364:世の光
名前:大地緑 日時: 2003/03/18 16:49:11
LaLaさん、ありがとう。
このNHKのHPは、たくさんの方たちが見ていて下さると思うので、自分の感じていることをそのまま書くだけで、今の日本の人たちが、今の日本について考え直す貴重な材料になっているように感じます。
ひきこもっている最中というのは、人には言えない辛い気持ちとは思いますが、でも、そのことをここに書くだけで、世の中のなんらかの役に立てるのではないでしょうか。
そういう意味で、たとえ、ひきこもっていても“世の光”(生かされている、ということ)になることができると思います。
私のひきこもりは、今はだいぶ楽になりました。でも、ここに来るまでには、長い間、前へ進んでいるのかも、まったくわからないような状態で、ひたすら真っ暗なトンネルの中を堀り続けていました。そして、今は、ようやく明るいところに出て来始めています。
苦しかった頃の私は、自分に価値が無いように感じながらも(ひきこもりのつらさは、こういうところにあるように思います)、こんな私が、世の中の方たちに何らかの形で役に立てる日が来ることを、ずっと願い続けて来ました。
おそらく、ひきこもり当事者でない方は、ここに書いてあるひきこもりの方たちの書かれている文章の中身を、どのくらい理解することができるのか(ごめんなさい、しかし、誰でもがそうであるように、他の人の経験はなかなか理解するのはむずかしいものですよね)。
また、私自身もほかの方たちがここに書かれていることを、どこまで理解できているかはむずかしいところだと思いますが。
でも、そのように(一番、最初に書いたように)感じています。
「なぜ、ひきこもりから抜け出せないのだろう」の187.かおるさんの言われていること、とても良く伝わって来ました(私なりの受け取り方ですが)。
私は、長い間、定職に就いていましたが、その時、私は生きていませんでした。今は、仕事は、ずっと減らしましたが、今の自分は生きていると思います。死んだ魚と生きている魚の違いでしょうか(例えで、前者は、死んだ魚で後者は生きている魚ということです)。
生きている、という意味は“自分が感じられる”ということです。
理由はどうであれ、厳しい現実の中で働かなくてはいけない方たちもいると思います。また、そういう中で、自分ができる努力を(努力という言葉は、ぴたっと来るかはわかりませんが)地道に一生懸命やりながら堂々と現実を生きている友人も私にはいます。
ですから、上記のこと(魚の話し)は、とてもひと言では言えるものではないのでしょうけど。 |