だし入門の旅
「日本列島 だしの旅」の制作スタッフ、松井です。
離乳食から先祖との共食まで、「だし」を巡る味覚の旅、楽しんでいただけましたでしょうか。
放送のちょうど一年前になります。「だし」についてリサーチをはじめたのはいいものの、味噌汁すらろくにつくらない自分には、「だし」ってなんだ?と首を傾げるだけで精一杯。とっかかりを得たいと築地市場に飛び込みました。
〝だしについて聞かせてください〟という僕のぶしつけな質問に〝だしは深いよ!〟と、快活に答えてくれたのが、築地場外の老舗かつお節問屋(太郎くんのだしに登場)の女将さんでした。女将さんは木片のような本枯節を削りながら言いました。 「すごいと思いません?日本人は何故こんなものを発明したのかしらね。」 僕は削り節を食べながら女将さんの「だし」講義を受け、頭だけでなく舌や鼻で「だし」の世界に入門しました。
ざっくばらんとした築地市場だからこそ、時代の本音も聞こえます。“ちゃんとしたものを子供に食べさせたい”若いお母さんたちが、ここ最近女将さんに相談しにくることも知りました。この時、本物の素材を使った「だし」が求められている、「だし」にしか応えられない“なにか”がある、という状況が見えたのは大きな収穫でした。これから「だし」のある生活をはじめてみようと思う方は、手始めに築地に行ってみるといいかもしれません。さまざまな種類の煮干しを扱う乾物屋さん、北海道中の昆布を並べる昆布商、話しかければ「だし」についてどっぷり語ってくれることでしょう。店先でつまみながら、舌や鼻から「だし」に入門することをおすすめします。
その後、「だし」を訪ねて日本各地に出向きましたが、もっとも濃厚に異郷を感じた知床番屋を紹介します。
羅臼町から車で40分。道がなくなる相泊から玉砂利の浜を歩くと番屋群が続きます。はじめて三浦さんのお宅に伺ったのは、薄暗い夜7時半ごろ。昆布漁師にとっては深夜であり、クマ達にとっては浜に出る時間帯であることも知らずに戸を叩いた僕を見て、呆れながらも笑って迎えてくださったのが、ご主人の利勝さんでした。夜はクマが歩き、朝はシカが歩き、昼は人間が昆布を抱えて歩く浜。そんな番屋で過ごす一夏は、三浦家の子供たちにとっても特別な時間。
昆布を前にすれば子供たちの顔つきは労働者そのものですが、仕事が終われば本来のあどけない顔に戻ります。礼子ばあちゃんのつくった朝食を腹いっぱい食べて駆け上がる屋根裏部屋。そこは、子供達だけの空間になっていました。いつでも休憩できるように敷きっぱなしの布団、散らばるマンガ、一着だけ大切そうに吊り下げてある学生服。
寝転がりながらじゃれあうのに最適の場所。番屋に流れる時間を子供たちは充分に楽しんでいるようでした。
食べること、働くこと、眠ること、家族といること・・・番屋でのシンプルな生活の中で、子供たちが幸福の原型のようなものをつくっているのを感じました。
滞在中、アイヌ神話のような光景に出会いました。浜に打揚げられたクジラを、クマが食べにきていたのです。羅臼の人たちも普段から警戒して過ごしてはいますが、町中で噂をしている様子を見ると、クマへの愛着も感じました。クマやシカが隣人のように顔を出して、“やあ”と挨拶する世界が、近くにある気がしました。夏の羅臼を訪れた際には、みなさまもぜひ番屋の並ぶ浜を歩いてみてください(明るいうちに)。
今回、番組で紹介できたのはわずかですが、日本各地のいろんな「だし」を見つけて、味わっていただければ嬉しいです。
投稿時間:11:18