2018年4月

2018年04月17日 (火)

ハワイ 日系人が築いた街・味・心 ~ハワイ島ヒロ~

「ハワイ」を担当した金本と本田と申します。

約4ヶ月間、ハワイと日本、多くの方々に取材にご協力いただき、本当に有難うございました。

日本から初めての移民船がハワイに辿りついたのは、今から150年前の明治元年(1896年)。
到着した年号から「元年者」と呼ばれた153人の移民たちが、ハワイの日系人の礎となりました。
過酷な砂糖キビ畑での労働を経て、新天地で根づいていった人々。
最盛期はハワイの人口の4割を日系人が占め、ハワイ各地の街に豊かな日系人社会を築いていきました。

その一つ、今も古きよき時代の名残りを残すハワイ島東部の街、ヒロをご紹介します。

hawai1.jpgハワイ島最大の港街・ヒロには1900年代初頭、およそ2万3000人の日系人が暮らしていました。
ダウンタウンには、日本人の名がついた建物がいつくも残り、タイムスリップしたようなノスタルジックな雰囲気を楽しめます。

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ヒロの日本庭園~女王から感謝を込めて~ 

ダウンタウン南西の海沿いを歩くと目に飛び込んでくるのは大きな鳥居。ここは日本庭園です。

hawai4.jpghawai5.jpg仏塔、石灯籠、錦鯉が泳ぐ池、石庭、太鼓橋、茶室まであるこの庭園は、およそ30エーカー。国外の日本
庭園では最大の広さを誇っています。庭園の名は、「リリウオカラニガーデン」。“リリウオカラニ”とは、ハワイ王国最後の女王の名。1917年、リリウオカラニ女王が、サトウキビ プランテーションで働いていた日本人移民らに敬意を表してこの土地を公園として贈りました。そこに日系人たちは懐かしい日本の庭を築いたのです。

 

ハワイアン風日本の味

ヒロには、日系人たちが持ち込んだ“日本の味”が豊富です。
長い歳月の中で、ハワイアン風になり、独自の食文化が生まれています。そんな“ハワイアン風日本の味“を、巡ってみるのもおススメです!

まずは、ランチタイムに行列が出来るのは「OKAZUYA(おかず屋)」。

hawai6.jpgランチボックスに、好きな総菜を詰めるハワイアン定番ランチです。
並んでいるのは、煮しめ、海苔巻き、稲荷ずし、ハワイ版おにぎりのスパム結び。
このOKAZUYAは、かつて日系人たちが砂糖キビ畑で弁当のおかずを交換しあったことから生まれました。ヒロには数軒の「OKAZUYA」があり、店それぞれの味を楽しめます。

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続いては、ハワイ版かき氷。

hawai10.jpghawai11.jpg炎天下のサトウキビ畑で働く日系人たちの喉の渇きを癒すため氷をカンナで削って生まれたかき氷。
戦後、日系人が日本から氷削機を取り寄せハワイアンかき氷「シェイブアイス」が誕生しました。
ストロベリーやオレンジ、抹茶など日本でも馴染みの味はもちろん、リリコイ(パッションフルーツの一種)やココナッツ、マンゴー、パイナップルなど南国ハワイらしいフレーバーも楽しめます。氷は荒く削ったものや薄くフワフワなものなど、お店によって様々。あたな好みのハワイアンかき氷をぜひ探してみてください。

 

そして今やヒロの名物として街の人々に愛される大福屋さん、「Two Laddies Kitchen」 。

hawai14.jpg日系3世のノラさんが、おばあちゃんの味を再現しようと25年前オープンしました。
1世の祖母が、家族が集う特別な日に作っていたシンプルなきな粉のお餅は、ハワイの美しい自然を投影しようと工夫を凝らすノラさんの手で華やかに生まれ変わりました。
ココナツミルクやナッツ、いちご、梨、葡萄、柿など季節の果物を入れたカラフルな大福は見ているだけでワクワクします。ハワイでは冠婚葬祭や手土産にも利用されているそうです。

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ヒロでこうした店を営む日系人たちが、大切にしていた言葉は「おかげさまで」。

かつてこの地を切り開き、厳しい労働を耐え抜いてきた1世たちへの感謝の想いが込められていました。食を通じてハワイの人々に先祖から受け継いだ日本の心を伝えています。
だからこそ、美味しい、懐かしい味。

日系人の心が生きる街ヒロを散策しながら、そうした味を堪能してみてはいかがでしょうか? 

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投稿時間:11:00 | カテゴリ:ディレクターおすすめスポット | 固定リンク


2018年04月03日 (火)

汚されて、よみがえる 渡良瀬川

「渡良瀬川」を担当しました、戸田と申します。半年以上にわたり、いろいろな方々に取材にご協力いただき、本当にありがとうございました。

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渡良瀬川は源流といわれる栃木と群馬の県境にある皇海山から、利根川に合流するまでの111キロ、いろいろな顔を持っています。皆さんに渡良瀬川の魅力を知ってもらうべく、いくつかおすすめのスポットをご紹介します。

 

ashioseirenjou.jpgまずご紹介するのは、足尾です。

足尾町(現在は日光市の一部)は、かつて3万人を超える人口を誇った渡良瀬川最上流部にある町です。

町に繁栄をもたらしたのが「足尾銅山」です。

足尾銅山は日本の近代化を支えたという側面がある一方で、鉱毒事件を起こしたことでも知られています。精錬の過程で出る亜硫酸ガスによって足尾の山の木々はほとんどが枯れてしまい、いわゆる「ハゲ山」になったというのは有名な話ですが、いまは地元の人たちの努力もあり、緑が戻りつつあります。足尾に訪れた際は、ぜひその山の様子を見ていただきたいと思います。

かつて使われていた坑道をめぐる施設も観光の人気です。あわせてどうぞ!

 

watarasekeikokutetsudou.jpg足尾から川に沿って下流の桐生まで、44キロにわたって走る鉄道が「わたらせ渓谷鐵道」です。その名の通り、渡良瀬川が作り上げた渓谷に沿うように走っています。

「わ鐵」という愛称で親しまれており、春から秋にかけては窓のないトロッコ列車が大人気です。まだ乗ったことがないという人は、ぜひ乗ってみて下さい。風を感じながら渡良瀬川の魅力をダイレクトに体感できます。

両端の駅の標高差は500メートル以上あり、走るごとに車窓の風景が変わっていきます。この移ろいをのんびりと1時間以上かけて楽しむことが出来るのは、わたらせ渓谷鐵道ならではです。桜に新緑、紅葉に雪景色。どんな季節に訪れても感動すること間違いなし!

 

watarasebashi.jpg取材を始めるまで、渡良瀬と聞いて思い浮かぶのは、正直「渡良瀬橋」くらいでした。森高千里さんの名曲「渡良瀬橋」の舞台となったのは、栃木県足利市に実在する橋なんです。市街地を貫くように渡良瀬川が流れているため、足利には多くの橋が架けられているのですが、そのなかでも渡良瀬橋は人気です。

歌詞にもある「夕日と橋の組み合わせ」は、見ているとなぜか心が落ち着きます。ちなみに「渡良瀬橋」の歌碑も橋の北詰にありますよ。

 

wataraseyuusuichi.jpg渡良瀬川の下流にある渡良瀬遊水地は、本州最大の湿地としてラムサール条約にも登録されています。この遊水地は、洪水のたびに足尾銅山の鉱毒が流域に広がるという被害をおさえるために作られました。実は、このあたりにはかつて、谷中村という集落が広がっており、いまも渡良瀬遊水地の中には神社や役場の跡が残されています。

そうした歴史を乗り越えて、いまは驚くほど自然豊かな場所として多くの人々の憩いの場となっているのです。休日には、野鳥観察をする人や、貯水池でヨットを楽しむ人、川で釣りを楽しむ人、いろんな人たちが集まります。

東京からは高速を使えば1時間ほど。歴史を味わうもよし。自然を楽しむもよし。渡良瀬遊水地に足を運んでみてはいかがですか?

まだまだ渡良瀬川にはいろいろな魅力がありますが、それを発見するのも旅の楽しみ。これから暖かくなる季節。ぜひあなただけの“渡良瀬川”を探してみてください。

投稿時間:11:00 | カテゴリ:ディレクターおすすめスポット | 固定リンク


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