2016年01月19日 (火)

奄美にあるもの

「奄美」編担当したディレクターの坂本です。

私が最初に奄美を訪れたのは十数年前、若い唄者の取材でした。その時彼女は「島唄は先祖の言葉、先祖の教えなので唄の途中でカットしないで欲しい。私は先祖の言葉を伝えているだけだから」と言い、都会に出てきたけれどいつか結婚して子供が出来たら島で育てたいとも言い、それを実践しています。当時は奄美出身者は奄美であることを声高に言わない(言えない)雰囲気がありました。だのに奄美の先祖と故郷を熱く語る彼女はとても眩しく、奄美には何があるのだろうという気持ちを抱かせたまま十数年がたっていました。

久しぶりの島はさほど大きく変わった様子もなく、緑の山々が迫っています。南の島と聞くと「青い海と白浜」のイメージがあるかもしれませんが、私の奄美の第一印象は山です。どこまで行っても山山山。山の裾野に小さな集落がたくさんあります。道路が全面開通したのが四十年程前だと言うことですから、集落を行き来することも簡単ではなかったでしょう。そんな集落が150程あるのですが、その風土ゆえ、方言も踊りも歌も集落ごとに違っています。同じ「八月踊り」と言っても集落によって違っているのです。集落は「シマ」と呼ばれています。まさに島の中にシマがあるという感じ、言葉も歌も踊りも三者三様どころか百五十シマ百五十様、それぞれのシマ文化が受け継がれています。

前の経験から島が巨大であることは理解していましたが(佐渡島の次に大きい)ごく一部しか知らなかったこともあり、取材は島人の足でもある島バスを利用しました。とはいえ本数はわずかで一日一カ所往復するのが精一杯。なにせ1時間2時間は普通にバスに揺られます。でも目的がなければ行かないだろう集落の細い道を入っていくわくわく感、時折運転手さんがガイドもやってくれる上に、停留所じゃない場所でも止めてくれます。奄美の速度がよくわかる島バスはのんびり旅をしたい方にはお勧めです。

今回訪れたシマの人々、若者たち、やはり同じように「先祖ごと」を大事にして島にとどまるか戻ってきた人たちです。十数年前の記憶と同じ話を何度となく聞きました。その答えを的確に言える方はいらっしゃいませんでしたが,今回の旅で感じたのは「当たり前であることのマイノリティ」でした。奄美ではあらゆることが当たり前なのです。それはかつて日本のあちこちで当然のようにあったこと。先祖を敬うことも相撲も唄も感謝することも、共同体の中で生きることも。そこに理由などいらないのです。テレビ屋は何かと理論だてして理解したがりますが、日本のそこいら中にあった当たり前が当たり前でなくなってきたから彼らの行動や思いが特別になってしまったのかもしれません。

奄美の人たちは、年長者に対して必ず「先輩」と仰います。「私はまだ未熟だから先輩に聞いてください」先輩方々も後輩を指導する立場であることを自覚して接しておられます。今みたいに簡単に情報発信が出来なかった頃から脈々と続く伝統の継承。そしてそれをちっとも疑わずに受け入れてきた人たち。都会に出るとそんな当たり前がないことに若者たちは気づいていきます。だから面倒くさいけど,人間くさいシマの生き方を我が子にも伝えたいと思うのかもしれません。

人恋しくなったら、どうぞ奄美にお出かけください。島バスに揺られてゆっくりと。

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                       <奄美ご出身の朝崎郁恵さん>

投稿時間:11:00


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