2011年07月19日 (火)

宮島 "神の島"の大空間

「宮島」を担当した上米良です。今回の取材で宮島の隅々まで歩き、「神の島」の暮らしや手つかずの自然など、一度訪ねただけでは分からない"宮島の奥深さ"を感じたしだいです。


さて宮島といえば「嚴島神社」が有名ですが、印象的だったのが「千畳閣」です。豊臣秀吉が建築を命じた大経堂で、畳が千枚近く敷けることからその名が付けられました。しかし、秀吉の死により未完のまま現在に至っています。秀吉の建物は、大坂城にしろ聚楽第にしろ、当時のものはほとんど現存しません。そういう意味でも貴重な遺構です。

 

myjm_01.jpg写真①(千畳閣)

元々はお経を唱えるための建物でしたが、江戸時代、歓楽地となった宮島に多くの人々が来ると、夏の納涼の場や土産物売り場に使われたりしました。また明治の日清戦争では、帰還される将兵の臨時の病院になったといいます(意外ですが宮島は軍事拠点としても重要視され、砲台跡なども残っています)。さらに戦後はダンスパーティーの会場にも。

さて、千畳閣の天井に掲げられているのが絵馬です。元々嚴島神社にありましたが、明治になってここに移されました。厳島の神様は、江戸時代、芸事の神様として篤い信仰を受け、芸能をテーマにした絵馬が多く奉納されました。奉納者が自分の芸事を、嚴島神社を訪れる全国の参詣者へPRする意味もあったといいます。写真は囲碁の上達を祈願して奉納された絵馬。次の一手をどう打てば良いのか、碁の問題になっているそうです。

 

myjm_02.jpg写真②(囲碁の絵馬)

柱には、こんな落書きも。江戸時代、公演のため島を訪れた歌舞伎役者が記念として書いたもので、当時の宮島の様子を伺い知ることができます。(もちろん今は落書き厳禁です!)

 

myjm_03.jpg写真③(落書き)

秀吉が建てた未完の遺産は、神様の膝元で多くの人々が交流する場となりました。嚴島神社参詣の際、ちょっと「千畳閣」に立ち寄って、聖と俗がうまくとけ込んだ、宮島の数奇な歴史に思いを馳せてはいかがでしょうか。

投稿時間:10:01


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