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200:無力感を感じながら
名前:サンダーバード   日時: 2003/01/11 19:30:34

劣等感とか無力感とか感じたりすることがよくあります。いったい一日中なにをしてんだ?って家族に思われたりているようにかんじるときとかあります。
人の優しさにすごく弱くなってしまったって書かれてる方がいましたが、それはとても素晴らしいことだと思います。そういうふうに感じるのはとても心が優しいんじゃないかなあと僕は思います。
僕もコンプレックスを持っています。それは、人とうまく話せないことや本を読んだりすることが苦手なこと、あとやはり勉強ができないことなどです。でも、もしかしたらこんな僕でもいい所があるのかもしれないって考えたりします。自惚れのようですが、誰かにそういうこと言われるときっと嬉しい気持ちになるような気がします。
なんとか早く社会に出れたらいいなあと思っています。



199:自分を無能だと言うのはやめよう。
名前:21世紀の絶対温度   日時: 2003/01/11 12:22:44

HPみていると、自分を無能だとか自信がないとか自虐的なことを書いているけど、自分で自分を否定するのはやめよう。それは学校でみんな同じ歩調で右向け右と教育され、自分を日本のつまらない常識に当てはめようとするから悩むのだ。
保守的な人間もいれば行動的な人もいる。暗記が得意なのがいれば、ものをじっくり考えるのが得意な人もいる。絵を書くのが得意なのもいれば、音楽やスポーツだけが得意な人もいるだろう。
みんなと違って良いんだ。俺はみんなと違う個性ある人間だと思いっきり主張して社会に出よう。周りとあわなければあわさなくて良い。あう人がでてくるし、それが普通だ。とにかく自分を否定するな。根拠がなくても自分に自信をもとう。周りなんか気にするな。ボケいれて笑いを取ろう。日本の常識を変えてるため選挙にいこう。元気出そうぜ。



198:地域のさまざまな人たちの支えがあれば
名前:シンビジウム   日時: 2003/01/10 14:52:18

 ひきこもり当事者やその家族を支えるには、多くの人たちのサポートが必要だと思います。私は、それぞれの地域のさまざまな人たちが、ひきこもりのサポート活動を行うことが可能になり得る存在だと思います。
 たとえば、定年退職して比較的時間にゆとりのある人なら、一定の研修期間を経てなら、ひきこもり当事者の家庭への訪問活動も可能なのではないかと思います。ひきこもりは、一般に考えられている以上に高齢化していますから、もう40歳近いとか、それ以上の人については、案外シルバー世代の方々にご登場願うのも有効かもしれません。決して不惑とはいえない悩みについて、いっしょに共感してもらうことのできる存在になるかもしれません。
 また、それぞれの地域であまり知られていない、自由業的なことをなりわいとしている人たちに、ひきこもり当事者のこころを支える存在になっていただくこともよいのではないかと思います。ひきこもり当事者のなかには、仕事を含めて、この世で生き延びていく手段をもちあわせていないひとも多いです。生きていくためには、いろいろな手段があることを、もっと多くの人たちに教えてもらうことができたらよいのにと思うのです。
 地域によっては、住民の生涯学習をサポートする機関もあります。ひきこもり当事者についても生涯学習サポーターについても収入につながるかどうかはわかりませんが、ひきこもり当事者の眠っている可能性を掘り起こすには、こうした性格をもつところについても社会資源としては有効かもしれません。例えば、地域に伝統があって廃れてしまいがちな産業や文化について、ひきこもり当事者に人的資源になってもらうことがあってもよいと思います。
 ひきこもり当事者を支えることについては、多くの場合、精神保健、医療福祉、心理教育などの視点からとらえがちです。当事者の可能性や世界をひろげるためには、いままでふつうには思いつかなかったところからも、当事者をサポートすることができるかもしれないと思います。
 ただ、ひきこもり当事者は、デリケートな心性をもっているので、当事者にアプローチする人たちには、何らかの研修が実施される必要があるかもしれません。また、家から外出しづらい当事者への訪問活動については、サポートする人がご近所すぎても困る場合もあるので、当事者の居住する公立中学校の学区外の人に担当してもらうとか、一定の距離を保った人にお願いするとよいかもしれません。  いわゆる「専門家」以外のさまざまな人たちに、外様意識ではなく、当事者意識をもってひきこもり問題について考えていただきたいです。おもいがけない人たちの、おもいがけない行動がひきこもり当事者の救いにつながることがあるかもしれません。それは、ひきこもり有無に関係なく、あらゆる人たちにとって、共存共栄のくらしやすい社会になると思うのです。



197:カウンセリングでは沢山泣きました。
名前:不思議な人生になってしまった   日時: 2003/01/09 22:42:20

カウンセリングでは私は沢山泣きました。
何か悲しいことを経験したり、思い出したり、そういったような映画をみたりして泣くときは、泣く理由がわかることが多いと思います。どういう感情が動いたとか。
でもカウンセリングの場合においては、私は、感情面でなく客観的な情報などを主に語っているのですが、毎回勝手に涙が出てきていました。
自覚したことはありませんが、それだけ感情をコントロールして今まできたのでしょうか。
また、「自分のことを聴いてもらえるかどうかを憂慮せずに、ことの事実や賛否を別にして”私がそう体験している事実”を語れる」ということがそうさせているのでしょうか。
それに優しくされることにものすごく弱くなっていることにも気づかされます。
ある時は急に涙が止まらずに別室で一時間ほど泣き続けていたこともありました。沢山感情が動いているんでしょう。あんまり悲しいから泣いている感覚も何時も持ってはいませんし。
でもそのことは別におかしなことでもない。
引きこもりだから特別というより、感情の葛藤を持ち合わせている人だったらガン患者さんや家族を急に亡くされた方などのグループセラピーでも似たようなことがあるから、特別なことじゃないと理解している部分もあるので。
相手もびっくりするだろうけど、自分だって淡々と話していてなんで泣くんかな〜みたいな具合だったりします。頭で思い込んでいることと本心の感情とは別だと体験させられてるようでした。
それを感覚も変わらないのに訳を訊かれても、説明しろって方が無理なとこももあるんですけど。自覚してたら、だれも苦労しないですからね。そうやって勝手にどう感じてたのかを体に教えてもらうところがあります。
誰も感情を扱われなかったとか、防衛していたなんて自覚しながら育ってきた人はいないですよねぇ。だから、「どうして」などと最初から客観的に説明出来る人なんているわけないんですよ。



196:楽しむ権利。
名前:桃果   日時: 2003/01/09 16:49:25

こもってても、出来ることは多いと思う。
楽しんでもイイと思う。
それを探してもイイと思うよ。

例えば、私はWEB上で日記を書いてる。
意外と楽しいし,張りにもなるし。
考えも、少しはまとまるし。

こもってる or not で自分を規定するのは
あまり上策とは思えない。

誰だって「やれることだけ」をやってるのだから
その点では、平等だよ。




195:弱い者いじめうなずけます
名前:次郎物語   日時: 2003/01/09 13:49:25

わが市内に、やはり不登校のNPOがあるのですが、相談に何万円もぼったくります。これって非営利団体のすることかと思います。
相談される方は、なんとか良くなりたいという気持ちからこの不況下に何万円も払うのでしょうが。
これはまさしく、弱い立場の人から巻き上げてるだけでないでしょうか。
ここはやたらにメディアにとりあげられ、宣伝してますが、難病の人から高いお金巻き上げるのとかわりないです。



194:今一番必要な所
名前:DAI   日時: 2003/01/09 10:40:02

テレビで見た、ひきこもりの特集。
私はどうしたらいいのか?と考えていた時、
民間でサポートしてくれる所を知った。
すぐに親に頼んで、詳しいことを聞きに行ってもらったけど、今私は行っていない。
なぜかというと、お金がものすごくかかるからです。
今こういうところが一番必要なのに、お金だけの問題で行けない。
結局ずっと家の中にいる生活が今も続いています。
福祉やボランティアなど、スローペースで理解し合える仲間たちと進んでいける、そんな民間サポート施設に私もと、とても期待していました。そして今もそういう所に行きたいと思っています。
もっと安い金額で参加できたらいいのになぁ。



193:なんか、みんな、すごいよね。聞きたい事、あるなあ。
名前:ねこさん   日時: 2003/01/09 05:40:24

一生懸命読みましたが、190もを一晩で読むのはキツイ。かなり、読み飛ばしましたが、いろんな人生があるんですね。重厚だって、感じました。
それと、多分、私には、学習障害とかがあるのでしょうけど、文章に漢字が多すぎるのが、またキツイ!! 「ひらがなで、しゃべってー!!」という感じ。目が、チラチラしました。
けど、感じたのは、みんなのエネルギー。暗い内容が並びまくってはいるけれど、その暗い話を真剣に書いて、それに誰かが本気で答えて。
場合によっては、真剣に怒って。怒り返して。冷気ただよう戦いがあったりして。
引きこもってると、親以外とは、こういうのないよねって。私は、その迫力に、少し震えました。人と人とのぶつかりあいって、こんなんだったよねー。
本当に、久々に見る。親以外とは、「真実の言葉」なんて、交わしてないから、もう、人とぶつかり合わなくなって久しいけど、こういう熱さって(いや、冷気か)本当は、いいよねー。必要だよねー、って。そう思いました。
私は、死ぬほど嘘つきなんです。この人達は、正直なだけかもしれない。
でね、聞きたい事があるのだけれど。
誰も話してないけれど、「性」の問題。
私は、ほぼ2週間に1回の割合で、精神科のドクターに会うんですが、その時の話題が、見た夢や夢の中でのSEXの話に、よく、なるんです。
「なんか、私って性夢の場合まで、激しく社会から、かけ離れてないかい?」と言わんばかりに、コミュニケーションにあふれたポルノちっくな夢の話題が、30分近く毎回続くから。
ドクターは、最初、仰天してビビッてました。が、最近は、「それ、エロ本とも意味合いが違うなあ。そういう話が出来る相手が、僕以外にも、出来るといいのにな」と、なにやら前途を心配してくれてます。
私って、良いドクターには、恵まれたみたいですね。
引きこもって、13年。もうすぐ、14年がきます。外に出たいし、仕事もしたいけど、私は、とても、無能なんです。誰も、雇いたくはないでしょう。頭が無能なんです。
そして、最近は、続いていた体調不良に、物忘れが加わったから、無くなった物の買い替えで出費が多い毎日になっています。前途は多難です。人生は、厳しい。
だから、誰かと分け合いたい。
なのに。いろんな脳の機能的弱点が自分自身にあることを知って、私は、どんどん自信をなくしているところ。私の仲間は、この世のどこにいるのでしょうね。
親は、私を不憫がってくれます。激しい対話を繰り返して、たどり着いたのが、今の家庭の平和です。
親は私を、ちゃんと言葉で、哀れんでくれます。それは、私を勇気づけるし、少しだけ、人生の悲しさを教えます。
「もっと、強く生んであげたかった。もっと、楽に生かしてあげたかった」と言いながら、「でも、これからどうしようねー」と、私の踏ん張りを見ていてくれるんです(なのに、私は、変わり者)でね。
初めて、このキャンペーンで、大量の引きこもりの人の言葉を読んで、ようやく気づいた事なんですが、この集団でさえも、「変わり者」と「常識派」に分ける事ができちゃうかもしれませんね。
常に「変わり者派」になってきた、少数派の私としては、不安のよぎるところです。
インターネットが苦手です。どうしても、ここの相談室に、つなぎ直す事が出来ない自分にイヤケがさして、突然の睡魔と吐き気に襲われ、3時間ばかり眠ってました。ま、不幸ばかりの人生じゃないさ。



192:変わりたいね
名前:りんご   日時: 2003/01/09 00:13:52

今日夕方テレビで引きこもり経験のある方のことを放送していた。彼は今は外にでることが出来るようになったとのこと。
本を2冊出されているらしいので今度読んでみたい。橋本冬也さんといわれ、「おもい・・・」と「ねっ」という題名だったと思う。
後のアナウンサーの方々のコメント。「感受性の強い人、真正面からぶつかっていく人達。1つのことをまじめに考える」。
なんか全部自分にあてはまってる。いろいろと気づかされた。
でも今本当に知りたいのは脱出する方法。人それぞれ違うとは思うけど、自分はどういった方法でどうすれば一番幸せになれるのだろうかということ。
甘えだと思われるかもしれないけどいろんな方法のマニュアルでもあれば参考にしたい。
自力も大事だと思うけど手探り状態という気もする。それが不安に繋がる感じ。本当にうまくいくかなと。
完璧を狙うから動くのがむずかしいのかもしれない。60%、70%を目指せばいいじゃないと言われたけどやっぱりむずかしいなぁ。
やるからにはつい完璧じゃなきゃ!と思ってしまうので・・・



191:弱いものいじめの構図と似てないだろうか
名前:シンビジウム   日時: 2003/01/08 15:49:23

ひきこもりからぬけだしたと自称する人が、現在の当事者の家庭を訪問する活動があります。
意義ある活動かもしれませんが、現役当事者の家庭から高額のお金が元当事者に支払われがちになることを私は心配しています。
長い目で見た場合、このような現象がおこりうると思うのです。
ひきこもりからぬけだしたと自称するAさんが、現在ひきこもっているBさん宅を訪問する。Bさん宅からAさんにお金が支払われる。
Bさんがひきこもりからぬけだすと、Bさんがほかのひきこもり当事者Cさんを訪問する。Cさん宅からBさんにお金が支払われる。
こんどはCさんがDさんに・・・。
ひきこもりを経験した人でないと理解することが困難だという発想から、ひきこもり経験者による訪問活動を行われると思うのです。
けれども、お金の流れに着目すると、こうした疑問を私は感じるのです。
弱いものが自分より弱いものをみつけてお金をもらう。お金をとられたものは、さらに弱いものをみつけてお金をもらう。
これは、ある意味では、弱いものいじめの構図に似ているといえるのではないでしょうか。
どのような状態をひきこもりからぬけだしたと定義するのがあいまいだと思います。成人の当事者の場合はかなり就労を意識していると思います。
ですから、ひきこもりとは全く無縁の社会で、何年間か何ヶ月間かの一定の就労体験がひきこもりからぬけだしたと自称する人には求められると思うのです。
このように、訪問実施者にあいまいさがともなうと、「どうしてこのような人に、私の家庭から高額なお金が支払われなくてはならないか」と疑問に感じる当事者もいると思うのです。
交通費とか、一連の活動にかかってしまう最低限度とおもわれる経費についてはしかたないかもしれません。
個人に支払われるのか、団体に支払われるのかわかりませんが、この活動で、かなりの高額を訪問者がふところに得るとしたら、「ん?」と思ってしまいます。
訪問活動以外でも、元当事者と自称される人たちの講演などにも、生活弱者という要素をふくんだ現役当事者やその家族に対して、高額の支払いをもとめることもあります。
必要経費や薄謝程度ならと思いますが、どの程度のお金が現役当事者の家庭から元当事者と自称する人へ流れているのかという思いが頭のなかをかけめぐります。
富裕層とはいいませんが、一般層に対してならそれほどコストカットにはげまなくてもいいかもしれません。
けれども、対象者の大半が生活弱者的性格をもつ場合は、なんらかも経費節減策をねらなくてはならないと思うのです。
ひきこもり経験のひとどうしで、強いものと弱いものとか上と下の関係、あるいはそのように誤解されうることがあってはならないと思います。
生活弱者間ではお金のやりとりは身の丈にあったものでほしいと思います。



190:Cさんの体験記を読んで。
名前:不思議な人生になってしまった  日時:2003/01/07 01:27:40

我が家の引きこもり体験記、神奈川県アルバイトCさん(32才)の内容読ませて頂きました。
何もかも伝えたい内容を、簡潔にしかも要点を外さず分かり易く書いて下さっている事には感激しました。自己肯定感や甘えるに足る信頼関係、親自身の問題やそういった環境等本質を外さずに、「何故こんなにも感情を荒げて親に訴え続けるのか」という理由にまで触れていただいているのには、とても嬉しく感じました。
私自身は直接的な親との関わりよりも、カウンセリングという形の方を解決の手段として重視していましたので、親でなくとも「信頼に足る関係」を築ければ、独りでも専門家の力を借りて自己解決出来ればいいと捉えていました。頭の中では大まかにCさんが書いた中身は把握していましたが、外科的な目にみえる形としてコンセンサスが有ることではなく、親に対して説得力を持って伝えるためには何かしらの材料と確信が必要でした。
親は、「私に起こっている事は、風邪でも引くように私独りの中で起こっていることで、問題として親は専門家でないのでどうしようもなく、問題とも絡んでいないこと、私自身が独りで解決するもの」としてしか把握しようとせず、特に父親は目にみえる形のもの以外、因果関係が無いもの解釈として、可能なことしか認識しない頑固さで、自身の賢さや親としての表面上の正当性から理解出来ないことは、現実として起こり得ないという立場を崩さない人でしたので。母親にしても、内容を積極的に理解しようという立場ではありませんでした。まずそれを伝えるためにどれだけ苦労したことか。父の特殊な生い立ちからしても、信頼なり自己肯定なりなどとは不可解で詐欺のような話なのでしょう。私の言っていることを認めてしまうということは、自分の正当性が保たれず子供のいい様に扱われるという「敗北感」を味わうことにもなるでしょうし。
私の両親の場合は、親自身が変わることという内容まで説明する為には、それを論理的に説明する解説と、その証明となる権威的な立場の人間の公の証明を求めているところが在ります。私にはカウンセラーがどうして親に対して働き掛けをしなかったのか、客観的な説明を付け足さないのかには、「親自身が自主的に気づいたり向かい合う姿勢や、積極的に関わることに自分からならない限りにおいては、結局根本的な部分に切り込む事にはなり得ないからなのか」と当時の私は解釈していましたが、私は伝えて欲しかった。
Cさんが「甘え」の中身を「信頼関係が無ければ表出出来ないもの」として、分かり易く書いてくださっていると感心しています。病気でないということは「人間の成長基盤を作っていく心理面の問題だから」という内容だとは解説されていません。カウンセリングがどうであるかを理解させるためには、まず心理面の問題とは一体どういうことなのかを理解させる前提が必要ですし、そうでなければまず同じテーブル、同じ理解の土俵にさえ上がれません。「当事者の私が、親に対して自分の状態と感情を無視されながら解るように訴え続けるために、誰にも共感として分かってもらえない中で、自分自身で説得し、証明をするために資料をかき集めなければならない」ということが、カウンセリングを受けながら私がやっていた事でした。



189:自分がカウンセリングを受けた経緯
名前:不思議な人生になってしまった  日時:2002/12/27 03:26:44

皆さんの意見を読んでいて「どうして私はカウンセリングに辿り着いたのだっけ?」と思い直してみた時に、自分を引きこもりだと思っていなかったということがあります。具体的に会社に勤めることをやって、そこで「普通になれない(鬱になる)」ということを社会人になっては3度、知り合いのところへ出向いても含めると4度なっていて、終いにはオフィシャル場面でない場所やそれまで普通に接触していた友達と(もう10年来の相手になる)でさえそんな状態になり、それからは毎日全てが「普通でない状態(鬱状態というのが想像しやすいでしょう)」でした。鬱状態の時は「半分頭が働いていないよう」とか「辛くてトイレに駆け込んでうずくまっていたい」とか「目の前の簡単なチェック付けをやろうとしているのに、半分焦点がぼけたようにしか目の前のことが認識出来なくてやろうとしても出来なくなる」とか。辛かったな。
あと今でも涙が出そうになりますが毎回約3ヶ月ずっと普通という状態に戻れない毎日でした。だから私も、自分なりに対人恐怖とか神経症を直すとか鬱を繰り返さないとかは一通り考えましたし、何回もなるのはおかしい、じゃあ何か他に原因があるのか、など「とに角もう二度と、同じ状態になりたくない!」ので、原因と解決法を欲していました。解決出来れば何だったっていい。そこからのアプローチだったので、自分に当てはまる資料がとに角欲しかった。どんなに他の人の精神論やアドバイスを聞いても、あの状態はそういう次元でだけ起こることだとはとても思えません。何を言われても辛くて変われないのは自分、これからの人生こんな風にしかずっと居られないんだろうか、そんなの絶対嫌だ、助けて欲しい、楽になりたい、普通になりたい。
2度の退職の後知り合いのところに勉強名目で行った時、インターネットで探した大学院生の論文と過食嘔吐の体験記の本を持って、初日に自分の普通でない様子を訴えていたので、その経緯でその方の知り合いの民間のカウンセリング(一般の人がキリスト教を勉強しているところで独自でカウンセリングも勉強している人)を紹介され、一度だけ体験する機会がありました。その時生まれて初めて「引きつって号泣が止まらない」という経験をしました。自分でビックリした。しばらくフラフラで起きれなかった。それが以前読んだことがある体験記の内容と似ていたので「こんなことが自分にあるもんなんだな」と知りました。
その後でも私の状態は帰るまで劇的には変われなかったのですが。何時終わるんだろう、何かに取り組んでいるわけじゃないのに、既に普通じゃない。いくら親にどうの言われたって辛いのは私、親は医者じゃない分かるはずがない・・。「毎日」が変わらない、解決する手だてが欲しい。誰も頼りに出来ないから自分で探す他無い。ちゃんと根拠を持って完全解決してしまいたい。鬱で受診した以前の病院で「カウンセリングを受けたい」と言ってみようと思いました。必要ないと言われればそれもハッキリするし、弱いだけかどうかも分かる。医師との面談で「あなたはカウンセリングが必要だと思いますよ」と言ってもらった時には天の助けのような気持ちでした。鳴咽をもらすような泣き方になってしまって。やっと糸口が見付かったって。誰も教えてくれない、誰もヒントをくれない中見付けた唯一の抜け穴。その頃にはもう「普通」という感覚がどうだったかさえわからないくらいになっていて。それからカウンセリングだけの暮らしが始まった形でした。何時終われるのか解らない取り組みでした。



188:理解
名前:月の光   日時: 2002/12/26 17:10:39

私の周囲の友達に、社交的で明るい人、すごくおとなしい人がいます。明るい性格の人たちは優しい人で、誰のことでも一通り理解してくれる人なのですけど、人は、自分が経験して理解していない部分は、どうしてもわからない、理解しづらいです。
おとなしい人のこと、あまり深いレベルまで理解できなくて「なぜ、私たちが話しかけているのに、あの子は自分から話しかけたり笑ってくれないの?私たちといても楽しくないの?」っていうふうな 自分からの見方、考え方になってしまいます。
「おとなしい人の内側を理解しようとか、掘り下げて考えてみよう、と思わなくて、人の外側しか、自分が見える(見たいと思う)ところしか見えないんだ。」「本当はそうじゃないのに、今の自分が、相手を理解しているレベルしか見えないし、わからないんだ。簡単に決めて、そんなふうにしか判断できないんだ・・・」悲しくなったことがあります。

類はともをよぶという言葉通り、自分と同じ考え方の人同士が自然と集まりますが・・・
自分と合う人同士、自分が付き合って楽しい心地よいと思える、わかってくれる同じタイプの人だけで理解しあう、それはそれで良いも悪いも正しいも間違いもないのですが、でも、大勢の他の人のことも含めて考える場合、なんだか違うような、気もします・・・うまくいえないですが。
自分と違う「立場」「性格」「考え方」「思想」の人、他の人の「心」が、たとえ自分と一致しなくても自分とは違うタイプの人だけど、仲良くしていこうとして、その人の気持ちを考えたり、理解してみようとするくらい、してもいいのでは???

親子でも友達でも先生と生徒、職場内の同僚、上司と部下。批判・中傷ではなく、理解を。一方的な指摘ではなく、相手の立場になってお互い理解しあうつもりで、話しあい、指導を。相手を未熟と思わずに、良さ、長所、能力が成長していけるようにほめてあげてほしい。虐待、いじめ、迫害、傷害はもういい加減、なくなってほしいです。
すぐに相手は、自分とは「違う」と決めて判断して、相手と切り離して、対立するかのような考え方になるのはなぜなのでしょうね。すぐ二元論で考えたり、判断してしまうから?子供のように、好き嫌いで単純に決めつけてすぐ解決したがるのかな。
相手と接したとき、自分の心の中にないものを相手はもっているのに、良いところを見ようとしないでそういう部分がある、と相手の「ありのまま」を認めることができなくて、自分の心の中にも、同じように弱いところとか、いろいろな面やたくさんの部分があると素直に受け入れられないから、自分が見たくないものを相手の内に見つけると、即座に拒絶してしまいたいのかな、と思います。




187:人間関係
名前:月の光   日時: 2002/12/26 16:23:43

166:見栄っ張りさん
>自分のこと聞かれたときどのように、してますか?
初対面の人だけじゃなく 親戚や知人と会う時、「最近どうしてるの?」「何してるの?」は答えにくかったですね。せめて「元気してる?」くらいなら笑顔で答えられるのに。
親戚に対しては(どうしても、会話が自分の親兄弟に自然と伝わるもので嘘つけなくて)「今、体調悪くて家事手伝い」「働いてないけど時々、ボランティアとかバイトしてる」とか適当に言ってました。
子供の頃から、親に禁止されたり否定されてできなかったこと、たくさんあります。
子供の頃からの影響があって、気を楽にして楽しんだりすると罪悪感を感じるようになり、楽したら、楽しんだらいけない、と思ってしまうようになって、適当にほどほどにする、とか、力抜いてリラックスする、楽しんで 笑って 笑顔で生きていくことが気がついたらできなくなって、悲しくても人前で無理に笑って・・
親戚、身内では男性は力仕事程度で、女性、女の子の役割や仕事は家事や雑用、接待、やりくり、人間関係の調整すべてに対応し、いつも働くように求められる。ニコニコ笑顔で、すぐ気がついて、親切に人に何かしてあげるようになれないと、何か言われるので気を使いすぎて、疲れる。

もう嫌いなことはしない。少しずつ、自分なりにやっていく途中です。笑顔もまだぎこちないけど何とかして自分取り戻したい。もう、嫌いな・したくないことを、好きでもない仕事をするのが嫌で、どうしても努力もできなくて、就職活動もできなくて。
「苦しんで苦しんで そんなに頑張って 身体を壊してまで 働かなくてもいいのに楽になって、楽しんでいいのに。生きていく権利は誰でもあるし、自分を信じて生きていける。幸せは 自分の身近にあって、それを感じられる時が きっと、くると思うよ。自分もできたから、あなたもできるよ。」って言ってくれる人が 身近にいなかった。

親も大人も「幸せは外に探しにいくもの、もらうもの・つかむもの・与えられるもの」と思っていて、失うの怖がっていて、子供が今までの大人たちと同じような生き方や考え方しないと、子供を決めつけたり、否定したり、怒ったり攻撃したり、防御しますね。ひきこもりになってよかったのは「気付いた」ことです。

「仕事にならなくてもいいから、やりたいこと・好きなこと、やりなさい」と言われて、探して見つけました。来年はそれをやろうと思います。自分らしさを取り戻したいです。




186:日常の挨拶がスムーズにできない
名前:シンビジウム   日時: 2002/12/26 10:22:51

 私は、多くの人が当たり前にできる、日常の挨拶がスムーズにできません。
 「お元気ですか。」といわれても、「私は元気です。」などということができません。単に、身体の病気がとくにないからということでこころの状態を不遇にかんじるのに、「私は元気です。」とは、いいにくい事情があるのです。なにか、ほかのよいいいかたはないでしょうか。
 「(ふだん)なにをしているのですか。」といわれても、返答に困ってしまいます。仕事をしていないのに、勤めているとか、アルバイトやフリーターをしているとうそをついたり、ごまかしたりすることはどうしてもできません。
かといって、(社会的)ひきこもり状態であるとか、精神科に通院しているなどとは、相手をドキッとさせるかもしれないので、このようなことも言いにくいです。
 「あけましておめでとうございます。」この年始の挨拶も、現在の自分の不自由な状態からは、抵抗感を感じます。いちおう、挨拶だからとか、儀礼的なことだからなどといわれても、どうしても、自分のこころがくるしくなって、多くのひとにとっては、なんでもないことでも、私にとっては、苦痛にかんじてしまうのです。
 挨拶って、表現方法が乏しいと思いませんか。このような、あいさつことばは、ふつうにくらすことができるひとを基準に考えられていると思います。年始の挨拶にしても、「私は正月どころではない」というひとだって、ひきこもりに限らずいるのですから、多様ないいかたがあったらよいのにと思うのです。体調をこわしているひとや悩みを抱えているひとが自由に表現できるあいさつことばってないでしょうか。
 私も挨拶を人や社会のふれあいの第一歩にしたいのですが、どうしても悩みや迷いにひっかかってこんなことにもつまずいてしまうのです。相手の機嫌をそこねずに、かつ自分の複雑な心境を簡単にお伝えできるあいさつことばはどこかにないでしょうか。このようなことにひっかかってしまう私がおかしいのでしょうか。



184:NHKにようこそ!
名前:らせん   日時: 2002/12/25 16:42:48

 以前、コラム・ザ・コラムで紹介されていた滝本竜彦さんの「NHKにようこそ」読みました。感想は面白かったです。久しぶりに読んだ小説だったのですが、エンターテイメントな作品でした。少し前にビデオで見た、「ハリーポッターと賢者の石」より面白かったです。ここ最近つまらない日々だったので本当に楽しめたと思います。
 ひきこもりの日々は往々にしてつまらないものだと思いますが、面白い作品を書くものですね。隣の部屋に知人が住んでいたというのはちょっと出来すぎな感じがしなくはないのですが、いいでしょう。
 次は「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」を読んでみたいと思います。
 私も出来れば小説家になりたいけど無理ですね。



183:追い込みシステム
名前:比呂   日時: 2002/12/24 23:15:30

 性格の暗い人を見ると、人はどんな事を思うのでしょうか? 「イライラする」「ムカツク」「駄目人間」「友達になりたくない」等でしょうか?

 ただ、僕が思うには性格の暗い人ってのは、暗い表情を通して「SOS」を発しているのだと思っています。苦しいから助けて欲しいと願っているのだと思います。

 『人に言えない悩みでの苦悩を暗い表情や自分を傷つける事で表す。』
         ↓
  『世間の人達が暗い人を嫌う』
         ↓
『嫌われる事を恐れ、性格の暗い事を隠す』
         ↓
『笑顔や前向き論で心の外面を覆うが、心の内面はボロボロ』
         ↓
     『心が破綻する』
 以上のような追い込みのシステムが存在すると思います。結局、人は暗い部分を必死で隠し、明るさだけを見せようとしています。

 苦しい悩みの結果として出る暗い表情を見て、助けようと思うのではなく、攻撃しようと思っている人に腹が立ちます。




182:甘えているのは引きこもり本人ではなく親です。
名前:はしはた   日時: 2002/12/23 01:27:49

> 110:引きこもりは甘えじゃないの
> 名前:引きこもりたくとも引きこもれなかった宏ちゃん

80個近く前の書き込みに対して、になりますが、根本的にとんでもない勘違いをされています。

子供が甘えようとして親が突き放すべきところを親が受け入れてしまったのでは「ありません」。

強いて言うなら、親が無理やり子供に甘えさせようとし、子供はどうしても甘えざるを得ない、という状態が延々と続いたのです。

なぜどうしても甘えざるを得ないか?

普段から自立心を持つことを阻まれてばかりいるので、親の甘えなさいという要求を拒むといきなり生活の危機に瀕するのです

うちは貧乏だからと小遣いをほとんど渡さず、その一方で子供の服を次から次へと買ってくるとか。

さらに、親の示す、甘えなさいというその内容は、子供本人が甘えたいように甘えるということでは決してありません。子供自身の意思に反していようとも、子供にこのように甘えてほしいという願いを親が強要しているだけで、後に引きこもりになってしまう子供自身にしてみれば、そもそも甘えなど全く許されていないのです。

受験勉強への金には糸目をつけないけれどもそれ以外のことについては金銭的にはもちろん時間的にも許容はほとんどなく、何よりも優先して勉強だけすることに疑問を持つことすら許さない、とか。

引きこもりは甘えているという発言は、それまでの親の甘えを一方的に全部容認し、他方ほかに逃れるすべもなかった引きこもり当事者の逃げ場をさらにふさぐと言う点で、ものすごく不公平、不公正な意見です。




181:引きこもりの親こそ何をやるかわからない。
名前:はしはた   日時: 2002/12/22 22:21:50

「SOS!家族のための対応ガイド」の第4章に小遣いの話が出ているけれど、具体的な額はいくらなのか、ということの説明もつけていてほしい。

一度決めた以上の要求は毅然とした対応で断りましょう、というけれど、引きこもりの親だったら最初に異様に低い額で決めるくらいの策略は絶対に使うと思う。

私の場合は、小さいころから強力な節制の強制を受けているから、服や靴などはそれこそ使いつぶしてどうにもならなくなるまで次のを買わない(買えない)し、子供のころの小遣いも高校で月1000円とか言うレベルで、しかも服やら靴やらは親が勝手に買ってきていたのでますます自分で選んで買うという機会が絶望的に少なかった。

そんな状況だから、親と必要な額の相談と言われても参考にできるものがなく、それこそ親の言うなりに一方的な小額を言い渡され、この第4章の説明を盾にとって小遣いをひどく低いままに設定してなんとしても私を奴隷化しておこうとすると思う。

小遣いの最低限の額を根拠とともに出していてほしい。
また、それに三食などが含まれるのかどうかと言った点についても言及していてほしい。それから、小遣いの利用実態の親の検査は不要であると思うけれども、必要なら根拠をはっきり示した上で、また不要なら不要であるとしっかり書いていてほしい。

引きこもりの親は引きこもり本人の奴隷化のためならなんでもする、ということはわかってもらえると思う。




180:話がしたくなりました。
名前:DARK   日時: 2002/12/22 03:35:03

またパソコンの前で皆さんの書き込みを読みました。自分を好きになるってどういうことでしょう?自分に自信を持て。とか、自分を責めちゃだめとか・・・どういう意味なんでしょう?いつも難しいことばかり考えていると母にもカウンセラーの先生にも言われます。自信って何?責めてなんかいないよ?何が友達で、家族で、恋愛なんて興味ないっていってるのに・・・最近、家族の体調がすぐ悪くなります。私の発作の回数もじょじょに増えてきました。友達は進級してしまう・・先生は戻ってこいとか、大検受けろとかいいます。私はどこにいればいいですか?人とは違うんですか?私はどこにいればいいんですか?きっと人に代償を求めらずにただ受け入れてほしい。一緒に精神を病んでまで・・・慰めの言葉などかけてくれなくていいんです。私は化け物で醜く汚い人間です、わがままを言っていると思います。それでも、私は人を憎めない。人として生きたい。死にたくはないんです。



179:説明が無さ過ぎる
名前:不思議な人生になってしまった   日時: 2002/12/21 22:55:14

「引きこもり」の名前だけが外に広まっているけれどそれは通称であって、中身(いわゆる具体的な学問上の状態、説明、解説)ではない。『何が起こっているかは認知されていない。』何の、どれだけの差異があるのか、何かしらの原因から来る状態であるのかといったメンタルとしての扱い方は殆どされていない。それが今までの引きこもりだと思われているでしょう。
「実践編」が有っても「理論編」が曖昧すぎる。それは説明を構造的にしない限り本人がその状態に在り続けることの葛藤しか生まない。解決の本道を誤る。変な集団生活とか修行をさせたりする誤解を生む。自分に何が起こっているのかの理解にもならない。特定の病名をつけるような精神領域でないのが特徴でも。そのことも分かるように丁寧な自我モデルの説明が必要になるのでは?それは特殊領域でないことも。自我の安定のベースが無いと人間はどんな状態になるかそれは本来生活の中でどう作られていくものか、どう脆くなるものかという示唆的な明示にひきこもりはなるものかも。日記帳の文面を幾つ連ねたところで輪郭、共通のコンセンサスの説明にはならないのでは?どんなに辛い違いが現存するにもかかわらず。それも専門家の視点の上でないと。なにより事態把握を周囲の人間が的確にしない。医者でさえ(心理の人間でないから)。精神科医が両親に「理論的に言うとこうなるのです」という話が先に可能な方向に持っていかないと、精神論との見分けが付かない。
土居さんの「甘えの構造?」(表現悪いですが)は構造的には説明無いが「初期的甘え?(周囲の人間の感情の認知、共感、表出を許すなど)」が自己肯定を与えるカギなのを(人間が精神的に成長していくための基盤)日本独特の表現である「甘え」の言葉で説明を試みていると感じた。インナーチャイルドや機能不全家族の表現もあるが内容は多分同じでは?体系立った共通の理論が固まってないだけでは?私はOUTのHPも以前観てましたが「おかあさんの克服体験記」が親へのとても良い訴えになった。具体例としてのニュアンスで。でもそれが結果的に子供をどういった状態にさせているのかという「関係性、結果起こる精神安定的な人間の精神構造的な説明との結びつき」を理論的に示す材料の方が無い。素人のましてや私の様な本人になると信頼そのものが無い。それがとても悲しく悔しかった。カウンセラーに「親に対して訴え続けたのが良かったのかもしれない」と言われたことが有る。まず「現状」を認めさせたかった。的外れな行動を親がする度(母親の想いだけを綴った手紙や精神論の本を置いたりするなどカウンセリングに行っていても何も自体を理解しようとしない行動)親のスタンスが見えてしまう。「関係が切れた扱い、人を勝手な解釈で決めることはしても自分の要求だけは正しさとセットでちゃんとする、相手を無視しているのと同じということを自覚していないことの繰り返し」を続ける。納得させられない。精神科医や心理学者でない限り説得力を与えられない。カウンセラーは親に明言しなかったし、私が変わると考えていなかったし。人が育つ事態に問題が出て初めて何が必要か見える「後手」でしかないとも言えるかも。それが無知。共感や感情の認知がどんな変化を与えるかは嫌になるくらい思い知ったし、それは本人のせいじゃない。感情を否認する方法は虐待でなくとも有る。子供は発達途中の人間関係で自尊心や自己信頼を築いていくことを構造的に公に説明して欲しい。



178:選挙にいこう
名前:好きなことだけやればいい   日時: 2002/12/20 23:46:30

テレビで日本の財政が危機的状況に来ているといってました。来年はもっとひどくなるそうです。でも政治家は責任は誰も取りません。引きこもりでうつ状態のひとなどたくさいるみたいですか、僕も心療内科にいったりインターネットで調べたりしていると多くの人が苦しんでいるみたいです。日本人の大半は躁鬱病じゃないかと思ってしまいます。病院の待合室も異常に多く、初めての人は予約が何週間も先になっています。偏差値教育で友達が落ちればおまえは受かるいう教育では人を信頼したり人の痛みがわかる人間にはなりにくいと思います。これではいじめがたくさんあってもおかしくないです。僕は日本のおかしいとこをどんどん言ったりこうすればよくなると若者のあいだで発言していけば日本は変わっていくと思います。韓国の大統領選挙はインターネットで若者が発言してそれが広がり反映されたみたいです。それでみんなが選挙にいって江戸時代の封建制度みたいな日本をもっと風通しのいい社会にしていきましょう。



177:136の 比呂 さんへ
名前:ケイ   日時: 2002/12/20 18:51:25

性格、暗くても、ゼンゼン構わないと思いますよ。 暗い/明るい という一つの尺度でなく、別の所から見ると、比呂さんは「バイタリティ」に関しては人一倍持っているという事、ご自身ではお気づきでしょうか? コレ、自信や強みにしていいと思います。あとですね、お節介ついでにもう一つ。「自信を得るために何かをする」のではなく「自分の好きな事」をしてみてはいかがでしょう??そうすれば、きっと何か変わると思います!
[地獄です]なんて書くものだから柄にもなくアドバイスしてみました。本当に余計なお節介だったらごめんなさい(^^;



176:初めてカキコします
名前:アドリアーノ   日時: 2002/12/20 18:50:40

初めてこの掲示板にカキコします、アドリアーノ(男・20代前半)という者です。
親元を離れ、大学へ進学するもひきこもってしまったのが、今から1年3ヶ月ほど前。
現在は退学を前提に大学を休学しつつ、何もしていない状態です。
今、僕がもっとも悩んでいる事。それは「仕事に就く事」です。
実は僕は生まれてから20数年、一度も働いた事がありません。
それ故に悩みは少なからずある訳なのですが、
特に、「履歴書をどう書き上げるべきか」がイチバンの悩みの種です。
「ひきこもり」と堂々と書くべきでしょうか?
しかし、それでその履歴書を読んだ人が果たして快く思うでしょうか。
それとも、「大学へ在学中」などと、ある程度経歴を偽るべきでしょうか?
ただ、これはこれで自分に嘘を付く訳ですし、気持ちの良い手段とは考えにくいです。
余談ですが、将来は何年もしくは何ヶ月か働いた末に、
専門学校に通うなど、自分のやりたい事の方へ行きたいと思っています。



175:社会にのぞむもの(つづき)
名前:ケイ   日時: 2002/12/20 18:26:24

それから、先程冒頭に書いた「ニュースをリアルに感じる」という事ですが、同時に奇妙さもとても感じるのです。
例えばテロ。「命の大切さ」を諭しながら、テロの報復に賛同する。今回、引きこもって良く分かったのは、傷ついた事のない人間は平気で人を傷つける、という事でした。ある事件で、報道により二重に傷ついた、と仰っている方がいました。おこがましい、と言われるかもしれませんが、私はその痛みが、とても分かるような気がしたのです。
事件や問題が起こってから対処するのは、勿論大切です。しかしそれ以上に「未然に防ぐ」という事も大切なのではないでしょうか。テロは未然に防ぐことが出来た、と耳にします。犯人は何故機内に刃物を持ち込めたのでしょう? そこのところは何故かあまり取り沙汰されてません。私ははじめ手引きする人がいたのだろうか、と考えていましたが、原因はどうやら搭乗チェックの甘さ・機械の精度の悪さにあったようです。本来、このような所にも重点を置くべきなのです。
私は引きこもって、とても辛かったです。だからこれからの子供達には、未然に対策を取っておいて欲しいのです。
「そんな事考えてねーで仕事しろよ!」←これは本当にその通りです。ただ、ちょっと思ってたんで書いてみました。これで終わりです。



174:社会に望むもの
名前:ケイ   日時: 2002/12/20 17:36:43

引きこもってから色々な事を考えていました。
テレビで流れる悲惨はニュースを、以前は他人事のように聞いていましたが、自分がこうなってからは、それらも不思議とリアルに聞こえました。
様々な社会問題が取り上げられ、その中に引きこもりもありました。そこで思ったのですが、実はほとんどの問題は「教育」によって解決できるのではないか?という気がするのです。
引きこもりに至る「理由」は個々多様で一概に言えないと思いますが、「コミュニュケーション能力」が低いが為に「他者への恐怖」となって起こるケースも多いように見受けられます。
私は人との会話の大切さを、幼少期にも学生時代にも気付く事が出来ず、様々な困難を抱えることになりました。
そこで、学校教育に於いて是非「コミュニュケーション教育」を小学校の必須カリキュラムとして組み込んで頂きたいのです。本来、これは家庭・地域、そして学校という順序で教育していたのでしょうが、現在、その前2つは残念ながら機能しなくなってきています。あるいは誤りをそのまま信じてしまう場合もあります。国単位で正しく教育して下さればかなり強力に作用してくれると思るので、これからの学校では、こういった社会理念や道徳といったものを子供達に教えていって下さる事を、本当に希望します。先日、新聞で学力低下の記事がありました。もちろん学力も大事だと思いますが、それよりももっと大切な事を学校でも教えていって欲しいです。



173:初めまして。
名前:らら   日時: 2002/12/20 16:15:04

初めまして。私は、ひきこもりではありませんが、その原因になる心の病にかかっています。毎日苦しいですが何とか学校には通っています。原因は私もいじめでした。いじめをしていた人とも、結局は自然に仲直りみたいな感じになりましたが、私はその子の事をずっと恨んでいました。でも自分の心の病についてパソコンで調べたり、本を読んだりしているうちに人を恨むのは一番いけないことだということを学びました。どんなにその人の事を恨んでいても、結局は相手に伝わってもいないし、自分で自分を苦しめているだけですから。あと、一人で悩みを抱え込んでちゃいけないと言う事も知りました。近いうちに精神科に行ってみようかなと思っています。もちろん初めてでちょっとドキドキですけど・・・。皆さんも、精神科に行ったり、同じ病気で苦しんでいる人と友達になったりすると(これが一番いい事なんだそうです!)いいのではないでしょうか。一緒に頑張りませんか?



171:この先、人を好きになる事はなさそうです
名前:比呂   日時: 2002/12/19 19:26:15

 20代の前半までは、さすがの僕も初対面の人に会うと「この人と友達になれるかな?」とか、「喜びも悲しみも共有出来る仲間になれるかな?」とか、相手が女の子なら「もしかしたらこの子は僕の事が好きじゃないかな?」「いつかデートとかできるかな?」と考えたりもしました。しかし、今はそんな勘違いも出来ません。

 今は、ただひたすらに人と会う事が恐いだけです。今までどれほど沢山の人達と会ったのか分かりません。しかし、誰もが僕の性格は暗くて嫌だと言います。皆が僕を嫌うなら、僕も皆を嫌いになります。
 僕は確実にみんなから嫌われる人間なのに、僕が人を好きになる事なんてありません。




170:困惑
名前:ゆま   日時: 2002/12/19 18:48:17

私は22歳の大学生です。これまでにも、自分と合わない勉強内容にギリギリついていっている状況でしたが、研究室配属、卒論に取り組む事となり、とうとう学校に行けなくなりました。そもそもは、勉強が分からない事からだったのですが、そこから『学校に行かない事で何か研究室の人に言われるのではないか。』という人への恐怖で、行けなくなってしまったのです。

ですが、よい心療内科の先生に出会えた事で、学校以外には出れるようになりました。アルバイトにも行けるし、勉強の話さえ無ければ、友達とも遊べます。寧ろ、アルバイト先の人達は皆優しく、面白い人達ばかりで、行くのが楽しみな位です。…この点、私は『ひきこもり』ではないのかもしれません…。
ですが、学校に行く度、研究室の人に『もっと学校へ来い。』と言われるのでは無いかと怖くて、実質家に居る事が多くなっています。精神的にはひきこもり、物理的には半ひきこもり、という状態でしょうか。そんな自分が情けなく、生活費等、一切のお金を出してくれている親にも申し訳無くて仕方ありません。

幸い、担当の教官は理解のある方で、こんな私の状態を許して下さっています。学校に来るペースも、週一でいいから、と言って下さっています。ですが、研究室の人は何も知りません。理解出来ないだろうし、言う必要も無いので、私の事情は一切話していません。
その為、『教官の権力のおかげで、お前はサボってても卒業出来ていいよな。』…そう言われるようになりました。そうではない、と思ってても、口に出せません。へらへらと、笑って返すだけです。…今は、これを言われるのが怖くて何とか学校に行っても3時間もすればへとへとになってしまう状態です。
『卒業まで、後●ヶ月』と言い聞かせて何とかここまで来ましたが、未だ、卒論の終わりも、そしてそこから先の将来も、何も見えません。

学生社会でこんなに挫折してしまっている自分。買い物や食べる事でしか、そのストレスから逃げられない自分。…就職して社会に出たら、益々周りに迷惑をかけてしまうのではないか、と。自分は居ていいのか、と最近よく考えます。情けなくて情けなくて。…でも自分可愛さに死にきれなくて。

こんな自分が、この先本当に社会でやっていけるのか、不安です。たった数時間、本当の自分と違う、研究室での外面のいい自分を保つのに、疲れています…。




169:「本当の勇気」
名前:まりこ   日時: 2002/12/19 11:51:29

私は、たまに、思うことがある。それは「世界の中で一番不幸なのは、私じゃないのかな」といつも思う。私は、母と父と兄の4人暮らしです。昔から、家は裕福な環境ではなく、むしろ貧しいくらいでした。最近、家の中は、暗くなっています。
兄は、中三で受験・・だが本人は、全く勉強をしない。父は、何ヶ月か前に会社をリストラされ・・母は、ため息ばかり・・
私が引きこもりになって、母は部屋のドアごしに「家には、お金無いんだからね」と1日一回は言っている。私は、その言葉に傷ついています。私の母は、13歳の私にだけ「借金」とか引きこもりの私を「バカ」にしたり・・、うんざりです。一番辛いことは、私の誕生日に、「お金」をくれることです。生まれて一度も祝ってくれたことがないんです。嫌になる・・・・。
引きこもりになる前行っていた学校では、仲間はずれにされ、無視されとても辛かった。中学の先生は、男でした。私が、小学生の頃5年生の時、先生に棒のような物で頭を叩かれた記憶があり、男の先生が、とても嫌でした。中学の先生は、受験ばかり言う人でした。うんざりだった・・。家でも学校でも嫌な事ばかり・・。でもここに来て良かったと思います。いつも一人で、私だけ・・と思っていたから。
「勇気」が、あればいいのにな・・



168:ありがとうございます。
名前:まり   日時: 2002/12/18 10:57:34

私は自分自身が嫌いでした。引きこもりになって、誰にも相手にされず、親には、バカにされ・・でもやっぱり1人はいやでした。ここで、発言することには、少し抵抗が、ありました。でも少しだけでも私のことを知ってもらいたい・・と思ったから。
ハルカさん 月の光さん私のような拙い文章を読んでいただき、そしてお返事までいただき、本当にありがとうございます。



167:どうすればいいのだろう・・・?
名前:かなっぺ   日時: 2002/12/18 10:40:39

私は、ひきこもりをしています。学校で仲間はずれにされ、とても苦しくて学校にいくのが嫌になりました。私は、普通に生活してたはずなのに・・・。なぜ1人になってしまったのかわかりません・・・。担任の先生は、私の気持ちも知ろうともしないで無理やり学校につれだそうとしてるし・・・。先生は、学校にいけない私をバカにしてるような感じでした。
ひきこもりって悪いことなのでしょうか?
ひきこもりをしちゃいけないのでしょうか? でも学校には、いきたくない・・・。
やっぱり私は、逃げているだけなのだろうか?
どうすればいいんだろう・・・・・。



166:人との関わり
名前:見栄っ張り   日時: 2002/12/18 03:07:03

皆さんは、自分のこと聞かれたときどのように、してますか?
日々生活していると、やっぱりどうしても人とは関わらなくちゃいけないわけで、初対面の人とは「何やってるんですか?」って話になりますよね?私は、同年代との関わりが苦手です。まわりは、就活だとかって大変で嫌そうに言ってても、将来の展望も、やりたこともみつからない私には毎日いきいきしてるように見えます。自分ではゆっくり無理せずとは思っていても、やっぱり後ろめたくなっちゃったりで、軽く交わすこともできません。黙っちゃいます。
何か一つでも打ち込めるものがあれば、前向きに堂々と出来るんでしょうが、私には見つかりません。
周りの人と関わりたいという気はあるんですが、どうしても一歩が踏み出せません。一度正直に言っちゃえば楽なんでしょうが・・・



165:みないっしょ
名前:てっぺちゃん   日時: 2002/12/17 23:50:21

私には7年間ひきこもりをしている兄がいます。
最近母が入院してからは(もう退院しました)家の掃除をしたり、朝起きて夜寝るという生活リズムに変わってきました。でも、私は正直、何をしているわけでも無くずっと家にいる兄を見るのが絶えられなくなるときがあります。朝、仕事へ行くときにコタツで寝転んでテレビを見ている姿を見ると腹が立つときもあります。でも、兄が家にいて助かったことは今まで何度かあったし仕事をしていたときは気に入らないことがあると家ですぐ怒ったりしていたので今のほうがいいと思うときもあって、分からなくなります。私は、ひきこもりになった人の気持ちは分かるようで本当の気持ちというのは分からないと思います。でも、ひきこもりになった人も周りでかかわっている人の本当の気持ちは分からないというのと同じだと思います。
ああして欲しいこうして欲しいと思うことは皆同じだと思うのです。ただ、家族だからしてくれて当たり前ではなくて家族も立派な人間関係です。私は両親に感謝できるようになって初めて出会う人出会う人に感謝できるようになってきました。私も昔は暗い性格でただ絵が好きで自分の気持ちを絵に描いたり没頭することで心のバランスをとってきました。美術の学校に進むことによって良い友達に恵まれるようになりました。自分の人生を決める権利があるのは他の誰かではなくて自分自身であって、自分の価値も自分で決められます。世界中全ての人に好かれることは不可能です。でも自分に合う人は必ずどこかに存在します。だから、せめて今一番近くで自分をどんな方法であれ心配してくれている人がいるのであればその人を大切にすることから始めることが大切だと思いませんか?それが出来ないから悩んでいるのかもしれません。でも、実際に私も兄に何もできず悩み、考えながら生きています。外では明るく見える人も年がら年中明るいとは限らないし、自分に合う場所を探し続けている人もいる。世の中完璧な人しかいなかったら、何もかもうまくいってしまったら、生まれてくる意味もないし、喜びも無いと思います。



164:早く働きたいです。でもどこで働けばいいんだろう?
名前:魚好き   日時: 2002/12/17 21:49:51

 早く働きたいです。でもこの歳になって職歴なしで雇ってくれる会社なんかないので、また引きこもるの繰り返しです。
 会社の面接行くんですが、今まで何してたの?って必ず聞かれます。当然、うまく答えられません。
 NHKでも引きこもりの人をアルバイト募集や契約社員募集とかしてくれればいいのにな!
 早く働きたい・・・。



163:自己責任
名前:A子   日時: 2002/12/17 13:59:54

「人が勉強する時、働く時、苦労している時にフラフラ遊んでいる奴は、後でひどい目に遭う。誰だって自分のことは自分で責任を取らねばならない」両親の言葉、もっともだと思う。
働かずに親の世話になっている私の将来は悲惨。もうすぐ33歳、当然親は老齢。若い人たちの場合と違って世間の目も向けられず、しゃれにならない。
「親はいつまでも生きていない。どうやって生活するの?誰もあなたにお金も食べ物も住む所もくれやしない。ホームレスになるしかない」しょっちゅう言われる。
親が死んだらどうしよう…怖くて想像したくない。まともに生きたい。



162:ひきこもりは家族問題
名前:トーカイテイオー   日時: 2002/12/16 16:30:30

ひきこもりは個性だと思います。
個性である以上は、これを直すことは基本的に出来ません。仮に周囲から回復したように見えても、本人にとって生きていくことがつらいことには変わりないでしょう。
前向きで、明るく、積極的なことが異常に賞賛され、今の社会、学校はひきこもる人たちにとって苛酷で辛いものでしょう。いろいろな個性を認め評価する社会になればいいのでしょうがそれにはかなりの時間がかかると思います。
大人であろうが、子供であろうが人間一人では生きていけません。ひきこもった人たちは孤独と不安に駆られています。
ひきこもりからの脱却を、彼らの自主性に期待するのは間違いです外の人間が積極的に働きかけないと前に進まないと思います。
何年もひきこもりを続けるのは、とても辛く悲しいことです。ひきこもりをしている人たちは目には見えないSOSを出しています。
家族の皆さん、もうあなた達の子供を世間から隠すのはやめましょう!御願いですから救ってあげてください!!もし自分たちでどうしようもなければ外に救いを求めて下さい。決して恥ずかしいことではありません。見て見ぬ振りをして悶々と考えていることの方がずっと恥ずかしいことです。



161:まりさんへ
名前:ハルカ   日時: 2002/12/16 10:15:47

>155 まりさんへ
私も中学1年の女子です。不登校になって3ヶ月です。いつも孤独になってしまうのは、とても辛いし、苦しいですよね。私もいつも孤独になってしまってとても辛かったです。
同じようなことを経験した方がいて少しほっとしました。まりさん、本当にありがとうございました。



160:なぜ笑ってはいけないの?
名前:DARK   日時: 2002/12/16 01:24:57

私は高3の17歳の女です。ハンドルのDARKは私の好きな漫画の主人公の名前です。男性キャラですがDARK・・・「暗闇」自分にあっていると思えてしかたがありません。
私は幼稚園に入る前からいじめにあっていて時が立つにつれ、もちろん途中でいろいろありましたが症状は悪くなり、中3のとき初めて発作が起きました。かかんき症候群です。なんとか高校へ進学しましたがすぐ休みがちになり、出席日数が足りなくなり、転校を進められました。最後のほうには私にかまってなどいられなくなったようでした。転校先は養護学校。体の不自由な人や闘病生活を送りながらの人が通うのですがたまたま私が転校する1年前から精神に問題のある生徒も受け入れるようになった学校でした。はじめ、私がちゃんと学校に行ってるときはよかったのですが休む日にちが増えるにつれ、先生たちの態度が変わってきました。その学校でも友達はでき、行けばみんなの中で笑っていました。それがいけなかったのでしょうか?2人しかいない教室ではしつこくクラスメイトと比べられ、「ねぇ?OOチャンっていい子やろ?」「先生のことほんとはきらいやろ?言っていいよ?」転校のことが話題にのぼると「あなたの居場所はここじゃないよ。」など・・・「何?その言い方?」「先生はOOさんのことわかってるから。」といって保健室へ行かさなかったり・・などと言われたりもしました。しまいには他の先生方も「努力してみせろ。」などなどいろいろ言われました。努力できるのなら養護学校にも行かなかった!分かってくれているのならなぜ友達を教室から追いやり、私がふれてほしくない話をしたり、頭痛のあまり涙ぐむ私を保健室にいかせてくれなかったの?なぜ食事のとき、私を見なくなったの?なぜ、そんな汚い物でも見るような軽蔑した目で私をにらみつづけたの?いつでも私がみんなの真ん中にいないようにしたの?これをすべて私の思い込みだというならどれだけ嬉しいでしょう。先生は悪くない、そう思いたかった。泣けば楽になるとかそんな簡単なものではないんです。私が夢見た学校はそこには存在していませんでした。やはりたいがいの人と同じく、ただ怠けて、サボっているだけだと思ったのでしょうか?そのうち、教師の中に授業の出ていない私を無視するようになり、授業が成り立たなくなり、私は休学届けをだし、今は家の中にいます。先生方にも事情があったのだろうし恨む気もありません。でももう二度と私は学校へは帰れません。きっと、「なぜ休んでる間勉強をしなかったのか?」と私の学力低下を言うでしょうから。それにまた休めば、「なぜ不登校を直してから帰って来ない。」とまた言われるでしょうから。ほんとはまだまだいろいろあったのですがすべてをいっぺんに書くと1500字を超ええてしまうだろうから、またここに書きに来たいと思います。



159:通知表
名前:比呂   日時: 2002/12/15 21:09:33

 先生が通知表や内申書に評定をつける際、クラスや学年の中でどのくらいの位置にいるかを示す「相対評価」に代わり、個々の生徒の学習がどの程度まで到達したかを判断して評価する「絶対評価」に変化しつつあるようですね。人間性を問う評価方法だと聞いています。
 温情ある評価方法に見えて、実は暗い性格の子供を更に落とし込む方法に感じます。

 性格の暗い人への当たりがどんどん厳しくなっているように感じます。生ぬるい形で性格の暗い事を追い込まれるくらいなら、はっきりと追い込んで欲しいです。
 5段階評価で友達が0人なら1、友達が1〜2人なら2、友達が3〜10人なら3、友達が11〜20人なら4、友達が21人以上いるなら5といった形で「友達数」評定を設定するのはどうでしょうか?
 友達がいなくて悩んでいる人には残忍な話に聞こえるかもしれませんが、今の『真綿で首をしめられている状態』よりは良くないですか?
 ハッキリさせる事で問題は解決に向かうと思います。




158:貴重なご意見有難うございました。
名前:さちよ   日時: 2002/12/14 21:34:31

140.月の光さん、142.もそもそ君、私の送って
いるメールや、下宿への訪問が、助けや安心に
になっているかもしれないとしたら、嬉しいです。
が、静かにしておいて欲しいとしたら、益々拒否
され、こじらせることになりますね。
148.不思議な人生になってしまったさんのおっ
しゃるように、要は内容かもしれません。
ご指摘のように私は、行動を提示する事が多か
った(こうなって欲しいからと)。わかって
いるけど出来ない事を、言われても非難でしか
ないという文、ずしんときました。
相手の気持ちを共感しつつ聴く 事が、息子が家に
いる時にできていなかったから、拒否されている
のだと思いました。今となっては、、、考えて
みます。



157:155:まりさん
名前:月の光   日時: 2002/12/14 00:40:56

私は、親の言う通り真面目に通学していましたが、クラス内では一人でした。何していても一人、というつらさはわかりますよ。
人は誰でも安心を求めるので、誰かといたい、とも思いますが、一人でいたい、と思ってもいいのです。自由に思い、考えていいのですよ。

>母にも「逃げたら人生だめな人間になる」と言われているけど「だめな人間」てなんだろう?
だめな人間なんて、いませんよ。
これは想像ですが、お母様が今までの人生で「逃げちゃだめ」と思って、苦しくても(逃げないで) 頑張って生きてこられたのではないでしょうか。
ご自分と同じように、あなたにもできると思って 逃げないで頑張って、と思って、つい、その考えを言ってしまったのではないでしょうか。
お母様は不安の気持ちが強いのではないでしょうか。
自分が生み育てた「あなた」という唯一の存在を 否定するつもりはないのです。(相手を否定することは自分を否定することです)

私は 嫌なこと、苦しいこと、つらいことがあると逃げたり、離れたり、避けていました。
親は「若い時の苦労は買ってでもしろ」とか「この苦しみが自分のためになる」「逃げるな」とお説教されましたが、その通りにしても苦しいだけでした。
なぜなら、自分の意思、気持ち(心)で選んだのでなく、何も言われたくないために 無理に 自分を強制させたのです。
親のいう通り、若い時の苦労は・・・確かにそういう部分もあります、でも選ぶのは自分自身ですよ。

気分が楽になることをしていると 自分のことを考えられる時もあります。どうしてもつらいなら、今は、今のままでいいですよね。
自分の望み、願いを実現するために、何かやってみようと 自然に思える日は来ますから・・・。




156:153:白い砂さんへ
名前:月の光   日時: 2002/12/13 23:33:25

白い砂さん、こんばんは。
お返事ありがとうございます。読んで頂けるだけでも、うれしかったです。
お元気で、何よりです。よかったですね。
「甘えや怠けなのだろうか、わがままだろうか」と、自分を判断してしまうのも 他の人々になんて言われるか怖れている(言われたくない)からですよね。
正直に 私のことを書かせて頂きますね。私は自分の手で、自分の人生を大事にしたいと思っています。
私の評価、私の価値は 自分でする。私が決める、他の人が言った評価じゃなく私が決めるものが自分、と思っています。どんなに親しい人でも家族同士でも、自分の外側しか見えないし、内側まではわからないです。
理解しあうためにコミュニケーションするのですが。

学生時代、我慢をして、嫌われないように、否定されないように ご自身を、自分の気持ちを守ってこられたのですね。
「自分らしさ」って、何でしょうね。私も考え、探しているところ。
「自由=好き放題」と勘違いして 人を抑圧したり否定したり反論する人がいるけど、、もちろんそれとは違いますよね。
個性を表現したり発揮することでしょうか?自分の思い、感じたこと、感情を 思ったまま、素直に出せることでしょうか。
表現しても、誰も傷つけないですよ。大丈夫です。摩擦すると怖がっていたら 余計ぶつかってしまうのです。
自分の声で、自由に歌うことは 相手に何もかも合わせて 自分の声も音も 表現も個性も、何もかも、失ってしまうことではなくて。周囲の音と混ざり合い、調和して、一緒に歌うってことですよね。自分を大事にしてくださいね。

信じていた人が何も言わないで離れる経験はつらかったですね、でも新しい出会いも確かにあります・・・。
離れていったので「自分は自然に接していても、人を傷つけて居たのか…」と思ったのですね。
相手の心の中は伺い知れませんが、自分のことを思ってくれない人と 無理に一緒にいても、すれ違うだけになってしまいますね。
私もそういう経験あります。離れていく人とは距離を置いたり離れることにしています。
個性の違い、気があう、性格があう、あわなくなる、ということもあります。一人ひとり違うことは当たり前のこと・自然なので、それを責められないです。

「都合良く生きるために自分らしさを捨てる」正しいか正しくないかというよりも、やってみてどういう気分でしょう。
なりたくない自分を信じないでくださいね。実行しないでくださいね。
私は「自分らしさを捨てること」とことん、自分を否定してやってみたけど、楽しくなかった。自分らしくない生き方だったと後悔しています。
一人になっても自分を攻撃したり、自己犠牲・否定しない、自分を大事にしたい、ということ学びました。

>自分らしくあっても心地よく出来ることが仕事になれば…
あなたの夢なのですね。願い、夢、希望とか、自分の意思を持つことは わがままでしょうか。

>対人関係が上手くいけば今の自分をふっきれるような気もするんです。
>仕事に『自分』の居場所が有れば… 働くことや協力することに喜びを感じられれば…
私もそう思いますよ。
>(やはり生活するにはお金は必要なのですが)
そうですね。必要でも、お金は第一じゃないことは確かです。
お金や世間、人の評価、人の言葉のほうを 大事にしたため、自分の心を粗末に扱い、否定していた経験者として 書かせて頂きました。
読んでくれてありがとうございます。




155:孤独にいつもなってしまうから・・・
名前:まり   日時: 2002/12/13 12:57:01

私は、引きこもりになって8ヶ月になる中学1年の女子です。私が引きこもりになった、きっかけは、中学に入って一人も友達が出来なかったから…。授業時間も一人、何をしても一人。私は引きこもりになった。誰も気がついていなかった、私が一人で悩み、苦しんで決めたことを…。
「こんなときまで一人なんだ…」
やっぱり自分でも思うことがある。「逃げてる」のか、なんて。
一人で居ると、孤独になってしまうから。
一人って楽なのかもしれない…。
逃げるってどうゆうことなんだろ?
母にも「逃げたら人生だめな人間になる」と言われているけど「だめな人間」てなんだろう?



154:回復してきたけど
名前:かさ   日時: 2002/12/13 03:13:59

私は、1年間殆どひきこもり状態でした。
外へ出ると途端に体調が悪くなってしまい、外へ出ることが恐くなってしまったのがきっかけです。今はだいぶ良くなってきましたが、3年経った今でも、その時の症状を引きずっています。
こんなふうになってしまったからなのか、これが元々の私なのかは解らないけれど、以前より
人間関係が本当に苦手になってしまいました。
最近学校にもあまり通えていなし、たまに行ってもクラスの友達に挨拶さえできません。
これから受験生になるのに、すごく不安です。

だけど近頃、自分のペースで頑張っていければいいや〜と思ってます。もう、開き直ってるかも(笑)。
ちょっとづつ前に進めたら、努力できたら、努力したいと思えたら、それでいいやって思います。




153:自分らしく
名前:白い砂   日時: 2002/12/13 01:25:16

>月の光さん
こちらもご意見ありがとうございます。
周囲を気にせず意見を述べられる場が見つからず、いつも自問自答の日々でしたので、こうして意見を貰えるのは嬉しいです。
(逆に貰ってばかりで返せずにすみません)

体に異常は無い。(運動は苦手ですが)
ただ甘えや怠けなのだろうか。
働くことが恐く感じてしまうのは何故だろう?いつの間にか集団の場(会社や学校)に対して否定的な考えしか浮かばなくなってしまったのは何故だろう…

今思うと学生だったとき、学校が居心地悪くても我慢をして出席し、嫌われないように適度な愛想を振り、ただ受験・卒業のための勉強授業、否定されるのが恐くて絵が好きなことも隠し、自分らしさを消して過ごして来たと思います。
あと、学校での数少ない話せる友人…と思っていた人に突然無視されたのがショックでした。
「自分は自然に接していても、人を傷つけて居たのか…」と相手に何処が気に入らないのか問う事も出来ず、自己嫌悪に陥ってしまいました…今でもある程度人と親しくなっても、つい自分から離れたり避けたりして距離をとってしまいます。
なんとか卒業は出来たものの、学校や社会への不信感・不安ばかりが溜まっていて…進学も就職も興味が湧かず希望が持てず、今にいたります。
ひきこもりになったのはその時の反動なのでしょうか?

都合良く生きるために自分らしさを捨てるのが人生かと。
そんな生き方が正しいのかと。
自分らしくあっても心地よく出来ることが仕事になれば…
なんてものは幻想なのでしょうか?
…それともただの我が侭でしょうか。
もしかしたら、対人関係が上手くいけば今の自分をふっきれるような気もするんです。
仕事に『自分』の居場所が有れば…
働くことや協力することに喜びを感じられれば…
お金や物欲を超えた仕事をしてみたいです。
(やはり生活するにはお金は必要なのですが)




152:引きこもりの定義
名前:jinn   日時: 2002/12/12 23:23:15

引きこもりに関して、暗い人の専売特許のように思われがちですが、それは間違いだと思います。一見明るく見えても家に帰れば真っ暗になるひとだって結構いる、いえ、かなりいます。
わたしの場合は幼年期とてもおとなしいどちらかといえば暗い性質の子供でしたが、義務教育という共同生活やその後も学校、塾、趣味の場でさえ、人との駆け引き、上手くたちいふるまうことが要求されます。自分の身を守るために必死で明るく努めていくうちに、いつの間にか明るいひと、という評価を受けるようになりました。そんなわけねーよ!って自分では思っていても、習慣でなんとか場を盛り上げようとしてしまうので、とても疲れます。ですから大勢で集ったりすることが死ぬほど苦手です。
ほんとに苦痛です。ただそれをすることが生きていく上で必要不可欠な要素であったからこそ、やってきたわけです。わたしのようなケースは決して珍しいことではないと思っているのですが・・・。
人は傍目だけではわかりません。
ひとつの枠組みの中だけでは語れないのがひきこもりではないでしょうか?
どんな精神疾患をもっていても自覚するかしないかそれだけの差だし、普通か異常かなんて誰もわからない。世界がひとつのタンスだとすれば、人間をそれぞれの引出しにいれて分別していくようなもの。そんなこと馬鹿馬鹿しい。
どうしてそんなことしなくちゃならないの?



151:抜け出したきっかけ
名前:   日時: 2002/12/12 22:30:16

 私は高校1年の終わりから学校に行けなくなり、2年生に上がれたものの引きこもってしまい1年留年して今また2年生をやっている18歳女です。
 引きこもりを抜け出したきっかけは、夏に大阪の祖母が白血病という思い病気にかかり
「お見舞いに行かないともう一生会えないかもしれない」と母に言われ決死の思いで横浜から大阪まで行ったことです。
 それまで家から1歩も出ず外に出るのが怖かったのに出てしまえば意外と思っていたより恐ろしい事ではなくそれから私は少しづつ外にでれるようになりました。
 そして今は2年生をダブって、保健室に良く行く不良!?少女だけどなんとか自分の夢であるカウンセラーになるという道を目指し頑張っています。



150:引きこもりの原因を作った人達はこの事を知っているのかなぁ…?
名前:弥生   日時: 2002/12/12 14:29:24

初めまして。弥生です。
私は今中学2年なのですが、昨年、引きこもりをしかけました。
原因は友達関係がほとんどでした。
でも、1度ならずして、これが2回目だったのです。
1度目は、小5の時でした。
そのときは半年もしない間に、みんなと仲良くなることができました。
中学1年の時にまた、そのような事が起きました。
小学校の時の同じ人がまたその中に混ざっていて、反省していなかったんだなと改めて思いました。
その1年は今振り返るだけでも残酷なものでした。
私はもう目の前を見ることができず、自分で何をしているのかもわからない状態でした。
リストカッターになってみたり、精神、体もズタズタでした。
数ヶ月はその人たちだけだったのですが、その後、ついには誰も信じる事が出来なくなりました。家族を信じることも出来ず、最終的には自分を信じることも出来なくなりました。
けれど、立ち上がる勇気をくれたのは、メールで知り合った友達でした。
顔は知らないけれど、私の周りにいた人より、気持ちも分かってくれる方でした。
その友達は信じていますが周りにいる裏切った人たちの事はもう信じようとも思えなくなりました。
けれど、その経験から少し、人が考えている事を顔で読みとることが出来るようになりました
。「前は何も出来なくて、ごめんね」と言われました。2回とも主犯は同じ人で、その人に謝られてもその人を信じることは絶対ないと私は思います。
もしかしたら、周りの人よりもメールなどで知り合った心優しい人に相談した方が一番良い方法なのかもしれないと私は思いました。



149:このサイトのコラムを読んで
名前:一郎 (引きこもり歴23年)   日時: 2002/12/12 01:59:54

コラムを読んで、私たち『引きこもり』には
『結婚歴のある人も含まれる。』と、知りました。
私にとってはカルチャーショックでした。

私の場合、対人恐怖症を持っているので女性と付き合ったことは無く、
女性の友人なんて今までゼロです。
当然、バレンタインデーに義理チョコでさえ貰った経験はありません。
それどころか、引きこもりになる前に病気で入院した時、
ナースとの会話でさえも恐怖心を伴ってしまい、苦労した程です。
従って、私が結婚する可能性なんて永久にゼロです。その為、
結婚歴のある人も引きこもりになるなんて、思ってもいませんでした。

そこでふと、小さな疑問が湧いたのですが
結婚歴があっても引きこもりと認められるのならば、例えば
『定職を持たずに朝から家で酒を飲んで、妻子に暴力を振るう夫』
みたいな、ドラマやアニメに出てくるような典型的ダメおやじでも、
『引きこもりの人』と解釈してよいのでしょうか?
全くの例えばでの話なのですが、気になってしまいました。




148:さちよさんへ
名前:不思議な人生になってしまった   日時: 2002/12/11 20:40:18

私は以前お子さんのような状態にあって運よく原因に取り組んで変化した人間です。
親としてのお気持ちわかりました。でも足りない認識があります。

それは全く普通の視点では発想として出てこない状態なのです。
・本人もどんな状態に自分がなっているのか分からないながら問題の結果起こること(対人恐怖なり外に出れないなり、普通になれないなりどうも感覚が違っているよう)しか自覚できず、理由と解決法が解らないでいる事実。
何故なのか、どうしたら抜けられるのか、何か理由があるのか、解消する手立てがあるのか、本人は一切分からないままその状態の中に居るのです。
・その上で周りからは「普通という次元」での励ましやアドバイスをされ続ける。「普通の次元」では自然なことばかりですが、それはあくまで「普通という次元」の中での話なのです。
「相手が違った状態に在る」前提認識の欠落からそのアクションや関係が続くのでしょう。
もしあなたが「自分がもがいてももがいても変わらない感覚、なにかどうしようもない力が働いているのか解らないようなどうも普通ではない状態の中で、現実にはどう在るべきか分かっていても今の状態に有っては出来ないことを、自分の状態は理解されないまま投げられる日々」が延々続いたとしたら、どう思われますか?
当事者だったとしたら。
呼びかけが自分の状態の解決に一向に繋がらないことだとしたら、どうでしょうね。
・理解するとは、本当はどういうこと?と考えたことは有りますか? 「理解とは何に対しての理解?」理解が先にある? 違うのではないですか? こう在って欲しいの方が先に有るのではないですか本当は。
出来ないことの理解なのでしょうか、それとも、気持ちや相手の置かれている真相や、取り組みに向かう理解なのでしょうか。
意見を言うばかりでなく、相手がどんな事態に居るのか相手なりの訴えを丁寧に辛抱強く、それも「今相手に本当に起きているトラブルを解決する目的」として「気持ち」の方を聴いてみようという姿勢になったことはありますか? その裏にどんな真実が隠されているんだろうと。
この真実を本人も、親御さんも当事者関係は誰も分かっていないことなんですよね、無情にも。
行動を提示するより「もと」の問題にアプローチ、理解をしてみませんか? その問題を一緒に探っていってあげるのが本当の力解決の道に繋がることなんじゃないですか?

それをどうにかするのは、具体的なアクションより自分を認知している心理の問題だってことは本人だって解らないのです。それは普通のトラブルとは違いますよね。 普通の次元でアドバイスしても、それは本人自身よく分かっていて出来ずに困っていることですから、ある意味では相談の仕様が無いことでもあるのです。 自分で説明出来ない。そういう葛藤の中に居て外から正論ばかりをぶつけられては、それは非難でしかなく、誰も聞きたくなくなりますよね。無力感にさいなまれるし。 受け手側は親のスタンスは分かってますから、その繰り返しをされては接触拒否したくなります。 お子さんと関わるためには「相手の置かれている真相」の前認識が絶対必要です。 そうでないと「問題が解決した結果出来ていくこと」ばかりを相手に訴えて解決を一層遅らせる悲劇的な無接触が続いてしまうでしょう。 「本当の原因は何なんだろう?何が解決に繋がるんだろう?」という視点を是非持ってみてください。子供と一緒な目線で。




147:ありがとうございます。
名前:白い砂   日時: 2002/12/11 01:30:58

>ぽんさん
ご意見ありがとうございます。
感情的になってしまい自分でも短絡的な考えを書いてしまったなと思います…

お金を嫌うと言うことは裏返せばお金でしか価値が見えていないのかも知れませんね。
お金に限らずそういう外からの価値でしか計れず、いつも他人と比べてばかりだったような気がします。
成功像や理想像が見えない。
失敗や人に嫌われるのが恐い。
他人より劣っているのが不安になる。
そんな考えばかりで『自分』が無いのかもしれません。
今、私は自分を捜してるのでしょうか?
そしてそれはいつまで続くのだろう…
自分探しが楽しめれば良いのですが(こんな言い分は失礼かもしれませんが)やはり焦ってしまいます…




146:白い砂さんへ
名前:月の光   日時: 2002/12/10 22:36:25

働いていないことですごく苦しいのですよね。
私(リハビリの身ですが)はまだ働いてないのでお気持ちわかります。
お金、物質的なことに対する怖れ、嫌悪感。働いてない今の状態、悲しい気持ち、周囲への申し訳なさ、とかあると思いますが。この二つを切り離して見てみませんか。

欲を持つ、何かしたいと思うのは悪いことではなく、とても自然なことだと思います。
人間は昔から、幸せになりたい、こうしたいと思ってきました。
私も、あれもこれもしたい、ほしい、と思いますよ。お金がほしい、思うこと自体、意思は何も、悪くないと思いますよ。

ただ、お金や物質がない・欠乏の怖れ、持っていない自分になるのを怖れて(そういうのが許せなくて)、極端な行動をとったりする、そこに問題があるだけと思います。
自分は自分らしさも、良心も持っている、心の中にある大事なものを捨てたりしない、と自覚するだけでもよいのではないでしょうか。私はそう思います。

お金がある、持ってる、働いている、作ってる人は価値があり、そうでない人は価値がないのでしょうか。
以下は私の考えにすぎませんが、人間は誰でも価値あると思います。
まだ働いたこともない赤ちゃん、子供、家から出られない病人、ハンディキャップある人、高齢者などたくさんの人がいますが、働いていなくても、お金を稼いでなくても、身体が思うように動かせなくても、価値とは関係なく、みんな同じくらい大切だと思います。

今までの日本の社会では、お金・能力があって出来る人だけが評価されて、同じように、出来ない人はつらかったです。 一人でこの社会を変えようとか思っているのではなくて、今の自分が歩いていく道、自分がいる場所だけでも、心が楽になれて生きられるように、考え方、物の見方、心の持ち方をちょっと変えてみよう、と思っています。 もうがむしゃらに何かを手に入れるために、ガツガツするのはやめて、自分なりのスローなペースで好きなことをやってみたい。 そして自分のためにもなり、誰かのためにもなる仕事が一生懸命楽しくできたらいいな、と私は思っています。

好きだと言えること、絵を描く事、自分のすることを、お金と結びつけたり、どのくらいの価値や生産性があるのか(世間が評価するように)判断すると苦しくなってしまいますよね。

>絵が好き、絵を見たいと思った人に等しく分け与えられるのが好きです。 とても素敵だと思います!そうしたい、と思ったことでお金とは換えられないほどの大きなものを心に持っておられるじゃないですか? 価値がない人なんていないです。自分のことを否定してしまうかもしれないですが、自分のためになるべくそうしないであげてください。

>「金にならない事は意味がない」「お金が無いと生きていけない」 お金、生活のことを考えてしまうとそう思いますよね。お金は生活に必要ですが、「意味がない、生きていけない、・・・がない、・・・でなければだめだ」と思うとその考えで自分の心を束縛してしまいます。

お金。評価。価値。世間で、大多数の人が決めているシステムが本当に、あなたの幸せなのでしょうか。楽しめることを探しませんか。 自分なりに縛られずに自由に、ゆっくり生きてる、楽しんでいる人はおられると思いますよ。 自分の考えばかり、書いてごめんなさい。失礼します。




144:抜け出せない
名前:kuon   日時: 2002/12/10 17:53:55

幼い頃から人とうまく馴染めなく休みがちだった、中学に入ってからひどくなり、2年生になってからはほとんど学校に行けなかった。美術部に入っていて、描いたポスターが入選した時、担任が「学校に出てこんやつが何で入選なんかできるんだ、あんなやつに賞品渡さんでもいいやろ」と言っているのを聞いてしまった。教師なんかこんなもんかと思った。高校に入っても学校にいけず、すぐに辞めてしまった。

幼い頃、親の言うことを聞かないと竹の物差しでよく殴られていた、中学生になったとたん父親はいっさい殴らなくなり、そのかわり何かあるとすぐ他人を呼ぶようになった。親ってなんだろうと思うようになる。
暴れるようになり、16歳のとき3ヶ月位だったと思うが、精神病院に入れられた。ドアに鍵をかけられた大きな部屋で、アルコール依存症の人や交通事故を起こした人、身体に障害を持った人、同じぐらいの年の人から老人までいろんな人が20人ぐらい同じ部屋に入れられていた。病院では治療らしき物はほとんどなく、カウンセリングもなかった。ただ隔離されただけだった。この時期にまともなカウンセリングを受けることができていれば抜け出すことが出来ていたかも。
その後、親戚の土地家屋調査士事務所を手伝うようになった。パソコンが扱えたので、システムの修復や、配線、パソコンの組み立てなどもやった。交通費しかもらえなかったこともあったけど、ほかに行ける所がなかった。仕事中頭に怪我をして1ヶ月ほど病院に通ったが何の保証もなく、「労災に入ってないから怪我をするな」と言われた。自分は人として扱ってもらえないのかと思ったが、どうすることも出来なかった。それ以来行けなくなった。

何とか抜け出そうと資格を取ったり、人とコミュニケーションを取ろうとしたけどうまくできない。20代の頃自殺しようとしたこともあるが死ぬことも出来ず、気づいてももらえなかった。あのとき死ぬことが出来ていればどんなに楽だったろうと思うことがある。 感情を表に出すことが出来なくなってしまい、今年の春頃から家から一歩も出られなくなってしまった。34年間何のために生きてきたのか分からない。周りの人間は全く無関心で、存在さえ否定されているように思う。血の繋がりって何だろう。




143:白い砂さんへ
名前:ぽん   日時: 2002/12/10 12:04:18

>「金にならない事は意味がない」「お金が無 いと生きていけない」という事実が…寂しい のです…

白い砂さん初めまして。

お金が恐いんですか。
僕も確かに今の社会に蔓延している「お金があればいい」とか「モノがあることが幸せだ」という雰囲気に対しては、「人間の生きる意味ってそんなもんなのか?それ以外にもあるだろう。」と思います。
しかし現実的にはおっしゃるとおり金が無ければしょうがない世の中です。僕はテレビでたまに見るどこかの国の少数民族の生活、あの素直さにあこがれたりします。でもそういうところに住もうという気はありません。確かにお金を取り巻く環境は汚いかもしれませんが、今の日本のお金がある状態でしかできないこともあると思うんです。第一お金の無い社会にすることはやっぱり無理です。個人の思想ぐらいで社会を変えられるほど現実は甘くありませんし。

でも、今の社会を変えなくてもお金以外に価値を見出すことはできます。僕は社会を変える気がないのなら、お金はあってしょうがないと割りきるほうが賢明だと思います。名声を追い求めたっていいと思います。結局そうして生きていく中にもそれ以外のなにかの価値を自分の中で忘れなければそれで全然いいと思います。汚れずに生きていくなんて出来るわけ無いですから。そういう部分を許してあげて、短い自分の人生を輝かせることを考えてもいいんじゃないですか?




142:138へのレスです
名前:もそもそ君   日時: 2002/12/10 03:21:38

>ひきこもりの方々、どうしたら親と話をする気になりますか。

私の場合、二回ヒッキーになっていて二回目のこもり中なのですが、一度目はちょうどさちよさんの息子さんと同じように、一人暮らしの状態でこもってました。
当時は私も電話は留守電というか、電話の電源を切っていましたね。居留守も使ったのですが、やはりどこかで助けを求めていたようで、しつこく繰り返し親が来たので、結局何度目かに親と話すことにしました。さちよさんの息子さんと私は違う人間なので、どうかわかりませんが、何度もしつこく息子さんに当たってみるしかないかもですね・・・。
私が現在またヒッキーになってしまったのは、一度目のときに「治療」されない状態のままで周囲の人間環境がたまたま自分に合ったところに潜りこめたからで、実質的には自分は全く変わっていなかったからだと思っています。その後さらに周囲の環境が変わって、現在症状が再発してしまったという感じです。
私がいつシャバに戻れるのかわかりませんが、ナアナアで治るものではないような気はしています。



141:対話・会話(私の家庭の場合)
名前:月の光   日時: 2002/12/10 02:58:34

もし、自分が 聞いてほしい大事なことを 否定されたり、右から左に聞き流されたら、どう思うでしょう。

子供が話し出すと「それは違う」と否定したり、善悪や 正しいかどうかを判断したり、評論したり、
「言いたいことはこうなんだろう」と断定したり、決められる。
聞く、といっても ただ聞くだけで、話の後は お説教したり、自分の考え通りにしなさい、従いなさい、というふうに 親の考えを押し通されると
子供は 話しても・言っても、そのまま 聞いてもらえることはない。考え、意見に賛成されることはなく、いつも考え直し、自分の気持ちや、感情を抑えたり、我慢するばかり。
認められたり、ほめてもらえたり、肯定してもらえることがない。
こういうのが続くと、子供の自信(自分への信頼)は育ちません。自分の気持ちをそのまま 表現して 出してもいいんだとは思えません。
(私は幼稚園の頃、すごい癇癪持ちで、自分でもなぜ、そうなるのか、わからなかった。・・・少し大きくなってからは、泣くことで様々な感情を発散していました。)
私の家庭では 子供の頃から 親と過ごす・話す時間はありましたが、話すといっても、少しも対話にならなくて 子供の頃から、コミュニケーションの練習にもならず、自分の自信を育てることがなかったです。

人が その人のまま・ありのままであることを 受け止めてもらえた、とわかるのは 対話や、生活の中で 自然と 少しずつわかるのでは・・・ と思います。




140:さちよさんへ
名前:月の光   日時: 2002/12/10 02:46:29

>138 さちよさん
はじめまして。こんばんは。
息子さんが対話する気になれない、ということですね。
誰かが 自分のことを気にかけてくれる、それだけでも安心されると思いますよ。
一人ひとり、心も、性格、個性が違うように、ひきこもりの原因も違うのでわかりません。ごめんなさい。

不安や怖れが強くて 行き詰まりを感じておられるのかもしれませんし、静かにしておいてほしい、と思っておられるのかもしれません・・・。

私はひきこもり数年後、今、「リハビリ」みたいなものをしております。
人一倍、感受性が強く繊細な人、恐怖心、不安感の強い人にとって 一人で耐えているのはつらいですが
「体裁、見栄を捨て、ありのままを出して、開き直る」のは、冒険に出るようなもので勇気がいりますね。
すごく緊張しながら、何とか勇気振り絞って、1歩ずつ歩いていくまで 準備の期間がいります。

私の場合は 親から何も言われなくなった時、すごく安心できました。自由に 何を考え、どう判断し、何を話してもいいのだ、どう行動しても何も言われない、と思えた時に 行動してみようか、と思えました。

昔、父親は 他人のことを批判したり 判断を下す、冷たく人を見ていました。
次は、その矛先がこっちにくるのでは?という不安がありました。
何を そんなに怒っているんだろう。突然、キレたり、どうして、そんなに人を裁いたり、否定的になるのだろう。家族も仕事もあって健康で恵まれていて、みんな協力してそれでやっていけるというのに、何がそんなに気に入らないのだろう、何が嫌いなんだろう、とか、いつも思っていました。
父との問題がなければ、傷は小さくすんだかもしれないですが
強さは必要だけど、厳しさだけでは人は育たない・ついていかない、ということも教えてくれた父に感謝すべきですね。

できるかな、勇気出して やってみようかな、と思えるまで たくさんの段階、心の準備があります。 雛がいきなり巣から飛び立てないのと同じです。 これは、私なりの方法に過ぎませんが 人それぞれのやり方、考え方、方法があると思います。 自分が 自分自身と辛抱強くつきあうこと。 何度も 自分を認めたり、自分を許してあげる。 自分が してもらいたかったことを 誰かにしてもらうのではなくて、自分が 自分に(たとえば、優しさ)をあげて 自分の心を育てます。 自分の良いところを 見てあげる。良いところに焦点をあてて見る。(否定するのは簡単にできてしまいます) 自分をどんどんほめていく。肯定していく。 自分が 自分でいてもいい、幸せになれる権利がある、と思えるようになったら 力が湧いてきますよ。




139:みかんさんへ
名前:りょく   日時: 2002/12/08 17:44:28

お役に立てたなら嬉しいです。
内心ビクビクしながら書いていたので、お返事をいただけてホッとしました。

卒業アルバムは、多分載せてもらえますよ。
私の場合は中学校に近付く事ができなかったので(今でも近付きたくありませんが)入学式の時に撮った写真だけが載っていましたけど、写真を撮りに行けるのなら載せることができると思います。
アルバム制作の時期になったら「写真を撮りませんか?」と連絡がくるかもしれません。
撮っておきたいなら、ご両親でも先生でも同級生でも、誰か話しやすい人がいればその人に聞いてみるといいかもしれませんね。




138:なぜ親と話したくないの
名前:さちよ   日時: 2002/12/08 15:56:11

下宿にひきこもり2年余の息子(20代後半、学生)
の気持ちを知りたくて読んでいる親です。
家に帰らず、訪問しても居留守で出てこず、電話
は常に留守電で話が全くできません。携帯メール
に親から一方的に送るだけです。
ひきこもりの方々、どうしたら親と話をする気に
なりますか。愚かな母親に教えて下さい。
それから、息子を含めたひきこもりの方々へ
体裁、見栄を捨て、ありのままを出して、開き
直って、自分の出来る範囲で、生きていってほし
い。一人で悩まずに、親や他人にしつこく、
あきらめずに、ずうずうしく相談するなり話すなりし、
てほしい。理解してくれる人はきっといます。
頭で考えるだけでなく、身体を動かすと
すっきりする。寝たまま腹式呼吸をしてもいい。
せっかく生れてきたのだから、辛いばかり
でなく、楽しい思いもしてほしいです。



137:ひきこもりの哲学
名前:ペタシ   日時: 2002/12/08 13:51:03

ひきこもりとは、ひたすら自分との格闘だと思う。
社会では、人は仕事によってその存在認められる。その社会から孤立し、仕事という計りにかけられなくなった、引きこもっている人は、自分の人生にごまかすことはできない。そしてただひとつ、自分は生きているんだ、という確かな事実に気づくのである。
これはとてつもない事実である。ところが社会は、人に仕事というものでごまかしかけ、生きている事実かくしているのだ。



136:変わらないです。地獄です。
名前:比呂   日時: 2002/12/08 01:36:08

僕は幼い頃から皆から性格が大人しくて暗いから明るい性格に変えろと言われ続けてきました。
性格を変える為には何だってしました。

最初は勉強。クラスで1番になれば何か変わると思いましたが性格的には変化無しでした。
次にスポーツです。バスケ、サッカー、陸上、空手、フットサルなど様々な競技に挑戦しましたが、自信には繋がりませんでした。
次に芸事です。漫才、一発芸、マジック、ジャグリングなどを習い、色々なイベントへの参加をしました。しかし、性格の変化はありませんでした。
そして、理系大学ながら、リハビリのために営業の仕事で笑顔に気をつけました。変わりませんでした。顔の引き攣りがひどくなりました。
そして最後の手段だと思い、精神病院、メンタルクリニックなどに行きました。10〜20年ぐらいで変わると言われました。10〜20年の意味が分かりませんでした。

ただもう、毎日が地獄です。性格が暗い人って、犯罪者以上に悪い人間ですか?
性格の暗い人は甘えているとか、自己表現の勉強が足りないとか言われると強い怒りを覚えます。




135:あるがままでいいんだ
名前:China   日時: 2002/12/08 00:23:39

私は、20歳の大学生です。去年の8月ぐらいから心の中に異変を感じ、うつ状態になりました。その後、4ヶ月位無理をして、学校に行きましたが、ますます体は悪い状態になっていき、12月の半ばごろついに、朝ベッドから起き上がれなくなりました。それから学校を休学し、もうすぐで1年になります。心療内科に2週間に1回通い、薬も最近になって飲むようになりました。カウンセラーの先生と話をして、一年三ヶ月目にしてやっと、少し心が軽くなってきました。私には、相当ストレスが溜まっていたようです。両親の不仲、父親からの勉強のプレッシャー、転校、特に家庭内では全く会話がなく、いつも両親の間に入ってびくびくしていた事が私の心を苦しめていたようです。それが一気に心の重圧となって19歳のとき我慢できなくなり、一切への無気力状態へとなってしまいました。この一年、本当に引きこもってしまいました。夜も眠れず、いつも、心は悲しく、苦しく、毎日涙が出ます。親の顔がまともに見れず、母親に一番当たりました。そしていつも母は悲しい表情をしています。母も辛いのだと思います。でも今の私には、優しい言葉一つかけてあげることができません。うつ状態なので、何もできず、苦しいからです。今の私にできること、それは“生きる”事だけです。孤独や、悲しみ、苦しみとともに、一日一日を生きることだけです。それしか出来ないからです。この一年で分かったことは“あるがままでいよう、それが一番正直な自分なんだ”ということです。泣きたいときは泣きます。でもそれはそれででいいと思えるようになりました。眠れなければ、テレビがある。NHK映像散歩がある。色んな国の、色んな生活見るのも楽しい。このまま、あるがままに行こうと思います。



134:父親との関係
名前:月の光   日時: 2002/12/07 22:00:21

>128 うっつり娘さん
優しいお父さんですね。無理強いしない、見ててくれる。いいなぁ〜。

私の父親は攻撃的で批評家、裁判官だったからここまで時間かかって、悩んだりしたけれど
今、振り返れば父なりに気遣って黙って見てくれたと思います。
自分にできる範囲で祖父の時のようにはしない、と気を使ってくれたのはわかります。

父も、私もすごく不器用で、コミュニケーションが下手でした。
私は親に心を開いて話せなかった・・・ずっと否定されてきたからです。
私にとっての父のイメージは「権威的で攻撃的な父」すっかり、心に染みついていたから、話しかけるのも怖くて勇気がなかったです。
いつも避けていました。それでも、子供のほうが父親の気持ちを理解し、察してあげないといけなかった。
感情を出さない、従う、推察してあげる、気を使う。そうしないと、家ではやっていけなかった。自分を抑えるのに必死で感情ないふりをした。 そうしないと、攻撃的になりそうで、心が耐えられなかった。
過去の職場では、父そっくりの性格、考え方で、人を否定し、権威的にふるまう人と出会い、いじめられつらくなり、辞めたけど
人に対して否定的に接するタイプの人は今でも、苦手なのですが

その時の自分の気持ちを見つめ直し、その時の気持ちを乗り越える。今の私の課題です。
恐怖、不安感はリアルでいかにも現実そうだけど、本当は幻想で乗り越えられることを信じます。

本当は 自分は弱くないこと、今まで親や誰かに言われたり評価されたりした時に、自分のことを自分は弱い、醜い、できない、などそのまま受け止めて すっかり思いこんでいた。 「小さな弱い自分」を創って「自分」だというふりをしてきた。その自分は私じゃないです。

父親が攻撃的で批評家、裁判官でここまで時間かかって、悩んだけれど もう過去のことだし・・・今更、恨んでも傷口を広げて苦しくなるだけ。自分で自分の傷を暴くのはやめました。 今の自分を大切にする、それで一生懸命です。




133:自信をつけたい!
名前:ROCKS   日時: 2002/12/07 21:55:05

私は30代半ばで、現在無職です。学生時代と現在の2回、ひきこもり状態になっています。専門学校に通っていた頃、食物系の専攻で調理実習が多く過食気味になり、エスカレートして、恥ずかしい話、「おなら」が止まらなくなり、クラスメートから避けられるようになって、半年後の卒業を目前に不登校になりました。だってこれでは、授業はおろか、片道1時間の電車通学自体無理ですよね。消化器系の医者を探して回っても、効果的な治療は受けられず、結局、自宅で食事の質と量を調整し、人ごみの中のストレスを避けることで、少しずつ体調が回復してきたようでした。でも、確実に治った訳でもなく、また再発したらどうしようという不安から登校を躊躇っていたところへ、先生から「今ならみんな2週間校外実習へ行っていないから、誰も居ない教室で一人自習してみたら?」と誘われ、学校に戻る事が出来て、みんなから1年遅れて卒業にこぎつけました。
2度目は職場での出来事がきっかけでした。
4年前の暮れに、電車通勤中での通勤災害がもとでA社を退社後、不況の為、再就職活動虚しく1年がたち、一昨年の正月明けにB社に入社しました。同時に二人、同年代の気の合う人が入社してくれたおかげで、日々励ましあいながら仕事が出来て幸せでした。しかし、私たち3人と、先輩との雇用条件に格差があり、待遇のよくない先輩からの愚痴話がきっかけで、上司に相談したりしました。その行為が、上司のカンを逆撫でしたらしく、それ以来、些細なことで上司から仕事の揚げ足を取られるようになり、ついに昨年の夏、上司に呼び出され、「あなたは入社以来、履歴書の記載事項どおりの実績が期待出来ず、社内での業務をこれ以上任せられないので、解雇します。」と言い渡されてしまいました。履歴書のどの辺が違うのか問いかけましたが、何と「長所欄の記載内容にまず誤りがある。あなたの性格とどうも違うような気がして、これでは嘘つきだ」と言い、その他の職歴や資格についても、「今まで本当にこれだけやってきたんだったら、もっと色んな結果をここで見せてくれるべきだったのに、そっちの方も、うちに就職する為のでっち上げだったんじゃないかとさえ思うよ」とまで言われる始末です。最後の職場と考えて努力してきただけにショックでした。その事がトラウマとなり、その1ヵ月後に入社したC社でも、親会社に入りびたりで肝心な時に仕事の相談が出来ない上司に不信感が募り、昼間狭い部屋で気の合わない先輩の一方的なお喋りを延々と聞かされて残業する日々が耐えられず、半年後に自己退職しました。

その後、自分に自信をつけたくて、3ヶ月職業訓練校に通いましたが、クラスになじめず、勉強するだけで精一杯で、返って引っ込み思案な性格が浮き彫りになり、訓練卒業後に、こもり気味になってしまいました。何とか再就職したいのですが、前述のトラウマのせいで、履歴書がどうしても書けないのです。自分自身がきちんと見えていないせいで、あんな事を言われる結果を導いてしまったのだろうと、自分を責める気持ちでいっぱいです。また他人の中に入って堂々と仕事をこなしていける自身は蘇るのでしょうか。




132:個人的な話ですが
名前:かつお   日時: 2002/12/07 21:40:07

引きこもりを一年以上続けました。その時何があったかは覚えていても、その時々に自分がどんなことを考えていたのか覚えていないようです。出席日数が足りないと言うことで、中学は卒業証書を貰えませんでした。行かなくなったきっかけはいじめの様な物でした。けれど他人から見たらいじめでは無いのかもしれません。それだけが原因では無かったのかもしれません。学校に行きたくなかったのですが、いじめが理由だと言うのはプライドに障り、また別の理由を言いました。けれど、自分が引きこもりだと思いたくなくて、やがて学校に行くことにしました。職など他の選択肢は無意識に避けて、わざと短絡的に学校を選んだような気がします。ひきこもりに対する私自身のイメージも他人のイメージも、悪いものにしか思えず、必死で外に出て社交性をアピールしました。引きこもりを茶化した話を不愉快な気持ちで聞きながら、自分の体験を他人に話したことはありません。親を信頼していますが、もうそんなことは気にしていないと言うポーズを一貫しています。無理矢理に状態だけ引きこもりから抜け出した感じがします。引きこもっていたことも引きこもった理由も、自分の中で消化出来ずジレンマのように残ったままです。



131:大学入試廃止論
名前:好きなことやろう   日時: 2002/12/07 11:48:19

偏差値を基準に自分の値打ちを決める日本社会は日本人全員に自信を失わせてると思います。それが原因で引きこもり、やる気のない学生、サラリーマン、いじけて人をいじめたり陰口いったり、極端だと理由ははっきりしない人殺しをしたりしてます。できても何の自慢にもならなり超ウルトラクイズ入試に自分がやりたいことを我慢して永遠のサラリーマンになるのが目的の今の日本の洗脳社会システムをかえればみんな元気になると思います。今まではバブルで偽の自信を与えてくれてましたがこれと同じ価値観で仕事を愛せとナルシスト仕事人間の団塊の世代の価値観と今の若者が同じ価値観になれと言われても無理です。みんなが選挙で今のシステムにノーをいうとか、自分の好きなことやりたいことを見つけて自分に自信をつければ引きこもるより自分の好きなことをやり始めると思います。周りに反対されても自分のやりたいことをやって自信をつけてください。



130:お金が恐い…
名前:白い砂   日時: 2002/12/07 02:56:10

高校卒業時からいわゆるひきこもりをしてます。
ここの書き込みを見ては、何故か何度も涙が溢れてしまいました…

祖父母は同居ですが母子家庭で正直裕福な家庭とは言ません。
外出、買い物等は普通に出来ていると思いますが、
養って貰ってるという事に負い目を感じるので最低限しかしてない(できない)様な気もします。
なんとか働かなければと考え求人雑誌を見るも、それだけで恐くなって震えが止まらなくなってしまいました。
「私の様な奴を雇ってくれるだろうか…」
「人間関係は上手くいくだろうか…」
「ただお金のために働き続けるだけの人生だろうか…」
「人並みの仕事も出来ない…しようともしない…」
「自分はもう生きる価値が無いのか…ならば死んだ方がいいのか…?」
などと色々思ってしまい寝るのも辛く、今まで楽しかったことも楽しく感じなくなってしまいました…

変な風に聞こえるかも知れませんが、私はお金(資本主義)が恐いのだと思います。
いくら手に入れても物足りず、際限なく欲が湧き水の様に出て来てしまうのが恐いです。
拝金主義が多くのいじめや差別、または殺人の原因にもなってるのではないか?
極端な話、戦争もお金が原因ではないのか?
金の為に他人を傷つけ、嘘をつき、自分らしさを捨ててしまうのではないか?
逆にお金さえあれば…私は他人や世の中を気にせず、悩まずに生きられただろうか?
そして価値の無い、お金を作れない、作ろうともしない私は生きている意味は無いのか…と。

そんな私をこの世に繋ぎ止めてる物は絵でしょうか。
好きだと言えることは絵を描く事です。唯一、自分がしていることで生産性が有ることです。
web上で細々と公開してますが、絵が好き、絵を見たいと思った人に等しく分け与えられるのが好きです。
絵で稼ごうと思った事もあるのですが、金や名声のためと考えると何か違和感を感じてしまい描くことが苦痛になってしまったのです…

人それぞれですが、一生誰かの世話になる事を認め、開き直るのも…一つの解決法かも知れません。
ただ、世話をしてくれる方にはお返しも出来ず申し訳なく…自分が不甲斐なく…どうしようもなく…
「金にならない事は意味がない」「お金が無いと生きていけない」という事実が…寂しいのです…




129:愛知県豊橋市「おやじのいる会」会員より
名前:あきお   日時: 2002/12/07 00:03:16

自分の体の痛みは、すぐ感じることができるが、人の「痛み」は、なかなか感じることができない。自分のことは、一番分かっているようで、分かっていない。他人のことは、よく分かることがある。自分の中の「悩み」は、自分では、なかなか出すことが難しい。「悩み」を客観的にみるにも仲間が必要になる。「悩み」を同感できる同士ができれば、それは、「悩み」ではなく、「宝物」になる。その同士が親子であってほしい。一人でも多く。なることができる。と念じています。



128:父がしたこと
名前:うっつり娘。   日時: 2002/12/06 09:31:17

父は私がひきこもりはじめたとき、外にでよう、外に出ようといつも言っていました。外に出て、犬の散歩やドライブ、夕食の買い物をしようと言っては私を連れ出しました。嫌なときは私も嫌だと言いました。父は決して無理強いはしませんでした。そうして外で一緒に話したりしているうちにどんどん(?)考えが前向きになっていったように思います。しかし、家に帰るとまた少し元に戻ったり。時間はかかったけど、学校にも行き始めました。頑張ると辛いんですよね。父は普通の人間ですが、私のためなら25年も続けた仕事も辞める覚悟だったそうです。お父さんありがとう。



127:自分はなんだ?
名前:幸祐   日時: 2002/12/06 01:59:06

自分が悩んでる事は、人とはすごく違う感じの引きこもりということ。
けっこう引きこもりの人で多いのが内気とか冷めてるとか消極的とかいうのか多い。
でも、ボクは積極的なほうで明るい方で何か熱い感じでした。
そういうんで引きこもりのネットでは浮いちゃうし、なかなか共感してくれる人がいません。
引きこもる前はスポーツや歌を歌うこと人前でやることが好きだったし得意でした。
そういうことをいうと、だったら「大丈夫じゃない?」って突き放されて、真剣に相談に乗ってくれる人がいませんでした。
いまでも、それで自分が自分のことを医者やカウンセラーに話すことがいやで悩んでます。

自分のことに共感してくれる人を見つけることが難しいことはわかってるけど、どうにか共感しあえる人が欲しいデス。




126:引きこもり
名前:引きこもり   日時: 2002/12/06 01:31:49

私は現在25才になる男で、約1年ほどひきこもっています。大学を卒業してから仕事につきはしたのですが、短期で辞めてしまいました。それ以来ひきこもりを続けています。
悩みは色々あるのですが、何といっても私は物事を判断することがほとんどできません。「あの人はこういう人」だとか、「あれはこうだ」とか、そういうことが全然決められず、自分の中で色々なことが保留状態になってしまうのです。その状態で生きていると、仕事を進めることや他人に気を配るということがほとんどできなくなってしまいます。言葉を言えばいいのだと思うのですが、私は感情を表に出すことに抵抗があるのでなかなかうまくいきません。
今、私の両親や祖母が自分を心配してくれているのですが、自分でもどうしたらいいのかわからずに苦しんでいます。ある意味、私は社会人が嫌いです。裏と表を使いこなす人間が嫌いなのです。なぜ自分が嫌いなものに自分がならなければならないのかと思うと、強い憤りがあります。けれど、目の前で人のことをあれこれ話すというのもまた、残酷なことだと思っています。余裕のある社会人の人達に接すると、いい人だと思う一方で、陰で自分のことを何か言っているのだろうと思ってしまいます。なぜなら、陰がなければ人は余裕を持てないはずだからです。そうでなければ私のように何も判断できない人間になってしまうはずなのですから。
私は陰を作るということが何か後ろめたく思えて、陰を作ることが全然できません。今、ひどく貧しい人生を送っていると思うのですが、どうすることもできずあがいているところです。



125:答え
名前:らくす   日時: 2002/12/05 23:17:57

自分は他の人と同じように人間なのか?
自分は生きていていいのか?
小学校の時から呟いていたと思う。

「生きるのには誰の許可もいらない」
そう思えるようになるのには、かなりの年月が必要だった。
しかし、それだけではダメだった。

結局、生きる許しを与えるのは自分でしかなくて
同じように全ての人々が許しあうしかなく
自分を肯定し、同時に他人を肯定し
全ての命を肯定するところから始めるしかなく

そんなものは非常に脆弱で、何気ない他人の一言で崩れ去ってしまう。
また少しずつ積み上げるしかない。
そこに誰かいれば、楽しい時間なのかもしれない。




124:気持ちが楽になりました。
名前:みかん   日時: 2002/12/05 16:46:01

りょくさんのお話を読んで、自分のどうしていいのかわからない気持ちが少し楽になりました。
何だか、下手に自分の気持ちをわかろうとするカウンセラーに相談して傷つくより、同じ気持ちを経験した人に相談する方がよっぽど気持ちが楽になるぁ…と思いました。

あと、どうしてひきこもりの人は卒業アルバムに載せてもらえないんだろう???
私が学校に行ってないからなのかな?
何か、一生残るものなのになぁ…と思うとかなしいなぁ〜。。




123:引きこもりをサポートをしっかりしてくれる人(組織・団体)はいないんですか?
名前:ブリギッタ   日時: 2002/12/05 14:27:53

引きこもりをしてるもんですが。
はっきりイってボクが引きこもって辛かったとき助けてくれた人はいませんでした(病院も保健センターも有名なクリニックも親も)
自分の力でどうにかここまで這い上がってきました。(今なお精神病に苦しむ)
そりゃ、余裕がある人や症状の軽い奴はどうにか自分の足で這い上がってこれるけど、本当に重い奴はどうすればいいんですか??
俺は今でもスゴイ怒りを感じます。
病院でも親でも精神障害者の居場所とかも自主グループもぜんぜん力になりません。
、ビジネス化してる病院・クリニックにボクはほんとに怒りを覚えます。
初めていったところでマジ勇気を出していったものの、何時間も待たされ診察は20分程度、適当に話して「薬を出すからね。」?????
なんもおれの事わかってねーのに、軽くそんな事でいいのか?!!
俺は怒りと唖然とでただただ放心状態だ。
こんな状況だからいつまでたっても引きこもりはもちろん精神病にかかってるいろんな人たちは立ち上がれなくて、そういう苦しんでる人たちがいっぱいいる。
もう反抗する力もなくて、諦めきってる人がほとんどだ。
今でも俺が自分の状態をいい方向へと行かせるにはどうしたらいいか、マジで苦しんで悩んでます。
どうしたらいいんでしょう?



122:マジ、同感。
名前:関の山   日時: 2002/12/05 14:14:22

引きこもりっていうけど、本当に引きこもって辛い状態の人とかっていうのは、自主グループにもいけないよ。
万にいけたとしても、そこにはそこのルールがあって、マジ無理です。
状態が本当に良くなった奴か、そんなに状態の悪くなかった奴しか無理だと思う。
重体の人を助けるための対策をしっかり考えるべきだと思う



121:無気力に悩む
名前:こつ   日時: 2002/12/05 02:42:10

「義務的」にそこにいることはできます。
おれの場合、学校に通うことは問題なかった。
いじめられてたわけでもない。
しかし「積極的に」とか「明るく、楽しく」とか、前向きな姿勢でみんなのなかにいることが苦手。
だから、どうしても「透明な存在」になってしまう。いるのかいないのかわからない。
学校を卒業して困ったのは、大人の社会は生きるためにもっともっと積極さを求められるということ。入り口である就職活動ひとつをとっても熱意を伝えなければ成功しない。
積極的になれない。親の時代のように「モノ」にものめりこめない。働いてお金を稼ぐことに積極的になれない。
どうやったらいいのかわからない。
どうやったら生きることにもっと積極的になれるんだろうか。




120:二人の帰国子女の例
名前:Giovinezza   日時: 2002/12/05 02:09:06

私は人生の半分を海外で過ごした帰国子女です。幼い頃に〇〇へ行き、日本の記憶が無かった私には「帰国」した日本が最初の「外国」でした。日本語が下手で、日本のことを何も知らない為、学校で「〇〇人」といじめられ、その後に米国へ行き、「日本人」と、再び日本に「帰国」した際は「アメリカ人」と言う訳で、精神的に帰る場所の無い「帰国子女」になってしまった。常に言語・文化的に孤独な上、日本では「イイよね、帰国子女って、言葉は話せるし、海外経験はあるし、受験も就職も有利じゃん。」などと言われ、人の苦労を理解してもらえない。また、日本人という自覚を持ったうえで、四、五年海外に行った「短期組」にすら理解してもらえない。私自身も日本人の行動、社会が不自然に思え、人間関係、社会的、精神的に孤立無援に陥ってしまい、ストレスばかり溜めていた。
常に自殺願望があり、電気コードや、プラットホームに入ってくる電車を見ながら、死んだ自分を思い浮かべていた。その一方、悲しいかな、日本人とその社会を見下すことで自分を肯定し、生き続けていた。
大学に入って、自分と似た境遇の人に会った。彼は成績優秀で性格もよかった。だが、彼も私と同じ悩みがあった、「日本人になれない。」彼はそのため国立の有名校を退学した経験があった。そこで、二人だけのときは、お互いに愚痴をこぼしながら、励ましあっていた。ただ、一つだけ意見が分かれた、私が視野の狭い日本社会のあり方に批判的な一方、彼は「日本人になる。」というのだ。確かに、彼の方が正しいと思う。日本だけでなく、何処だって視野は狭いし、「海外」では現地に馴染むことができたのだから、日本にもその内慣れると。彼は優しく、他人を悪くする人ではなかった。しかし、それによって彼は無理をしていたんだと思う。突然学校を辞め、「外に出れないんだ。」と電話越しで、苦しそうに伝えてきた。引きこもって半年後、彼は飛び降り自殺した。
周囲は、彼は「うつ病」だったんだと言う。まるでインフルエンザにでもかかって死んだような扱い。私は彼はそんな周囲の人に「殺された」と思う。そして、知っていながら彼を救えなかった自分を恨む。
前に書いたように、私は自己肯定しながら生きています、周りから理解されず、変人扱いされ、外に出たくないと思いながらも、引きこもりません。引きこもれば「人生」が死にます。人生は一度で、生きるのは自分です。苦しくても、それは自分の人生です。ストレスが溜まるのも、いやな思いをするのも、生きているということ。一歩も前に進めなくなるときまで、私は視野が狭く、寛容のない、偽善的な人間社会に戦いを挑みたい。戦いは苦しいが無条件でそれに殺されるたくは無い。そして死んでから彼に報告したい。「やっぱり、生きることほどクソッタレなことはない。」と。



119:ひきこもり、悪いとは思わない
名前:nagao   日時: 2002/12/05 02:01:16

私もNHKの告知を見て知りました。
最初にひきこもりがちになったのは、高校1年の時でした。
原因はいじめです。今思うと「あれ、いじめか?」と思う。なぜなら大したことはされてなかったからです。単純に自分が弱い人間なんだなと逆にいい経験させてもらって勉強になったなと心からそう思えるようになりました。しかし、その時の引きこもりが原因で外に出るのが面倒くさくなっていわゆるインドア派になってしまいました。全く悪いことだとは思いません。暗いと思うかもしれませんが家でゲームをしたり映画を見たりするのが好きですから。
高校を卒業した後3年ほど警備の仕事について最近退職しました。理由はやってみたい仕事があるからです。今思えば、引きこもりだった自分を救ってくれたのは職場の人たちのおかげです、とても感謝しています、ある時は叱られ、ある時は笑い励ましあい、いい人たちに恵まれました。
現在引きこもりになっているみなさん、立ち直るために夢を見つけましょう。自分が何をしたいのか、なんでもいいんです、例えば、TVゲームが好きな人はゲーム業界に入ってすごい作品を作りたいとか、パソコンが好きな人は通信教育でパソコン資格を取るとか、まず第一歩を踏み出しましょう。
親と一緒に暮らしてる方、一人暮らしをして親元から離れてみましょう。甘えてはいけません、自分ひとりの力で生きていくんだという思いでがんばりましょう!



118:身体と心のハンディを抱えて
名前:葉子   日時: 2002/12/05 01:47:06

私は現在30代半ばです。
幼年期から今まで何度もひきこもりを繰り返してきました。
生後間もなく顔に腫瘍ができ、その事で周囲の人達から心ない言葉をたくさん投げつけられ、人が恐くてたまらなかったのです。
両親はそういう偏見に対して言い返せる人ではありませんし、私は泣き寝入りするしかすべを知りませんでした。
辛くて苦しくてたまらないのに「甘えてるだけだ」と言う大人がいっぱいいました。
強くなれない自分を一番責めているのは自分自身なのに、そんな事を言われたらますます行き場がなくなるばかり。
どうして偏見を持つ人が責められず、私のほうが肩身の狭い思いをしなければならないのか、その矛盾に気がついたのは、30代になって同じような仲間と出会ってからでした。
それからの私は少しずつ強くなり、何か嫌な事を言われても言い返せるようにもなりました。
でも、人が恐いという気持ちは相変わらず持ち続けていますし、精神安定剤と抗鬱剤がないと不安になり、たまにパニック発作が起きます。
職に就きたくても続けていける自信がなく、いつも求人紙を眺めては考え込んでしまいます。
ひきこもりにならざるを得ない人達の苦しみを、もっと多くの人達に理解して欲しいです。
当人を責めても何の解決にもならないという事さえ理解していない人がいる事が残念でなりません。



117:ひきこもり同士の上下関係
名前:RE:101:居場所ってないよね   日時: 2002/12/05 01:40:24

だめちゃんさんの意見ですけど自分も実感ですね。

なんたらスペースとかってあるけどもあそこ行っても「常連だけで固まって話す人」「人に気を使わない人達ばかりの集まり。」ってホント多いです。わたしも数年前に嫌気がさしてそういうところには行かないようになりました。

本当の引きこもりで困ってる子供たちや青年を受け入れる場所って少なすぎですね。
主催者がしっかりしてない!ところがそういう場所の提供者になっているんだとおもいます。
(引きこもりを食いものにしてお金儲けに走ってる団体みたいなのとか)

で、今結局自分自身が敢えて、引きこもりなんだけど仲間とか友達を作る手段はネットですね。結構趣味が似てるひととかもいてOFF会とかして楽しかったりします。

あ、モチ自分が引きこもりだっていうのは内緒にしてますが。

って、おまいは引きこもりかい!(笑)
と言われそうですが、13年引きこもってるベテランです(えっへん)

引きこもりだからって家の中に閉じこもったり昼夜逆転してたり仕事してなかったりしても気にしなくていいような。って自分、めちゃめちゃ楽観主義者ですが・・・・。

あまり焦りは感じてないです。むしろ今の現状があって未来がくるんだろうと思ってます。

引きこもったお陰で出会えなかった出会いがあったり経験があったりしたので自分の13年は無駄じゃなかった、通り道で「ここは途中だ、旅のどこかだ!」なんだと思うようにしてます。
でないと疲れるし(笑)ねぇ・・・。




116:2002.12.5思いついたことを素直にかいてみる。
名前:ヒロ   日時: 2002/12/05 01:38:27

私が経験から得たこと。
焦らない、無理しない。
頭でカーって考えて、「ようし、頑張ってみよっかなあ」って思うことがある。でも、体も心もついていかない。そんな時は、きっと頑張っても、上手くはいかない。頭が痛くなったり、胸が重くなったり、疲れたりする。体が、「まだ早いよ〜」って教えてくれる。
リラックスしていると、今の自分が、そう悪くないって感じる。そう思えることが嬉しい。ここの掲示板の前のほうに、「のんびり引きこもりを楽しんでる」っていう人がいたけど、素敵な方だと思いました。
今ここで、揺れながら、時には震えながら、世界を見ている。優しいひとが好き。
やわらかい手触りのお布団で寝るのが好き、熱い紅茶を飲んでホッとするのが好き、毎日テレビを見て、新聞を読んで、音楽を聴く。いろんな素敵なものが、世の中にはある。わたしの傍にいる家族。あなたたちといると、私は安心する。
頑張りぬいて、空っぽになっても、疲れはてても・・・いまこの場所がある。
いまは、長い長いお休みをとって、疲れ果てる前のただの子供に戻って、甘えさせてもらうね。いけないって言われたって、私はそうしたい。そうしかできない。
私は、ここにいていいんだと、自分に許す。栄養をとり、ぐうぐう眠り、エネルギーを貯める。
最近知った言葉。「よく育つものはゆっくりと育つ」・・本当だと思うヨ。
私はここで立ち止まっている。この時間が、私にとってとても大切だから。
焦らない。もっというと、もう頑張らない。無理はしない。
でも、無理してしまって疲れてしまっても、それでいい。どっちも私。
いま、揺れながら、生きている自分のことを、愛しく感じることできます。
つたない文章ですが、いまこの瞬間の自分の気持ちです。



115:どうしてひきこもりになるのかについて直感的に思ったこと
名前:mammo   日時: 2002/12/05 01:18:23

私は当事者でもなければ、そういう人が
身近にいるわけでもありません。
ひきこもりについて全く何も知りませんし
興味を持っていたわけでもありません。
しかし、どうしてひきこもりという事態に
陥ってしまうのかと考えた時に、
思ったことがありましたので投稿させて
いただこうと思った次第であります。
私が思うに原因は、自分自身を表現する
文章力、国語力、表現力のなさにあると
思うのです。
あるいは自分の気持ちと考えをあらわす
言葉を知らないという知識のなさにもある
と思います。
人とコミュニケーションをはかるには
自分を理解、納得してもらわなければなりません。
人に理解、納得してもらうには
自分の考えをまとめられ、気持ちを整理でき、うまく表現できなければなりません。
そのために必要なのが国語力であり文章力であり表現力だと思うのです。
うまく表現できないからと言って
自分の意見を引っ込めることなく
簡単な言葉で妥協することなく
最後まで言葉を尽くすという努力を
することこそ、必要なことだと思うのです。
多くの読書による文章と表現の勉強、
自分の気持ちを伝えるために言葉を尽くす努力をする訓練、
そういったことが小さな頃からなされていれば
ひきこもりはおこらないだろうと思います。



114:しあわせ
名前:りっちゃん   日時: 2002/12/05 01:15:17

私自身ひきこもりを経験し、現在は仕事と子育て真っ最中の身です。
子育てこの掲示板を見てて思ったのは、親が優しいのかな?
ということです。
ひきこもりってどの程度のことを、そう呼ぶのか
わからないけど、働かずして生きてくのに最低限
必要な衣食住はそろってるように見受けられました。
結婚して家を出た私は暮らすことのたいへんさを
知り始めたところだったので、逆にちょっとうら
やましさを覚えてしまいました。

月に1度ぐらい、誰にも会いたくない、
私のまわりに人間は近寄らないでほしい、
と思うときがあります。
もちろん会社も休みます。
会社に電話するときは本当に嫌な気持ち。
自分に対して。

自分を責めてるとキリがないよね。
でもこうして今息をして生きてるんだから。
意味のないことはない。居場所は絶対ある。

ひきこもったことがないやつが何を言うか!
って感じですよね(笑)
ひきこもりの方、頑張らなくてもいいけど、
あきらめないでください。
人生捨てたもんじゃないっす。

登山、おすすめですよ。かなりしんどいけど。
世の中のきつい性格の人間たちと顔を突き
合わせてるよりはずっと楽。




113:まさか。
名前:KJ   日時: 2002/12/05 01:04:03

私がそうなのかなぁと思ったのは大学の部活を引退してからでした。およそ2年前です。それまでは勉強よりも部活一筋だったので他の事はあまり考えずにいました。自分でもこれからは勉強を再度しようと思っていましたが、今までの休み癖か、徐々に学校へ行けなくなりました。その頃同学年の子は卒研・就職等の話題で、自分だけ違うのが辛かった時期でした。日毎に無気力が強まり授業に出なくなりました。生活が昼夜逆転し、毎日考える事はあまり変わらず精神的にとても辛かったです。なかなか両親や親しい友人にもその事が話せず、ただ一日一日が過ぎて行き時間が浪費していると感じました。
ただ、私は大学で一人暮しだったので辛くなるとよく実家に帰省していました。2年前はまさか自分がそうなっているとは思わなかったので特別な行動はとりませんでしたが、自分の中でもうこれ以上は耐えなれないと思った時に初めてスクールカウンセラーに相談しました。数回相談して少しずつ落ち着きました。まだ、授業には出れる状況ではありませんでしたが家族や親しい友人には話す事が出来ました。時間が経つと何事も少しずつ良い方向に変化するのか、昨冬両親に全てを話しました。その後は家族全員でサポートしてくれて生活も元通りになるようになり始めました。授業にも少しずつ出席出来るようになり、ようやく9月からは全出席しています。
今でも度々家族が私のアパートに来てくれる事もあり随分助かります。他の学生よりも時間はかかったけれど、前向きに生きて大学を卒業出来ればと思います。私がここまで来れたのも家族、親しい友人、学校教職員特に両親のおかげです。



112:自分は自分
名前:   日時: 2002/12/05 00:43:20

ボクは引きこもりではありません。
社会でごく普通に働いています。
でも、プライベートで遊んだりする友達は一人もいません。(笑)
休日なんかは、映画なんかを借りたりして、一人で見たり、
インターネットをしたりして、過ごしています。
他人から見れば、孤独な人だとか、付き合い悪いとか、
面白くない人間だとか言われるかもしれませんが、
全然、気になりません。
だって、人は人、自分は自分ですよね?
それでいいんじゃないかなぁ〜って思います。
気の合わない人たちと一緒にいるよりは、一人でいた方がくつろげます。

あ、ちなみに来年の年賀状も一通も来ないと思います。(^-^;;




111:より素敵な自分になるための神様からのプレゼント
名前:ふぐり   日時: 2002/12/05 00:32:26

まず、私は確かにどなたの目から見ても状況的には“ひきこもり”と呼ばれる立場に3年半あまりいることになります。無気力、鬱、アルコールへの多少の依存、家庭内トラブル、摂食障害、自殺願望・・・様々な苦しい症状にもがきながらも共存してきました。でも、私自身は自分を“ひきこもり”だと定義したことはありません。社会システムからみた常識では、家から何年も外へ向かえず社会活動に参加することはおろか、ただ町を歩くことでさえ修行の様に苦しく感じるなんて想像もつかないだろうし異状だと捉えられて当然でしょう。私もずいぶんその常識の範囲で自分の状況を捉えていた間は自己嫌悪と焦り不安etcに潰されそうでした。
でも、なぜ生活の場が“家”という狭い場であることだけでダメな人間だと決めなきゃなんないのでしょうか。人には人の数だけより良い人生へ向かうための試練やプロセスがあるはずです。ならば、ひきこもりだって1つの立派なプロセスなのではないでしょうか。引きこもっているからこそ出会えること、感じること、見える世界etcが存在するのだから、状況を変えることよりも、ここにいる今の自分だからこそわかること、感じられること、出会える世界を信じて見ていこう、そういう努力をする方に目的を切り替えた方が、誰とも比べない素敵なたった一人の自分に出会えると思うのです。私は今そう考えを切り替えながら自分自信を見つめる段階を経験し始めようとしています。
外の世界には時期がくれば嘘みたいに楽に溶け込めるはずだと私は信じています。苦しみなんて神様がくれた人生の友達なんです。より素敵な自分になるための・・・。一筋の希望の光をどんなに小さくても失わず、頑張りましょうよ!私は明るく捉えて乗り越えるつもりです。



110:引きこもりは甘えじゃないの
名前:引きこもりたくとも引きこもれなかった宏ちゃん   日時: 2002/12/05 00:11:22

僕は引きこもって4年になります。でも最近はちょくちょく外に出てます。家引きこもりの人の話を聞いてると、いい年して親に甘えてるだけじゃないの?と思う。
自分自身も、いじめとかで、登校拒否したかったけど、親に甘えられる環境でなかったこともありできなかった。引きこもりをさせるのは親しだいじゃないかな?甘えを許しているから、引きこもりを生んでいると思う。
今は、自分に子供がいるけど、きっと引きこもりを許さないで、外に出してしまうでしょう。



109:引きこもり
名前:   日時: 2002/12/05 00:09:11

少し掲示板を読ませてもらいました。過去は自分だけだと思っていた引きこもりですが、色んな人が色んな状況の下で悩んでいるんだな〜と思いました。わたしは中学3年の2学期から一年間ずっと家に引きこもっていました。もう10年以上前の話ですけど。原因は恐らく受験。自分自身のプレッシャーと周りの見えないプレッシャーに押しつぶされていたんだろうな〜と今は思います。色んな人が様々な状態で今現在も引きこもりで苦しんでいるし、それをこのような形でサポートするということは素晴らしいと思います。
わたしが一人苦しんでいたころはなんの情報もない状態だったし、登校拒否で自分が将来どうなるかどこの方向に行くかもよくわからなかったから。引きこもりを抜け出して、社会に出ている人の話を聞いても自分はきっと抜け出せないと思っていたし。でも、実際のきっかけは特にないけどわたしは高校受験はせずに大検を受けて大学を卒業して今は社会人になっています。
いろんな状況があるからなんとも言えませんけど、社会にでなければいけないとかこうしなければいけないっていう正解はないと思う。苦しんでいる人にはただのしょうもない話に聞こえるかもしれないけど、自分自身をせめずに今の時間を大切にして自分なりの時間を刻んでいって下さい。わたしは引きこもりの時間が全くの無駄になったとは思わない。無駄な時間はいっぱい過ごしたかもしれないけど、自分の中であの時間がなければ今のわたしはいなかったと思います。ただのモノローグみたいになってしまいましたが、思ったまま書かせてもらいました。



108:二流国民の中で最低ランク?
名前:比呂   日時: 2002/12/04 22:37:50

 世界の中で日本人ほど自分の国にポリシーを持たない国は無いと言われているようです。悔しい話ですが、確かにそうかもしれませんね。
僕は世界を飛び回った経験がありませんので、具体的に分かりませんが、日本人に比べると外国人の方が堂々としているように思えます。
 サッカーや野球を見ても、日本の一流選手は海外に行き、国内には二流の選手が残るという様相が見えてきました。
 その自信の無い国民性を持つ日本人の中でも更に際立って自信を失っているのが『ひきこもり』と呼ばれる人だと思います。
 世界最高レベルの自信喪失を備える『ひきこもり』を最高の悲劇だと思うのか?最高の逆転チャンスと捉えるのか?日本が国を挙げて取り組むべき大きな問題がココにあると思います。



107:ひきこもり同士の上下関係
名前:ころ   日時: 2002/12/04 06:38:23

だめちゃんさんのおっしゃる通りだと思います。私はひきこもりの当事者が集まる集会などは行ったことはありませんが、ひきこもり同士で上下関係をつけて格下だの格上だの思っているのだと思います。
ひとりの人間が孤立すれば優越感に浸れるだろうと考えて落ち着く人もいると思います。人を踏み台にしてまで行う集会は卑劣そのものです。誰かひとりが犠牲になってみんなが元気づく…。そんなことが行われているような気がします。



106:なんとなく
名前:てさんか   日時: 2002/12/04 05:49:21

人生、生きる、苦しいだけのものじゃない。試練じゃない、楽しくあってこその人生、人生ってのは褒美のようなもののはず、楽しくない生なんて生じゃない、楽しめない人生なんて褒美じゃない。生きることには辛い事がつき物?試練を超えねば楽しみはない?違う、生きるとは楽しいこと、試練を超えて手に入れたもの。試練なんていうのは物分りがいいように見えるだけ、間違ってる、楽しくない人生なんて僕はいらん、そんなものを手にしたかったわけじゃない、ほしかったのは楽しい時間、心から楽しめる時間の連続。甘い?贅沢?そんなこと、、、みんなそんなこと言うけど本当にそうなの?人生って生きるってそんなにつまらなく楽しくないものなの?心踊らない、最近では、今ではうれしいことがあっても疑いが先にたって心躍れなさそう、落ちるのが怖いのか飛ばない、飛べない。



105:ダメ人間
名前:A   日時: 2002/12/01 21:49:50

子供の頃から依存心が強く(特に親に対して)、わがままで内弁慶、人と接するのが苦手で友達作りに苦労した。成績も悪く、運動も不得手、手先も不器用…何ひとつ満足にできなかった。幸い就職したが一部の上司、先輩や同僚とうまくやっていけず、仕事そのものに対する能力もかなり劣っていることもあって会社にいられなくなり、逃げるように退職した。それからもう4年、年金暮らしの老父母のお荷物となって暮らしている。30過ぎた無職で未婚の娘の行く末を心配する親…申し訳ない、まともに暮らせない自分が情けない。



104:子を思う親、親を思う子って・・・
名前:jinn   日時: 2002/12/03 22:37:02

私自身ひきこもりを経験し、現在は仕事と子育て真っ最中の身です。
子育てしていると感じること、とにかく親になるって大変だということです。
子供は小学1年生ですが、最近はとにかく色々な話をしています。そういうときにはっと気が付くのです。本当に当たり前のことですが、子供ってすごいなって・・大人になって見えなくなっていた、忘れていたものを思い出させてくれます。子供はこのころにすでに、自分の世界を確実に持っていることと、ある程度の素養が決まっていることです。
育児は育自だと保健婦の友人に言われましたが、その通りだと思います。私もかつては親を恨み、社会を恨みました。ただ今は年老いた母に残りの人生をとにかく楽しく笑って生きて欲しいと願うようになりました。
親が小さく見えるとき、とても悲しくなります。自分が確実に年をとっていることも感じます。こうやって親と子は格闘して、憎みあって、許しあってゆくのだなと思うのです。
私の父は私が20歳の時に自殺しました。私の20の誕生日に死んだのです。生前の父は酒乱で、母や3人兄弟だった私達子供達にも暴力を振るっていました。小さい子供からすれば大きい大人からの暴力は脅威でした。わたしは、「16歳になったら父を殺す」と決めていました。理由は簡単。体がある程度大きくなっているからです。実行に移しました。(未遂でしたが)父を縛り上げ、馬乗りになり、包丁をつきたてようとした瞬間、眠っているはずの父が泣いているのが分かりました。なんだか力が抜けました。その後短大進学のために家を出ましたが、2年後父は自殺を図りました。父は自分の死をもって何かを私に残しました。
10年経った今、子の母である私は生きることを選択しました。
父の分も負けずにあきらめずに生きていきたいと考えています。
ひょっとしたら親を許せるとき、そのときが、本当の解放なのかもしれませんね。



103:(無題)
名前:   日時: 2002/12/03 16:55:20

95で書き込んだ豚です。僕には何の文句も要求もありません。年金暮らしの親のすねをかじっている僕に、一体何が言えましょう。



101:居場所ってないよね
名前:だめちゃん   日時: 2002/12/03 09:32:15

よく引きこもり当事者を集めた集会ってありますよね。あそこに集まる人達って、引きこもりじゃない人達が多いですよ。
常連だけで固まって話す人。
人の話を聞かずに自分の主義主張ばかりを話す人。
女の人にしか話さないナンパ君。
人に気を使わない人達ばかりの集まり。
結局人に気を使わなくて、周りから孤立した人が、引きこもりですと自ら言い放っているんです。

ああ言う人達には引きこもりって言って欲しくないな。

他人にどう思われているか気になってしょうがない人、自分を出せない人ってああいうところに行っても、かえって疲れちゃいますし、ここでも自分を受け入れてもらえなかった。本当に自分に居場所がないと言う事を再認識させられるだけだと思う。

引きこもりにとっての本当の居場所ってないよね。



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