豆腐 1月13日(金)

日本人の食生活に欠かせない「豆腐」。美味しくて栄養があり、変幻自在に姿を変える。奈良時代に中国から伝わり、江戸時代に広く一般庶民にまで広がったと言われる豆腐。その人気はあらゆる階層・地域に及び、華美を嫌う武士道精神、粋な職人気質、商人の倹約心、そして、農民にとってはハレの食べ物として大切にされてきた。
白くて四角い姿はほぼ全国共通だが、その味や風味は千差万別。大豆の違い、水の違い、気候、風土などが細かく入り組んで、各地に豊かで個性的な豆腐の食文化を育んできた。
そこには、豆腐と共に生きる人々の姿があった。先祖の味を大切に守り続ける夫婦、うまい豆腐作りに燃える親子。暑い日も寒い日も、早朝から集まって豆腐を作り続ける女たち。
日本人の日々に寄り添ってきた「豆腐」と人々を巡る物語をみつめる。

<オムニバス項目(抜粋)>
●菜豆腐(宮崎) 
山暮らしの厳しさを今に伝える椎葉村の菜豆腐
●肉豆腐(東京) 
高度経済成長期、庶民の味として親しまれてきた老舗居酒屋の肉豆腐
●島豆腐(沖縄) 
先代の味を守り、海水を使用する島豆腐
●岩豆腐(徳島)
祖谷の女たちが支える岩豆腐

筑波(再) 1月20日(金)

「西の富士、東の筑波」。江戸時代から富士山と並び称されてきた筑波山。全体が神の領域である筑波山は、信仰の対象として万葉の時代から多くの歌に詠まれてきた。
冬は深い雪に閉ざされる富士と異なり、1年を通じて人々が集い賑わうのが筑波の魅力。春秋のお祭りだけでなく、お参りに山遊びと人々が気軽に足を向け訪れる「物見遊山」の山でもある。
男体山と女体山という2つの峰を頂に持つ筑波山は、縁結びの地。男女が恋の歌を詠み合ったと伝えられる巨石が残る。いまも訪れる人々の縁が混じり合い、親しみ合う土地として、筑波は人々をつないできた。
神への「敬い」と「親しみ」が同居する山、筑波山。山とともにある山麓の風土を描く。

<オムニバス項目(抜粋)>
●昼食は山頂で...筑波山の四方から、毎朝欠かさず登ってくる山歩きの愛好家たち。
●我こそは“ガマの油売り”...伝統の口上を受け継ぐ名人たち。
●実は“石”の山...黒く苔むす天然の良石・筑波石。バブル時代、庭石として大人気に。
●夫婦和合の縁結び...恋の歌を詠み合った古代の嬥歌(かがい)、今は“山コンハイキング”。
●筑波の恵み“福来(ふくれ)みかん”...山裾よりも暖かい中腹がはぐくむ陳皮と七味唐辛子の美味。
●修験の山...道なき道に岩登り。かつては僧の修行の場、今はサラリーマンや主婦が挑む。

北酒場 1月27日(金)

しんしんと雪が降り、寒さに震える北国の冬。長く厳しい季節を乗り越えられるよう身も心も温めてくれるのは、その土地その土地の酒場だ。舞台は、冬の北海道から東北。寒いのに、わざわざ出向いてあおる一杯。いつもの顔と出会い、冬を明るくやり過ごすための一杯。暮らしの厳しさも切なさも酒と一緒に飲み込み、明日への糧とする。“北の酒場”には、そこに生きる人々のドラマや、歴史と風土が刻まれている。
豪雪に埋もれる秋田の鹿角には、かつて“親不孝通り”と呼ばれ賑わった飲み屋街が。当時から店を開き、毎日着物で客を迎える元気な80代の女将。東日本大震災で、町も住民もすっかり変わってしまった福島の広野町。客の多くは、原発の廃炉に従事する作業員。地元の人と交流が生まれ、仕事への本音が語られる酒場がある。
町の数だけ酒場があり、人は集う。暖簾をくぐれば、温かい人情が見えてくる。北国の酒場を巡る、“北酒場”の物語。


●酒場は学び舎…盛岡に“学校”と呼ばれる酒場。酒と勤勉に向き合い人生を知る、北の学び舎の一日
●酒蔵の宴…老舗酒造の蔵人たちの決起集会。実は彼らの大半が農家。米を育て、酒を造る米所の酒場
●親不孝通りの意地…鉱山の男で賑わった秋田県鹿角。客が減っても精一杯冬をもてなす不屈の女将
●哀愁のロシア酒場…物悲しい異国のしらべ。ロシア民謡を歌い、北の大地に根付いた歌い手の人生
●故郷は遠くにありて…福島第一原発から30km圏内の広野町。廃炉のため作業員が全国から集う北酒場

「新日本風土記セレクション」(木)午後11:45 BSプレミアム

1月 5日 あの街 この街 路面電車
  12日 金沢
  19日 知床
  26日 ふぐ