2882:ひろぽんさんへ II
名前:諏訪哲人 日時: 2004/10/19 10:43:12
> 私の類型は・・・類型したければなさってください。
発達障害と「ひきこもり」の類型化は私の仮説に過ぎません。その仮説にいたった過程を含めてもっと説明する必要があったのですが、それを省いてしまいました。「質問は私にとって残酷」との誤解も無理からないかもしれません。
素人の私が、ひきこもり当事者の「手当て」をしてあげれるとは思っておりません。しかし、私は、根本的手当てのためには、原因をさぐり、通常の人がたどるであろう「心の発達過程」と異なるルートになったと思われる分岐点にまで時間を戻し、歩きなおす必要があると思います。可能ならやり直したらというものです。
これは、「フロイト」の精神分析入門などを読んだ記憶をたどって得た考えです。精神科医から見れば素人のたわごとだとおもいますが。
メールでなら類型に関する具体的なお話はいたしますが、板では控えます。
> 「嘆きとなぐさめ」の交流場であるとの受け止め方が主流・・・傲慢・・・
> ここに誰一人として、ここが「嘆きとなぐさめの交流場」だと思って投稿している方はいらっしゃらないと思います。
私もそう思っています。
自分の経験からだけですが、ひきこもりは、自力での脱出は難しいのではないか、また、たとえ親が「理解」あるいは直接的な攻撃をやめ「平和共存」状態になったとしても、「社会復帰」するのは難しいのではないかと思います。
この板に登場する当事者のほとんどは、「親の理解」どころか「平和共存」さえ得られていないのではないかと見ています。ですから、そのような状況にある当事者については自分の書込みの対象とはしていません(文中、読んでいただければ誤解することもないのですが、よく読まない方が多いようです)。
昨年末から私が書き込みを始めたとき、書き方が拙劣だったせいか、複数の方から、この板が「嘆きとなぐさめの交流場」であるとの「思い込み」に基づくコメント(すべて誤解)を頂きました。その方達を想定したつもりだったのですが、今度も書き方が拙かった為か、思いとは別に受け取られてしまったというわけです。
> 自分が悩んで苦しんでいて書きたいことを必死の思いで書いている。
> ここにいる人達の嘆きとなぐさめを見て何も感じないのでしょうか。
私の息子は、今も当事者であることだけ申し上げておきます。
> 私が書いているのはもはや「ひきこもりの悩み」ではありません。
人として、○○○(本名です)として生きている悩みです。
では、どうしてこの板に登場されるのでしょうか?
この板は人生論を語り合うための場ではないと思いますが?
> そういう意味で私に何かアドバイスをしていただけるのであれば、ありがたく頂戴したい・・・
経済学では「反対給付なくして給付なし」と教えています。伝統工芸では、弟子は師匠の技を見て学びます。弟子は、指導料という金銭的対価の代わりに敬意という代価を支払います。それは封建的人間関係に基づくものであり、問題もありますが、日本の技術伝承システムとして長らく続いてきたものです。
適切なたとえではありませんが、ひろぽんさんのいいぶりは、「技は教えろ、ありがたく頂戴してやる」といった構図になります。これは、拒絶の別表現だと受けとめるのが普通でしょうね。 |