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2019年04月16日 (火)日本人の意識を変えろ!


”最大34万5000人余り”。
今後5年間で政府が見込んでいる外国人材の受け入れ人数です。4月から外国人材の受け入れ拡大が始まりました。ところが、技能実習生などとして日本で働いている外国人の中には、日本での仕事になじめず失踪したり、途中で帰国したりする人も少なくありません。そうした中、外国人材を受け入れる側の日本人の支援を始めようとしている男性が福岡県小郡市にいます。「外国人材よりも、むしろ日本人の意識を変える支援が大切だ」というこの男性。その真意を取材しました。

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3月中旬、私は、介護現場で働く外国人などが、日本語や日本の介護に関する勉強をしている教室にお邪魔しました。フィリピンやベトナムから来た人たちが学んでいました。

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福岡県小郡市の中村政弘さんです。14年前に会社を設立し、介護現場で働く外国人を支援してきました。4月からの外国人材の受け入れ拡大で、介護の事業所の変化を肌で感じると言います。「介護の事業所などから『日本語の教育などの面で助けてもらえないか、一緒にやってもらえないか』という要望は多くなっています」(中村政弘さん)。

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中村さんは、これまでにフィリピン人を中心として、300人近くの卒業生を送り出してきました。ところが、4月からの外国人材の受け入れ拡大は、昨今の人手不足を解消するという日本の事情ばかりが優先されていると感じるようになったといいます。同時に、外国人の視点に立つと、このままでは日本で働く外国人は増えないのではと懸念しています。「例えば、英語圏であるフィリピンの人たちの立場から考えると、ヨーロッパやアメリカ、カナダのほうが英語が使えるので、仕事がしやすいはずです。そうした中で、わざわざ漢字圏の日本をあえて選んで来ている人たちに『日本に来て良かった』と思ってもらえるようにするのは私たち日本人の責任ではないかと思います」(中村政弘さん)。

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外国人の目線にたって考えようという中村さんの原点。それは長男の謙一郎さんにありました。謙一郎さんは15年前、脳腫瘍のため、37歳の若さでこの世を去りました。学生時代、海外からの留学生を日本の企業に紹介する活動をしていた謙一郎さん。「アジアと日本の懸け橋になりたい」という思いを遂げるために大手企業を辞め、今の会社の前身を立ち上げました。その遺志を今、中村さんが継いでいます。

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これまで外国人の支援を中心に活動してきた中村さんは、新たな方針を打ち出しました。それは、外国人を受け入れる事業所の経営者や社員に、意識を変えてもらう取り組みを支援していくということでした。

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中村さんは、仕事場の雰囲気が暗かったり、日本人の対応が雑だったりしたため、失望して仕事を辞めてしまった外国人を数多く見てきました。だからこそ、受け入れる側の日本人に知ってもらいたいことがあると考えています。それは「働かせてやる」とか「教えてやる」といった上からの目線ではなく、同じ職場の仲間として、日本人の社員と同じように、互いに助け合い、技術を高め合いながら、楽しく仕事をすべきだということです。

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「日本に来る外国人は、希望に燃えて日本にやって来ています。失望させないためにも、受け入れ側の日本人が意識を変えて、外国人に何かを求めるのではなく、日本に来てくれた金の卵として大切に育てていくことが大切ではないかと思います」(中村政弘さん)。

【取材後記】
「謙虚な気持ちで外国人を受け入れること。『助けて下さい』という姿勢でないと、日本は立ちゆかなくなるとの認識を持たないとだめだ」。取材の最後に「これからどんな社会になってほしいですか」という私の質問に対する中村さんの答えです。中村さんは何度も「私たち日本人が変わらないといけない」と力説していました。これからさらに人口の減少や人手不足が加速する中、「上から目線」ではなく、外国人と共によりよい職場や社会を作っていくという意識改革、そして寛容な姿勢こそが、今の日本社会に求められているのではないかと強く感じました。

久留米支局記者・山崎啓

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:16時23分 | 固定リンク


2019年04月15日 (月)サクラ咲け!~被災地に再び桜並木を~


「天空の山桜」。地元の人たちがこう呼んでいるサクラが、九州北部豪雨の被災地、福岡県朝倉市の東林田集落にあります。このサクラは高台にあったため被害に遭わず、ことしも満開の花を咲かせました。その一方で、川沿いに広がっていた桜並木は、あの豪雨で流されてしまいました。「ふるさとにあの桜並木を取り戻したい!」。動き始めた地元の若者たちを追いました。

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こちらが「天空の山桜」です。おととしの九州北部豪雨で大きな被害を受けた朝倉市の東林田集落にあります。高台にあるため被害を免れ、ことしも見事な花をつけました。

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集落の住民でつくる復興委員会の林隆信委員長です。ほかの住民たちと一緒に8年前から、この「天空の山桜」のライトアップをしています。「この天空の山桜は復興のシンボルで、住民たちのよりどころの一つになっています。ただ、豪雨の被害もあって、山桜までの道のりは危険です。復旧工事が終わるまでは山桜には近づかず、遠くから楽しんで欲しいです」(林隆信さん)。しかし、東林田集落では残った桜があった一方で、流されてしまった桜もあります。「豪雨の前は、もともと、集落の川沿いに桜並木があって、天空の山桜と一緒に、桜の里みたいな形で守っていこうという活動をしていたんです。でも、豪雨で完全に川沿いの桜並木はなくなってしまいました」(林隆信さん)。

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この写真がその桜並木です。以前は、地元を流れる赤谷川沿いに広がり、サクラの季節には住民たちの憩いの場となっていました。

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こちらは九州北部豪雨のあとの現在の様子です。川の水があふれ、
サクラの木は流されたり枯れたりして、すべて失われました。

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この集落で生まれ育った、塚原健児さんは、復興の役に立ちたいと、20代から40代までの13人からなる若者グループ、「東林田Lover’s」を作りました。
桜並木にも特別の思いがあるといいます。「サクラの時期になると、やっぱりここに来ることも多かったですし、夏になると蛍も飛んできていましたので、すごく思い出深い場所です。豪雨のあと、桜並木がなくなっているのを初めて見たときには、落胆しました」(塚原健児さん)。

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塚原さんたちは今、桜並木を復活させる取り組みに力を入れています。きっかけは九州大学の学生たちが行った聞き取り調査の結果を見たことでした。「アンケート結果の中に、桜並木を復活してほしいというものがありました。地元の人たちにとって、思い出深い桜並木だということがわかったので、復活に向けて、なにかできたらいいなと思いました」(塚原健児さん)。

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塚原さんたちは去年12月とことし2月、親の世代にも呼びかけて、「東林田未来会議」を開きました。この中で、川の改修工事が終わったあとの川沿いに、およそ1キロにわたって、桜並木を整備する計画を話し合いました。塚原さんは仮に時間がかかっても、桜並木を復活させてふるさとを復興したいと考えています。

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「今、集落に戻って来られていない人たちが、また集落に戻ってきたいと思えるように、地元に残っている人間の責任として頑張りたいと思っています。桜並木があっての東林田という人たちが多いと思うので」(塚原健児さん)。


【取材後記】
塚原さんは豪雨の前は、集落の行事などにあまり参加していなかったといいます。しかし、豪雨を経験して「これからは自分たちが集落を盛り上げ、作り上げていかないといけない」と感じたといいます。冒頭に紹介した復興委員会の委員長の林隆信さんは「豪雨を機に、塚原さんらと知り合いました。これまで地元の行事は、年配の人が中心で、若い人たちはあまりでてこなかったのですが、豪雨の後、彼らと知り合い、復興に向けて共に行動をすることができていて、うれしく感じています」と話していました。塚原さんたちは、自分たちのグループを「東林田Lover’s」と名付けています。集落への愛をこめて、この名前にしたということです。メンバーの名刺には、もう一度、桜並木を取り戻そうという決意を込めて、桜並木のイラストがプリントされています。住民の1人が「桜並木は当たり前のようにそこにあったから、今、思い出そうとしても、何本くらいあったか、思い出せない」と話していたことが強く印象に残っています。あらためて、おととしの九州北部豪雨がいかに、人々の日々の当たり前の生活を変えてしまったのかを考えさせられたからです。桜並木の周辺は、豪雨で川の流れが変わってしまい、二次災害を防ぐために今も大がかりな川の改修工事が続いています。工事が終わるまでには少なくともあと3年はかかる見通しで、桜並木をよみがえらせるにはまだまだ時間がかかります。それでも塚原さんたちはあきらめずに復活に向けて活動を続けたいと考えています。

久留米支局記者・山崎啓

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:10時57分 | 固定リンク


2019年03月15日 (金)記者はお母さん!


今、筑後地方を中心に”お母さんが書いた新聞”が話題になっています。もちろん記者は、現役のお母さんたち!。新聞にはお母さんならではの視点が盛りだくさんの記事であふれています。

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2月28日。「お母さん業界新聞 ちっご版」が読者に届けられました。「自分と同じような子育てをしているとか、いろんなエピソードがあるので、いつも楽しみにしています」(読者)。

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「お母さん業界新聞 ちっご版」では”紙おむつ卒業おめでとう”といった記事や、子育てのエピソード、それに子育て支援の動きなど、育児に役立つ記事が掲載されています。月1回、無料で発行しています。

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特徴は、何と言っても、すべての記事を、お母さんたちが書いている点です。

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編集長を務める久留米市の池田彩さんによりますと、「お母さん業界新聞」という名前には、”お母さんも大事な仕事だ”という思いが込められているといいます。「せっかくお母さんになったのに、楽しさやうまみを味あわないまま、子育てをしているお母さんも多いと思います。子どもを1人の大人に育てるというのは一大事業なんだと誇りを持ってもらいたいです」(池田彩編集長)。

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池田さんも3人の子どもを育てるお母さんです。長女が生まれてまもなく、久留米市に引っ越しました。初めての土地での初めての子育て。不安が募る中、「お母さん業界新聞」の全国版の代表が書いたコラムを読み、自分も筑後版を立ち上げようと考えました。「コラムに『日本の未来を育てるのは政治家の人だけじゃなくて、社長さんだけじゃなくて、お母さんなんだよ』ということが書いてあったんです。その記事を読んだときに、自分をすごく認めてもらえた気がしました。お母さんでいる時間を大事にしないといけないと思いました。そして、お母さんたちが抱えている大小さまざまな悩みを共有して、いろんなお母さんがいるんだと感じるだけでも、自分の子育てが楽になるのではないかと思い、ちっご版を始めました」。

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1人で新聞づくりをはじめた池田さん。最初はすべてが手書きで、育児の合間に書いていました。「午後9時に子どもと一緒に寝てしまうので、夜中の1時、2時くらいに起きて、そこから新聞づくりをやる感じでした。でも途中で子どもが起きたりして、『ママ、寝ようよ』などと声をかけられるんですよ」。

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徐々に新聞を読んだ人への共感が広がり、今では、読者からお母さん記者になった人は36人にまで増えました。読者だけでなく、記事を書く側にも子育てに変化があるといいます。

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「記事を書く、ペンを持つことで子どもへの見方が変わってきました。普通だったら子どもに怒ってしまうようなことも、なんで子どもがそういうことをやったのかというところまで考えるようになりました。自分の気持ちが変化してきたと思います」(お母さん記者)。

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発行から4年。今では福岡県を中心に佐賀県や鹿児島県などにあわせておよそ1万部を配布しています。池田さんには変わらない、この新聞に込めたメッセージがあります。「『お母さんであるだけで本当にすばらしいんだよ』ということが新聞を読んだ人に伝わるといいなと思います。お母さんとしての自分自身を大事にできるようになったらいいなと思いますし、子育てを楽しむ視点が少しづつ、出てくるといいなと思います」。

【取材後記】
「お母さん業界新聞」の制作費用は主に、子育てを支援している企業などが新聞に載せる広告代でまかなわれています。池田さんたちは、企業に営業をかけて広告も集めています。お母さん記者になるには6000円の年会費を負担する必要がありますが、お母さん記者たちは「お金を払うことで覚悟ができ、記事を書くことで、子育ての悩みを乗り越えることができる」と話していました。紹介した手書きの新聞ですが、実は今も各地域のお母さん記者たちが、手書きで新聞を書いたものを一緒に配ったりしています。お母さん記者たちは「子どもが大きくなったときに、見せてあげたい」とか「子どもの成長記録になる」と話していました。私も様々な地域の手書きの新聞を見させて頂きましたが、どれも、お母さんたちの日々の子育ての思いが詰まっていました。取材の最後に池田さんに、「4周年目の新聞が出来て今の気持ちはどうですか」と聞きました。すると池田さんは「やっと、ここまできたなということと、私だけでやっていることではないので、本当にみんなに助けられて、みんなの力でやってこれたんだなと思っています」と答えてくれました。
さまざまな苦労がありながら、4周年を迎えた「お母さん業界新聞 ちっご版」。私自身、改めて、母親のすごさを感じるとともに、自分を育ててくれた母親への感謝の思いがこみ上げてきました。

久留米支局記者・山崎啓



「お母さん業界新聞 ちっご版」の4年間の歩みを紹介する「子どもへのまなざし展」が3月28日から31日まで(午前10時~午後4時)やまかし村のギャラリー(久留米市津福本町834-4)で開かれます。入場は無料です。

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:15時38分 | 固定リンク


2019年03月06日 (水)なぜ消える?電動工具の謎


今、建設現場で、「知られざる盗みの被害」が相次いでいるのを知っていますか?狙われるのは、電動のこぎりや電動ドライバーといった「電動工具」。このところ高額の被害が相次いでいます。これまで表面化してこなかった建設現場ならではの被害の現状や背景を取材しました。

【被害相次ぐ工具窃盗】

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「床の溶接機、10万円くらいするやつですね」「タイルカーペット貼るときに使うんですけど、2万5千円くらいですね」「床を抑えたり、金物を付けたりするものですね。8万円です」。マンションやホテルなどの新築ラッシュが続く福岡県内の建設現場で、電動工具を盗まれる被害が今、相次いでいます。

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福岡市中心部の新築ホテルの現場では、電動ノコギリやドライバーなど4点、あわせて10万円ほどの工具が盗まれました。

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こちらの新築マンションの現場では、20点あまり、109万円相当の工具が被害に遭いました。

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昨年1年間の被害は、警察が把握しているだけでも福岡県内で104件に上ります。

【なぜ工具が狙われる?】

なぜ、電動工具が狙われるのでしょうか?

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内装業者の岩崎憲一さんは、過去に5回ほど盗みの被害に遭いました。「被害額は、20万円、30万円ぐらいはありますね。廊下などに出してたんですよ。部屋の前に置いていたらなくなって、その間たった2分3分ぐらいですかね」

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病院やマンションなど、規模の大きな建物の建設現場では、複数の業者が作業していて、見知らぬ人がいても不審に感じることは少なく、被害に遭いやすいといいます。

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また、盗まれた物のほとんどが質屋やネットオークションなどで売られていて、電動工具が高値で売れることも被害につながっています。

一方、被害届を出さない人が多いのも、工具窃盗の特徴です。福岡市内で大工として働く米倉善明さんも、過去10回あまり被害に遭いながら、ほとんど被害届を出したことがありません。「被害届は1回提出しただけで、あとは出していません。どうせ戻ってこないだろうというのがあるので、すぐに新しい工具を買いに行きますよね」

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被害を届け出ない理由の1つに、工具の所有者の確認が難しいことが挙げられます。電動工具には、メーカーの保証など、工具と所有者を結びつけるものがありません。その理由は、壊れた原因が、初期不良などメーカー側にあるのか、大工が使ったことによるものか、判断するのが難しいためです。米倉さんは、盗まれた工具を警察署から返されたことがありますが、受け取るときに自分のものだと証明することが難しかったといいます。「警察署で『これは自分の工具です』と言うと、警察からは『なぜ分かるんだ』と。そういう言い方をされました。これだと、正直なところ、盗まれても諦めますよね」

【対策始まる】

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対策に乗り出したところもあります。神戸市にある情報通信会社では、工具の製造番号と所有者の情報を結びつけて管理するシステムを開発しました。さらに、警察と連携し、情報を共有する取り組みを試験的に始めています。

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連携の仕組みです。所有者は購入した時に工具の情報を登録します。警察は、所有者の分からない工具があった場合、会社のデータにアクセスして製造番号を検索します。これにより、工具の所有者の情報を知ることが出来ます。この取り組み、兵庫や愛知など4県の警察で、試験運用されているということです。

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また、転売を防止するためのQRコードも考案しました。携帯電話で読み取ると、「防犯登録されている」というメッセージが表示されます。このシステムを開発した会社では今後、工具を販売する店舗などに呼びかけ、登録の普及を進めるほか、警察とも連携して、被害に遭った所有者に速やかに返却される仕組みを作っていきたいとしています。「自転車のように、買ったら必ず登録してもらい、警察に届けを出せば、盗まれても出てくる可能性があるということを、しっかり広めていける形にしたい」(神戸市の情報通信会社)

【取材後記】
私たちが日常生活の中で物を盗まれた場合、警察に届け出ることが多いと思います。しかし電動工具の場合、「警察署に足を運ぶことで、作業仲間に迷惑がかかる」といった声や、建設現場に警察官が入ることで、工期が遅れることを懸念する声など、盗まれたことの届け出よりも、現場を心配することを優先する声が多く聞かれました。また、「その日の仕事ができなくなるので、『工具を忘れた』と言って、その足で買いに行く」と話す大工もいました。さらに、やむにやまれず、ついつい現場に工具を置きっ放しにしているケースも多いというのです。現場から数百メートルも離れた場所にしか駐車場がない建設現場も多く、毎日のように重い工具を持って現場と駐車場を往復するのは、それだけで重労働だというのです。とはいえ、電動工具は仕事をする上で必要不可欠です。その認識が強いだけに、被害届を出さないことにもつながっているようにも思いますが、逆に、その認識の強さを、仕事に欠かせない電動工具を絶対に盗まれないよう、しっかり管理していこうという思いにつなげて
みてはどうかと取材を通して感じました。

福岡放送局記者 福原健

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:10時51分 | 固定リンク


2019年03月05日 (火)産後うつから母親たちを守れ


「産後ぽろぽろ涙が出てきた」
「死んでしまいたいという気持ちが頭をよぎった」。いま、出産した母親の10人に1人が「産後うつ」にかかると言われています。症状が重くなると自ら命を絶つ母親もいる「産後うつ」。赤ちゃんの世話をしながら、つらい症状に悩むお母さんたちを救おうと、自らも「産後うつ」を経験し、久留米市を中心に活動を始めた女性を取材しました。

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産後うつの当事者などが集まる座談への参加を呼びかけるSNSです。

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座談会の運営メンバーで佐賀県鳥栖市の大坪香織さんは、11歳の長女と6歳の長男の2児の母親です。大坪さんも産後うつの経験者です。11年前に長女を出産したあと、気持ちが落ち込むようになったと言います。「娘のおっぱいの吸いが悪くて、夜中に30分おきとか1時間もつかなという状況の中で、だんだん気持ちが落ち込んでいくようになり、気がついたら涙がぽろぽろ出るような状況になっていました」(大坪香織さん)

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その後、娘の泣き声が幻聴となって聞こえるほど追い詰められていったといいます。妻の異変に気づき、病院に行こうと勧めたのは夫の暢人さんでした。出産から2か月がたっていました。

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「自分も大変なこともあり、きつかったこともあり、言い合いをすることも結構あったので、今のままではだめだろうなというのははっきりわかっていました。病院に行くことを含め、負担が減る方法などを一緒に考えました」(夫の暢人さん)

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そして、夫婦で精神科を訪れたところ、香織さんについて、医師から自殺の一歩手前だったと告げられました。

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「『何で、もっと早く来んかったとね』と言われました。『あんたの奥さんは昔で言うなら赤ちゃんば抱えて、肥だめに身を投ぐうこた状態ですたい』と言われました」
長女を暢人さんの実家に預け、香織さんは入院しながら投薬治療を続けました。ひと月半ほどで症状は治りました。その後、普通に子育てをしていた大坪さんですが、5年後、再びうつの症状に襲われます。2人目の長男を妊娠したのがきっかけでした。
「望んでいたのに、もう妊娠が分かった瞬間にワーっと気持ちが引き戻されるというか、娘の時のように、あっという間にうつ状態に戻ってしまいました。『どうなるんだろう・・・』というえたいの知れない不安でした」

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出産前に始まったうつの症状は、産後1か月ほど続きました。死んでしまいたいという気持ちも頭をよぎったと言います。

その気持ちを思いとどまらせたのはまわりのサポートでした。夫の暢人さんは、長男の授乳や幼稚園に通う長女の世話などを積極的に行いました。また、治療にあたった精神科や産婦人科の医師と母乳マッサージの助産師の3人が連携して、ささいなことであっても相談に応じ、不安を取り除いていきました。

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「今、産後うつで苦しんでいる人がまわりにいる方は、産後うつのことがよく分からないから関わることをやめるのではなくて、できれば当事者の方のもとに飛び込んでいって、話をきいてもらえればと思います。そうすれば、産後うつで悩んでいる方の大変な気持ちは、少しずつかもしれませんが、なくなっていくのではないかと思います」(夫の暢人さん)

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「私の命と子どもの命の2つの命が助けられ救われ、私は今こうして生きています」

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産後うつを経験した大坪さん。つらい症状に悩むお母さんたちを救おうと、みずからの体験を外に向けて語るようになりました。そのうちの1つがほぼ毎月開かれている「うつうつお母ちゃんの座談会」です。

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悩みを1人で抱え込まず、まわりが支えて母と子の命をつないでいく。大坪さんの願いです。
「私をサポートしてくれた方々は、私の次の一歩がどうなるかをすごく心配してくれていました。今こうやって話をしているのは、当時サポートしてもらったことを、身にしみてありがたく感じているからなんです。そんな中で『あなたは1人じゃないよ』と伝えられることは意味があると考えています。また、実際に産後うつを経験した人間として、できる限り伝えられたらいいかなと思っています」

【取材後記】
取材中、大坪さんが宝物にしているという、長女が書いた絵を見せてもらいました。一つはうつ状態だったときの大坪さんの顔が描いてありました。目は閉じていて、暗い表情でした。そしてもう一つは、うつ状態から回復したあとに書かれた絵で、笑顔で明るい大坪さんの顔が描かれていました。大坪さんは「回復したときには必ず子どもも笑顔に戻ることができます。だから暗い気分の時、目の前にいる子どもへの影響を心配しすぎないでほしいです」と話していました。大坪さんは現在、うつうつお母ちゃんの座談会の他にも、産前産後メンタルヘルスサポーター「とき紡」という名前で個別にサポートする活動なども行っています。この「とき紡」という名前には、「1日1日の命をつないでいく」という思いが込められています。私は「今、産後うつで苦しんでいる方に向けて、メッセージをお願いします」とお願いしてみました。すると大坪さんは「今、本当につらい思いをされているとは思いますし、明日が来るんだろうかって思っていると思います。それは私も経験したことなのでわかります。でも、とにかく1分1秒、1日1日、その日、1日だけ
から過ごして欲しいと思います。その1日を過ごすことが生きることであって、命をつなぐことだとおもっています。必ず、回復の道は開かれていくので、余力のあるうちに助けてと声をあげてほしいです」と答えてくれました。産後うつの問題はだれにでも突然起こりうる問題です。周囲の人が身近な問題としてとらえ、母親と子どもの2つの命を守るために、サポートしていくことが必要だと強く感じました。

久留米支局記者・山崎啓

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:11時28分 | 固定リンク


2019年01月16日 (水)"帰りたいけど帰れない"~長期避難世帯集落は今~


平成29年7月の九州北部豪雨から1年半あまり。避難生活を続けている人は福岡県と大分県で今も1000人を超えています。このうち、福岡県朝倉市では、杷木松末地区と黒川地区の6つの集落の91世帯が、二次災害のおそれがあるとして「長期避難世帯」に認定されています。日中は出入りできますが、もとの自宅に住むことができない状態が続いています。再建への希望を持ち続けながらも、不安を募らせる集落の人たちの今を取材しました。

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朝倉市の山あいに位置する杷木松末地区の石詰集落。この集落に暮らしていた人たちは長期避難世帯に認定されています。豪雨から1年半がたっても、崩れた斜面の山肌はむき出しになったままです。

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「とにかく、これから上が全部流れてですね・・・」。石詰集落の区長、小嶋喜治さんも自宅に住むことができなくなり、毎日のように仮設住宅から集落に通い、復旧工事の進捗状況を確認しています。

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今後、長期避難世帯の認定が解除され、再び住めるようになるには「危険性が低くなった」と判断される必要があります。しかし、その判断ができる本格的な復旧工事の完了まで、あと何年かかるのかは見通せていません。

「今は、河川や道路復旧の本格工事が始まるまでのブロックをずっとつくっている。100個、200個じゃ足りない。何万個といりますけんね。1、2年で終わる工事じゃない」(小嶋喜治区長)。

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そうした状況の中、小嶋さんは集落に暮らしていた住民たちの不安をひしひしと感じています。

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小嶋さんとともに石詰集落で生まれ育った、小ノ上喜三さんです。
自宅は全壊。営んでいた柿農園も一部が流されましたが、川のすぐそばでかろうじて残った選果場で作業を続けています。ふるさとを捨てられないと思っているからです。

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「ここは一生かけて整備して、自分の一生が詰まっていますからね。これを捨てるというのは自分を捨てるような風に感じますからね」(小ノ上喜三さん)
しかし、もとの暮らしを取り戻したいと思っても、先はまったく見通せません。

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「今ある家でも残れるのは4~5軒じゃないですか。4~5軒の家でこの集落を維持していけるのか心配しています」(小ノ上喜三さん)将来が見通せない中でも、区長の小嶋さんは、集落の絆だけは失いたくないと考えています。

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そこで、年末には集落の入り口に、高さおよそ2点7メートル、土台の幅もおよそ80センチある大きな門松をつくりました。復興への願いを込めてです。

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年明けには、去年豪雨で行うことができなかった、「鬼火たき」も行いました。住民など40人以上があつまり、勢いよく燃え上がる炎を見ながら、1日も早い復興を願いました。そして、久しぶりに顔を合わせた集落の住民たちと一緒に、お餅を食べたり、お酒を飲んだりして、以前のような楽しいひとときを過ごしました。

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門松づくりも鬼火たきも、住民がひとときでも笑顔になってほしいと小嶋さんが企画しました。「長期避難世帯に認定された集落であっても、再建への希望は持ち続けたい」。小嶋さんの願いです。

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「やっぱり生まれ育ったところが一番大事ですけんね。とにかく、1日も早く、普通の生活に戻ってもらいたいです」


【取材後記】
「きょうのように住民のみなさんと顔を合わせるのが何よりも楽しみです」年明けの鬼火たきを取材した際に小嶋さんは私にそう話してくれました。住民たちと笑顔で話す小嶋さんが印象的で、ほんとうにこの集落のことが大好きなのだなと改めて感じました。小嶋さんは「集落のために」と、2年が任期の区長を1年延長しています。長期避難世帯がいつ解除されるかわからず、先が見えない中で、さまざまな悩みや不安を抱えながら、それでも集落のことを考え、絆を大切にしている姿が深く心に残りました。私自身、今後も継続して、石詰集落を、そして九州北部豪雨の被災地を取材していきたい。そう強く思いました。

久留米支局記者 山崎啓

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:18時25分 | 固定リンク


2018年11月22日 (木)"子どもたちが考えた命"


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事件や事故で大切な家族を奪われた遺族たちが、亡くなった人の等身大のパネルに遺品を添えて展示する「生命のメッセージ展」をご存じですか?命の大切さを考えてもらおうと、全国各地で開かれている展示会です。この展示会は通常、大人たちが企画します。ところが、福岡県糸島市の小学校では、子どもたちも企画に加わって作り上げる新たな取り組みが行われました。子どもたちがメッセージ展を通じて何を学んだのか、取材しました。

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「クリスマスのイルミネーションを見に行った帰りに飲酒運転した車にぶつけられて、3人亡くなったんです」(娘を失った大庭茂彌さん)

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11月、糸島市立前原小学校で開かれた「生命のメッセージ展」。
「メッセンジャー」と呼ばれる亡くなった人たちの等身大のパネルが並べられていました。

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そこには、事故などで亡くなった人の写真や、遺された家族からのメッセージ、それに遺品の靴も添えられていました。

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全国各地で開かれている「生命のメッセージ展」は通常、大人たちが企画しています。ところが、今回、前原小学校での開催には、全国で初めて、子どもたちが企画を担当しました。命の大切さについて子どもたちに主体的に考えてもらおうという狙いです。

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子どもたちは、およそ1か月前から準備を進めてきました。話し合いを重ねながら、展示物や会場の装飾などを決めていきました。しかし、子どもたちの多くは、大切な人を失ったり、命について真剣に考えたりした経験がありません。

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そうした中、子どもたちは遺族がどのような思いを抱いているのか、直接話を聞くことにしました。

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糸島市の大庭茂彌さんは、19年前、当時大学生で、この小学校の卒業生でもあった次女の三弥子さんを、飲酒運転による事故で失いました。「朝起きて、目が覚めて、そしてご飯食べて、学校に行ける。これは当たり前のことだけど一番幸せなことだと思います。生きたくても生きられない、そういう人たちがたくさんいます。だから、皆さんも今を大事に生きて欲しい」(大庭茂彌さん)

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当日展示する等身大のパネル「メッセンジャー」や、遺品との向き合い方についても話がありました。
「数はどれくらい?」(大庭さん)
「100人」(児童)
「100人ではなく、1命と呼んでください。モノとして扱わず、1人の命として扱ってもらえれば、オブジェも喜ぶと思いますよ」(大庭さん)

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「命って、当たり前じゃないんだなと思いました」。

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「悲しさなど、たくさんの思いが詰まっている。そうしたことが、みんなに伝わればいいなと改めて思いました」

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等身大のパネル「メッセンジャー」には亡くなった人の命が宿るという遺族の思いを聞いた子どもたち。「無限」を意味する「∞」の形に「メッセンジャー」を並べて展示しました。遺された人たちの記憶の中で永遠に生き続けるということを表現したといいます。

さらに、自分たちが命について考えて書いたメッセージも展示しました。
「生きていることって当たり前じゃないんだよ」
「奇跡の命を生きている」
大庭さんの話を聞いた日、子どもたちが、悩みながらも、自分のことばで書きあげたメッセージです。子どもたちだけでなく、会場を訪れた保護者、それに地域の人たちも、メッセージに込められた意味を考えながら、じっと見入っていました。

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「このメッセージ展の企画に参加する意味が分かるのかな?と思っていましたが、しっかり伝わっているみたいでいい取り組みだなと思いました」(保護者)

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「悩んだりしていたみたいでしたが、ちゃんと伝わるように考えていたので、子どもたちの思いも伝わってよかったと思います」(保護者)

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「プロジェクトを始めてからは、命がどれだけ大切なものかを考えることができました。自分たちがみんなに伝えていかなくてはという思いがさらに強まりました」(児童)

【取材を終えて】
試行錯誤しながら、命という難しいテーマに取り組んだ子どもたち。私が取材を始めた当初、子どもたちは戸惑う様子も見せていましたが、徐々にその表情にも変化が生まれてきたのが印象的でした。メッセージ展の当日、参加した子どもの1人は「自分の命を大切にしながら、友だちなど周りの人にも生きることのすばらしさを伝えていきたい」と話していました。
取材した前原小学校での取り組みを受けて、糸島市内のほかの小学校でも、子どもたちを企画に加わえての「生命のメッセージ展」を開催したいという声があがっているそうです。飲酒運転による事故で娘を失い、今回、子どもたちの企画に協力した大庭茂彌さんも「まずは糸島からですが、ゆくゆくは全国にこの取り組みが広がったらうれしいです」と期待を寄せていました。

福岡放送局記者 伊藤久博

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:16時22分 | 固定リンク


2018年11月20日 (火)"このバス停、半端ないって!"


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ことしも残り1か月あまり。年末恒例の「新語・流行語大賞」の時期も近づき、ことしの大賞候補も発表されました。そのうちの1つが”半端ないって”。サッカーワールドカップロシア大会での大迫勇也選手(鹿児島県出身)の活躍をたたえたものですが、同じ九州の北九州市には、大迫選手のすごさに勝るとも劣らない「半端ないバス停!」があると聞き、取材に出向きました。

「半端ないバス停」は福岡では「スマートバス停」と呼ばれています。バス停をインターネットにつなげることでさまざまな機能を備えています。西鉄がことし1月から北九州市内の7か所に導入しています。なぜ”半端ない”のか?その理由を説明します。

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【わかりやすい時刻表の表示】
「半端ない」理由その1は「わかりやすい表示」。西鉄バスの時刻表ダイヤは▼平日用▼土曜用▼日曜祝日用の3種類があります。従来のバス停の時刻表は3種類の時刻表が同じ大きさで表示されています。一方、スマートバス停の時刻表は利用者に配慮して、その日のダイヤが最も大きく表示されます。

さらに、その中でも、リアルタイム、例えば、現在が午前11時であれば、午前11時台のダイヤをさらに拡大して、大きく表示されるのです。

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また、外国人観光客向けにハングルや中国語、英語でも行き先を表示しています。

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【災害時にも使える新機能】
「半端ない」理由その2は、バス停以外の機能も併せ持つ点です。
スマートバス停は、ひとたび災害が起きると、遠隔操作で一斉に避難を呼びかける画面などに切り替えることもできます。つまり、バス停そのものが、さまざまな情報を発信する場所にもなるというわけです。

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例えば、画面を切り替えられる機能は、広告にも使えます。バス停の広告と言えば、限られたスペースに紙を貼るだけでしたが、スマートバス停は、様々な広告を次々と表示できます。これにより、バス停1か所あたりの広告掲載料がこれまでよりも増えて、「稼ぐバス停」へと生まれかわる効果もあるというのです!

【働き方改革にも寄与】
そして「半端ない」理由その3が、働き方改革にもつながるという点です。実はバス会社の社員にとって知られざる過酷な業務、それは「バス停の時刻表の貼り替え」なのです。なぜ、過酷なのか?それは、最終便が運行を終えたあとの夜遅い時間帯や深夜に張り替え作業を行っているからです。西鉄バスの場合、バス停は福岡県内におよそ1万か所にものぼっています。さらに、そうした貼り替えの作業は、西鉄の場合、ダイヤ改正の時だけでなく、お祭りや年末年始など、年間およそ15回もあるといいます。貼り替えにかかるコストも多い時には1回で数百万円にのぼることもあるといいます。人もカネも必要だったこの作業が、インターネットを通してクリックするだけで済むようになるのです。

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西鉄では、北九州市におよそ2000あるすべてのバス停を、このスマートバス停にかえていくことになりました。ところで、これだけ世の中のさまざまな分野でデジタル化が進む中、これまでスマートバス停が広がりを見せてこなかったのには理由があるといいます。それは「電源の確保」がネックになっていたからだというのです。

【電源を確保!】
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多くのバス停は、住宅地などにあって、電子画面に必要な電源を確保しにくい現状にあります。一方、スマートバス停は、太陽光パネルでの発電に加え、蓄電池も備えることで電源を失っても5日間は稼働できます。さらに、バッテリーの残量に応じて、通信の頻度を自動的に減らし消費電力を抑える地元企業の最新システムも導入されています。

【コストはかかるけど・・・】
とはいえ、従来型のバス停と比較するとコスト負担は軽くありません。いまの段階では、量産化した後も一基あたり30万円前後はかかるのではないかということです。とはいえ、喫緊の課題となっている社員の働き方改革などを勘案すると、西鉄では、スマートバス停を広く導入していくメリットの方が大きく上回るとしています。

【増える問い合わせ】
西鉄などによりますと、最近は思わぬところからの問い合わせも増えているといいます。それは福岡から遠く離れた北海道や岩手県など、雪国のバス会社からなのだそうです。その理由の1つは、厳しく冷え込む深夜の時刻表の貼り替えから社員を解放することなのだそうです。そして何より、大雪や凍結した道路が原因のダイヤの乱れについて、厚手のコートを着て寒い中、バスを待ち続ける利用客にいち早く伝えるためなのだそうです。

西鉄は「ダイヤを頻繁に変えるのはこれまでは難しかったが、スマートバス停の導入が広がれば、利用者の声を素早くダイヤに反映しやすくなる効果があるかもしれない」と話しています。

「インターネット」と「モノ」をつなぐ「IoT」と呼ばれる最新技術が、「バス停」に行き着いたことで生まれた今回の取り組み。バス会社で働く人にも、それを利用する人にも、嬉しい変化をもたらしつつあります。

福岡放送局記者 金子泰明

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:15時31分 | 固定リンク


2018年09月28日 (金)"久留米方式"が救う!


2万1127人。この数字、何だかわかりますか?。去年、全国で自殺した人の数です。ちなみに、去年、交通事故で死亡した人は全国で3694人。自殺者は交通事故の死者の5点7倍にも達し、見過ごすことができない深刻な社会問題になっています。自殺者はどうすれば減るのか?。いま、久留米市が8年前から始めているある取り組みが「久留米方式」と呼ばれ、注目を集めています。

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「久留米方式」の最大の特徴は、地域のかかりつけ医と精神科医の連携です。かかりつけ医は、不眠や食欲低下、疲れなど、うつ病につながる、患者のわずかな体調の変化を把握しやすい立場にあります。そして、かかりつけ医が精神科医に患者を紹介することで心の病の早期発見につなげ、自殺に至る前に手だてを講じる仕組みです。さらに、久留米市の保健所や精神保健福祉士も加わり、追跡調査を行い継続して患者を見守るのも特徴です。

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「もう不安ですね。汗がいっぱい出てきて落ち込んで」(60代男性)。私が取材した60代の男性は、職場環境が一気に変わったことをきっかけに仕事に不安を感じ、気分が落ち込むことが多くなったといいます。「家ではイライラするし、会社に行く時に非常に熱が出まして、震えました。会社に行く意欲もなくなり、もうどうしようもないという部分まで追い込まれました」(60代男性)。

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こうした体の不調が半年ほど続いたころ訪れたのが、10年以上のつきあいがある地域のかかりつけ医でした。「かかりつけ医に1人で行きました。信頼の置ける医者で、病気があったら、家族も皆診てもらっています。すぐに、紹介状を書いてもらいました」(60代男性)。かかりつけ医の専門は内科ですが、すぐに精神科の専門医を紹介し、男性はうつ病と診断されました。気心の知れたかかりつけ医に紹介してもらったことで、男性は安心して治療を受けることができたと言います。

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「精神科はまったく初めてで不安でしたが、すぐに紹介していただいて、そこが専門医だったというのが一番のメリットだったと思う。自分では早く治ったかなという思いです」(60代男性)。

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久留米方式の導入から8年がたち効果は数字にも表れています。人口10万人あたり、どのくらいの人が自殺で死亡したかを表す自殺死亡率は、9年前の平成21年の時点で、福岡県全体が25.76人、久留米市は28.36人と、久留米市は、県の平均を上回っていました。ところが去年は県全体が17.11人なのに対し久留米市は14.67人と県の平均を下回っています。しかもこの間、久留米市の自殺死亡率は半減し、速いペースで改善しています。また、この8年で、かかりつけ医から精神科医への紹介件数は8066件にのぼっています。しかも導入当初の最初の1か月は月に29件でしたが、去年は8月と10月にそれぞれ137件と、最近は月に100件を超えるようになり、制度は定着しつつあります。

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「毎月100人くらいの患者さんが精神科に紹介されている。そういう意味ではこの連携システムが一般科の先生方に受け入れられたんじゃないかなというのがあります。最初は小さかった輪が、だんだん広がっていると思います」
(久留米方式の発起人 久留米大学 内村直尚 教授)

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この久留米方式はかかりつけ医が患者の異変に気づくために、SDSと呼ばれる共通のチェックシートを活用しているのも特徴の一つです。

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このシートに基づいて、かかりつけ医が、▽気が沈んで憂うつだとか、▽夜よく眠れないなど20項目をチェックします。そして一定の点数を超えると、うつ病の疑いがあるとして、精神科医に患者を紹介します。内科など、精神科以外が専門の医師でも気づける仕組みになっています。

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「何回か診察を繰り返しているなかで、もしかしたら、この方はうつ病の原因の状態にあるんじゃないかと、そういうことに気づきます。それで患者さんの紹介も非常にやりやすく、また、応じやすくなっているんじゃないかなと思っています」
(かかりつけ医の1人 矢野秀樹 医師)

さらにこの久留米方式では、かかりつけ医と精神科医の信頼関係が重要になってきます。そのため、ほぼ毎月、研修会などを開催して、互いが顔の見える関係を作り出しています。医師どうしの信頼関係があれば、患者に自信をもって精神科医を紹介できると言います。

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「ふだん紹介させてもらう時に、やっぱり、精神科医の顔を知っていると会話もそれなりに親しくなりますし、それを見ている患者さんもすごくそれで安心される。いい関係を構築しているなと感じています」
(かかりつけ医の1人 矢野秀樹 医師)

【取材を終えて】
「久留米方式」は当初、4つの医師会から始まりましたが、去年、さらに4つの医師会が加わり、筑後地方全体に広がりました。また、去年からはアルコール依存症の問題についても、共通のチェックシートを用いて、かかりつけ医が患者の状況を確認するようにもなりました。「久留米方式」は進化を続けているのです。私は今回、取材をしていてとても印象に残った言葉がありました。それは「8年が経過し、医療関係者だけではなく、一般の方々も周囲の変化に気づくような、そういう気配りができるようになっている。ひとりひとりの関係を深めて、地域の絆を強めていくことが自殺対策につながる」という発起人の内村教授の言葉でした。久留米方式をきっかけに、市民の間にも自殺予防の意識が高まり、地域の絆で自殺者を減らしていく。久留米から始まった取り組みを引き続き注目していきたいと思います。


NHK久留米支局記者 山崎啓

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:10時43分 | 固定リンク


2018年09月20日 (木)興味はあるのに理解がない!?~異文化のすれ違いを防ぐには~


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みなさんの周りには、フラダンスを楽しんでいる人はいますか?
カルチャーセンターの講座をはじめ、今や部活動、それにスポーツジム、さらには老人ホームなどでも楽しむ人が増えていて、フラ(ハワイではフラダンスのことをフラと呼びます)の愛好家は全国で100万人前後とも言われています。その一方で、フラの起源や、踊りに込められているハワイの人たちの思いについて考えたこと、皆さんはありますか?ハワイには、そうしたことも日本人に知ってもらいたいと考える指導者がいて、見た目の人気だけが先行している日本のフラの現状に違和感を抱いている人も少なくないといいます。国際化社会が進む中で、「すれ違い」ではなく、お互いを理解しあう「交差」した文化交流を進めるにはどうすべきなのか?きょうはフラを通して、異文化交流について考えたいと思います。

【広がるフラ人気】
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8月、私は福津市で開かれたフラ教室の発表会に足を運びました。小学生から主婦まで幅広い世代の愛好家たちが華やかな衣装を身にまとい、日ごろの練習の成果を披露していました。なぜフラを始めたのか聞いてみると、理由は衣装のかわいさや健康増進などさまざまでした。

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「かわいく踊りたいと思って入ったのがきっかけです。非日常を味わえるのでとっても楽しいです」(大学3年生)

【知られざるフラの意味】
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発表会の前、フラ教室の練習の様子を取材させてもらいました。この教室では、フラを通してハワイの習慣や歴史など、文化的な意味合いについても教えていました。例えば男女の恋愛をテーマにしたフラについて、講師は次のように説明していました。「この曲には、落ちている花を耳元に飾る振り付けがあります。右に飾る時は”独身・彼氏募集中”、左に飾ると”私は結婚しています・彼がいます”という意味になります」。

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フラといえば、笑顔でゆったりと踊るイメージを持っている人も多いかもしれません。しかし、険しい表情で踊るフラもあることをこの講師は説明していました。「この踊りは、戦争が行われたことを伝えています。村長が戦いを歌ったフラもあります。笑顔で踊る曲とはまた違って、神妙な顔で、どちらかというと強い顔だちで踊らないと、本当の意味が伝わりませんよ!」(フラ講師 占部明子さん)

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ハワイの人たちにとってフラは、日本人にとっての神楽に近いと言えます。神楽は、神に奉納する舞です。フラもハワイでは神にささげる踊りで、手や足などの1つ1つの動き、そして装飾にもそれぞれ意味があります。講師の占部明子さんは「振り付けや歌詞の意味まで知ることで、生徒さんたちの表現力が豊かになります」と話していました。しかし日本では、フラのさまざまな意味をしっかりと教えている教室ばかりではありません。こうしたことなどから、ハワイの指導者たちは日本のフラの現状に強い違和感を感じている人も多く、中にはトラブルまで起きています。

【広がる違和感とトラブル】
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具体的にはどういうことなのか?
例えば、▽踊りの意味まで教えていないのに、日本の指導者が高額な受講料や衣装代を生徒からとっていることに、ハワイの人たちは違和感を感じているといいます。
また、▽ハワイの指導者が創作した振り付けを、日本の教室が許可なく上演したなどとして、裁判沙汰にまでなったケースもあります。

【違和感やトラブルの背景】
背景には何があるのか?その理由の1つに、日本ではフラを教えるのに資格や免許が必要なく、誰でも教えられることが考えられます。ハワイの場合は、日本舞踊の家元のような流派や、「クム」と呼ばれるごく限られたフラの伝承者しか、フラの教室を開くことはできないのだそうです。誰もが教えられるわけではないのに、さらに高額な授業料をとっているとなれば、日本人の指導者に対し違和感を持つのは当然かもしれません。

【新たな動きも】
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そうした中、日本人の指導者にフラのことをもっと知ってもらおうという取り組みを始めているNPO法人が福岡市でワークショップを開くと聞き、取材に出向きました。

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ワークショップを開いたのは、NPO法人フラジャパン文化協会。
講師は「クム」と呼ばれるハワイのフラの伝承者、ケリー・グロッスマンさんです。グロッスマンさんは、そもそも日本人の指導者がフラの伝統などを学ぶ機会が少なかったこともトラブルなどの理由の1つだと考えています。ことし6月から日本で暮らし始め、福岡などで日本人指導者を対象にフラのことを知ってもらう講座を開いています。

【フラと神道の共通点】
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はじめに教えるのはダンスではありません。まずは座講です。ハワイでは最も大切だとされ、最初に教えられる神話に基づくフラについて話をします。グロッスマンさんは、ハワイに伝わる神話は、あらゆるものに神が宿ると信じる日本の「神道」に似ていて、日本人にも理解してもらいやすいと考えています。

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また、ハワイでは、火山の噴火などさまざまな自然現象に神が宿ると考えられています。そうしたことへの信仰心などを体現したのがフラなのだと説明していました。さらにフラは、過去に火山の噴火などが起きたことを伝える、いわゆる「伝承」の手段でもあります。グロッスマンさんは、そうした点を紹介し、意味を理解した上で踊ることが大切だと伝えました。「フラには知識や情報がいっぱい詰まっています。踊りで伝えることで、多くの人たちがハワイの歴史を知ることができるんです。火山のことを、皆さんがあまりにも穏やかで優しく踊ってしまったら観客たちはきっと、この光景って美しいんだなと思ってしまい、本当のストーリーが伝えられなくなるんです」(ケリー・グロッスマンさん)。

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「踊ることだけではなく、その中身や歴史など、きょう習ったような歌詞の内容もちゃんと伝えていけたらなと思います」(受講者)。

【尊重と寄り添う姿勢】
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グロッスマンさんが大切にしていること。それは、相手の文化も尊重することだといいます。「私はハワイと日本の歴史を両方学び、共通点を見つけてきました。そこに橋を架けて、生徒たちの理解がより深まるよう努力しています」。(ケリー・グロッスマンさん)。

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グロッスマンさんは、シンプルにフラを楽しんでもらおうと活動している日本人指導者を否定しているわけではありません。見た目先行だとしても、フラに興味を持ってもらえることは喜ばしいことだと話していました。ただ、本音ではやはり、信仰の意味合いや歴史、伝統も是非、知って欲しいと願っています。ハワイと日本の指導者との間で、フラの受け止めに「すれ違い」も見られる中、どちらにも寄り添うことで、すこしでもギャップを埋めていこうという姿勢が印象的でした。

【独特の信仰 どう理解する?】
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フラにまつわる神話が日本の神道に似ている部分があるとはいえ、異なる文化や宗教の独特の世界を理解するのは簡単ではありません。最近、私たち日本人も、日本独特の信仰をめぐって理解してもらうのに苦労したことがありました。思い出して欲しいのが、去年夏、世界遺産に登録された宗像・沖ノ島と関連遺産群です。

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ユネスコの諮問機関・イコモスは当初、4つの神社や古墳群は登録から除外すべきと勧告しました。理由は、古代に行われていた沖ノ島での祭しと、宗像大社の神社などで行われいる現代の祭しとの間に連続性が確認できないとしたためです。これに対し日本側は、出土した文化財などから、沖ノ島での古代祭しが現代の信仰のルーツであることは間違いないと、繰り返し説明して理解を求めました。地元も外国語でパンフレットを作成するなどして構成資産の重要性を呼びかけました。その結果、何とか理解をしてもらい、やっとの思いで8つの構成資産すべてが世界遺産に登録されました。文化が異なるものどうしの間では、伝える側は説明を尽くし、聞く側も理解に努めることが大切だと、当時取材を続けていた私が実感した瞬間でもありました。国際化社会が急速に進む中、フラに限らず、相手を理解しようとしたり、理解してもらおうと努力する姿勢が、私たちの身近なところでこれまで以上に必要になってきていると感じます。

【ある言葉とある疑問】
その一方で、私は「以心伝心」という言葉が心に浮かぶとともに、ある疑問を抱きました。「以心伝心」とは、ことばは通じなくても、心は通じ合えるという意味です。私は、異なる文化を抵抗なく受け入れられる「以心伝心」の下地を、誰もが持っていると思っています。例えば海外旅行をしていて、国によっては女性は肌を露出してはいけなかったり、子どもの頭をなでてはいけないなど、さまざまな風習を耳にします。しかし、そのことを否定したり疑ったりするよりも、むしろ文化の違いを認めて、受け止めることが多いはずです。外国の歌や映画、絵画などを鑑賞するときも、自然と感動したり元気をもらったりすることも多いと思います。

【異文化理解とビジネス】
ところが今、社会の国際化が進む中、異文化のすれ違いを埋めるために、「以心伝心」よりもむしろ説明を尽くしたり、理解する努力を重ねないといけないシーンがこれまで以上に増えているように思います。何故なのでしょうか?。
それは、そこに”ビジネス”が絡むケースが増え始めているからかもしれません。フラの世界で起きている「すれ違い」は、高額な受講料などがきっかけになっているような気がします。また世界遺産も、登録されれば観光客の増加などで大きなビジネスチャンスが生まれます。”ビジネス”が関わってくると、さまざまな利害関係者の思惑が複雑に絡み合うことは容易に想像できます。このため、「以心伝心」でお互いに感じていることが、後回しにされているような気がしてなりません。

【大切にしたい「以心伝心」】
だからといって、私は異文化理解と”ビジネス”の関わりが悪いと言うつもりはありません。活発なビジネスのおかげで、私たちは多くの異文化と触れあうことができるようになっているからです。ただ、”ビジネス”が絡むとしても、まずは自分の利害や損得を考える前に、素直な気持ちで相手の文化や気持ちに向き合うことがあってもいいのではないでしょうか。そうすれば、余計な異文化間の違和感やトラブルも減るような気もします。私たちはそうした向き合い方が出来るはずです。なぜなら、私たちは異文化を受け入れる寛容さ、すなわち「以心伝心」の精神を本来持ち合わせているはずですから。

福岡放送局リポーター 水越理恵

投稿者:ロクいちスタッフ | 投稿時間:12時17分 | 固定リンク


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