額を負担する必要があることは、容易に想像できました。

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さらに、窯が被災したことで焼き物が作れなくなり、生活費もままならない状況が続いていました。そこで八山さんはある決断を下します。それは”小さな窯”を作ることでした。小さな窯も立派な焼き物は作れますが、八山さんによりますと、被災したもとの窯でないと高取焼独特の質感や風合いを表現するのは難しいといいます。それでも八山さんは、まずは焼き物作りを再開することで、前に一歩、踏みだそうと考えたのです。「何か新しいことを始めないといけないと思いました。被災したもとの窯の再建に向かって、家族と一緒に頑張っていこうと思います」(高取焼宗家十三代目 高取八山さん)

【一歩、前へ!】
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小さな窯の完成を受けて、豪雨から1年を前にした6月27日、八山さんは窯だきを再開させました。待ちに待ったこの日、八山さんは、はじめに薪をくべたあと、この1年、支えてくれた全国の支援者たちの思いも込めて火入れを行いました。

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そして、小さな窯の前で家族とともに手を合わせました。無事に焼き上がることを祈りながら・・・。

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「やっとここまでたどりついた感じですね。多くの支援の人のおかげで完成した窯です。感謝の気持ちでいっぱいの炎です」(高取焼宗家十三代目 高取八山さん)

【取材後記】
火入れを終えたあとの八山さんの素敵な笑顔を見て、止まっていた時間がようやく動き始めた感じがしました。しかし、八山さんには複雑な思いもあったのです。それは八山さんにとって本当の復興とは、被災して使えなくなった穴窯と唐臼の再建だからです。八山さんは「新しい窯にともった火を、もとの穴窯の再建への道しるべにしたい」と話していました。災害を乗り越え、小さな窯を出発点に、再び伝統をつなぎ始めた八山さん。新しい窯に灯された火が”希望のともしび”となり、近い将来、穴窯と唐臼がこの地に復活する日がやってくることを私も祈りました。


NHK福岡放送局 リポーター 水越理恵

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:11時09分


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