2015年10月06日 (火)

開拓地 那須

「那須」を担当した藤井です。
那須で皆さんに聞いた話は、満州のこと、養蚕をしていたご先祖のこと、富山、新潟、長野に、阿波。祖先がこの地にやってきて悪戦苦闘した開墾のこと・・・。
かつて山林原野だった那須。主に明治以降、人々によって開拓が進められた土地です。全ての都道府県の出身者がいるといわれているそうです。みなさん、故郷を離れこの開拓地・那須にたどりついた人々でした。

那須には、太平洋戦争の激戦の島・硫黄島を強制移住になり、集団入植した方々が暮らしておられました。
番組でもお話を聞かせていただいた、硫黄島出身のあつ子さん。長く神奈川県で暮らしていましたが、30年ほど前、人生の最後を島の人々と過ごしたいと、那須に引っ越してきました。

あつ子さんの家には、いろんな種類の石や砂がたくさんあります。
「故郷にはもどれない。少しでも島を感じて生きていたい」という思いと、「島に人が暮らしていたということを消したくない」という思い。必死に島の暮らしのかけらを集めているのだそうです。

あつ子さんが特に大事にしているのが、家の周りで育てている植物たち。鉢には、何種類もの草木が茂っています。でも、特別なものではありません。ほとんどは島のあちこちに生えていた“ただの草”、雑草です。
牛のエサにしていた草、道端に生い茂っていた草、子供たちが笛にしてあそんだ草。
かつての島では、ありふれた草木だそうです。
戦争やその後の基地の造成で、あつ子さんたちが住んでいたころとは全く姿を変えてしまった硫黄島。
しかし、雑草だけはたくましく再び生えてきたのです。
「島はなにもなくなってしまったけど、この草たちは昔のまま」だといいます。

「自分たちはもう島には住めないだろうけれど、たくましいこの草のように、子や孫や子孫たちが、いつか島に自由に戻れるといいね」
 那須にきて30年。もう何十人も島の人たちをおくってきたあつ子さん。お盆には、毎年、島の方々が眠る墓地の入口に立つお地蔵様に、赤い前掛けを縫ってあげています。

那須で、大勢の方々から、大切なお話を、たくさん聞かせていただきました。
ありがとうございました。

投稿時間:10:41


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