2020年2月 6日

2020年02月06日 (木)福井市・豊(みのり)地区でみつけ隊!【羽生 ちひろ】

2月6日(木)放送の「ほやほやみつけ隊」は、福井市の豊(みのり)地区に行ってきました♪
福井市中心部からほど近く、足羽山のふもとに広がる豊地区。
県内各地の古民家を移築・展示している「おさごえ民家園」がある地域です。
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今回紹介した内容はこちら↓↓↓

☆地区の自慢☆
■住民総出で楽しむ「八幡山もえぎ祭り」
地区のシンボル八幡山のふもとにある「カルチャーパーク」で、毎年、新緑が美しい4月下旬に開催しています。子どもから高齢者まで300人以上が携わる一大イベントです。名物はヨモギ餅の餅つき大会。臼を6つ並べ、もち米6俵分をみんなで協力してついています。祭りを通して住民同士のつながりを深めています。
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■秋祭り子供相撲大会
毎年10月に木田神社で行われ、豊小学校の児童200人近くが参加しています。会場には大勢の観客が訪れて声援を送り、熱戦が繰り広げられます。「みのり壮年会」が30年前から開いているもので、土俵づくりから会場設営、行司審判など、地区の皆さんで協力して行い、三世代交流の場にもなっています。
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イチオシ
■知る人ぞ知る戦国武将・堀秀政
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・堀秀政(ほり・ひでまさ)。
13歳の若さで織田信長の目に留まり、側近として大活躍した人物です。
信長の信頼厚く、口上を申し述べる使者として、信長と家臣を取り次ぐ重要な役回りを担っていました。
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(※堀秀政と思ってください)

あの明智光秀とも関係があります!
本能寺の変で織田信長が討たれた際、「山崎の戦い」で豊臣秀吉と共に明智光秀を討ちました。
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(甲冑は、一乗谷朝倉氏遺跡保存協会からお借りました!)

この堀秀政、福井と深い関わりがあるんです。
3代目の「北の庄城」城主を務めていて、民にも優しい君主だったと伝わっています。
豊(みのり)地区には秀政の館があったとされていて、その地は、彼の名前に由来して「堀町」と呼ばれています。
また、秀政の菩提寺も豊地区にあります。
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「長慶寺」です。境内には、堀秀政のお墓があります。
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秀政は、秀吉の小田原攻めに出陣している最中に病死。38歳の若さでした。
彼がその小田原攻めの前に自ら描いたとされる「自画像」も、長慶寺に伝わっています。
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豊地区では奉賛会を作り、毎年5月27日の命日に「墓前祭」を行って、彼の偉功を守り伝えています。
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歴史をつなぐ豊(みのり)地区。
隠れた名将に出会い、みのりある旅でした♪
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投稿者:羽生 ちひろ | 投稿時間:18:40

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