2019年06月06日 (木)坂井市高椋(たかぼこ)地区でみつけ隊!【今村 有希】

6月6日(木)放送の「ほやほやみつけ隊」は、坂井市の高椋(たかぼこ)地区に行ってきました♪
市の中心部にある高椋地区は、田園風景が広がる一方、国道8号線が通っていて便利で暮らしやすいまちです。

今回紹介した内容はこちら↓↓↓

☆地区の自慢☆
■コシヒカリのふるさと
高椋地区は、コシヒカリの生みの親・石墨慶一郎博士の生誕の地で、米の生産が盛んです。去年地区のキャラクター「たかちゃん」と「むくちゃん」がデザインされた際、たかちゃんの手元の稲の穂は、石墨慶一郎博士の銅像をモデルに描かれました。また毎年、子どもから高齢者までみんな一緒に田んぼアートを作って、まちに彩りを添えています。

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■充実した高齢者サロン
高椋地区では、まちづくり協議会が中心となって、高齢者が集まれる場所を作っています。中でも「オレンジカフェたかぼこ」は、認知症サポーターの講習を受けた、オレンジ色のバンドを獲得した人たちが運営しています。定期的に集まってお茶会や体操などを行うことで認知症予防に努めるほか、健康や介護についての相談も行っています。

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☆イチオシ☆
■歴史の宝庫「称念寺」
称念寺は、721年から続く歴史ある寺で、南北朝時代に活躍した武将・新田義貞の墓も残されています。
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「ここは…称念寺?」
戦国時代にタイムスリップした私と一福丸は、刀を持った人物を発見。
なんとその人物は、明智光秀だったのです…!

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写真左は、木の陰に隠れる私と一福丸。右は称念寺住職と話す明智光秀と妻の熈子(ひろこ)。
明智光秀は、織田信長に仕える前の1556年に、斎藤義龍との戦いに敗れた後、家族とともに高椋地区に逃れてきました。
貧しい暮らしを強いられていた光秀は、称念寺の住職のもてなしに支えられながら、称念寺の門前で数年の間暮らしていました。娘のガラシャもここで生まれました。

また、称念寺には「熈子黒髪伝説」が残されています。光秀の妻・熈子は、
光秀の再起を願い、自分の髪を切り売りして暮らしを支えていたという伝説です。
松尾芭蕉はこの話を聞いて心を打たれ、その思いを詠んだ句が称念寺の境内に残されています。

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こんなに歴史あるお寺だったなんて知らなかった!
皆さんも足を運んで、その歴史を1つ1つ感じてくださいね♪

20190606_i_06.jpg現代に戻る「時の扉」です。…最高の逆光でした!笑

ちなみに、熈子の後ろ姿を演じていたのは私!
タイムスリップの演出に快く協力してくださった高椋地区の皆さんには、本当に感謝しています。ありがとうございました♪

投稿者:今村 有希 | 投稿時間:18:35

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