2021年10月15日 (金)高浜町高浜地区でみつけ隊!【北川 玲子】

10月11日(月)放送の「ほやほやみつけ隊」は、

高浜町高浜地区に行ってきました♪

目の前に海が広がる高浜地区。家々も多く集まる、高浜町の中心部です。

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地区のお祭りといえば、7年に1度開かれる「高浜七年祭」。
450年以上続く伝統行事で、3つのみこしが7日間にわたって町を練り歩きます。
こちらは高浜公民館で展示されている、祭のみこしを再現したレプリカ!
なんですが…

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実はこのみこし、段ボールや紙で出来ているんです!驚きの完成度ですよね!

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制作した大角(おおすみ)さんは、小さいころから祭で見てきたみこしが大好きだったそう。
元板金職人で、これくらいの制作なら設計図なしで作れるそうですよ!

そんな高浜地区での指令は、
武将“逸見(へんみ)昌(まさ)経(つね)”が築いた 幻の山城を調査せよ!
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そもそも山城を作ったというこの武将、地元でもあまり知られていないそう…。
まずはその正体をしるべく高浜郷土資料館を訪ねました。

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教えてくださったのは、学芸員の寺下さん。
逸見昌経は、戦国時代に若狭武田や織田の家臣として、この地域を治めていた人物なんだそうです。
高浜の経済的な基盤を作り、高浜七年祭も逸見昌経の頃に始まったと言われているんだとか!

いよいよ指令にあった山城を調査するため、佐伎治神社を訪ねました。

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実は幻の山城とは、佐伎治神社の裏山に遺構が残る砕(さい)導(ち)山(やま)城!
出会ったのは、砕導山城跡を後世に伝えていこうと立ち上がった
砕導山城跡保存会のみなさんです。

砕導山城は、逸見昌経が高浜で最初に拠点にしたとされる山城なんです!

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戦国時代、戦で8000もの兵が立てこもったとも伝わり、若狭最大級の規模とも言われています。

砕導山城は、まだ開発されず手付かずの状態で残っている貴重な城跡ということで、
保存会ではその歴史を広く知ってもらおうと、チラシやDVDまで自分たちで制作しました!
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この日は、高浜中学校の1年生が、保存会の皆さんの案内で
実際に山城を見学するということで、私も同行しましたよ。

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砕導山城は全長1キロのなかにいくつも、敵から攻められない工夫がちりばめられています。なので、スタートから、すでに道が険しい…!

最初に出会った遺構は、「堀切」。

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左の山の斜面から右の山の斜面まで元々は一直線だったのですが、
それをV字に削って、敵がまっすぐ攻められないようにしているそうです。
上から矢で射たり、やりで突いたり、ということが山城の中で行われていたとか!

他にも、両端はすぐ崖になっている道も!
敵が攻めにくい仕組みを、いくつも見つけることができました。

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こうして山城を歩き続けることおよそ1時間。
見えた景色は・・・

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高浜の海が一望できるこの絶景!

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この日はお天気も良く、青葉山もきれいに見ることができました。
逸見昌経もこの絶景を見ていたのでしょうか…!

中学生のみなさんも、初めて訪ねた山城の遺構を興味深そうに見学していましたよ!
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これから高浜中学校1年生のみなさんは、
砕導山城跡のパンフレットや案内板を制作していくそうです。

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きれいな海と山に囲まれ、歴史も豊かな高浜地区!
逸見昌経の思いと共に、ますます地区が盛り上がっていくといいですね!
高浜地区のみなさん、ありがとうございました~★

投稿者:北川 玲子 | 投稿時間:14:47

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