2019年01月15日 (火)

ヤンバルクイナに会いに行こう!

「沖縄 やんばるの森」を担当したユーラシアビジョンの新田義貴です。取材でお世話になった皆様、番組をご覧いただいた皆様、ありがとうございました。

みなさんは、沖縄に観光に来て、名護市を越えてさらに北上されたことはありますか?そこには大規模な観光施設こそありませんが、世界自然遺産登録を目指す豊かな「やんばるの森」が広がり、素朴な人々が暮らしています。

yanbaru1.jpgおすすめはなんと言っても森の散策です。亜熱帯の植物が生い茂る深い森に足を踏み入れると、あたりはひんやりとして薄暗く、まるで恐竜でも出てくるのではないかと思わせるような太古の地球を感じさせてくれる実に神秘的な森が広がります。

yanbaru2.jpg現地では様々な団体がエコツアーを主催していて、生き物観察やカヌー体験など目的に合わせてコースを選ぶことができます。最近は夜の森を歩くナイトハイクも人気だそうです。運がよければ今回僕たちが撮影できたような、樹上で眠るヤンバルクイナに会えるかもしれませんね。

「時間があまりないけどヤンバルクイナに会いたい!」というあなたには、国頭村安田にある「安田くいなふれあい公園」がおすすめ。ここには生態展示学習施設があり、人工ふ化で生まれた雌のキョンキョンが長年その愛くるしい姿を披露し、クイナ界の不動のアイドルとして君臨してきました。ところが去年11月に心臓疾患が見つかったため、「普通のヤンバルクイナに戻ります!」と多くの人に惜しまれながらステージから引退しました。でもご安心!後継には雄のヤンバルクイナがすでにデビューしていて、全国から募集した名前もまもなく決まるそうです。

yanbaru3.jpgさあ、今度の春休みには家族揃って2代目ヤンバルクイナに会いに行きましょう!ただ、道中ヤンバルクイナを轢かないよう、くれぐれも車の運転は慎重に。何しろ飛べない鳥ですので。

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投稿時間:18:05 | カテゴリ:ディレクターおすすめスポット | 固定リンク


2018年12月21日 (金)

"えん歌"を生んだ周防大島

「演歌」の回を担当しました三毛です。

番組をご覧いただいた皆さま、そして取材でお世話になった皆さま、ありがとうございました。列島縦断、演歌漬け。演歌と生きる人々のそのまなざしが、胸に焼き付いています。

enka1.jpg今年11月、作詞家・星野哲郎の故郷、山口県周防大島を訪ねました。淡路島、小豆島に次いで、瀬戸内海で3番目に大きな島です。星野は生前、「僕の感性は間違いなくこの美しいふるさとで育った」と語り、作詞家として東京で成功した後も、時間を見つけては度々里帰りしていたといいます。

取材の数週間前、島と本土を結ぶ大島大橋に巨大貨物船が衝突する事故がありました。島の生命線である送水管が破損し、全島で断水という深刻な状況が続いていました。トイレや食事も大変な毎日にも関わらず、島の方々が笑顔で取材に応えてくださった姿が印象に残っています。

島に入り、海沿いの国道をぐんぐん進むこと40分。突然現れたおしゃれな建物。

enka2.jpg星野哲郎記念館です。

演、縁、援、艶、宴… 心打つ“えん歌”を世に送り出してきた星野哲郎。館内には、貴重な手書きの原稿や著名人からの手紙が展示されていたり、カラオケスペースがあったりと、演歌を楽しむ工夫が散りばめられています。2019年5月までは、作曲家・船村徹さんを偲ぶ特別展が開催中。昭和の歌謡界を彩ったお二人の素顔が垣間見られるかも?ぜひ足を運んでみてください。

 

enka3.jpg続いて、周防大島の絶景ポイントをご紹介。

嵩山(だけさん)展望台は、大島大橋から車で約30分。瀬戸内海特有の多島美を一望できます。

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おすすめは夕景色。

enka5.jpg眼前に広がる絹のような海面、刻々と変化する空と海のグラデーションは本当に美しく、まるで天国のようでした。しかし、展望台までの山道はかなり細く急勾配なので、日没後の運転には十分にお気をつけください!

投稿時間:16:44 | カテゴリ:ディレクターおすすめスポット | 固定リンク


2018年12月18日 (火)

知るほどに熱かった!商店街の物語

「麻布十番」の回を担当しました「みるくりえいと」の渡辺です。
取材でお世話になった多くの皆さま、そして、番組を見てくださった皆さま
ありがとうございます。

今回は、幾つもの危機を乗り越え、街を守り、街を築いてきた商店街の人々の熱い思いをたくさん取材させていただきました。

azabujuban.jpg番組では紹介しきれませんでしたが…
今、商店が立ち並ぶ石畳の「麻布十番通り」にもかつて大きな危機がありました。
時は戦後の復興期、焼け野原から再出発し希望を取り戻しつつある街に、東京都は幅50メートル近い道路を作る計画を決定しました。でも、道路ができたら商店街はスッポリと覆われてなくなってしまいます。商店街の人たちは猛烈な反対運動を繰り広げ、一度決定した東京都の計画を変えてもらったそうです。商店街のパワー、凄いですね。
もし計画が実現していたら、今、麻布十番商店街はなかったかもしれません。
こうして、商店街の人がひとつになって街を守った―という先代たちの記憶が次世代にも引き継がれ、この街の色を作っているように思いました。

nanzanjazzband.jpg番組の中で「南山ジャズバンド」の小学生たちが演奏していたステージが
「パティオ十番」と呼ばれる楕円の形をした広場で、普段は人々の憩いの場所となっています。

patiojuban.jpgこの「パティオ十番」は、商店街が街づくりの一環として1986年(昭和61年)に作ったのですが、もともとは戦後、幅50メートルの道路に反対した際、計画変更に奔走してくれた当時の都の建設局長が「商店街にはコミュニティ広場が必要」と、広場の元となる空間を計画しておいてくれたものでした。

この方、都市計画家の故・石川栄耀氏で、歌舞伎町の命名をした人として知られています。新宿・歌舞伎町の広場もこの方の計画なのだそうです。

kimichanzou.jpgそんな憩いの場「パティオ十番」には、高さ60センチ程の「きみちゃん像」が建っていて、毎日この像を見守っている紳士がいらっしゃいました。

「きみちゃん」は、童謡「赤い靴」のモデルになった女の子で、横浜の埠頭から船に乗って異国に渡ったと思われていましたが、結核を患って船には乗っていなかったことが後にわかったのだそう。教会の孤児院に預けられましたが、療養の甲斐なく、1911年(明治27年)わずか9歳でこの世を去っていました。
きみちゃんが6歳から9歳で息を引き取るまでいた孤児院が、麻布十番(旧・永坂町50番地)にあった「永坂孤女院」だったのです。
商店街の人たちが1989年にこの像を完成させると、その日からきみちゃんの足元に小銭が置かれるようになり、チャリティーが始まったのだそう。それから29年、1日たりとも募金が途絶えた事はなく、その総額は1300万円を超える額に。それらは全てユニセフに寄付されているのだとか。
冒頭の紳士が、「今日は、1万円札が入っていたんですよ」と、送金の通帳と共に見せてくれました。
今、足元には小さな募金箱が設置されていて、私たちの撮影中にも小銭を入れていく人がありました。

麻布十番の人たちは、それぞれに、自分の暮らす街を愛していました。
皆さんも麻布十番を訪問する機会がありましたら、そんな人々の思いを感じながら
ブラブラ歩いてみてください。

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2018年11月27日 (火)

ばん馬に魅せられて。

「そこに健さんがいた」の回を担当しました、アシスタントの木村です。
取材でお世話になったたくさんの皆様、番組をご覧いただいた皆様、ありがとうございました。

北海道帯広市にある帯広競馬場(ばんえい十勝)は、世界でここにしかない、ばんえい競馬場。
今回は、そのばん馬の魅力を紹介します。

まず、「ばんえい」「ばん馬」について。
「ばんえい」は漢字で「輓曳」と書き、「輓」も「曳」も荷物をひくという意味があります。
荷物をひく馬なので、輓き馬、輓馬(ばんば)と言われるようになったそうです。かつて、北海道の人々の暮らしに馬は欠かせない存在で、農耕や木材の運搬などで開拓の時代も支えてきました。
ばん馬は、サラブレットに比べ約2倍の大きさ、体重は1トン近く、たくましい体格をしています。

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私は、それまで競馬場というところに少し怖いイメージを持っていたため、当日はちょっとドキドキ。しかし、競馬場に着いて、一気にイメージが変わりました。
最初に驚いたのは、客層。家族連れやカップル、友達同士で来ている若者が多く、アミューズメントパークに来ているかのような活気。お客さん達のワクワクしている顔を見て、ここは地元の方に身近な場所として、ずっと愛され続けてきたんだろうなあと感じました。

敷地内には、ばん馬はもちろんウサギなどの動物に餌をあげられたり、ポニー乗馬体験ができる「ふれあい動物園」もあり、子ども達に大人気です。

初めての競馬。競馬新聞を読み、パドックでこれから走るばん馬たちを観察。
パドックで、ばん馬たちは言います。「私、頑張るよ!」「小さい子いる!遊びたいな」「俺が一番だ。」私は、バッチリ目が合うと、この馬が勝ちそうな気がする、そんな勘がして“推し馬”を決めました。

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スタンディングゲートに立つ馬たちの凛々しい姿に「頑張って!」と心の中で声をかけながら、これから始まる闘いに、ドキドキそわそわ。スタートした途端、重量感のある足音、ソリの金具の擦れる音、に興奮をあおられ、観客が一斉に声援を送ります。馬たちと並走する人もいて、誰もが熱くなり、会場全体に一体感が生まれます。

普通の競馬と違うのが、ソリを引いて、障害を越えなければいけないところ。第2障害では、大きな坂を、重いソリを引き上げ越えなければなりません。時には膝をつき踏ん張る馬もいて、そんな時はひと際声援が響きます。その馬が坂を越えた時には、拍手が起こり、こみ上げるものがあります。
競馬場を出た時には、ばん馬が大好きになっていました。
強靭な身体につぶらな瞳。迫力あるレース。私は家族や友人、会う人会う人に、この日の経験を話し、いかにばん馬が素晴らしいかを伝えるほど、ばん馬に魅了されていました。

実は、この興奮を味わえるのも、帯広の方々のおかげ。
帯広競馬場は一時存続の危機を迎えましたが、競馬場関係者だけでなく地元市民までもが、存続を訴え続けたことで守られました。それは、北海道と馬が共に歩んできた歴史を守ることでもありました。昔から今までずっと、愛され続けるばんえい競馬なのです。

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帯広競馬場ではナイターも開催しています。
砂埃やばん馬の息が映え、これがまたすごい迫力。イルミネーションもつき、昼間とはまた違う雰囲気で、レースを楽しめます。

ちなみに、私の“推し馬“たちはやっぱり一番。馬券、買えばよかった…。

一日中楽しめる、ばんえい競馬。
皆さんも是非足を運んでみてください。

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2018年11月20日 (火)

神様の煙の味を求めて。

「風と煙と蔵の味」を担当しました田代です。
「一年中おいしいものが食べたい」その一言で始まる今回の番組。そのために日本人は海そして山の様々な幸を保存食にしてきました。強い味方は風と煙と蔵。
番組は、これまで撮りためた映像や今回新たに撮影した映像を取りまとめて、全国の絶品の味を伝えるものです。

私は、新しく撮影した2つの「味」を担当しました。
まずは、和歌山県日高郡みなべ町の梅干し。
瀬戸内から紀伊半島の西岸を通り太平洋に出るまでの海流を紀伊水道と呼びますが、そこの穏やかな風が、梅干しづくりには欠かせないものでした。風の味ですね。
下の写真は、紀伊水道に臨むみなべ湾です。

kazeto1.jpg夕日が沈むころは、写真のような絶景が見られるのですが、ほとんど観光地化されていません。宿も2~3軒あるのみ。一方、町の主だった産業はやはり梅干し。みなべ町は、人口1万人ほどの町。そこで、約1千人の梅干し農家さんを中心に加工業、運送業など、町の大半が梅干し産業にかかわっています。

みなべ町の梅干しがブランドになったのは、南高梅がきっかけ。明治時代、突然変異として誕生した南高梅。肉厚で皮が薄く、種が小さいのが特徴。梅干しにするにはうってつけの梅でした。昭和60年代に量産に成功すると、みなべの梅干しは全国的に有名になっていきます。
この南高梅、ほかの土地に植えてもなかなかうまくいかないのだそうです。皮が厚くなったり種が大きくなってしまうのだそうです。なぜ、みなべだけが?その秘密は梅の木を植える土地がやせているからとのこと。

kazeto2a.jpg今回の取材で実感したのは、自分にとって最高の梅干しとは、ふっくらとしていて、果肉がクリーミーなこと。そしてしょっぱすぎないこと。ものすごくおいしかったです。梅干しの味に対する概念が全く変わりました。

取材させていただきました佐々木農園の皆様、そして、みなべ町役場、梅振興館の皆様に心からお礼を申し上げます。

 

2つ目の「味」は、沖縄県南城市久高島のイラブーです。

那覇空港から車で1時間ほど(タクシーだと7千円前後)、安座間港に向かいます。
ここから、久高島行きのフェリーに乗ります。距離にして約5キロ。30分弱の航海です。

島に着くとまず目にするのが、観光客の為のレンタサイクル。一日借りて千円ほど。
周囲8キロの島をめぐるのには最適です。ちなみに、島にはタクシーやバスはありません。フェリーで自家用車を運ぶことはできるかもしれませんが、そうしている人はほとんどいません。道がとても狭いためです。
自転車に乗って、海岸線を走ります。すると見渡す限りの海。サンゴ礁でできているという島の多くのビーチはサンゴ礁が砕けたもの。そのため、海の透明度がずば抜けています。

kazeto3a.jpgこの島の人口は200人ほど。小さな集落で助け合って暮らしています。

さて、8月から12月まで行われるイラブー漁。島ではエラブウミヘビの事をイラブーと呼びます。(燻製にしてもイラブーです)100匹前後集まると燻製にします。
燻製にする日は朝6時には島人が集まり、みんなボランティアで作業に参加します。
農作物があまり育たないこの島で、ひとびとは、毎年秋に産卵のために必ず戻ってくるイラブーを神様の贈り物と信じてきました。その神様の贈り物を大切にいただくため、島では燻製の技術を東南アジアから学んだんだそうです。500年以上前のことです。

最初に下茹で、薄皮をむき、おなかの中の遺物を出し、再び茹でます。こうした準備ののち、イラブーは燻小屋に運ばれ、7日間いぶされます。

kazeto4a.jpgフェリーの切符売り場のお土産コーナーで買うことができます。

上記の写真は直径15センチほどの渦巻き状の、いわば小ぶりのものですが、これで4000~6000円ぐらいです。

どうやって食べるかのレシピもついています。
燻製でカチカチに乾いているので、食べるときは10時間ぐらい煮込み、肉を柔らかく戻し、好みの出汁で味付けをします。この時、大根や豚肉と一緒に煮込むのが島の定番。

ちょうどイラブーを汁物にする島人がいたので取材させていただきました。
一家そろって言うには、イラブーは元気の素とのこと。特に疲れているときに食べるのだそうです。
取材後、すすめられていただきました。
味は鰹節のようです。少々生臭いですが、食べられないほどではありません。
肉の歯ごたえは、鶏肉のようでした。

驚いたのは、翌朝、体がものすごく軽かったこと。疲れがとれていました。
「神様の贈り物」になるほどと納得した次第です。

久高島にお越しの際は、ぜひ食べてみてくださいね。
最後に、久高島での撮影にご協力いただきました皆様に、心から感謝申し上げます。

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2018年10月30日 (火)

東京都・亜熱帯区のこと。

「八丈島」を担当しました、アトリエ・NOAの高橋太郎です。番組をご覧になった皆さん、そして、取材でお世話になりました皆さん、本当にどうもありがとうございました。

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二つの火山からなる八丈島。 三原山(東山)から八丈富士(西山)を望む。左奥は、沖合近くに浮かぶ八丈小島。

島の印象を一言で言えば、まさに東京都・亜熱帯区。植生は間違いなく、南国の島で、道路をちょっとはずれれば、そこはシダ類が生い茂るジャングル。なんだか、東南アジアに来たようでした。

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三原山の麓、三原川の裏見の滝付近の渓谷。

 

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山中に生い茂るシダ。

 

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島を代表する景観、玉石垣

 

八丈島は東京都だし、飛行機で1時間弱、「近いよ~」と言われていましたが、今年は台風が多く、ロケの時は飛行機が欠航になるのじゃないかと、いつも冷や冷やものでした。島で台風に遭遇すれば、飲食店はみんな閉まってしまうし、スーパーの食料品は品薄になるわで、昼食難民になりそうなこともしばしばありました。

そんな八丈島で、美味しいものといえば、あちこちの家でご馳走になった、自家製の野菜たちです。日本各地で、野菜は美味しいものがありますが、八丈島の島オクラ“ねり”や島唐辛子で作った唐辛子ミソは忘れられません。島オクラは生でそのまま食べれるんですよ! 唐辛子ミソだけで、ご飯がお茶椀三杯食べれます! 

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畑で採れた、島オクラ・ねり。

 

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畑で採れた、島唐辛子。ピリリと、小気味のいい辛さ。

 

他にも美味しい野菜はいっぱいあって、いろいろなお家でたくさんご馳走になりました。八丈島の方々はお客さんを振る舞うのが好き! と、思うのは僕の勘違いでしょうか?

でも、そんな振る舞いの極めつけが、末吉地区の盆踊り、『無料接待』です。お客さんすべてに、料理やお酒が無料なんです。今年は焼きそばと厚切りの豚ロース肉のメニュー。子どもたちにはお菓子も配っていました。末吉の地区あげて、そろいのTシャツでお客さんを歓待します。

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今年の末吉の盆踊りで振る舞われた、お肉と焼きそば。ボリューム満点で、美味。

 

無料接待の理由を聞いたら、盆は里帰りで島に帰ってくる人も大勢いるし、よその地区の人も呼んで、楽しい盆にしたいからだとか。30年ぐらい前からやってるそうです。もちろん、観光客でもOKなので、来年の盆は、お振る舞いにご馳走になるのも一興です。各地区の盆踊りをはしごしている方も。各地区、趣向を凝らしています。八丈太鼓や、伝統の樫立踊りなども見られます。

 

ちなみに末吉の盆踊りは、超高速マイムマイムが有名です。サンダルや草履は危険だとか・・・。

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末吉の盆踊り。 最初は東京音頭から始まるが・・・

盛り上がってくると、超高速マイムマイムが飛び出す。すべての年代が楽しめるように考案されたとか。

 

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末吉名物、超高速マイムマイム。

 

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盛り上がる若者たち。中には山から採った木の葉を使い、女ターザンに扮する人もも・・・。

 

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盛り上がる子どもたち。

情島でもある亜熱帯区は、島人の心も熱く、素敵な方がたくさんいました。ふらりと旅に出るには一番です。温泉もたくさんありますよ~。

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2018年10月09日 (火)

本州最北端を旅して。

「下北半島 夏」を担当しましたアシスタントの米澤です。

番組をご覧いただきありがとうございます。また、撮影に協力してくださった下北半島のみなさま、どうもありがとうございました! 

ここでは取材の中で見つけた小さな出会いと、旅のオススメをご紹介します。

 

【北限のサル】hokugenmonkey.jpg

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(脇野沢の取材をしている時に遭遇した猿の群れ)

実は下北半島は、野生のニホンザルの生息北限地として有名。なんと、人間以外の霊長類の世界最北限でもあり、国の天然記念物にも指定されているそうです。何だか“最北限”と言われるとありがたいですよね。そんなお猿さんを間近で見ることが出来て、とてもラッキーでした。

 

さて、夏の下北半島を旅する上で重要なことを一つ。

それは東から吹く冷たい風“ヤマセ”。古くから冷害をもたらし、恐れられてきたヤマセは主に6月〜8月にやってきます。 

「猛暑から逃れられる」と密かに小躍りして東京を出た私ですが、ある日の下北の温度表示板は…

「11℃・・・」

まさかの寒さに、カイロを買ってしまいました。ヤマセ、恐るべしです・・。

そこで、凍えた身体を温めるのに無くてはならないのが“温泉”。

【下風呂温泉】 新湯(3onsen.jpgしんゆ

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         大湯(おおゆ)

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下風呂には2つの源泉が違うレトロな銭湯があります。どちらも浴槽を囲うように座って、客同士で世間話をするのが日常風景。常連の方は「小さい頃から、ここで礼儀やマナーを学んだ」と仰っていました。何気ない「こんばんわ」「ごゆっくり」「お先あがります」の会話の中に、人情味ある下北の方々のあたたかさを感じることが出来る場所です。しかし3年後には、建物の老朽化や坂道にある場所の不便さから、新しく合体した銭湯が計画されているそう。レトロな雰囲気を味わいたい方は、行くなら今のうちです。

 

【田名部神社例大祭】

5tanabematsuri.jpg下北半島最大級のお祭り「田名部神社例大祭(田名部まつり)」。毎年8月18日〜20日に行われます。祭り前には各町で半纏の貸し出しが。町火消の伝統が残る半纏を着て祭りに参加できるのも、このお祭りの一つの醍醐味です。また、来夏の再会を誓う五車別れや三車別れは、見ていてグッとくるものがあります。それぞれのヤマが行く夏を惜しみ「また来年」と、提灯を振りながら去っていく光景は、きっと心に残り続ける夏の思い出になると思います。

魅力いっぱいの下北半島。皆さんも是非、足を運んでみてください。

きっと素敵な出会いがあります。

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2018年09月18日 (火)

気温より、町の人たちの方がずっと熱い

「佃・月島」回を担当しました、アシスタントの久米です。番組をご覧いただき、ありがとうございます。また、撮影にご協力くださった佃・月島の皆様、ご関係者の皆様、本当にありがとうございました。

今年の夏は本当に暑かったですね、最高気温の記録を更新しました、というニュースを何回耳にしたことでしょうか。

そんな酷暑に勝るとも劣らないのが、佃・月島の町の方々の熱気!お祭りにかける情熱!パワー!神輿にかけられる水が、気温と人々の熱気であっというまに湯気になっていくのを横目に、三脚担いで町を駆け巡る・・・まさにお祭り騒ぎなロケでした。

そんな熱い祭りの様子は、番組でたっぷりご覧いただくとして、今回は佃・月島のおススメグルメスポットをご紹介します!そう、佃・月島には、おいしいものがたくさんあるのです・・・じゅるり。

まず、佃の代名詞ともいえる保存食・佃煮。佃島の漁師が獲った魚を日本橋で売り始めたのが、今の築地市場のはじまり。そのなかでも売り物にならない小魚が、佃煮になったと言われています。現在、佃地区にある佃煮屋は3軒。代々受け継がれてきた味をお楽しみください。

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そして、月島といえばこちら、もんじゃ焼き!いまでは「もんじゃストリート」と名前が付くほど、もんじゃ屋の多い月島ですが、もともともんじゃ焼きは、子供のおやつ。路地裏の長屋の軒先や、駄菓子屋で売られていたのが始まりなのだとか。最近では、一風変わった「進化系」なもんじゃ焼きも登場しているので、是非チャレンジしてみては? 

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最後は知る人ぞ知る、月島のソウルフード・レバーフライ!昭和の初めのころ、それまでは食べる習慣がなかったブタなど内臓(レバー)を、油で揚げて屋台で売り出したのが始まりで、当時は「肉フライ」と呼ばれていたそう。食べ歩きにもぴったりな「レバーフライ」、食べ始めると本当に止まらなくなるので、ご注意を・・・。

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町の人も、お祭りも、グルメも、どこもかしこもにぎやかで熱いのが、佃・月島!

是非、遊びに行ってみてください!

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2018年09月04日 (火)

お散歩の村。

「いつもでない一日」を担当した鈴木です。ご覧いただきありがとうございました。

ここでは、美しい棚田に囲まれた島根県益田市真砂(まさご)地区をご紹介します。番組では「園児たちのお散歩」を取材させていただきました。益田市は島根県の西部。真砂地区は市街から広島方面へ車で20分ほど向かった山あいの里。撮影は、美しい棚田の中を園児たちと一緒に歩くことが中心でした。重い機材を抱えたカメラマンは大変ですが、ディレクターの私はほとんど手ぶら。自然豊かな里山をお散歩する贅沢なひと時を味わいました。  

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午前10時。お散歩へいざ出発。園児たちはすぐに田んぼの畔へ分け入っていきます。田んぼは私有地ですが住民が理解を示しているので、歩くことが許されているのです。畔を歩くと、すぐにこんな発見が。草むらに潜んでいたカエルが、次々と田んぼの中へ飛び込んでいくのです。「蛙飛び込む水の音だ!」と、軽い感動。カエルにとっては迷惑なことですが、自分の動きに合わせて生き物が反応するって、実に楽しい!「大人になるとは、道で遊ばなくなることだ」という、ある詩人の言葉を思い出しました。

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畔を抜けて集落の中心へ。園児たちは行き交う人に大声で挨拶します。すると、その声を聞きつけたお年寄りが家から出てきました。伺うと、子どもの声が聞こえると「あ、来たぞ!」といつも待ち構えるのだそうです。子どもたちとじゃれ合うひと時が、元気の源になっているとか。子どもの力は、偉大ですね。

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真砂地区では、園児と住民の関係を深めるこんな取り組みも行われていました。

給食に使用する野菜を、住民たちが庭先で栽培しているのです。お散歩で住民と園児は全員がお互い顔見知り。知った顔の子どもが食べるので、農薬を使わない安全な野菜作りへの意欲が高まり、暮らしにハリが生まれたそうです。

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一方、子どもたちにとっても、栄養価の高い旬の野菜を毎日いただくメリットが。給食時には「今日のほうれん草は〇〇さん家のものだよ」といった会話が行き交い、作った人の人柄まで味わっているようでした。そのせいなのか、それともお散歩で単にお腹が空いているだけなのか、食べっぷりは実にお見事!ご飯もおかずも多くの園児が“おかわり”していました。

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真砂には商店がなく土産物もないので旅行先としては物足りないかもしれません。でも、美しい田園風景の中をお散歩する心地良さは格別です。もし、山陰の小京都、津和野などに旅行する機会があるときは、ちょっと足を延ばして真砂地区(住所は波田町)をお散歩してみてはいかがですか?子どもたちに声を掛けられ、元気をもらえるかもしれませんよ。

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2018年08月14日 (火)

盆ボンボン!

「あの世この世」を担当したディレクターの山口です。ご覧いただきありがとうございました。

日本各地の風土と人を描く新日本風土記。そこによく登場するのが“お盆”です。年に一度、あの世から亡くなった人の魂をこの世に迎え、またあの世に送り出す年中行事。現在ではあまり見られなくなった昔ながらのお盆の風習を、番組はこれまでたくさん記録してきました。 

これは、先祖のお墓の前に一族が集まって食べたり飲んだりして過ごす秋田県仙北市田沢湖町のお盆。ご先祖様のお墓も一カ所に集まっています。

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日本には、亡くなった人は「あの世」で生き続け、さまざまな力で「この世」を守ってくれると考える祖霊信仰が古くからありました。そこに「盂蘭盆経」というお経が中国から入ってきて仏教の行事としてお盆が成立したようです。その二つの混じり合い方もさまざまだったらしく、その土地ならではのお盆の行事が各地に生まれたといえます。

たとえば徳島県吉野川では、魂は、川からやってきます。目印として河原に作るのが水墓です。

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香川県小豆島では、ご先祖様は、生のそうめんで編んだ「負い縄そうめん」にお供え物を乗せえてあの世に持ち帰ると信じられています。

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ところでお盆はどうして地域によって7月15日のところと8月15日のところがあるのか、知っていますか?それは、明治5年に政府が西洋の暦(太陽暦)を導入したことが直接の原因です。お盆は旧暦の7月15日でした。新暦になっても、同じ7月15日をお盆とした地域と、旧暦と新暦がほぼ一ヶ月ずれていたので8月15日にした地域があったのです。沖縄や奄美大島では、今でも旧暦でお盆を行っています。

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旧暦は月の満ち欠けをもとにした暦で、15日は必ず満月になります。そのため盆踊りは、月明かりで朝まで踊るものでした。その古い形が残っているが、郡上市八幡町の「郡上踊り」。

毎年8月13日~16日の4日間は徹夜で朝まで踊ります。観光客も参加できるのが魅力です。

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郡上踊り、楽しそうですね。あなたもぜひ一度参加してみてはいかがですか?

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