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3901〜40004001〜4104
 


4104:コルトさんへ
名前:白馬   日時: 2005/03/26 00:07:28

コルトさん、毎回丁寧に質問に答えてくださり有難うございました。

これからも、頑張ってくださいね。
心より応援しております。

すごいぞ、コルト!




4103:さようなら
名前:リファレンス   日時: 2005/03/25 23:24:12

NHKの方々、この掲示板の皆様、いままでどうもありがとうございました。私は、これからいい意味でマイペースに生きていこうと思います。



4102:NHKの担当の皆さん
名前:不思議な人生になってしまった   日時: 2005/03/25 22:20:01

私は偶然にも、このHPが終わると同時に居心地が変わる経験をしました。今のような心境でこちらに終わりの書込みが出来ることは、正直つい2ヶ月前でさえ想像していなかったことです。
私の人生はもう半分以上、実質は過ぎていて、今は日々、新しい自分の感覚の広がりを、過去の自分の認識を、上がり下がりの波はありながら、いろいろなきっかけで感じる毎日です。
昔のような感覚から来るパニックのようなものは無いのですが、昔の自分が分かるものに触れる度、今の感覚で勝手に胸が締め付けられる苦しさを感じることがあります。これは昔は無かったことです。「苦しかったってことなんだな」と、自分でもびっくりします。
けれど、変われなければ分からなかったことです。
これまた正直なところ、この先はとても不安です。32歳という年齢から、持ったことのない初めての感覚の中で(みんなは初めから持っている感覚の中で)、自分はこういう場面でどう感じて、何が出来て、この先どう生きていけるのか。ある意味で何もかも、「終わりと初めて」が繰り返し始まります。自分は案外短気なのか(笑)、こんなにおしゃべりでよく笑うのか、人に優しさも勝手に持てるもんなんだな、でも変わらず、理屈っぽいな(笑)、こんなことはこんな程度で出来るのか、などなど。
苦しい状態が終わって「次のスタートライン」に立つのです。
この先もまた、確かめながら歩くことになると思います。終わった後にもそれから派生する事柄は当然有るのです。この「”不思議な人生”経験」は糧にも出来ますが無いに越したことはないでしょう。
”卒業、ひとつ、おつかれさま”と、自分に言いたいと思います。
皆さん、本当にありがとうございました。そして、これからも、苦しんでいる人の為に、より正確に世の中に伝えていってあげて欲しいのです。
私と同じ”卒業”できるような人が今後増えてくれるよう、願っています。そして同じ体験をする人間を生まないような何かが、家族の開いた関係に向けて、世の中のどこかから広がって欲しいと思います。(Cさんにも、ありがとう。)
ありがとうございました。



4101:感謝
名前:ホーム   日時: 2005/03/25 18:51:00

NHKのスタッフの皆さん、今まで本当に本当にありがとうございました。
当事者の皆さん、少しずつではありますが、私は友人とひきこもりの啓蒙活動をはじめています。支援団体にも行きました。当事者が家族に理解され、安心してひきこもる事ができるようにがんばっています。私にはこんな小さな事しかできませんが、少しでもお役に立てればと思います。
皆さん、どうかお元気で〜。



4100:ありがとうございました。
名前:ちゃばしら   日時: 2005/03/25 14:51:59

3月ももうすぐ終わり。時間が経つのは早いですね。

「ちゃばしら」の名前で五ヶ月ほど投稿していたけど、自分の考えを言葉や文で表すというのは、やっぱり難しいです。
自分の言いたいことをほとんど言えなかったかもしれないけど、心の内に溜まっていた”モヤモヤ感”が、少し晴れた気がします。

俺は未だに、福祉ネットワークの方で投稿の受け付けを続けてくれるのではないかと、勝手に期待しています。
でも、その可能性はほとんどない。
このHPはもうすぐ終わり、掲示板にも書き込めなくなる。
ここはもう、俺の居場所じゃなくなる。
潔く、お別れです。

最後に、このHPを運営していた管理人さん(NHKの方々)、お疲れ様でした。
ここにはたいへんお世話になりました。
荒らしとかも無く安全に書きこめたし、とても居心地がいい掲示板でした。

そして、俺の下手な文章を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
読んでくれるだけで嬉しいのに、いろいろ返事もいただき、感謝、感謝です。
ここにいるみんなが、それぞれにとっての”良い方向”に進めると良いですね。
いや、必ず進めるはず。

それでは、さようなら。




4099:愛知万博に思う
名前:一郎 ( ひきこもり歴 25年半)   日時: 2005/03/25 12:05:42

愛知万博開幕のニュースを見て、
中学生のとき大阪万博に行ったのを思い出しました。
クラスのみんなが行くので除け者にされたくなくて私も行ったけど、
人、人、人、で混んでいたという苦い思い出しかありません。

みんながやるという理由で他人の真似をしても結局、
何かを人生で得るとは限らないのです。

その点、私たちは他人とは違う道を歩んでいます。
他人のコピー人間に成らずにすむのです。

我が道を行く。どこまでも。どこまでも。
そうしようと、私は思っています。




4098:ラスト メッセージ
名前:おだみさお   日時: 2005/03/25 12:00:26

 一番多く書き込みしたのだれかなあ? やっぱ大本命の本間かいなさんかナ? それとも対抗馬のシンビジウムさんかな? ←ほかの掲示板にも たくさん書かれてるんですよねー。 案外 大穴の諏訪哲人さんかも(^_^)

 一番カットされたのが多かったひとは だれかなあ? やっぱ大本命の……。 案外 自分だったりして(^ ^;)

 NHKの担当スタッフさんも、世を忍ぶ仮の姿で一読者として、投稿したコト あったのかなあ。

 ラスト メッセージです。
 ブログに画像って のせられるのかなあ。 できれば自分の投稿作品(少女?漫画)も のせてみたい…です。 よろしければ見に来てやって下さいませ♪(とってもヘタですけど)(^ ^;)
 たぶんビッグ○ーブのブログになると思うので、「ひきこもり」とか「うつ」とか、あんまり人の書きそうもないテーマで検索すれば…。 でも、まだもう少し かかりそうですけど、よろしくです。

 \みんな、ホントに長い間、ありがとうね──っ/




4097:本当に最後
名前:コルト   日時: 2005/03/25 11:09:37

 藤野すみれさんへ.

 多くのことをご教示下さり、ありがとうございました。またどこかでお会いできればうれしいです。

 バラード一番さんへ.

 書き込みありがとうございました。

 本当はもっと多くの方とお話しできれば良かったのですが、僕自身の消極的な性格のために、結局このまま終わりを告げることになりました。皆さん、ありがとうございました。
 さらに、これまでの自分の書き込みの中で、かなり多くの暴言、無配慮、勘違い、思い込み、書き間違いなどがあったと思いますが、これについてお詫びしたいと思います。




4096:自分の理解者が自分ひとりという恐怖
名前:横槍   日時: 2005/03/25 10:52:39

はじめまして、以下はある掲示板で書いたものです。もしよろしければ、読んでください。

勝者がいれば敗者がいる
理解される(と満足する)者がいれば理解されない(と感じている)者もいる

それらが、正当な形である、と認識される場合、人は、"諦め"やら"妥協"やら"再出発"ができる。

正当な形ではない、場合は、それが、"集団"として"共有可能"な場合に限り、克服される、例えば、かつての男女差別のように。

しかし、"自分"しか、"共有しうる"集団、"仲間"がいないとぎは、事情が異なる。

その場合は、"自分を救う"人格をつくるか、
それができなければ、"ひきこもり"として"ゼロ"の人格をつくるか、
最も理解されると思われ、最も誤解される"死を呈する"のみだ。

ただし、正当な形ではない、という認識が、

"正当な形でなく"行われる場合がある。

ひきこもりの大多数はそれであろうけれど、
それは、単なる、"わがまま"と呼ばれる。




4095:お別れの辞。
名前:本間かいな   日時: 2005/03/25 10:34:05

俺にとってはこの1年10ヶ月というもの、この掲示板が間違いなく生活の一部でした。鬱に落ちる時、鬱から這い上がる時、カキコカキコまたカキコ。

ひきこもり当事者という定義にはあたらないのかも知れなくても、俺はひきこもりから自立していく過程のサンプルには違いないと思って、平気な面してここにいました。どうもお世話になりました。ありがとうございました。

カキコミ生活からまだ卒業できない俺は自分のブログを作りました。良かったら遊びに来て下さい。(「どうなることが"解決"?」の1006番を参照して下さい。)

BGMはスキマスイッチの「奏(かなで)」 それではまた!




4094:ありがとうございました!
名前:つくしんぼ   日時: 2005/03/25 03:02:54

道案内親父さんへ

再会の掲示板への道案内ありがとうございます!
もしかして道案内親父さんは、いつもは別のハンドルネームの方では?なんとなくそう思ったんですが、間違っていたらすみません。

おだみさおさんへ

おださんのブログが立ち上がったら遊びに行きますね・・気長に待っていますのでゆっくり作ってください。

佐々木さんへ

はじめまして。
こちらNHKの掲示板が閉鎖されてしまうのは残念ですが、この掲示板の利用者の数名がブログを立ち上げました。これからはそちらを利用して頂けたらなと思います。

真珠さんへ

どうしてますか?
もうこのままお別れですか?
もしこれを読んでいてくれたら、再会の掲示板に遊びに来てくださいね。

とくめいさんへ

再会の掲示板は見つかりましたか?
僕のこちらへの書き込みはこれが最後になると思うので、なんとかとくめいさんが再会の掲示板にたどり着けるように願っています。

もし検索しても見つからない場合は、ほかのいろいろな検索サイト(ヤフーなど)で同じようにキーワードを入力して検索してみて下さい。どんな検索サイトがあるかわからないときは、「検索サイト」自体を検索してみればいろいろ出てきますので。

こちらの掲示板への書き込みはこれで最後になりそうです。これまで皆さんの話を聞いて自分と同じ気持ちの人がいることを知ってどこか安心できたり、励まされたり、いろいろとこころの支えになりました。また皆さんと再会できることを願って掲示板を作ったので、そこでまたお会いできたらうれしいです。とりあえず、ここではお別れです。いままで本当にありがとうございました!!

そして最後にこちらに関わったNHKの方々、たいへんお世話になりました。このような場を提供していただいたことをとても感謝しています。
それから掲示板の利用者とのつながりを残して頂いて本当にありがとうございました!!




4093:誰も悪くも正しくもない
名前:ペッパームーン   日時: 2005/03/25 01:24:29

3月14日に放送されたNHK総合の『英語でしゃべらナイト』の
ゲスト、タケカワユキヒデさんは、
70年代から80年代にかけて日本の
グループなのに英語の歌を歌うゴダイゴの
リードボーカルでした。そして、ゴダイゴの曲の歌詞のほとんどを手がけていた
奈良橋陽子さんは、最近では
映画『ラスト・サムライ』に渡辺謙さんを推薦して
ハリウッドと交渉したことで名前が知られています。

そんなゴダイゴが79年に発表した国際児童年の協賛歌
『ビューティフル・ネーム』の歌詞の
"No One's Wrong
And No One's Right"
という部分がとても印象的でした。

奈良橋さんのご主人ジョニー野村さんは奥さんのことを
「普通の人なら歯が浮いてしまうような歌詞も
当たり前のように書いてしまう、
悪いことを何も知らない太陽のような女性」
と言っていたことがありますが、
アフリカで動物が殺されている写真にショックを受けて、
『Return To Afrika』"アフリカへ帰れ"
なんて歌詞を書いてしまうんだから、本当にそういう人なんだなあ、って思います。

「誰も悪くも正しくもない」そんな言葉を何のてらいもなく
歌詞にできてしまう彼女のパーソナリティーは、少女時代の私の憧れでした。

きょうで、いよいよこの掲示板も閉鎖となるのですね。
投稿者としては短い間でしたが、
掲示板自体は開設当初から拝見させていただいて参りました。
つたない文章に目を通していただき、ありがとうございました。




4092:おまけ(つづき)
名前:コルト   日時: 2005/03/24 23:38:09

(3)「醜形恐怖」について:人が他人の無思慮な言動によって、傷つけられるとき、それは明らかに無思慮な言動をとったその「他人」に責任があります。ただし、それによって人が「引きこもって」しまうことになったとき、どのような理由であれ、それは、その「引きこもった」当人に責任があることも確かです。しかし、多くの人々は前者である「責任」に比して、後者の「責任」に気をとられすぎていると感じます。
 「醜形恐怖」は、あまたある「引きこもり」の原因の中でも、最も批判を浴びやすいものであります。批判者は、様々なことを言って「醜形恐怖」を攻撃します。「被害妄想」「気のせい」「神経質だ」…など。
 しかし、こちらから見れば、それらの批判は、結局的を射ていないように感じるのです。「被害妄想」「気のせい」という批判に対しては、こう言うことができるでしょう。
 結局人をとらえる感覚は、多くは「妄想」であり、「気のせい」である。例えば「その場の雰囲気」「恋の予感」「犯行の状況証拠」など、これらははっきりした「何か」があるわけでなし、あいまいな物に過ぎない。「醜形恐怖」だけがそれらの感覚と際立った違いがあるわけではない。
 また、「気のせい」とすぐに判断できるのかどうか?多くの人はテレビを見ていて「この人はブサイクだ」とか「この人はデブだから嫌い」などと思ったり、そう言ったことがないというのでしょうか?ない人は聖人に違いない。ほとんどの人は(自分も含めて)、このようなことを感じたことがあるはずです。そして、この感情を人に対して、出したことのない人はいるでしょうか?大いに疑問です。
 さらに「神経質」かどうかですが…僕は、人に「キモイ」などと言われて平気である人をむしろ見てみたいですよ。誰しも(子供でも)侮辱されたり、疎外されたりすれば傷つくのはむしろ「当然」のことだと思います。
 どのような「批判」が飛ぼうと同じことです。結局それらは当たっていないのがほとんどですから。「引きこもる」のはその当人の責任ですが、根源を切り取らない限り、「引きこもる」人はこれからも出てくるでしょう…そして、その「根源を切り取る」ことなど、ほとんど不可能なのです…いつの時代でも、どこでも、馬鹿はいるのです。



4091:おまけ
名前:コルト   日時: 2005/03/24 23:32:11

 コルトにはつきものの、おまけです。いつものことですから、見逃してください。半分なぐり書きのようなものですが…
 (1)今の状態:僕は決して、今の状態を完全な状態、万全な状態とは思っていません。例えば、僕が「自分の人に与える印象」を全く考慮に入れない場合、将来僕が働くことになったときにそれが障害となる可能性があります。これを見ても、自分の状態が万全とは言えないと思います。今の考え方は、思考の末の「結実」ではなく、探究の過程に過ぎないと感じます。ですから、これからも僕は考え方の修正をせまられるでしょう。
 しかし、その問題は将来の「僕」にまかせて、後回しにします。結局、「外に出られるかどうか」で四苦八苦している自分にとって、今直面している問題は「何としてでも大学を卒業しなければならない」これです。その他の問題は、これに比べれば重要度で劣るのであります。
 (2)幸せについて:トルストイの言った「幸福」と、ショーペンハウアーの目指したところである「幸福」とはほとんど別の方向を指しているようです。僕の考えが間違っていなければ、前者は他者への「愛」を説き、他者との親密なつながりを「幸福」の基としたのに対し、後者は「幸福」そのものが「気のせい」なのだとして、他人と関わることによって起こる「負担」をなるべく軽減すること(場合によっては人とのかかわりを全く避け、隠遁生活をすること)で精神の安定を得られるとしています。
 僕にはどちらが正解なのかわかりません。おそらくどちらも正解である何かを持っているのでしょう。これは相当難解なので、僕としては一つのことを言えるだけです。
 それは「人の幸せは一般に考えられているよりも相当あいまいで、理解が困難である」ということです。孤独だとか、人に嫌われているとか、貧しいとか、身体障害をもっているなど、これらの「外見」から「だからあの人は不幸だ」などとは簡単に判断できないように思います(僕はかつてこの問題について過ちを犯しました。改めて謝罪します)。それは余計なおせっかいというべきでしょう。



4090:お世話になりました。
名前:にじ   日時: 2005/03/24 21:44:59

これが最後の書き込みになります。
NHKひきこもり相談室のスタッフのみなさん、そしてこのHPで出会った、悩みや苦しみを分かちあってきたみなさん、お世話になりました。
僕はこのHPと出会うことができて幸運だったと思っています。
僕の長かったひきこもりの日々がこのHPと出会ったことで少しずつ動き出し、変わりつつあります。
自分を大切にすること、信じる事、そんな聞き飽きたような言葉の真の意味をこのHPとここに集まった方達に教えてもらった気がします。
飼っていた猫の死という出来事がここまで自分を変えてくれるとは驚くばかりです。
人生、先のことはわかりません。
このめぐり合わせを大切にしてこれからの自分の人生を歩いていこうと思います。
約一年半、ありがとうございました。



4089:最後に
名前:コルト   日時: 2005/03/24 21:07:03

 ここの掲示板がもう閉鎖されるということで、僕も何か気の利いたことが言えればいいのですが、いざ書く時になって面倒くさくなってしまったので(無責任かもしれませんが、長文を書くときには結構神経を使うんです)、やめます。
 でも、もっと色々なことを書きたかったなあ。まだ僕はネタをたくさん持っておりました。さあ、これから話の本筋に入ろうとしたときにマイクを取り上げられたようで、非常に寂しい思いであります。
 しかし、これはいい潮時かもしれない。僕の心の状態はここに書き込みを始めて以来、今がいちばん安定しているのです。「卒業」とまではいきませんが、今はどうしてもネット上で自分の意見を書き込まなくてもいい状態にあります。僕はやはり、世の中で騒がれているような「ネット依存」状態になるのを恐れているので、ここらで「休憩」するのもいいかもしれないと思っています。
 つくしんぼさんなど、多くの方がブログを立ち上げておられるとのことで、僕もそこに入ることができればいいのですが(にじさん、お気遣いありがとうございます)、そのような理由で、「休憩」することにしました。
 ただし、今、僕が感じているのは、気分には波のようなものがあって、僕はいまその「いい状態」にあるのに過ぎないかもしれない、という不安です。数ヵ月後、あるいは数年後には、その「波」が下降線をたどって、自分はまた落ち込むかもしれない、と漠然と感じます。
 ですから、またどこかの掲示板やブログなどで予告もなしに現れるかもしれません。その時には、どうか、どうか追い出さないで下さい。

 最後になりますが、僕の拙い文章を読んで下さった方々、僕に貴重なご意見やご質問を下さった方々、そしてNHKさんに、感謝を申し上げます。皆さん、どうもありがとうございました。




4088:ワレモコウさんへ。
名前:ありさん   日時: 2005/03/24 20:03:57

 こちらこそ、お返事どうもありがとうございます!ワレモコウさんが癒されたなんて嬉しいです。 私も、ワレモコウさんとお話しできたらしたいです。もし良ければ、私もブログしていますので良かったらいらして下さい。気ままにやっておりますので、ちょっとカキコしづらいかもしれませんが……。日記なので、いきなり会話風にはいかないかもしれないけど、もし、いらして下されば何とかはしますっ!おいおい。。(^^;まぁ、気が向いたらいつでもどうぞ。 

 検索法:ヤフーで、「ありさんの日記」と検索してみて下さい。いろいろ出てきますが、内容の所に「ありさんの思うこと」と書いているのがあると思いますので、そこをクリックしてみて下さい。
  ここも、後一日ですがどうぞよろぴく^^




4087:分かってほしかった・・・。
名前:流れ星☆=   日時: 2005/03/24 16:41:27

 何が原因だったのか・・私は2年くらい前から過食症になり去年の12月からひきこもりになりました。だんだん太っていく自分がとても醜くてたまりませんでした。親は私が過食症になっているということに気づきはしませんでした。私も心配させまいと自分一人の中にしまいこみ苦しんでいました。でも、それも限界がきてしまい私は人が怖くてたまらなくなりました。人に会うのが嫌。何よりも自分の変わり果てた体型を見られるのがたまらなく嫌で、人前にいくたび周りの人が私を醜い目で見ているんじゃないかと思うと心が苦しくていつもおびえていました。専門学校に通っていましたが行けなくなり、親にも相談することができなかったので学校に行くふりをして行かない日々が続きました。
でもそんなことはずっと続くわけも無く学校から出席日数が足りないと通達が来ました。私はもう隠してはおけない、話さなければと思って勇気をだして手紙を書きました。言葉で伝えられる勇気までは持っていませんでした。そして次の日母親からは思いもしていなかった言葉がかえってきました。「過食なんてバカな事やってるんじゃない、情けない、」とか言われて傷ついちゃった。少しでも分かってもらえると思った私が馬鹿でした。自分がみじめで情けなくて、ダメな子でいない方が良いんだと思いました。それから分かってくれたのでしょうか、このままだともっとダメになるから学校辞めていいよ、と言ってくれたので少しホッとしました。いつも私は親に期待されている子だったかイイ子をつくってきたから・・。
それからは分かってくれてたと思っていたけど、それは違ってた。ささいな事で喧嘩したときのことだけど、いつまでも黙っていると思ったら大間違いだからね、いい加減キレる、と言われた。一番心に突き刺さったのは「心まで腐ってる」と言われたこと。心が張り裂けてしまいそうでした。きっと心の中ではそんな事を思っていたんだな・・。やっぱり分かってはもらえていない。こんなに苦しいのに、こんなに辛いのに、こんなに助けを求めてるのに。たまにテレビを一緒に見ているときも今スポーツで活躍している若い選手がでると私の前で、こんな子供だったらいいのに、親は誇らしいだろうね、と言っています。そんなことを言われると私は苦しいよ。私のことより世間体や地位が大事?私の心の行き場はどこにもありません。ただ理解してほしかった。寂しかった。孤独だった。今も孤独は続いている。助けてほしい・・・。



4086:自己紹介
名前:ちゃばしら   日時: 2005/03/24 14:45:47

この掲示板に五ヶ月ほど投稿してきましたが、自分自身のことについてあまり触れていなかったので、この場を借りて「自己紹介」をしようと思います。
愚痴を吐き出すような内容になりそうなので、読み飛ばしてくれてもかまいません。

名前・・・ここでのハンドル名はちゃばしら。22歳、男。
2年前に就職先が見つからないまま専門学校を卒業。次に行くべき「居場所」がわからず家から動けなくなり、今の生活が続いています。
外出はできるけど、たまに買い物したり図書館に行くだけで、"働きに行く"ための外出はしていません。
友人も進学や就職で地元を離れたため、会う機会はほとんど無し。
一番親しい友人とは時々メールのやりとりをしているけど、自分の今の状況については話していません。
こう書くと、例のひきこもりの定義(6ヶ月以上自宅に・・・というやつ)に、かなり当てはまりそうです。
俺の場合は、就職活動の失敗から来た『挫折型』かも。

今の状態から早く抜け出さなければ・・・生きているかぎり、働かなければならないのはわかっているのに、"あと一歩"がずっと踏み出せずにいます。
情けない話・・・社会に出るのが怖い。
仕事を始めて、自分を取り巻く環境が一気に変わるのが怖い。
アルバイトすらほとんどしたことがないので、これから先ずっと働いていけるのか、自信がない。
何より、自分が働く・働いている姿というのが想像できない。
・・・こんな話、家族連中や周りの人に話したら、確実に「ハァ?何言ってんの」と呆れられるでしょう。
"普通に"外に出て仕事をがんばっている人たちには、全く無縁の話です。

家族(父・母・姉)は全員職を持っていて、働いてないのは自分だけ。そこから来るプレッシャーはかなり大きいです。
俺のことをひきこもりとは捉えておらず、外に出れば(働きに行けば)万事解決するだろうと思っているようです。それはそれで、余計な心配をされなくていいのですが・・・。
特に父親は典型的(?)な「仕事人間」で、仕事を持たない人=非常識=見下しても良い存在と思っているみたいです。
「働いているのが、人として常識だ」が口癖になっています。
しかし父は本当に「仕事」しかできず、家の事となるとてんでダメなので、事あるごとに母に叱られています。
そのくせ自分にとって都合の悪い意見が出てくると、「バカ野郎」とか言いながら、うまくごまかそうとする。
また、妙にカタイところがあり、例えばTVを見るにしてもバラエティ番組を嫌い、NHKの報道番組だけをひたすら見ている。本人は真面目ぶっているんだろうけど、俺には「楽しいことを見つけるのがヘタなんだな・・・」としか思えません。

・・・とまあ、これが今の自分の状況です。
今に至る経緯とかも話したかったけど、もう時間がないので書きません。

最後の最後になって、支離滅裂な文章の上、掲示板を汚すような書き込みをしてごめんなさい。
「こんな不器用な生き方をしている人もいるんだなぁ」くらいに思ってくれればいいです。

余談ですが、ハンドル名「ちゃばしら」には、名前の由来とかはありません。
初めて投稿しようとしたときハンドル名が必要なことに気づき、その時フッと頭の中に浮かんだのが「ちゃばしら」でした。
漢字で「茶柱」にしようかとも考えましたが、それだと「カタブツ、マジメっぽい」というイメージがしてしまい、ひらがな表記で。
ちなみに自分は、茶柱が立ったところを一度も見たことがありません。ホントに立つんでしょうか、あれは。




4085:白馬さんへ
名前:コルト   日時: 2005/03/24 13:34:41

 白馬さんのご質問にお答えしたいと思います。
 まず、どれほどの頻度で「何か」が起こるかということですが…うーん、日に一度あるかないかのような気がしますが…人の言動を細かく見ていけばその「頻度」も無限に増えるような気がしますし…とにかく正確には把握できないのです。
 人に面と向かって言われた経験はめったにありませんが、それに準ずるようなことはいくつか経験しています。その時はたまらなく不快ですね。しかし、結局、その時の不快な感じはなくすことはできないと思います。その不快さをすぐに忘れてしまうことこそが重要でしょう。
 僕は自分の気を取り直すとき、いくつかのことを改めて認識することにしています。赤の他人は結局自分にとって重要な存在ではないということ。そのような「中傷者」は自分に対してだけでなく、あちこちで、多くの人々を不快にさせている可能性が高いということ。彼らには極度に思考力、理解力が欠けていて、誰がどのように言って聞かせても無駄で、自らを改めることができないということ(これは暴言かもしれません、そして、このようなことを書くからには、自分は決してそのような人物になってはならないということを認識しなければなりません)。そして、数日もすればどのような体験も「過去」になってしまうこと。これらを認識することで、いくらかは楽になれるでしょう。
 どのような経験も気の持ちようでずいぶん印象が変化します。大阪の「おばちゃん」のように(これは確かに極端な例です、こんな人は大阪でもめったにいません)、誰に何と言われようと平気、わが道を行くといった気を持てば、結局「醜形恐怖」などは実に馬鹿馬鹿しいものに映るでしょう。我々「気の弱い」連中にとってみればうらやましいことであります。
 結局、(かなり極端ですが)人に良く思われたい、人に好かれたいと思う欲を大方捨て去ってしまえば、相当に楽になれます。僕自身にすれば、人に与える印象を良くするために色々努力するよりもこの方がはるかにやりやすい。これで孤独になる可能性が高まるわけですが、僕はそれらにも比較的耐えられます。
 最後に、パニックになったときの「解決法」ですが、これを書くと「コルトはやはり頭がおかしい」と思われそうですが、書いてしまいます。僕の場合、それは「トイレにかけこむ」です。そして気を取り直すまでこもっています。
 駄文失礼しました。



4084:ありさんへ
名前:ワレモコウ   日時: 2005/03/24 10:10:05

気分を害するなんてとんでもない!(悩んでいらっしゃるのに、こういう言い方はおかしいですが)お返事いただけた事、すごく嬉しかったです。
確かにつらいですよね・・・。
普段は考えないようにしているつもりですが、診察時はそうもいかないので、毎回、自分の至らなさを痛感しては、落ち込むという事を繰り返しています。
担当医が良い先生なのはいい事なのですが、それだけに、「こっちも、もっと努力しなくちゃいけないのに何やってるんだろう・・・」と思ってしまいます。
どうしようもないですよね(^^;)

最後に・・・
少し話しただけでしたけど、すごく癒されました。ありがとうございました。
また、機会があればお話したいです。




4083:本間かいなさんへ
名前:ワレモコウ   日時: 2005/03/24 09:28:37

素敵な名前だなんて・・・!ありがとうございます。
”ワレモコウ”は、花言葉の「移ろいゆく日々」「変化」にちなんで、移ろいゆく日々の中で、前向きな自分に変化していけたらいいな、と思ってつけました。
はは・・・名前負けしなきゃいいけど・・・。
でも、ひきこもり始めの頃よりも、多少、症状が軽くなったせいか、少しだけ前向きになれたかな?今のうちに少しずつ、プラスの方向へもっていきたいです。

「継続は力なり」難しいですよね・・・f(^^;)
聞くたびにドキッ!とします。

最後に・・・
つたない文章で失礼しました。もう、この掲示板は閉鎖されてしまうけれど、ブログにお邪魔することがあれば、また、お話したいです。
ありがとうございました。




4082:最近思うこと
名前:佐々木   日時: 2005/03/24 07:51:34

で、最後にひきこもりを非難する人たちに私がいいたいのは、ひきこもりになってつらいのは自由が無いということです、遊んでばかりいるというのは偏見です。家から出られない、人と話せないじゃ活動範囲が狭いし、やりたいこともやれない。本当は自由が無い、自由に生きたい。家に居るということと遊んでいるということは別だし、就職「しない」というのと就職「出来ない」というのもまた別のことです。だから私は、私や、この板に書き込んだすべての人たちとそーじゃないひきこもりの人たちが自由な生活をおくれるように祈ってやみません。

外に出ると、ときどき、人の心のわからないような無神経なヤカラから、
心無いことを言われ、馬鹿にされる事もありますが、そういう人は、
「自分は人より上だ」といった優越感に浸りたいためだけに、
「自分より下の存在」をでっちあげ、作り出して、見下し、
バカにすることで、「自分は人より上だ」という、
まやかしの優越感にひたって自己満足していたいだけなんです。
そんなやつは大バカ者です!そんなバカ者のいった言葉に傷つくのはもっとバカです、何の得にもなりません。そんなとき、私は、「バカなやつの言うことをまにうける本当のバカにはならないぞ!」と思うことにしています。そして、そーいう
イジワルなやつに出会ったらこう思い、可能ならいってやります!
「他人を貶(おとし)めることでしか自分自身を尊べないなんて哀れな人ですね。」ってね。以上。




4081:閉鎖残念!
名前:佐々木   日時: 2005/03/24 07:47:59

私は20代後半のひきこもりの男です、ずいぶん長くひきこもってます。
就職はしていません。
ひきこもりの原因は、けっこうありふれたケースで、
いじめ(小学校時代)→不登校→ひきこもり、というルートをたどって来ました。
世の大人たちには、「ひきこもりのことを考えるなら同時にいじめや
対人恐怖、社会不安、心的外傷後ストレス障害などのことも
考えなきゃダメですよ」といいたいです。
あまりに「ひきこもり」という言葉「だけ」がイメージ先行
でクローズアップされがちだと思います。
その結果、ひきこもりは怠けているだの甘えているだの
といったイメージと結びついてしまって、事態の本質をますます捉え
難くしているようにも感じます。またそのことがひきこもりの人たちを追い詰め
ているようでやりきれないのです。当事者にしかわからないことですが、
ひきこもりとは世の中の人が考えているよりもずっと複雑な事象です。
私が、この掲示板のことを知ったのは、つい最近のこで、
しかも、もう閉鎖されてしまうというのでこの板を利用されている
かたがたとはもう十分にコミュニケーションが出来ず、非常に残念です。
この板を読んでいて、コルトさん、本間さん、つくしんぼさん、藤野さん
のことが非常に印象に残りました。
この掲示板の閉鎖は、一つのとても優秀な自助グループの消滅に
匹敵すると思います。その意味でも非常に残念です。
各自治体のひきこもり支援機関ごとにこういう掲示板を開設、管理してほしいです。
ひきこもりになってからの私は毎日にように対人恐怖、社会不安
、トラウマ、ひきこもり、サイコセラピーなどの本を読み漁ってきました。
その中でも『人づきあいの技術』 相川充 サイエンス社は、ひきこもりを脱しつつある人が職場で人間関係に悩んでいる時に役立つと思います。
『自己変革の心理学』 伊藤順庚 講談社 は、認知療法のわかりやすい入門書でこれを読んで心が軽くなりました、『対人恐怖』 内沼幸雄 講談社は、対人恐怖の自己理解に役立ちました、『フランクルに学ぶ』 斉藤啓一 日本教文社は、人生の意味とは何か?といった悩みに答えてくれました、また、『自分の中に毒をもて』 岡本太郎を読んで人生観が変わりました(たぶん絶版です)『道は開ける』 D・カーネギー 創元社は、困ったときや逆境のときの問題解決法みたいな本です。
これらはお勧めですのでぜひ読んでみて下さい。
あと2日で終わりじゃあ本の紹介くらいしか出来ない(泣)。



4080:本間かいなさんへ
名前:にじ   日時: 2005/03/23 21:43:37

この掲示板にこうして書き込めるのもあとわずかですね。
僕が初めて書き込みをしてからもう1年半近くが経ちました。
前にも書いたけど、僕の書き込みに最初に反応してくださったのが本間さんでしたね。
ネットは怖いものと思い、おっかなびっくり覗いた僕に自分の知らない世界を知る楽しさを教えてもらったような気がします。
他の多くの方と同じように僕も本間さんの書き込みを読むのが楽しみでした。
ブログを立ち上げられたので、これからも本間さんの文章を読むことはできるけど、この掲示板が閉鎖される前にとりあえず言っておきたいと思い書きました。
本間さん、ありがとう!そしてこれからもよろしく、です。



4079:あせるなあ…(^ ^;)
名前:おだみさお   日時: 2005/03/23 19:26:46

 4068 にじさんへ。
 てへへ、ブログ立ち上げるために悪戦苦闘中でーす
(^ ^;)
 でもまだ先のコトになっちゃうかも…。 桜が咲くころまでには、なんとか……なるかなあ〜
(^ ^;)

4066 ありさんへ。
 はじめましてのおだみさおです。 よろしくです。 書き込み 読んでくださるひとがいるって、とってもうれしいです。

4064 本間かいなさんへ。
 本人 がんばってますので、気長に お待ちくださいませ
f(^ ^;)




4078:再会の掲示板へ行く
名前:道案内親父   日時: 2005/03/23 17:57:36

再会の掲示板は、YAHOO!の検索ボックスに再会の掲示板と入力すれば音速で見つかりますよ。



4077:明日、あさってに楽しみを見つけよう
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/23 12:04:43

長い事お菓子作りができませんでしたが、最近ケーキを作りました。やる気が出なくて、作ろうと思って買ってきた材料をずいぶんだめにしました。
今度はサワークリームタルトを作ろう、と思っています。
去年は作らなかったイチゴジャムも。
梅干も作ろう。梅ジュースも。
5月になったらとうもろこしを植えて、ミニトマトも植えて、イチゴの苗も増やそう。
今日のテレビには私の大好きな歌手が出るから見よう。早く新曲でないかな。

小さな楽しみや予定を日々持つ事、それを実行していく事で生きる希望がわいてくるし、なんとなく生きていけると思います。
難しく考えなくても。




4076:雑感
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/23 11:53:25

1年半依存してきたこの掲示板も、もう書き込みができなくなります。
最近それをきっかけに立ち上げられたブログにも、思い切って書き込みをさせていただきました。
けれど、やっぱり迷いがあります。もう、こういうバーチャルな場でのやりとりや、発言をする事には私は頼ってはいけないのではないか、と。書き込みさせていただいた方、どうもすみません。揺れているんです。
この掲示板に書き込みできたのは、リアルタイムのやり取りでないから。手紙と似ていますが、自分の思いを一方的に放出するやり方だから。面と向かって話すときのように、会話のキャッチボールを瞬時に判断する能力が必要としないから。相手が目の前にいないから、表情やしぐさなどで心を乱されることが格段に少ないから。自分もどんな反応をすればよいか、視線を何処に向ければよいか、すばやく判断しなくて良いし、その事で困らないから。
でも、やっぱり、生きていくには実際目の前にいる人と良い関係(その場限りでも)を作っていかなければなりません。それには、どうしても現実の人間関係の中に入って練習をつむしかないと思うのです。
私は今までほとんど誰にも自分の苦しさを話してこなかった。仲間がいることも知らなかった。けれどもどうしようもならなくなって、医師を頼り、ここを知って、1年半頼りきりでした。一方的でも自分の思いを語り、他の人の意見を聞くことでずいぶん楽になりました。こういうバーチャルな場は私にとっては救いの場であり逃げ場であったのでしょう。
でも、もう人に頼ってはいけない、人の親切に寄りかかるべきではない、と必要性を感じながらも迷っています。
人と直接話し、気遣いを学び、傷ついたらどうにかして忘れたり気にしないようにするすべを学び、人の中で生きていけるようにしなければならないのです。
きっとそれは自分にとって難しいだろうと思いつつ・・・。でもやらなくては前に進めないでしょうから。
きっと、現実の人付き合いと同じで、ネット上の人付き合いも、私には誠意を持って続けていく事ができないような気がするし、怖いのだと思います。どこかで逃げるであろう自分を予想してしまうから、交流の場に加わるのをしり込みしてしまうのでしょう。
こんなに人と付き合うのが怖いのに、どうして話すことを求めるのでしょう。人を求めるのでしょう。私、と言う人間がいることをわかってほしいのでしょう。
最近、どうして人は人を好きになるのかな、と当たり前のことを考えます。ドラマには恋愛がつきもの、ヒットソングも恋愛ソングが大部分。街を歩けば、カップルがたくさん。それなりの年齢になれば、男性も女性も結婚相手探し。
どうして人は人を求めるのだろう。
人が怖い私もどうして求めてしまうのだろう。



4075:本間かいなさんへ
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/23 10:59:51

ありがとうございます。ここでの本間さんの発言にはうなずかされるものがたくさんありました。ブログにお邪魔する事がありましたら、よろしくお願いいたします。1年半有難うございました。



4074:マイ・ウェイ シンビジウムの花を咲かせたい
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/23 09:19:45

 この歳になって、フランク・シナトラの歌った「マイ・ウェイ」という曲がこころにしみいります。私の人生、私だけの人生を、私なりに思いっきり生きていけばいいのではないでしょうか。
 洋ランのシンビジウムの花のように、私もシンビジウムの花を麗しく咲かせたいです。私なりに華のある生きかたができればいいなあと思います。
 顔をあわせていませんが(私は矢井田瞳さんとのライブ&トークに参加しましたが)、インターネット上で出会った多くの方々に感謝したいと思います。NHKのスタッフのみなさん、このホームページをごらんになっているみなさん、約2年半ものあいだ、たいへんお世話になりました。ありがとうございました。



4073:私は山口百恵さんのファンでした。
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/23 08:31:56

 私はあまり芸能界のことはよくわからないのですが、少年時代をすごした1970年代は山口百恵さんのファンでした。百恵さんの歌ならけっこう歌うことができます。このホームページの閉鎖を知ったとき、百恵さんのヒット曲・横須賀ストーリーの「これっきり、これっきり、もうこれっきりですか」というフレーズがうかびました。
  ふだん、よく京浜急行という電車に乗るのですが、百恵さんの曲に「I CAME FROM 横須賀」という京浜急行電車の駅名が次々にでてくる歌があり、京急電車に乗るとき、こころのなかでくちずさむことがあります。
 「光と影」「青い性」「成熟」が百恵さんを語るときの大きいテーマになっています。私からみて6歳年上の百恵さんが少女から大人の女に変化する過程はどきどきするものを感じました。
 1979年に三浦友知さんとの恋人宣言、そして1980年に21歳で引退・結婚というひきぎわがあざやかだった百恵さんは見事に少女から大人の女に変化できたけれども、私はいつまでもこころは少年もしくは青年のままなのかなと思うと、恥ずかしく思うことがあります。



4072:テノール歌手へのあこがれ
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/23 08:02:49

 私は、クラシック、声楽、童謡・唱歌などの古くからの日本や世界の音楽を聴くのが好きです。私は多少の合唱経験があるので、知っている曲がコンサートで歌われると、こころのなかでくちずさむことがあります。私は合唱ではテノールのパートを歌っていたので、特に、テノール歌手の独唱を聴くのが楽しみです。ああ、私もテノール歌手になれたら、舞台で気持ちよく歌えるのになあなどと思い、テノール歌手の方をうらやましく思います。



4071:とくめいさんへ
名前:つくしんぼ   日時: 2005/03/23 02:24:37

とくめいさんにちょっと試してもらいたいんですけど、

1.まず、検索のキーワードを入れるところに「MSNサーチ」と入力(MSNは小文字でも大丈夫です)して「MSNサーチ」を検索する。

2.検索結果から「MSNサーチ」(いっぱい出てきたら一番最初のやつ)を選んでクリック。

3.表示された画面で「saikai-no-keiziban」をキーワードとして入力し、検索してみて下さい。すると「saikai-no-keiziban」を含むURL(ホームページのアドレス)が表示されますが、それが「再会の掲示板」のURLです。そこをクリックしてみてください。

※ 2.検索結果の「MSNサーチ」のかわりに「MSNサーチベータ公開中」をクリックして、表示された画面で同じように「saikai-no-keiziban」をキーワードとして入力し検索しても出てくると思います。

こちらNHKの掲示板が閉鎖されるまでになんとかたどり着いてほしいです・・待っていますので。。(再会の掲示板に書き込みするときもメールアドレスは入力しないで送信できます)

それと念のため「saikai-no-keiziban」の中の「−」は「ハイフン」です。




4070:先週の「しゃべり場」
名前:アパシー   日時: 2005/03/23 00:50:56

先週放送の「しゃべり場」を見た。
テーマは「社会に出るのが怖くないか?」、提案者は「ひきこもり」でも「ニート」でもなかったが、とてもシンパシーを感じた。

定職を得るために「一歩踏み出す」っていうことは「これから進む道を決める」っていうこと。
でも、同時にそれは「その道以外の選択肢を捨てる」ことでもある。

何かやりたいことがあっても、その夢に向かって突き進む勇気がない。というか、実際に今やりたいと思っていることを実際仕事としてやってみたら幻滅するのではかという思いもある。夢自体に確信が持てない。
かといって、夢を諦めて生活のために(自分でも出来るだろう)仕事をする潔さも無い。

しゃべり場の提案者は人間関係を築くのが不得手だと言っていた。私も、同じだ。回避性人格障害だと思う。就職するのは怖い。でも、選ばなければ仕事はある。
結果的に私がずるずると社会的に無為な毎日を送っているのは、どこかに「自分には才能とか可能性があるのではないか?」という思い(希望?期待?)があるからだと思う。

親も、似たような思いは抱いていると思う。
どんな親でも子供には期待する。たとえそれが押し付けであっても、親の考える幸せの形を子供に当てはめようとする。
私の場合、決して安くない授業料を負担して大学まで出してくれたのだから、当然かもしれない。

「どんな仕事でもいい」と言うものの、実際そうは思っていない。
ブルカラーではなくホワイトカラーになることを望んでいる。
ひょっとして、私がブルカラーとして働き始めるよりは、少なくとも若いうちは今の状態でいる方が親としてはいいのではないかとすら思う。
なぜなら、無職であれば、いつでもホワイトカラーとして働く可能性がある、と思えるから。

ずっと「良い子」でこの歳まできたから、親を無視してまで我を通す主体性がない。自己完結型の活動以外の行動力もない。




4069:ワレモコウさんへ
名前:ありさん   日時: 2005/03/22 22:14:54

はじめまして、"ありさん"と言います。
勝手ながら、ワレモコウさんのカキコを読んで私と似ているなと思いました。
私も、主治医に何年も同じ状態でいる自分を診察ごとに示さなければいけない自身がはがゆく辛くなる時が多々あります。
勝手に解釈して書きましたが、気分を害されたらスミマセン。



4068:ブログ
名前:にじ   日時: 2005/03/22 22:03:41

つくしんぼさんや本間さん、まるひこさんから刺激をうけて、僕もひそかにブログを立ち上げました。
開放的な(?)掲示板と違ってブログは公開する日記みたいなものだと思うので、ほんとは黙ってようかとおもってたんですが・・・。
内容はほんとに支離滅裂だし愚痴ばっかですがブログならそれもいいかなと。
自分の生い立ちとか日ごろのドロドロした気持ちとか書こうと思ってます。
正直、まだ解らないことばかりで自分のページにちゃんと行けるのかも確認していないんですが、ニフティのココログで作ってます。
おださんもブログ立ち上げてはどうですか?根気があれば何とかなりますよ。

あ、タイトルは「にじ通」といいます。意味不明ですがよろしければ見てやって下さい。アホまるだしですから(笑)。




4067:とくめいさんへ。
名前:ありさん   日時: 2005/03/22 22:03:16

突然デスが…。はじめまして、"ありさん"と言います。
いろいろ、大変みたいですけど陰ながらですが、応援しています。^^



4066:おださん、はじめまして。
名前:ありさん   日時: 2005/03/22 21:57:19

おだみさおさんへ。
はじめまして。"ありさん"と言います。いつもおださんのカキコ楽しく読ませていただいてます。でも、おださんは、悩んでいらっしゃるから"楽しく"っていうのは相応しくない表現かもしれませんね。気分を害されたらごめんなさい。
おださんの文章って、何だか私は癒されます。
『でんでんむしムシかたつむりの日記』
いつか、ブログ作って下さいネ。絶対、遊びに行きます!
いきなり、馴れなれしくてスミマセン。以前から、おださんにお声をおかけしたかったなと思ってまして…。良かったら短い間ですが、よろしくお願いします。



4065:ちゃばしらさん、コルトさんへ
名前:にじ   日時: 2005/03/22 21:41:31

ちゃばしらさんの自校の書き込み全部読ませてもらいました。
今まで本を読んで自分なりに頭の中でシミュレートしてたんですが、それでも知らなかったことがたくさんあり、すごく参考になりました。
本当にありがとう。免許のほうはお金のめどがついてようやく通えることになりそうです。(あとは踏み出す勇気だけ)なので遅くとも今年中には必ず取りたいと思っています。
この掲示板はもうすぐ終わってしまいますが、免許を取る事が出来たらつくしんぼさんのHPに書き込むつもりです。
ちゃばしらさん、気長に待っててくださいね。どうもありがとう。

コルトさんへ。
  僕もコルトさんと似た悩みを持っているんで(自分の顔とかに自信が持てなくて人に見られる事に抵抗がある)、コルトさんにはずっと親近感を感じ、励まされてきました。
もうすぐこの掲示板も終わってしまいますが、コルトさんはこれからどうするんですか?
できればつくしんぼさんのHPでまた会えればと思うのですが(勝手なこと書いてスイマセン)。
僕もこれから車の免許を取るという自分なりの挑戦をしようと思っています。
コルトさんの毎日が少しでも豊かなものになるよう祈っています(偉そうでスイマセン)。どうか、お元気で。




4064:サンクスです。
名前:本間かいな   日時: 2005/03/22 21:22:45

4055:ありさん、「めだか」を教えてくれてありがとうございました。「正夢」の入ったスピッツのアルバム「スーベニア」は毎日聴いています。と言うか今も聴いています。サンクスサンクス!

4038:のびたさん、お仕事順調なようで良かったですね。同郷のよしみでこれからも宜しく。

4041:ワレモコウさん初めまして。素敵な名前ですね。「結局、長く続かなくて、途切れたら先延ばし・・・また、少しやって先延ばし・・・。」というのがすごくよくわかります。「あ俺のことだ」と思いましたもん。はは。「継続は力なり」っていうことはわかっているのに、続かないんですよね。ああやだやだ。

4060:おだみさおさんへ。わー楽しみだなあ。『でんでんむしムシかたつむりの日記』が誕生した暁には「検索」して見つけますんで(もしくは俺のHPにも報告して下さい)、ガッツンガッツン書いていて下さいね。そんでお邪魔させて下さい。さらにリンクも貼らせて下さいね。よろしく哀愁。




4063:現在のわたし☆
名前:keiko   日時: 2005/03/22 21:19:26

ケイコです。こんにちは。わたしは今年になってからこの掲示板を見ました。ひっきーしてたのは去年の春頃から、でも今年の一月いっぱいまではかなり深刻でもう寝る事しか出来ずに何も見る余裕もなかったです。
あたしが変わったキッカケは「働く事が解決?・・・」に詳しく書いた様に、髪を切ったことによっての心の動揺が原因でした。なかなか気持ちも変わらずあたしは多分このままアクションを起こさずにいたら本当に一生をこのまま死人の様に生きていくのだと思ってたけど、結果的に私はアクションをおこして良かった☆死ぬ思いで行った美容院で私は救われました。あたしを死の直前まで追い込んだのは美容院という場所でしたが、立ち直るキッカケになったのも美容院でした。この文章だけを見た人は何で美容院がキッカケでひきこもりなんだよと思うかもしれませんが、人には色々そうなる原因が潜んでいるんだと思います。詳しくは「働く事が解決?・・・」に二つ程投稿があると思いますので、良かったら探してみてください。そんな前ではないと思います。
私は自分を自分が守れなかったことに原因があったのだと思います。多分ほとんどのひきこもりの人は周りを気にするあまり自分のやりたい事やこだわりを守れなかったのではないかと思います。ひきこもりにならない為に&ひきこもりから脱出する為にわたしが思うのは、まず自分のペースを崩さないということ。前に進むには時には考えるために立ち止まる事も必要です。回りが動いてるから自分も何かをやらなければと焦る気持ちになるかもしれませんが、自分がやろうとしてることは他人とは違うのだから。以前のわたしが失敗を経験をして今思う事です。
みんな幸せになりたいと思って生きているとおもう。だからもしこれ以上ひきこもりたくないと思っている人は、こうすれば自分は少し変われるかもと思えることに少しの勇気で挑んでみるのも、人生を変えるひとつの手段になるのではと思います。ひきこもる前の自分に戻るのにこだわるのではなく今の自分から向上すること考えてください。それで少し道は開けるハズです。とりあえず他人は無視してください。あなたが幸せになることだけを祈っています。
短い間でしたが自分の意見を言える場があった事に感謝します。少しでも気楽にでも力強く生きられる人が増えるのを望んでいます。



4062:コルトさんへ
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/22 13:44:43

またよけいなお世話です。読まないで結構ですから、私の自己満足のつたない投稿ですから。英語のことわざを見つけたので、書いてみます。
Beauty is but skin-deep.

The hood makes not the monk.

ありきたりですが、中身が大事ということでしょうか。
若い人はスパッと割り切れないでしょうし、そこが若さのいいとこでしょうが、やっぱり中身は表情に表れると思います。
有名人でも、今の日本での『美形』に当てはまらないつくりの人はたくさんいます。でも、10年前と比べるとぐっと見た目が良くなったなあ、と思う人がいます。(私の主観ですが)そういう人は充実した人生を自分なりに生きてきたんだろうなと思います。
私もいわゆる『ブス』なので、『美人』だったら少しはもてて人生変わっていたかも、と思います。大学に入ったときのサークル勧誘で、美人の同級生と廻って、受けた屈辱は忘れられません。でも、その話を後日ある先輩にしたら、「なんだ、うちのサークルに来ればよかったのに。」と言ってくれた人もいます。その話をする前からその人のこといいなと感じてたけど、一気に印象アップしたのを覚えています。
受け止め方はひとそれぞれです。
自分に心地よい受け止め方をする人を大事にするべきで、後は流すほうが良いと思います。それができないから困るんですけどね。
後は、関西弁で言う事の、「時薬」ですかね。私関西人じゃないので、微妙なニュアンスはわかりませんけど。
あんまり参考にならない例ですが、おばさんに足を踏み入れた年齢のころ、化粧負けして顔が真っ赤に腫れ上がったときがありました。どうしても出かける用があったので、仕方なく出かけました。出かけられたのも年を食ったから、そのくらいで外の目にさらされるのが恥ずかしくてできない、とまでは思わなくなっていたのでしょう。20歳くらいだったら、外出できなかったと思います。ただでさえ『ブス』なんですから、その上腫れてるなんてね。
そのとき、何人かの集まりに行ったのですが、一人だけ「どうしたんですか、その顔?」と声をかけてくれた人がいました。そういってくれたほうが、ほっとしましたね。やっぱり、気にしながら外出しているわけですから、明らかにおかしいのに知らんふり、のほうが傷つきます。
気遣いながら声をかけて話題にしてくれる人のほうが、できた人だと思います。
これは、いずれ治る病気だから、そんな風に思えるのかもしれません。
だけど、コルトさんの場合も気遣いなく視線を投げるだけの人は、やっぱりそれだけの人だと思うので、相手にする必要はないと思うのです。
稚拙な文章失礼いたしました。




4061:コルトさんへ
名前:白馬   日時: 2005/03/22 12:14:57

昔と比べてたいぶ明るい感じになりましたね。
数ヶ月前は他人からの中傷が特に集中していてまいっていたのでしょうか。

読書好きのコルトさんとしては本からの影響も相当あるのでしょう。本の中に書かれていることを自分にとってうまく解釈して、明るいほうへ明るいほうへと自分で自分を引っ張っていっているんでしょうね。

英会話スクールですか、何もしていないとは言っていますが実に活動的な一歩だと思います。

コルトさん、自分で自分の顔を気持ち悪いと感じていて、実際赤の他人から中傷・侮辱的行為を受けると全ての人間が口には出さずとも「気持ち悪い」と思っているのではないかと感じてしまうことはございませんか。一目見られただけでそう思っているのではないかと感じてしまうことで、挙動不審(行動や話し方)な振る舞いになってしまったりすることはありませんか。そのような場合はどんな対処法が有効的でしょうか。

それと「人のあり方」を磨いていく事で精神の安定を保とうということですが、これは「人間とはこうあるべきだ」というものを求めそうあろうとする自分と、全くそんなことを考えたことがなく平気で人を馬鹿にしてくる連中とはもはや張り合う(闘う)程のレベルにはないということを意味しているのでしょうか。「取るに足りぬちっぽけな奴らがいる。それらはしばしば自分を攻撃しようと試みる。だけど自分はそんなのに影響されないよ。」ということだと理解しているのですが・・・・、

コルトさんの場合はどの位の頻度ですか、外に出ると大概そのような場面に出くわしますか。面と向かって言われたり、目に見える直接的な行動の場合はどうされていますか。

自分もコルトさんと同じく少し日本には愛想が尽きてきています。




4060:『現状維持願望』が強いけど…。
名前:おだみさお   日時: 2005/03/22 11:08:41

 もうすぐ ここに書き込みできなくなっちゃうんですね…。
 沈みゆく自分の気持ち、想いを はき出せる、ゆいいつの場所だったんですけど……。

 ホントは、ひきこもりになってからは、新しいコトにチャレンジするって いちばん苦手なコトなんですけど、しょうがない、みんなと同じく『ブログ』に挑戦(ちょうせん)だーッ! …と、使用プロバイダーのビッグ○ーブの『ぶろぐ』に行ってみたのですが…。

 \?・?・?〜?〜?!/ (^ ^;)

 …つくづく自分がアナログ人間だと 思い知りました。 新しいコトにチャレンジするって大変ですねー。 『ぶろぐデビュー』は まだ先になりそうです。
 でも、有言実行作戦。 いつかデビューしたいです。 自分のためにも。 どんどん沈んでいっちゃって、「破裂(はれつ)」したくないですから、まだ…。

 ちなみにタイトルは
『でんでんむしムシかたつむりの日記』
の予定です。
 ↑タイトルだけが先に決まってるのが、いかにもブログ初心者ですねー。
(^ ^;)




4059:最後になるのかな。私からの言葉。
名前:ともさか   日時: 2005/03/21 23:58:28

「何が解決〜」の方も別の内容で投稿しました。 ともさかです。 おひさしぶりです。
私は1年半ほど前から働き続けています。 一人暮らしもしています。 それで、私自身は変わらないことだらけでありながらひきこもりではないということになります。 ここが閉じるということなのでそんなちゅうぶらりんな私から、コメントを投げておきたいと思います。

私は私自身が人生をかけて誰かに愛されることもなく、誰かを愛し続けることもできないという、その価値のなさを見続けてきただけです。 だからこそ大切な人が現われたときに働き始め、次のステップを考えて収入を増やしたり生活できるようになるために転職という道を選びました。 3、4年の仕事の経験をもった後、30歳ぎりぎりでその道を選んでタイミングが合ったというだけで今があると思います。

今はなんとなく歩いています。 私が次に歩みを止めるときは私が死ぬときだと決めています。 孤独に慣れることができなかったとき、私はこの世を去るでしょう。 ただ、それまでの間はそれなりにやっていくつもりです。 瞬間でもいい。 大切にしたい何かが見つかったら、それを大切にしたいと思います。 それだけです。
みなさんもきっと大切にしたい何かを持っています。 なければ、大切にしたい何かを持ちたいということを大切にしているのでしょう。 時間は限られています。 瞬間でもいいので、大切にし続けてください。

ではでは。




4058:4031:藤野すみれさんへ
名前:本間かいな   日時: 2005/03/21 21:15:28

藤野すみれさん辿り着けましたか、良かった良かった。つくしんぼさんもありがとう。どうぞお気軽に覗いてもらって気が向いたら何かコメントを下さい。よろしくお願いします。

皆さんへ(度々)。俺もHP(ブログ)を作りました。「書きたい」思いを吐き出す場所のひとつとして、宜しかったら使って下さい。

「どうなることが“解決”?」の1006番をご参照下さい。




4057:自校のこと(4)
名前:ちゃばしら   日時: 2005/03/21 21:16:30

長々と書いてますが、もうちょっと続きます。

3.高速教習について・・・
第2段階(仮免許取得後の教習)の終わりごろに、一度、高速道路を走ります。
どんなに路上運転に慣れても、初めての高速走行は誰でも緊張したり、
不安を感じるものだと思います。
ここでは、高速教習の流れについて、簡単な説明を。

※運転のテクニックとかは、話す自信が無いので・・・。
申し訳ないです。

高速教習は、生徒2人+教官の3人で行うところが多いです。
運転は、片方の生徒が行きを、もう片方が帰りを担当します。
自分のときは、教習所近くのインターから高速道路に入り、
次のインターに着くまで走行(それほど距離はなかったです)。
そのあと、いちど一般道に降りてから運転手を交代し、同じ道を戻る
・・・というものでした。
聞いた話では、途中にサービスエリアがある場合、
そこで休憩をとることもあるそうです。

高速教習で一番難しいのは、
本線に合流するまでの『加速車線』の走行ではないでしょうか。
(うまく言えませんが)
本線の車の流れに注意しながら、うまく加速しないといけないし・・・。
平日の昼間なら車の量も少ないし、合流しやすいと思うのですが、
いつ、どんな時間帯に高速道路を走るのかは、
教習を受けるときまでわかりません。
それと、高速から一般道へ降りたとき、スピード感覚がマヒするので
(ずっとスピードを出して走ったあと一般道に降りると、遅く走っているように感じる)
、スピードを出しすぎないよう、注意が必要です。

・・・と、自校のことについて長々と書いてしまいましたが、
にじさんが通う自校がどういう所なのか(教習の進め方とか、走るコースとか)
わからないので、具体的なアドバイスにはならなかったかもしれません。
にじさんが自校に通ってみて、自分にとってベストなやり方
(学科の勉強法や運転のコツなど)を見つけたら、
それを実行するのが一番だと思います。
免許を取得するまではいろいろ苦労するけど、
そのときの体験は、にじさんとって何らかの”糧”となるはず。応援してます。

最後に、先日ここで紹介した『働くことがイヤな人のための本』から、
印象に残った言葉を一つ。

『きみのからだは、きみの頭脳が知らないことを知っている』

・・・それでは。




4056:自校のこと(3)
名前:ちゃばしら   日時: 2005/03/21 21:13:41

(4037番の続きです)
2.待ち時間について・・・
どこの自校でも、個人別に授業のスケジュールが組まれ、
それに沿って教習を進めていくものと思います
(都合が悪いときはスケジュールを変更してもらうこともできますが、いろいろ手続きがいるみたいです)。

ただスケジュールによっては、ある授業を受けてから次の授業を受けるまでに、
1授業分(1時間くらい)待たされることがたまにあります。
次の授業が学科教習なら気楽に待てばいいのですが、技能教習となると、
「ああ、次は運転するのか・・・」というような緊張状態が続き、
結構ストレスがたまります。

で、こういう時こそ(気を紛らわすためにも)有効な「時間つぶし」を。
休憩室のようなスペースがあれば、そこで学科や技能の
テキストを読んで予習・復習をしたり、
本を持参して読書に集中するのも良いと思います
(自分が通った自校は休憩室にマンガが置いてあり、いい時間つぶしが
できました)。
もし、教習所内のコースを見渡せる場所があれば、そこから他の教習生の
運転を見学するのも良いかと。見ていると、「あの運転は上手いなぁ」
という人もいれば、(失礼ですが)「あれは俺とドッコイドッコイだな」という
人もいたり。いろいろ参考になります。

また、学科教習がある程度進んだら、こうした待ち時間に学科試験の予備テストを受けてみるのも良いですよ
(予備テストはほとんどの自校で実施していると思います)。
学科試験では、問題文をよく読んで、その内容をイメージするのがポイント。
ひっかけ問題もあるので、注意が必要です。

(4)に続きます。




4055:NHK・ひきこもり相談室のスタッフのみなさんへ
名前:ありさん   日時: 2005/03/21 21:10:45

"ありがとうございました!"
ここが閉鎖されるのは残念ですが、
新しい一歩だと思って前向きに考えたいです。
ここで、カキコされたみなさんに会えて嬉しかったです。みなさんにも、
"ありがとうございました!"

本間かいなさんへ。
ブログ開設、おめでとうございます!
がんばってくださいネ!

Lifeさんへ。
覚えていますか、ありさんデス。
初めてここでお話ししたのはLifeさんでした。その節はありがとうございました^^
もっとお話ししたかった方々もいらっしゃいますが、ここが閉鎖されるまでにできるだけお話ししたいです。




4054:相談室が終了だそうで。
名前:はしはた   日時: 2005/03/21 11:21:00

こんにちは。ずいぶん以前に少々ここでお世話になったはしはたと申します。

あれから保健所に相談をしに行ったところ、妙な幸運が重なりまして月2万円くらいではありますが同じところでバイトを続けて一年あまりになります。

もちろん、定職定収というにはあまりにほど遠い状態です。

問題が解決したのかというとそれは無理がありますが、とにもかくにも一歩前進があったのはまちがいなく、その第一歩にはNHKがひきこもりの相談先として全国の保健所をリストアップしてくださったことがかなり大きかったと思っております。

ここしばらくNHKにはよろしくないお話がずいぶんありましたが(最近はフジテレビとライブドアに注目が集まっていますけど)、「ひきこもりサポートキャンペーン」から「ひきこもり相談室」への活動に関しては確かに成果のあるものだったのではないでしょうか。

他方それは「マスコミにしては」という条件付きの評価であったり、当事者が声を挙げて、それから?等という疑問符のつくところも少なくありません。

今後は福祉系番組の一環として活動を継続されるとか。現在の所「テレビマスコミではNHKにしかできないこと」ですので是非とも続けてください。今も苦悩の声が掲示板に溢れている以上、ここでやめたら本当にNHKの存在意義が問われます(笑)。

この三月を区切りに担当されている方が変わるのか、続投されるのかもわかりませんがお疲れ様でした。誠意ある活動に感謝いたします。

P.S. 開店休業状態ですが私もブログを開設しております。ご興味をお持ちの方はGoogleで「はしはた」を検索してみてください。




4053:掃除の仕事
名前:ケイ   日時: 2005/03/21 08:50:37

私は子供の頃から人付き合いが嫌いで友達が一人もいませんでした。社会人になって事務の仕事につきましたが会社の人たちとうまくコミュニケーションをとれずに3ヶ月で退社。3年間ひきこもりになりました。自殺も考えました。しかし、新聞の求人欄でホテルのメイク(清掃)をみつけ、これなら気楽にできるだろうと応募。地味で汚れる仕事ですが、まわりの人たちは年配の女性の方が多くて同世代の人より物腰が低く、若い私にやさしくしてくれました。それ以来10年間今の仕事をしています。ひとに言えるカッコ良い仕事ではありませんが、自分の居場所ができて給料(会社員時の6割程度)貰えるのがうれしいです。仕事以外の時間は、あいかわらず家にこもってテレビ、ビデオ、ゲーム、インターネットばかりしていますが、私は生きているのが楽しいです。



4052:私のひきこもり18年
名前:パチカブ   日時: 2005/03/19 21:22:41

私が最初にひきこもったのは、二十歳のときでした。赤面症、あがり症、多汗症が原因でした。大学を辞め家に2年ひきこもっていましたが、父に包丁持って追いかけられて家を出ました。パチンコ店で1年近く住み込みで働き、70万円貯めアパートを借り、色々な仕事をしては辞めてひきこもるということを繰り返し、30歳前に2度自殺をこころみましたが失敗。ホテルの住み込みの雑役を1年してまた70万円貯めアパート借り、パチンコのプロになって6年間で700万円を貯めてました。37歳になった今はパチンコも辞め、パソコンを買ってホームトレードをはじめ、デイトレイダーもどきになっています。しかし、あいかわらずひきこもり。赤面症、あがり症、多汗症は、精神科でも治らないといわれましたしデイトレで生計をたてていけなくなれば間違いなく練炭自殺するでしょう。



4051:わかりあえない言葉のために
名前:K   日時: 2005/03/19 17:43:10

 前回投稿させていただいたメールでは嘘を書いてしまいました。どうでもよいことかもしれませんが、じつは「女性」ではないんです。ある男性がとつぜん意味もなく女性をなのる。つくつもりもないのについてしまったこの嘘は何なのかと仮に考えてみるとき、ひごろ安易な理由づけをして安心してしまいがちな私は、つまりその理由づけもまた嘘なのではなかろうかと思い当たり、いささか混乱しております。私は本当は女性なのでしょうか。
 ところでみなさんは何か嘘をついておられませんでしょうか。
 自分が嘘をついたからってみなさんにこんなことをお尋ねするのはぶしつけかもしれませんけれども、考えるのが苦手なのでみなさんにも一緒に考えていただきたいのです。
 ここで問題にいたしたいのは政治家のジレンマなどというものではもちろんなく、客観的にその真偽が判定されうる嘘としての発言そのもの(たとえば「女性」発言)でもなく、また嘘をつこうとする瞬間の心のひそやかな微動というものでもなく、虚構もまた真実だとか、真偽ともども肯定してより高次の段階だとかいった議論でもなくて、まず、嘘とも本当ともいえないようなことを嘘または本当と思い込むことの嘘、さらにその嘘/本当の二元論のなかでみずからを住みわけて、場合わけしてその嘘と本当を実行(言葉にするか否かにかかわらず、ある立場にたつということであって、もちろんその場の情況により左右されます。たとえば、こんな話はこの「ひきこもり相談室」内でなければできないことかもしれず、その意味では「ひきこもり相談室」に言わされているともいえます)する嘘、私はこの二段階があるような気がしているんですが、しかしこうしているうちにも、この理論そのものがこの理論そのものを嘘だといっていることがわかり、その判断もまた嘘ということになり、こんなこと何の役にも立たないからよせばよいわけですが、まあこういう見方もあるということで軽く聞きながしてくださればよいので、わたくし自身、男なのか女なのかという深刻な悩みを抱えているわけでもない軽薄な人間なので、せっかくここまで読んでくださった方を不快にさせてしまったかもしれないのをお詫びいたします。
 でも、ひきこもった覚えもないのにあたし外に出れないのと思わしげに打ち明けてみたり、実はかなり重度の引きこもり癖があるのにそんなことはすがすがしく忘れたふりをしたりしている人はかなりいるのではないかと思います。もちろんそれはそれでよいのですけれども、そもそも何のためにこんな話を申しているのかといわせていただきますと、嘘にしろ本当にしろ、それが支持されるにせよ撤回されるにせよ、それはそれ自身に拘束されてある一定の間身動きを奪われてしまうのであり、自縄自縛にほかならず、あまり健康的とは思えず、ちょっと問題ではないかと思ったまででした。



4050:つくしんぼさんへ
名前:とくめい   日時: 2005/03/19 16:19:24

つくしんぼさんのホームページにいきたいのですが、緑色の文字もでてきません。どうすればいいのでしょうか。nhkひきこもり相談室につながります。



4049:テツオさん、つくしんぼさん、本間かいなさんへ
名前:とくめい   日時: 2005/03/19 16:08:31

お返事どうもありがとうございました。とても慰められました。



4048:頭が回転しすぎてしまう悩み
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/19 15:14:39

 私の場合、頭が回転しすぎて、見えなくてもいいことが見えてしまったり、気がつかなくてもいいことを気がついてしまったり、考えつかなくてもいいことを考えついてしまうことが多々あります。変な言い方になりますが、あまり頭を使わなくても人生がうまく展開していそうな人のことをうらやましく思うことがあります。



4047:私がNHKの福祉番組を見るようになった経緯
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/19 14:48:37

 1974年、私が小学校4年生のとき、NHKでは「ニュースセンター9時」という当時としては画期的な報道番組がはじまりました。幼いながらも政治経済、世界情勢に関心があったので、小学生の私もこの番組を見ることがありました。初代キャスターの磯村尚徳さんのまねをして、身体を斜にかまえたりして、ひとりでかっこうつけることがありました。
 NHKの番組改編で1993年からクローズアップ現代という番組がはじまり、午後9時台に放送していたときも、2000年になり午後7時台に放送時間がかわってからもこの番組をよく見ました。
 2003年にNHK教育テレビの福祉番組が午後7時台から8時台にうつりました。私はこころがかなり弱っていたので報道番組以外の見たい番組は何かないかと求めていました。ちょうどよいことに、クローズアップ現代と重ならない時間に福祉番組を見ることができるようになりました。午後7時台はニュース7とクローズアップ現代を見ていた私が、午後8時台には福祉ネットワークを見るようになりました。最近では福祉に関心をもつことから、生きかたや考え方のヒントをいただいています。NHKの福祉番組・出版物、福祉インターネット情報、福祉イベントなどとの出会いによって一般のみなさんがひきこもりについて関心をもち、いっしょに考えていただきければと思います。



4046:美的感受性を求める人間でありたい
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/19 14:24:13

 数学者の藤原正彦さんが、「数学の研究は高い山の頂に咲く美しい花を取りに行くようなもの」とおっしゃっていました。私は数学者とは程遠い人間ですが、私の求める生きかたと似ているようなところがあるなあと感じ、このことばが胸に響きます。親しい仲間ができなくても、こうした高い山の頂に咲く美しい花を取りに行こうとするとしたら、それはそれで価値ある生きかたなのではないでしょうか。いつまでも美的感受性を求める人間でありたいと私は思います。



4045:「超気持ちいい!」と言うことができる瞬間を求めて・・・
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/19 14:09:50

 2004年アテネ五輪競泳で2種目金メダルを獲得した北島康介選手がインタビューで「超気持ちいい!」と言っていました。「超気持ちいい!」の背景には何重にも重ねた血と汗と涙のまじった苦労があってのことだと思います。温泉地に行って美味しいものを食べ美味しいお酒を飲んでいい風呂につかったときの「気持ちいい」とはわけがちがいます。
 「なぜ生きるか」「なぜ働くか」と問われるとしたら、それは「超きもちいい!」と言うことができる瞬間を求めているからではないかと思うことがあります。その瞬間のすばらしさを想像できるからこそ、人は試練や困難にも耐えられるのだと思います。生きている限り絶頂を求めるのは人間の本能なのではないでしょうか。



4044:身近な人が亡くなるということ
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/19 13:40:32

 私は昨年末から今年のはじめにかけて、身近な人が亡くなるということがありました。
 昨年の終わりに、同じフリースペースに参加していた私より20歳年下の男性が亡くなりました。お母様は「事故死です」と言い通されていました。
 今年のはじめ、私の卒業した高校の2学年先輩である女流漫画家がガンで亡くなりました。その方と直接お話ししたことはないのですが、あらためて「自分もいつかは死ぬんだ」という自覚を強くもちました。
 生きている限り、どうしても受け入れがたい別れを経験することもあるけれども、その別れをのりこえてひとまわり大きくなれたらいいなあと思います。



4943:いちばんのりをよく経験しています。
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/19 13:27:06

 ひきこもり当事者としては意外なことかもしれませんが、私はいちばんのりをすることが好きですし、よくいちばんのりの経験をしています。集会に参加するのもいちばんのりということがよくあります。集会で最前列にすわることもよくあります。デパート・スーパーマーケットなどの店の開店時刻前から待っていることもあります。お店などではいちばんのりの客をとても丁重にもてなしてくださいます。最前列にすわると、後方からでは見えない話し手の表情が見えたり、聴くことのできない話し手のささやきを聴くことができる場合もあります。何より、私自身がすがすがしいおもいをもつことができます。皆さんも勇気を出していちばんのりを経験してみませんか。



4042:思いっきり花粉症にかかっています。
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/19 13:14:48

 今春、花粉症が猛威をふるうことは、昨夏の猛暑の時点で私は予測していました。2004年のうちにかかりつけの医師からアレロックという薬を処方してもらいました。ところが、処方薬を飲んでいるにもかかわらず、やはり花粉症にかかってしまいました。昨日3月18日(金)はとくにひどく、千代田放送会館にて放送記念日イベントとして1973年にできたばかりのNHKホールで催されたプッチーニの歌劇「トスカ」の上映会を観覧しに行ったのですが、約3時間もの間、目はショボショボ、鼻水がだらだらたれっぱなしでした。
 けれども、花粉症にかかるということは、それだけ外の世界にふれているという証でもあります。ひきこもりの当事者にとって花粉症にかかるのもひとつのいい経験なのかもしれません。



4041:今年こそ。
名前:ワレモコウ   日時: 2005/03/19 12:43:18

初めまして。ひきこもり暦もうすぐ4年目のワレモコウです。
いつも春になると、ここ一年の行いをひどく後悔します。
「毎日、運動を続けよう。」「もう少し、外見に気を遣おう。」「資格をとらなくちゃ。」
色々考えて、少しはやってみるものの、結局、長く続かなくて、途切れたら先延ばし・・・また、少しやって先延ばし・・・。何もしない期間のほうが長く、何一つものになっていません。
最近、両親に「何か専門学校に行ってみたら?」と言われたけれど、具体的な職業のイメージがわかないし、同年代の人が近づくだけで、カチコチに緊張する私が上手くやっていけるとは到底思えません・・・。
周りの友達は、みんな夢に向かって頑張っているのにな・・・。
毎年そんな事ばっかり考えているんですが、今年こそは前進したって思えるようになりたいです。もう、いい加減、病院の先生に「〜しょうと思っているんですけど、なかなか・・・」っていうのもつらくなってきました。
一歩ずつ、着実に・・・難しいけれど、結局はそれしかないんですよね・・・。



4040:私なりに社会参加している根拠を示したいと思います。
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/19 12:01:47

1.緒方貞子さんのような国際平和の第一線で活躍している人の話を聴きに行ったこと。ビル・クリントン米国前大統領のような国際政治の第一線で活躍していた人の経験談を聴きに行こうとしたこと。

2.北朝鮮拉致問題に関心をもち、家にいるときも外にでかけるときも拉致事件早期解決を願い、ブルーリボンのバッチをいつも自分の服に身につけていること。

3.知事への手紙、市長への手紙を書き、県政、市政に自分の考えを主張することがあること。場合によっては、私の提案が県政、市政で実践されることがあること。

4.ひきこもり関係、ひきこもり関係以外でもいろいろな講演会・パネルディスカッションなどを観覧し、自分の疑問を質したり、自分の考えを主張することがあること。

5.単独行動・単独活動であっても、いつもフェアプレーの精神をもとうとしていること。

以上のようなことも、社会参加といっていいのではないでしょうか。




4039:こういう人はどうすれば・・
名前:人間   日時: 2005/03/18 20:06:07

よく「苦しい助けて下さい」とか「誰か私を慰めてください」とか言える人は、立派に自己主張ができているので自信をもっていいと思います。ほんとうに危険な人は言えない人だと思います。本当は死ぬほどの状況なのに元気に装ってる人。
私は鬱病のオフ会に行って、その中に亡くなってしまった方がいました。ものすごく元気な人でした。その方が亡くなった時は、心が動揺したし恐ろしくなりました。我慢してたんだ・・誰にも言えず、元気に振舞ってたんだと・・ホンとは「たすけてくれー」と叫んでいたに違いありません。その人は、逆に人を励ましていました。掲示板上でも、たわいのない話をしたり、明るい人でした。まさかと初めは信じられませんでした。でも、こうしたことが現実なのでしょう。明るい人だから大丈夫と周りが思う。自分も人に心配かけないようにと無理に明るく演じ、「だれか助けてくれ。苦しいんだ。」という本当の胸の内を奥にしまい込んでしまい、そのしまいこんだ激しい思いが膨れ上がり悲しい結末を招いてしまう。周りはどうして何も言ってくれなかったのかと心が苦しく悲しくなるでしょうが、本当にこういう方が後を絶たない現実があります。
こうした人は元気に明るく振舞っていたり助けをこうことをしないから、周りは気づいてあげることができません。
だから、明るくしている人=大丈夫という先入観は持たないことが賢明なのだと思っています。心の病を持った方が周りに居て(掲示板上でもいいのですが)ものすごく明るく元気な方がいたら、少し気にかけてあげて下さい。助けを請うことができない人かもしれない。
「いつも、元気だけど、無理してないか?」「苦しいことがあったら言ってもいいんだよ」
ほんの少しでも、そうした方にも気をかけてあげて下さい。



4038:今日はお休みです
名前:のびた   日時: 2005/03/18 15:35:30

お仕事続いてます。もうすぐこのレッツトークも終わってしまいますね。
私が初めてここに書き込んだのは去年10月だったと思います。あれからいろいろな変化がありました。きっかけとしては、まず中越地震。揺れてはおさまって、また揺れて・・・を繰り返していく恐怖の中で「もっと真面目に計画的に生きればよかった!」と思ったのを覚えています。
そして11月に体の不調に気付き(今日は小さな手術をしてきました)、この二つの出来事で私は「生」というか「時間」を意識するようになって、動き出しました。

私が動くにあたって、私を励ましてくれたのは、ある人の本でした。江原啓之さんという方の本です。スピリチュアルカウンセラーという肩書きの方で、出演されている番組を見たとき、「この人は間違いなく本物の霊能力者だ」と思い、本を買いました。霊とか信じられない人には、うっとうしい書き込みになると思うので、内容については書きませんが、私は本を読んで、「人生観が180度変わった!」とまではいきませんが、自分の人生に起こる物事の捉え方に変化がありました。以前より柔軟になったと思うし、自分が努力してるなら自然の運びに身を任せようという余裕がうまれました。江原さんの本を読んだ事もきっかけの一つだと思います。

あと、働けるようになって感じるのは、親への感謝です。このサイトを見られるのも、親が、働いたお金でパソコンを買ってくれたからです。もしかしたら、このサイトも、私に書き込みをさせてくれる事で私に何か影響を与えてくれていたのかもしれません。

いろんなことがあってここまでこられました。私が無から底力を出して働けるようになったわけではなくて、色々な物事や人が働きかけて、私に良い影響を与えてくれたおかげで、やっとここまでこられたんだと思います。今はそれに感謝しています。
辛い事もまだあるだろうけど、これからも生きていきます。

皆さん、ありがとうございました。




4037:自校のこと(2)
名前:ちゃばしら   日時: 2005/03/18 13:47:05

にじさん、おまたせしました。
3992番の続きです。

俺が自校に通ったときに困ったのは、「1.教官とのやりとり」「2.待ち
時間」「3.高速教習」の3つ。1は対人能力のない自分にとって不安
だったし、3は教習生のほとんどが不安になるところだと思います。
このへんについて、自分なりの対処法(?)をお話します。

1.教官とのやりとりについて・・・
教習中、とくに技能教習のときは、せまい車内で1時間近く教官と2人
っきりになるので、相手の話に対する受け答えがうまくできなかったり、
沈黙が続いたりしたらどうしよう・・・と最初は心配してました。
しかし、技能教習のときは”運転する”ことに否応なしに集中することに
なるので、「どういう会話をしたら・・・」と考える余裕はほとんど無かった
です。教官のほうも、生徒が運転に集中できるよう、配慮をしてくれて
いたと(勝手に)思ってます。

たまに雑談もしましたが、世間話よりも、運転に関するアドバイス・・・
「この道はこういうところに注意してね」みたいな・・・が多かったと思い
ます(もちろん、ちゃんと聞いたほうが良いです)。なので、最近の話題
や流行についての知識を無理に覚えなくても大丈夫かなぁ、と(自分も
流行話とかは疎いほうです)。
”運転を習う”という、その姿勢だけでOKです。

ただし、「次の交差点を左折ね」みたいに指示があったときは、必ず
返事を返すこと。これは、生徒が運転に集中しすぎて勝手な行動を
とらないよう、意思確認をするためでもある・・・というようなことを、
当時、教官から聞いた覚えがあります。返事は「はい」の一言でもいい
し、「次を左折ですね?」みたいに聞き直してもかまいません。

余談ですが、自校に通う前は教官にたいして「すごく厳しそう・・・」と
いうイメージが強かった。TVで教習所のことをやっていたとき、たびたび
キツイことをいう教官が出てきたし、それが「厳しそう」とイメージを植え
つけたのかも・・・。
メディアの影響力(?)ってのはすごいですね。

(3)に続きます。




4036:最初で最後の投稿(2)
名前:ぺこ   日時: 2005/03/18 13:48:52

あたしは両親に本気でぶつかって激しく口論して状況を理解してもらって、両親がこりゃおかしいと思って黙って見守ってくれることになって、安心して家にいられる状況を作りました。

でも、両親もどうしていいかわからないと思っていると思います。苦しんでいると思います。そしてその両親に対して自分はどうしてあげようもありません。

元気になりたいと思うけれども、仕事先がない。才能がない。人間関係が怖い。
前はお先真っ暗で、何度も自殺しようとしました。でも、最近変わってきました。

出来ないことは無理にしなくていい。それは神様がお望みではないのです。
マザー・テレサがそんなことを言ってたんです。

この言葉と出会って、あたしは自分に出来ることを始めました。少しずつです。人が怖くても社会が怖くても、その中で自分に出来ることをする。少ししかまだ時間が経ってないけど両親が喜んでくれた。その喜びが嬉しかった。
少し役に立てたってこと。

引きこもりの中には、色々な種類の人がいると思う。親との関係など状況が悪いだけで仕事はできる、ひとづきあいもできるタイプなのか
それとも仕事は出来るけどひとづきあいがだめなのか、それとも仕事が出来ない、何か能力的ハンディキャップのせいなのか。
 
それによって、援助は違ってくるけど
理解ある雇用や場所が増えれば、引きこもりの中でも能力を出せる人、たくさんいると思う。

あたしの場合は仕事上のサポートや対人関係のサポート(怒鳴らないでいてくれる場所)が必要だけど それが出来ない間は、自分の出来ることだけ少しずつ重ねていこうと思う。
自殺するのは両親が片付いたあとまで延期。

美輪さんが引きこもっている時間、知識と教養を増やしなさいって言ってた。
時間はふんだんにあるから、何かできるといいね。




4035:最初で最後の投稿(1)
名前:ぺこ   日時: 2005/03/18 13:25:52

はじめて来ました。引きこもって5年、30歳近くになりました。将来になんの展望も描けず、
自殺しようと思うこともあります。

この前引きこもりの番組を見ました。あたしなりの意見を書かせていただこうと思います。 
あたしが引きこもるきっかけとなったのは、仕事が出来ず会社に適応できないことから始まりました。外でいじめや排除などにあうと自尊心を傷つけられ、もって行きようのない悲しみや怒りが出ます。そこで、「だいじょうぶ、みんなが否定しても私たちはあなたの味方」とか
「じっくり傷を癒そう、それから考えようね」というような心を受け止めてくれる人が一人でもいてくれればよかったんですけど
あたしの場合、誰もいなかった。
社会のいじめは人格否定が多いし実際死活問題なので、一生懸命やる分、迷惑をかけると目立つので余計にへこみます。

親に話しても、「辞めてほかで働け」とか
「会社の人と合わなかったんだよ」とか
「誰でもそういうことがある」とか言われる。

そうなんだけど、欲しいのは受容であったり
愛だったり。
受け止めてくれる人がいないとだんだん内側に向いて自分を責めたり、過去にさかのぼって、親の育て方が悪いとか、原因探ししたりとか
八つ当たりしたりとか恨んだりとか矛先が親に向きました。考えてみると、両親との関係がうまくいってないまま大人になっていたことに気がついたりして。両親の世代は高度成長期。働くことに必死でもみくちゃにされながら大人になったわけで、当然子供の世代のいじめや状況を理解できない。学校出したら、あとは自立して働け、って感じだからアドバイスもとんちんかん。ひどく自尊心が傷ついた場合、包み込んでくれる、自分の存在を肯定してくれる人がすごく必要なんだけども、両親の世代には理解不能。うちの両親は責めたりとか怒ったり無理強いはしなかったけど、こういう状況で家族から責められたり怒られたりしたら傷ついた人間はそりゃ引きこもるしかないし人も怖くなる。
だからこそ、この間の番組のような「いつまで待っているよ」という完全受容してくれる存在がいてくれたら安心して心の癒しの作業に入っていける気がする。
そういう根っこを広げられるのは家庭だけのような気がする。




4034:うつ
名前:たか   日時: 2005/03/18 12:07:13

こんにちは。私は前の仕事を辞めてから2年ちょっとの間、半引きこもりのような生活をしていました。でも親には「働け」と言われ、いろんな求人情報を見せられていました。いつも小言を言われるのが嫌になったのでハローワークに行き、ビルの清掃の仕事があったのでそれをすることにしました。私は人と関わるのが怖いので、これなら人とあまり喋らずに黙々と出来ると思ったからです。でも、家族には「もっといい仕事があるだろう。本当にこの仕事がしたいのか?」と反対されています。ビル清掃ってイメージ悪いですか?「このままウダウダしてたらすぐ年取って死んでしまうぞ」と言われ、かなり鬱です。



4033:コルトさんへ
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/18 10:44:36

気をつかってくださって有難うございます。本は、別に読まなくてもいいんですよ。本なんて強要されて読むものではありませんものね。
哲学の本の引用は、良かったです。理解しがたい私のほうが悪いんですから。もともと、高校レベルの倫理社会の授業は好きでした。大学受験の選択科目にも倫社を選びましたから。理解する頭脳を持っていないだけ、理解する訓練をしてないのです。学生時代にコルトさんのような方と話しあってみたかったです。
もともと哲学も好きだし、仏教の本も読んでみたいのですが、人疲れの症状がひどくなってから心理学とか医療関係ばかり読ん
でいて、そこまで時間が取れませんでした。
でも、治したい症状ばかりにこだわるのはかえって疲れますね。余計症状に神経が集中してひどくなる感じがします。
違う事に気を取られるぐらいのほうがいいみたいです。
私は5年位前から、車を運転すると対向車の人が皆私を見ているような気がして、気になって仕方ありませんでした。信号で止まると、前の人も後ろの人も隣の人も自分を見ている気がして、怖かったです。でも、それを医者に「皆に見られている感じはしませんか」と聞かれて、「そういえば・・・」と話をしたら、少し薄れてきて、最近は足さなければいけない用事の段取りをあれこれ考えながら運転していると、まったく気になっていない事に気がつきました。
解決したい事とは関係のない事を一生懸命することが、結果的に解決につながるのかもしれないと思います。
こだわり過ぎないという事ですね。
あと、いいご両親のようですので、見ず知らずの無責任な他人より(私もコルトさんにとってそうですので)身近な大事な人と良い関係を保っていれば幸せなのではと思います。
たいしたことない内容、えらそうにすみませんでした。書かなきゃいいのですけれど、つい書いてしまいました、もうお会いできなくなりますので。



4032:就職活動してる引きこもりですが
名前:引きこもりから抜け出したい!   日時: 2005/03/18 10:25:10

はじめて投稿します。
私は36歳でひきこもり5年です。
親や近所の人と人間付き合いができません。

親は大変厳しくて何でも口を挟みます。
私は専門学校の情報処理科出身ですが、
母親は勤まらないだろうと決め付け、
パソコン買うのも反対します。
今書き込んでいるのもインターネットカフェ
です。携帯電話も持っていません。
母親いわく「騙される!」。
テレビに出てる引きこもりがうらやましい。
36歳だし、反論しても平行線です。
よく家庭内暴力を起こさなかったと思う。

4017にありましたけど、NHKスペシャル
「フリーター漂流」が放送されました。
私も請負社員として以前働いてました。
社名等は具体的に書きませんが、
私が勤務した大手工場は、正社員の年間の有給休暇日数が
90年代には14日で、
正社員が休みで一人不在の連絡を受けた時はまじめに残業しました。
でも正社員は何でしょうか、いじめないと
面白くないとかで、定時に帰れた日は悪口・
陰口言うんです。
配属Aにいて、配属Bで人手足りないと報告受け
私が応援に対処したんですが、翌日の噂では
私が『定時に帰ってポーとテレビ見てる』と
言われ、軽蔑の目で見られました。
配属Bの班長が、私が残業4時間したという報告
受けたのはその後です。素直に残業したのに。
私は大手会社の正社員の事情を把握し、
理解したうえで残業したのですが、
いつの間にか嫌われ者、笑われ者になった。

あれ以降、請負会社から連絡なく、
自分から職安で探しましたが不採用。
大手会社の社員が噂したのでしたんだろうか。

家では親からパソコン、携帯電話は駄目といわれ、
外では就職活動していますが不採用。
なにやってもうまくいきません。

今やっと、働けばパソコン、インターネットやっていい、
と親に言われました。
まだ家は黒電話ですからインターネットは
まだ遠く、インターネットカフェ通いです。

あと私が勤めた大手工場の正社員の
年間の有給日数はその後20日になり、
ますます請負社員の残業増になりそうです。

先週別の請負会社で面接受けましたが、不採用でした。
まだ悪い噂があるのか、間隔が5年あいているからか
理由は定かではありませんが。
早く引きこもりから抜け出したいです。

私は家庭では携帯電話、パソコンはダメで、、
お金貯めても無意味。近所では
意味不明で笑われて一番不幸と思っていたが、
でもこの掲示板読んで、悩んでる人は
私だけでないと感じました。
(たどたどしいですが)
頑張って引きこもりから抜け出しましょう!




4031:本間かいなさんへ
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/18 10:13:10

つくしんぼさんのブログから本間さんのところへおじゃまできました。その後もう一度検索かけてみたら、今度は出ました。ありがとうございます。
本間さんワールドと言う感じでいいですね。
なんだか皆さん、ここの掲示板の閉鎖をきっかけに新しい世界へ踏み出しているようで、別れや卒業も前進には必要なのだなと思っています。
本間さん、素敵なブログにしてくださいね。



4030:つくしんぼさん、まるひこさんへ
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/18 10:04:44

お二方、こんな初歩の質問に答えていただき、ほんとうにありがとうございました。教えていただいた説明の中の用語を頼りに、手持ちのインターネット総合説明書を探してみたら、ありました!小さな囲み説明に「履歴の削除」が。小さいから見つけられなかったとは言い訳しませんが・・・勉強不足でご迷惑おかけいたしました。これからやってみますね。今ちょっと時間がないので。
ほんとうにわかりやすい説明ありがとうございました。



4029:藤野すみれさんへ
名前:つくしんぼ   日時: 2005/03/18 04:21:03

まず「発言の痕跡を消す」ということについてですが、それは”書き込みしたHP上のご自分の発言内容を消す”という意味でいいですか?
・・もしそうだったら、それはできないです。
それはこのNHKの掲示板でも同じように、書き込みした人は送信するとその発言を自分で削除できません。削除できるのはそのHPの作成者(管理人)です。
また、もしそれが内容のことではなく「”発言をしたという事実”の痕跡を残したくない」という意味なら、送信した時点で名前欄やコメント欄は空欄に戻り、書き込んだ内容は消える(HP上に移る)ので大丈夫です。送信せずに途中で書き込みをやめた場合でもそのHPを閉じれば内容は消えて残りません(もし心配なら書き込んだ文字をバックスペースキーなどで消去してから閉じて下さい)。

次に「痕跡の消し方」についてですが、
まず画面の上の方の「履歴」をクリック→消したい履歴にカーソルをあわせて右クリック→削除をクリック→O.K・・でとりあえず、そのHPにアクセスした履歴は消えます。
また不安にさせてしまうかもしれませんが、「とりあえず」と言ったのは厳密に言うとまだそれが完全にPC上から消えたわけではないからです・・が、まず見られることはないのでそれで十分だと思います。でもそんなこと言われると心配だと思いますので、土・日くらいに再会の掲示板で説明しますね。(いろいろ説明してますが、今回のことで最近覚えたばかりのあやふやな知識です。どなたか詳しい方がいて、もし間違いに気がついたら指摘して下さい。お願いします!)




4028:コルトさんへ
名前:バラード一番   日時: 2005/03/17 20:15:14

横からごめんなさい。
哲学とは無縁の私ですが、勝手にコルトさんの投稿から学ばせて頂いています。いつも楽しみに投稿を読ませてもらっているだけに、もうじきここが終了するのが残念で仕方ありません。
この私の投稿は独り言と思って、返信などの気を遣わないで頂ければと思っています。色々勉強させてもらい感謝しています。



4027:デイケアについて
名前:テツオ   日時: 2005/03/17 15:41:07

とくめいさんの行ったデイケアというのは精神障害者を対象にした施設と思われます。はっきり言ってとても社交性が求められます。私にとっては、人間関係だけに限定すればアルバイトの方がずっと楽です。
デイケアの指導員・責任者はケースワーカー(ソーシャルワーカー)というのですが、人間関係を結ぶのには何も手を貸してくれません。なんだか知らないけど、統合失調症の人って結構社交的なんですね。多分、同じく精神障害者を対象としている作業所もひきこもりの人には難しいかもしれません。ただ作業所は仕事をすれば、無口でも浮かないのはデイケアよりはましだと思います。とにかくデイケアは自分から働きかける力が無いと居心地良くはありません。
という訳で、ひきこもりの人に薦めたいのは、各地にあると思いますが、ひきこもり問題あるいは思春期問題に限定したデイケア・自助グループ等です。そういう所では職員も、来た人が溶け込めるような配慮やプログラムを用意してくれるのでいいと思います。
ただ余計なことかもしれませんが、対人関係が苦手な人って社会のあらゆる所にいると思います。冷静に周りを見れば自分だけが特別じゃないって分かる時が来ると思いますが。一般論ではありません、私も酷い対人恐怖症に悩んできたので。別に変な目で見られることを我慢しろ、というつもりはありませんが。



4026:つくしんぼさんへ
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/17 09:58:31

すみません。痕跡の消し方、(発言の痕跡も消せるのですか?)教えていただけますか。お願いします。ありがとうございます。



4025:イージーな方向にはしりたくない。他人や周囲に流されたくない。
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/17 09:42:33

 ひきこもりからぬけだすために、「とにかく対人関係をつくりましょう」というアドバイスが一般的になっていると思います。だからといって、私はイージーな方向にはしりたいとは思いません。他人や周囲には流されたくないという思いももっています。ひとりっきり・ひとりぼっち状態の深い意味や思索を大切にしながら、誰から与えられるのでもない、自分でつかんだシンビジウム流の社会参加をしたいと思います。



4024:純粋さを武器にしたっていいじゃないか
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/17 09:20:28

 ひきこもりについていわれることに、精神年齢が○○歳の純粋なままでとまっていて幼い、ということがあります。ところが、世の中で活躍している成人の人たちには、少年の目をした人、少年のような心をもっている人もいます。ひきこもりの人の純粋さをマイナスにとらえる主張がめだちますが、私はひきこもりの人の純粋さは場合によってはその人にとっても、その人がこれから出会う人にとっても、社会にとってもプラスになりうるのではないかと思うのです。純粋さを武器にして生きていったっていいじゃないですか。純粋な心をもつことによってはじめてできることがけっこうあるのではないかと私は思います。



4023:完成を求めて・・・ けれども結果より大切なもの
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/17 09:12:04

 ひきこもりの人へのアドバイスで「完璧主義はやめましょう」といわれることがよくあります。けれども、私は、完璧主義というか、完成を求めることにその人らしさや持ち味がいきるのなら、それもいいのではないかと思います。完成したものはドラマにならないという人がいます。けれども、それは完成を求めると言う過程があって完成されないことにドラマの意味があるのだと思います。はじめから完成を求めないところには、ドラマや感動はないのではないかと私は思うのです。
 私は、完成すること、結果をだすことに意味があるのではなく、完成する過程にこそ意味があるのではないかと思います。結果ではなくその過程に。ちょっと自分なりにウイットをきかせた表現をしようとするとしたら、結果ではなくその道程に意味があるのではないかと私は思うのです。



4022:芸術作品との出会い
名前:シンビジウム   日時: 2005/03/17 08:59:34

 ひとりっきり、ひとりぼっち状態ながらも、芸術作品との出会いは意味深いものがあると私は思います。それは、物体と出会っているだけではなく、背後の作者や作者が表現しようとしている人物との出会いがあるからです。虚構の世界とかたづけられず、リアリティー深いものがある場合もあるからです。ひとりっきりの時間を何者かとの対話する時間にもなりうると私は思うのです。



4021:こんばんは
名前:つくしんぼ   日時: 2005/03/17 04:53:30

本間かいなさんへ

本間さんのHP開設おめでとうございます!
僕のHPまで紹介していただいてありがとうございます。これから先HP作成する方々もいらっしゃると思いますが、僕はそれを見た人たちがどこの掲示板に書き込みしてもいいと思っています・・・二股三股したっていいと思いますよ。
このNHKの掲示板の人たちがどこかでつながってさえいれば、どこに書き込んでもいいと思っています。だから皆さんにはこれからもどこでもいいので書き込みして頂きたいと思います。

にじさんへ

さっそく再会の掲示板に書き込みして頂いてありがとうございます!
にじさんにそんなによろこんでいただいて僕もうれしいです。僕はこのNHKの掲示板がなくなってしまうという不安やさみしさからHP作りに挑戦してみました・・いつもは自分から何かをやろうなんて思わないのに不思議です。
またこれからもいままでと同じように書き込みして下さいね。

とくめいさんへ

再会の掲示板へたどり着けましたか?
なんとかたどり着いてほしいです。

藤野すみれさんへ

不安がだいぶ解消されたみたいでよかったです。
僕も自分専用のPCを持っていないのでお気持ち分かります。
PCのことよくわかりませんけど、藤野すみれさんに説明させていただいたことは、今回のこのHP作成で自分も勉強になりました。こちらこそ感謝しています。いつか不安が完全に解消されたら遊びに来てくださいね!

皆さんへ

ここの掲示板がなくなってもまた皆さんと再会したいと思っています。話したことあるなしに関わらず、また、どなた宛の書き込みでも結構ですので。・・・僕たちの悩みや不安の解決はきっと何年、何十年、もしかしたら一生、という長い時間が必要だと思います。だからまだ終わりにしたくないのです。




4020:異性にばっかの人は嫌われる。
名前:野苺   日時: 2005/03/17 03:32:10

対人関係において、だいたいの人は異性に弱いと思う。私もこれを利用したことがありました。というより異性の方が優しかったから自然に頼るようになったのかもしれない。でも、これはいわゆるへたなぶりっ子だ。絶対的に同姓から嫌われる。当たり前です。誰だって異性に媚びへつらうのを見れば同姓は嫌悪する。上手にぶりっ子するのはある意味、天性のものかもしれないし、計算してるのかもしれない。同姓に嫌われても何のそのと開き直れる度胸があるか、感じないかじゃないともたない。
世の中ではぶりっ子でも同姓からも好かれるコもいる。天然なのかなと思ったりするけど、そういう人を観察してると案外しっかりものだ。わきまえてるとこはしっかりわきまえている。自主性がしっかりしてる。私は10代の頃を思い出す・・今思い返すと明らかに同姓と異性に対して態度が違っていたし、自主性がなく他人に頼りっぱなしだった。同姓から一番嫌われるタイプだったと思う。最近は同姓に対しての方が大切だと思うようになった。異性はどうでもいいわけじゃないけど、やはり同姓に嫌われる方が恐い。異性との友人関係を続けていくのは難しいけど、同姓の友人は大切にしていけば一生の友になれる。同姓、異性だれとでも仲良くなれるような社交家だったら別だけど、私みたいに対人恐怖症の人間は同姓と仲良くしていく術を身につけることが大切だと思うようになった。
私だってやっぱり異性に弱くて、同姓を厳しい目でみている・・だからこそ、同姓を大切にと意識してるとバランスがとれてる気がする。今は平等になってる。
異性は好きな人だけ特別な態度をすればいい。後は平等に接する努力をしてます。
「男好きな女だよねぇ・・あいつ」「男にばっか甘えてんじゃん」この言葉は10代の頃の私が言われていた言葉です。今は言われなくなりました。
今、7人同姓の友人がいるけど、もっと欲しいです。男友達は昔いたけど恋愛関係になってしまったから今は一人もいません。
彼氏は欲しいけど、やっぱり友達作りが先かなと思っています。恋人同士だともっと深い人間関係になってくるからです。



4019:お答え(つづき)
名前:コルト   日時: 2005/03/17 01:54:57

 ここで、重大なことに気づきます。結局僕が今書いたことは、世の中の人が皆やっていることなのではないか、と。それはそうなのですが、ここまでくると、僕にとって少し意味合いが違ってきます。なんらかの社会貢献をしようと思い、それをしたとして、たとえ自分の望むほどその功績が他者から評価されなかったとしても、その功績は大きいものだとして自分が「誇り」を持つこともできるでしょう。
 これらは結局「机上の空論」であるかもしれませんし、しょせんは青二才の寝言にすぎません。あまり真剣にとらえないでください。
 それに、家にいて寝ながらテレビを見るといったようなぐうたらな生活でも案外「幸せ」につながっているかもしれません。「幸せ」のとらえ方は人さまざまでしょう。
 ただし、人をだましたり、傷つけたりして感じるような快感は、「幸せ」には程遠いものでしょう。結局これらは「人」に依存しているものであり、最終的には自分で自分の首をしめることになるからです。

(2)赤裸々に話しますが、本当に何もしていません。毎日テレビを見たり、パソコンをしたりして、両親から怒られています。僕は偉そうなことを言っていますが、実態はこんなものです。どうぞ、笑ってください。

(3)鏡を見る回数は普通の人と大して変わらないと思います。一口に「細長い」などと言っても、程度の問題です。面長の人でも美人はいますが、僕はそうはならないようです。これは、直接お会いしないとわかりませんが、それは無理でしょう。
 駄文失礼しました。



4018:お答え
名前:コルト   日時: 2005/03/17 01:52:03

 白馬さん、書き込みありがとうございます。正直、今年の初めは暴言続きで、白馬さんも僕に対して愛想が尽きたろうと思っておりました。さて、ご質問にお答えしたいと思いますが…。

(1)この問題は、僕にはものすごく答えづらいのです。まだ弱冠20歳の僕が「人生を見切った」とばかりに偉そうなことを言える柄ではないのであります。それに、僕自身、「真の幸せ」たるものが何であるのかは、知りませんし、今はどうしても知らねばならないことではないと思っています。これは後になって、徐々に体得していけばよいものと思っています。(トルストイなり、ショーペンハウアーなりの「哲学の本」にはそれぞれの答えが書いてあります。)
 しかし、いくつかの本を読むうちに、少しわかったことがあります。ひとつは、「幸せ」というものがそれほど単純なものではないということです。例えば、お金をたくさん持っているとか、恋をしているとか、結婚したとか、うまい物をたくさん食べたとか、立派な家を持っているとか、そうしたことが必ずしも、直接に「幸せ」にはつながらないようなのです。それは「金持ちには悩みが多い」とかいう内容が本に書いてあることなどから、判断されます。
 もうひとつ気づいたこと、これも単純なことですが、他人から賞賛されることによって得られる幸福は、瞬く間に失われてしまう危険性が高いということです。これは、他人の評判というものは、良くなったり悪くなったりしてあまりに流動的で、そこに「幸せ」の地盤を築くのは難しいということです。
 これらをふまえて、またショーペンハウアーの挙げた「三つの財産」を学んで、僕はやはり幸せは「人のあり方」に関わる「何か」ととらえたいと思います。ここからは、さらにいい加減になりますが、僕は、今のところ、「幸せ」は自分がここまで何かをやり遂げた、やったぞ、というような自らの「誇り」に関係するものだと思っています。それらの「功績」が大きければ大きいほど、「幸せ」は大きいでしょう。
 この「功績」は、今の僕にとってみれば、どのような内容でもいいのであります。トルストイの言った「他者への愛」は、これに含めることができるかもしれません。この「愛」は、他人から愛されるかどうかということよりも、自分がどれだけ他者を愛しているか、これが直接の「幸せ」につながっているのだと思います。僕のような消極的な人間は、何かに没頭する、まい進することによって、「功績」を獲得することもできるわけであります。または、修養を積むことで道徳的に優れた人間になろうとすることも立派な「功績」なのだと思います。その他、「功績」は実に無数にあると思います。




4017:びびびのの言葉の意味が持つものは終わらない気がする。
名前:びびびのフィードバック   日時: 2005/03/17 00:32:46

NHK、及び管理の方へ。お疲れ様です。そしてメッセージを。

NHKの近頃の番組を見れば、数多の労働問題に言及する番組がかなり集中して増えている気がします。心の問題から社会、労働の問題までが一直線に繋がっている。そこに何かを見いだしている気がします。(労働側からはあらゆる面で「フリーター漂流」と題するドキュメンタリーが一定の評価を得ています。ひきこもり、ニートと労働のとの間に潜む何かが映し出されている点で。)

その中に、いかに若年に労働を促すか、というテーマにおいて、ニートやひきこもり、社会不安障害に相当するテーマがしばしば出てきます。

働く事が解決だろうか?働く事は良い事だろうか?

フリーターの問題だろうか?ニートの問題だろうか?ひきこもりの問題だろうか?フリーターの抱える問題はなんだろうか?ニートが抱える問題はなんだろうか?ひきこもりが抱える問題はなんだろうか?

これから、労働を一定の柱にして、これらの問題を番組として扱うのなら、切実で誠実な形で取り扱って欲しい、と、ただただ願います。

あらゆる情報が上手くリンクする様に、上手く連携します様に。問題の本質がズレない様に。

撮影の対象者がその後どうなったのか(しゃべり場のあの子は?スタジオに集った人々は?その後は?)。撮影の対象者にとって少しでも良い意味であるように。

言いたい事は山ほどあります。全ては言えませんが、どうか良い番組を。何事にも誠実な積み重ねを。キャンペーンと打たなくても続く継続性を。違う分野との融合を。連携を。結び付けを。 

ここではお別れで、終わりですが、今でも問題が続く人は存在し続けます。NHKは放送局です。放送局として、社会に対して、人々に対して何ができるのか。よろしくお願いします。よろしくよくよくお考えいただきたく思います。




4016:しつこく続く本の話
名前:コルト   日時: 2005/03/17 00:20:05

 僕はつい少し前に、ショーペンハウアーの本を読み、強く動かされたことを書きましたが、だからこの本を他の方に推薦するのかというと、そうではありません。なぜなら、この本には、非常に過激な内容や、時代から外れた部分があるからです。ある意味、この本は劇薬とも言えます。それに、よく見てみると、僕ごときでも「ここは矛盾しているのではないか」と思える部分がいくつか見られるのです。しかし、その点に目をつぶってみると…、この本は、僕にとって、いい本です。
 正直言って、僕はこの本の論理の細かい部分は詳しく理解していません。流し読みしています。論理の整合性などは、僕にとって難しい問題ですし、この本が一般向けである以上、著者自身も細かな論理について我々「愚者ども」にあれこれ言うつもりはなかったと思います。
 僕はこの本を読むとき、適当なページを開いて、著者が強調して言っている部分に注目します。その部分を見ていると、時折、僕が「よく言ってくれた!」と快感のあまり叫んでしまうようなところに出くわすわけです。
 この読み方は、「ロビンソン漂流記」に書かれていたものをそのまままねしました(主人公は聖書を読むとき、このように読んでいました)。僕は海外文学、それも古典が大好きで、本屋に行くと真っ先にカタカナの著者の本が並んでいる所に飛んでいきます。海外文学と書けばキザですが、僕は、実はそんなに難しい本を読んでいないのです(例えば、ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」(柳瀬尚紀訳)の内容をチラッと見たとき、卒倒しそうになりました)。僕が手にとるのは、とてもかわいらしい本、「ロビンソン漂流記」「ガリヴァ旅行記」「海底二万海里」「宝島」などです。ただし、これらの本は案外と馬鹿にできません。僕自身が馬鹿にされてもやむをえませんが、これらの古典がののしられれば、口角泡を飛ばして抗議するのであります。
 僕が大好きな本は「三国志」と「レ・ミゼラブル」です。特に後者は、万人におすすめです。この本の最後の部分では、感動して涙が止まりませんでした(その後泣き疲れてすぐ寝ました)。本当の話です。僕は本を面白く読めばその本を何度も読み返す癖があり、数日後に「レ・ミゼラブル」の最後をまた読んで泣いておりました。
 何を書いてるんでしょうか。



4015:フィードバック
名前:びびびのフィードバック   日時: 2005/03/17 00:07:37

終わりの季節だからでしょうか。

大阪で僕がお世話になった「しごとふれあい広場」も一か所に統合されます。その片方は、非常に自由な雰囲気で、しかもその空気はひきこもりや社会的な弱者、迷い人にも暖かい場所でした。終わるというのは、その性格や効率の悪さを管理元が嫌い、全く就職効率一本に絞った施設にする方向での一本化なので、事実上の終了なのです。スタッフの方もいったんの解散、その後自身はどうなるかまだ見当もつかないとか。

寂しい限りです。世の中は同時的に似た様な事が起こる進行するというのが持論ですが、どうも今年は様々な場所で、この問題に関連する、団体個人施設がかなり閉鎖される様な話を聞きます。

そうして増えるのは「とにかく働く」という事に結び付ける動向です。それが今現在の「どうにかさせたい」側のニーズの様です。

引きずり出す様な事はしない。が、しかし、社会と接する事の良さ、働く事の良さを懇々と、延々と説得し始める(社会が、公が)。公的機関による積極的アウトリーチの開始。これから、ひとまず今年は(卒業のシーズンから入学のシーズンに向けてをこれからとして)、そういうのがやはりキーワードになるようです(多方面からお聞きしました)。

なにか動きだそうとする方へ。動き方を考えている方へ。僕から言えるのは、公的機関の施設はそのような傾向に向かいつつあると言う事です。それしか言えないのですが…。




4014:失礼しました
名前:コルト   日時: 2005/03/16 23:25:11

 妖精と天使のさんへ。
 書き込みありがとうございました。後になって気がついたのですが、僕は妖精と天使のさんに失礼なことを言ったかもしれません。
 それは、「あっちこっちに行けません」という所の意味を僕が長々と書いた部分です。これは話の核心の部分からずれている、いやわざとずらしたのだ、と後に気がつきました。(正直、これは僕の傲慢さから来る悪癖で、自分の多く持つ短所のひとつであります。)そこで、より誠実にお答えしたいと今思うわけです。
 僕は昔は、スーパー、コンビニなどにも比較的抵抗無く行くことができたのです。少なくとも1年半前までは。それがなぜか、行くことができなくなってしまいました。原因は…、ショックを受けることが一時期集中したからでしょうか。もっと言うと、自分は不運だったのです。
 最近になって、僕はようやく「動き」始めました。この前にはスーパーに行ってみました。英会話スクールもその一つです。出来る範囲で、何とかしようとはしています。
 ところで、妖精と天使のさんは家族について、おっしゃっていましたが、確かに、僕は家族に恵まれているかもしれません。正直、僕も自分の家族について不満はありますが、僕がピンチになったとき、いつも父と母は、僕を助けてくれたことは、確かです。今さらながら、僕は両親に感謝するのであります。

 藤野すみれさんへ。
 返信ありがとうございました。20歳の若造ながら、本を長々と紹介し、失礼しました。もしかすると、気分を害されたかもしれません。
 「運命の顔」の紹介について、感じるところがありました。買うなり借りるなりして、読んでみたいと思います。有用な本の紹介をして下さり、ありがとうございました。




4013:投稿を振り返って
名前:不思議な人生になってしまった   日時: 2005/03/16 22:33:02

私はこのキャンペーンが始まった2002年当初から書込みをしていました。
ちょうどその頃はまず母が親の会に行き始めて、更に初めて、「私の第1変化」がその年の8月に有ったばかりの頃でした。2002年からの書込みを振り返って今日読んでいました。今思い出すとあれでそれなりに終わっていたつもりだったのですが、こうやって又今年、それも最近「駄目押し」が起こった後だとあの当時でもまだ終わり切ってなかったのか(笑)、と自分でも可笑しかったりします。
その当時は以前よりははるかに楽になれた方だったので、その嬉しさで一杯だったのを覚えてますが、まだ外に出て働くこと、習い事をすることなどカウンセラーに勧められても躊躇していました。元々は母親が親の会には通い続けていて、「一度保健センターの先生に就職に対する悩みなんかを改めて相談してみたら?」と言われたのがきっかけで精神科医の先生と会ったんだけど、自分の中では「親にちゃんとまだ自分に起きたことを理解してもらっていないから、それも兼ねて行ってみようか」という程度の気構えでした。それが、こんな決定的なことになるなんて、ほんの2ヶ月前でさえ想像していませんでした。
さっき教育テレビの斎藤環さんと石田衣良さんの対談を偶然観ましたが(放送自体知りませんでした)、「両親」というキーワードとCさんの体験記の核心部分を番組内で語っているのはとても説得力がありました。(私はCさんに助けられてばかりですね。)今までも引きこもりをNHKでは多く取り上げたと思いますが、ここまではっきり「両親に気持ちを吐露する、または両親から子供に真摯に受け入れを表現する」ということが引きこもりの核心部分であると、番組内で説明したことは無かったのではないでしょうか。
それも正に私に最近起きたタイムリーなことでもあったので、とても感慨深いことでした。何でしょう?この偶然の重なりは(笑)。こういう体験をすると、「偶然の力?」というのを感じさせられます。
軽く観ちゃいけないというか、侮っちゃいけないというか。それでもその偶然は降って湧いて来るというより「人事を尽くして天命を待つ」じゃないですけど、正に番組内でもあったように諦めずにぶつかり合って、その結果時間が変化を与えてくれるかも?(あくまで、確定的でなく、”かも?”が大事なようで・・・)。
私のこの流れも、何時も私が先に理解が進んじゃってた後で、両親の準備が出来たことでの『タイミング』だったの”かも”しれません。不思議ですね。



4012:4004:つくしんぼさん・4008:藤野すみれさんへ。
名前:本間かいな   日時: 2005/03/16 22:30:38

…僕はこのNHKの掲示板を訪れた人たちだけに再会の掲示板を利用してもらいたいと思っています。だからこの掲示板を訪れた当事者間だけでトラックバックという機能を使うのはいいと思いますが・・・本間さんはどう思いますか?

→なるほどそうですね、トラックバックは当事者間だけでいいですね。了解です。

あと「参加者」のことなんですが、つくしんぼさんはつくしんぼさんの考えるように、これまでの「仲間」のための再会の場であっていいと思います。俺の方はブログを作って始めた成り行きのまま、「俺の日記」という感じになっています。そんで「コメント」の欄で自由に書き込みして下さい、と思っています。俺は新しい「お客さん」にも来てもらって構わないと思っています。荒らしでなければね。

やっていくうちに「色」がついていってそれぞれのHPの「味」が出てくればいいんじゃないでしょうか。って先のことはわかんないけどね。

そんで藤野すみれさんへ。
ごめんなさい、せっかく来てくれようとしているのに辿り着けないなんて俺のバカ。→対策をいくつかあげてみますね。

(1)つくしんぼさんのHPに載せてもらった俺のコメントがあります。新しいものには俺の名前「本間かいな」の下に線があってリンクができるようになっています。これが一番手っ取り早いと思います。

(2)検索エンジンをいろいろ変えて試してみる。M○NとかYa○oo!とかだとヒットするかも。検索エンジン(会社)を探すのは、それも検索で探せます。




4011:そうなんですね。。
名前:自由   日時: 2005/03/16 22:28:43

なかなかPCにゆっくり向かう時間なくて、久しぶりにきてみたら、もう皆さんとお会いできないなんて、驚きました。
ほんの少しのおつきあいでしたが、考えたこととか、感じたこととか、すごくたくさんありました。
ここにきて、皆さんに出会えてよかったです。
ここがあってよかったです。



4010:コルトさんに聞きたいこと
名前:白馬   日時: 2005/03/16 10:28:07

今年度もコルトさんの書き込みを見ることが出来ると思いましたが、3月までということになってしまい少し残念です。
最後に2,3質問に答えてくだされば幸いです。

(1)人は考えることなしに得ることは出来ないと言われていましたが、現時点の段階でコルトさんが考えている「真の幸せ」とはどのようなものですか。

(2)自分は年中休日みたいなもので大学へ行くなどする以外は家でごろごろしている、とのことですが、それはほんとうですか。実は将来に海外で活動するために何かちょっとした行動をされているのではないですか。

(3)自分の顔を見ると心に負担を感じるなどとありますが、これは家では鏡を見ないように生活しているということですか。細長い顔がなぜにそこまで気に入らないのかがよく分かりません。僕から見ると羨ましい気がします。




4009:やる気
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/16 10:22:03

一人でいるときは、外で習い事や勉強などしてみようかと、やる気が出てきたり、調べて夢見て気分が上向きになったりします。でも、習いに行った先の先生や、周りの人たちとも、決して打ち解けられない事を知っているので、実行に移せません。
また、やる気に燃えてきても、それと関係のない誰かとやり取りがあっただけで気分がふさいで、やる気がしぼんでしまいます。打たれ弱い自分が情けないです。
楽器の演奏とか、パソコンとかプロに習うほうが上達するだろうなと思うのですが、踏み出せません。
自分で自分の可能性を狭めている事はわかっているのですが。
できない、と思ったときから脳が働くのをやめるそうですね。
スピードスケートの岡崎朋美さんが「諦めが限界を作る」と言っている記事を読みました。それで、自分の学生時代のことを思い出しました。
試験のとき、難しい問題にぶつかっても、絶対に「どうしよう、わからない!」とは思わないようにしていました。そういうときこそ、鉛筆置いて深呼吸して落ち着いて考えるようにしていました。だめだ、と思ったらおしまいだと、あのころは最後まで粘るほうでした。いつからこんなにあきらめるようになったのだろう。
まだ人生半分残っているのに。



4008:本間かいなさんへ
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/16 09:57:39

本間さんもHP作ったんですね。おめでとうございます。
でも、本間さんのHPには私はたどりつけませんでした・・・。どうしてでしょうか。
皆さん、着々と卒業の準備ですね。



4007:まるひこさんへ
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/16 09:53:35

まず、NHKさん、れんらくばかりでもうしわけありません。
まるひこさん、サンデーソングブックですが、20日は私は用事ができて聴けなくなってしまいました、残念!タイマーもないし仕方ないです。そうなりそうな気はしていたのですが、ぐずぐずしていた自分のせいだからしょうがないです。外出先にポケットラジオを持っていって、聴く時間があったらトライします。
きょうはあったかいですね。では!



4006:つくしんぼさんへ
名前:藤野すみれ   日時: 2005/03/16 09:36:54

つくしんぼさん、私のために貴重な時間を使って教えてくださいまして、本当にどうもありがとうございました。だいたいわかりました。とてもわかりやすい説明で、パソコンインストラクターに教えていただいているみたいでしたよ。
不安がかなり解消されました。あとは、私も勉強してみますね!
つくしんぼさんも、こんなにコンピューターを扱えるなら事務のお仕事など、どーんと来い、と言った感じですね。実力的に。
私も習いにいってみようかな・・・。公民館のは行った事あるのですが。

本当に見ず知らずの私にこんなに親切にしてくださって、ありがとうございます。じーんとしてしまいました。
こんなに良い方がなぜ苦しまなくてはいけないんだろうって悲しいです。




4005:いじめは絶対に悪。
名前:バラード一番   日時: 2005/03/16 06:54:04

昨日のNHKのひきこもりの番組を見て思いました。「いじめは絶対に悪。どんないい訳も通用しないし、苛めた人間がその後、苛めたことを後悔したところで許される問題ではない。一人の人間の人生を時間を全ての青春を奪った罪は重い。そして、今もまだその苛められた人間はうえつけられたトラウマと闘い続けている。それを苛めた人間達は見ているだろうか?あなた達は地獄に落ちるだろう・・いずれ。」
不幸にも悪そのものに出くわしてしまい、苛めにあわれ傷をおい、トラウマと戦わねばならなくなった全ての方々が、癒され解放されることを切に願います。
そして、そうした方々がこの先輝かしい人生を全うできることも切に願います。
私は感受性が強い子供でした。そして、私は不運でもありました。素晴らしい教師に出会うとその教師は、急に他の学校へ行ってしまったり、素晴らしい友人にめぐりあえたら、家の都合で転校してしまったり。
私は人に恵まれなかった。悪い影響を受けすぎました。人を信じる事ができる人間は素晴らしい人間に出会っているはずです。
自覚していないだけで。
自分のアイデンティティを確立する時期に確立できなかった・・
頭では理解しています。要するに他人の影響を受けないー自分の境界線を保つことーが出来るか出来ないかだと思います。
そうしたことは、おそらく考えてしていることではなく潜在意識として行われているものだと思うのです。



4004:こんばんは
名前:つくしんぼ   日時: 2005/03/16 05:28:48

とくめいさんへ

とくめいさんは十分頑張っていると思います。
だから少しずつ・・・ゆっくりと・・・とくめいさんのできること(どんな些細な事でもいいので)を探してみて、もしそれが”できるかも”と思えたらそれを続けることが大切かもしれません(それが難しいんですけどね)。

僕も会社で雑談の輪の中に入っていけないので浮いています。仕事でわからないことがあってもなかなか聞けません。だから怒られてばかりいます。お客さんからの電話も怖いです。それに僕がトイレなどで席を離れると笑い声が聞こえてきます。僕のことを笑っているのかもしれないし、そうじゃないかもしれません。だけど、どっちみちその場にいるのがつらいことにかわりはありません。

「saikai-no-keiziban」を検索のキーワードとして検索してみても開かない場合なんですけど、そのときはその「見つかりませんでした」という画面の下のほうに緑色の文字で「MSN サーチ (beta) で'saikai-no-keiziban' を検索!」というところがあると思いますので、そこをクリックしてみて下さい。
とくめいさんには、ぜひ再会の掲示板に来て欲しいと思います。待っていますね!

藤野すみれさんへ

気にしないで下さい。心配事がなくなったら、ぜひ書き込みしてくださいね。

それで、再度HPを訪れた時にハンドルネームが残らないようにするということについてですが、それは再会の掲示板でハンドル名等を入力するところの右側に「この情報を登録する」というのがあると思いますが、その四角のところにチェックマークをいれなければ大丈夫です。

それから、HPへアクセスするとそのPCに履歴が残りますけど、このNHKの掲示板にアクセスした履歴はいままでどうしてましたか?もしいままで、インターネットを終了するときに見られたくない履歴を削除していたなら、同じように再会の掲示板の履歴を削除していただければ大丈夫だと思います。またそれとは別の方法で最初から履歴を残さない方法があるみたいなんですが・・・もしよろしければ今度説明させて頂きますけど、どうしますか?

本間かいなさんへ

「トラックバック」という機能についてちょっと相談なんですけど、それを使うといろんな人にHPが知れ渡ってしまうことになるので、できるだけ僕はそれを使いたくないと思っています。消極的な考え方かも知れませんが、僕はこのNHKの掲示板を訪れた人たちだけに再会の掲示板を利用してもらいたいと思っています。だからこの掲示板を訪れた当事者間だけでトラックバックという機能を使うのはいいと思いますが・・・本間さんはどう思いますか?




4003:「ハジメさん」の言葉のために
名前:K   日時: 2005/03/16 05:27:18

 はじめて投稿させていただきます。
 きょう、金髪の「ハジメさん」のNHK番組をたまたま目にしてこのホームページを知り、みなさま方のお言葉を拝見させていただくと共感または勉強させられるところも少なくなく、この実りある「レッツトーク」が終わってしまう前に何か言っておこうと思った次第です。みじかい間ではございますが、ぜひとも何かご返事をいただければと祈りながら、読んでいただきやすいように書くつもりでおりますのでよろしくお願いいたします。
 番組の終わりかけをちらと見ただけで恐縮ですが、ハジメさんが居酒屋でうまく会話に乗ることができず黙々と食べているところをみて、何だか自分を見ているような気がしたんです。初対面の人とのおつきあいよりも、むしろ親しくなってから相手が怖くなるという彼の言葉もわが言葉のようでした。が、斎藤環さんと石田衣良さんにおかれては、そんなことわざわざテレヴィに出てきて言わなくても誰だってわかってるのにと、臨床経験を積まれたプロとはとうてい思われない彼らの言葉にうんざり致しましたけれども、みなさまはいかがでしたでしょうか。私の「好きなもの」は蓮實重彦ですが、そうした趣味に没頭しすぎたり、「変わりたい」と思って可能性を試しすぎたりして就職を遅らせた私のような人々も少なからずおられると思うのでこう申しました。
 申し遅れましたが、私は国T浪人という名目のもとにパラサイトする27歳、女性でございます。終日勉強してますから当然建造物にひきこもりがちで、人付き合いは下手でも司法修習生の恋人がおり、とくに外出するのを恐ろしいと感ずることもない人間でございます。毎日働いているフリーターに課税するなら、私のようないわばブルジョワ・ニートにも当然、制裁として重税を課すべきだと思っているのですがこの案はいかがでしょうか。
 「NHK厚生文化事業団」のホームページの「ダイジェスト映像」のなかに出てくるひきこもり経験者の方が、「充実したひきこもり」をしたなどとおっしゃるので、これには思わず失笑してしまったのですけれども、と同時に今の自分も彼のいわれる「充電期間」にあたるのではと思いました。
 いろいろとお書きいたしましたが、私の目的は自分の意見を申しあげることよりも、ご返事をいただいて「ひきこもり」と呼ばれるものに関心あるいろいろな方々の言葉を読むことにあります。実際に皆様の言葉を読んでとても勉強になったからです。暗記したり、論文を書いたりする勉強とは種類を異にする勉強です。一歩外に出たら少数派とみなされたと感じてしまいがちかもしれない方々が、ここでは圧倒的な多数として見えない集団となって連帯の輪をひろげています。馴れ合いだと笑ってるのではありません。そうして強く結び固まった言葉たちが、こうした公の場で外気にさらされながら、あたりに漂い出そうとしているということの意義はこの上なく大きいと思うのです。この「フリートーク」を読ませていただいて、「ニート」と呼ばれはじめたものたちのよき理解者だと思い込んでいた私は、それを理由のない思い上がりだったと撤回せざるをえなかったのです。そしていま、ここに書かれつつあるとりとめもない言葉たちは、そういった貴重な経験を私にもたらしてくれた掲示板の作者たる皆様へのふかい感謝にほかなりません。こんなつまらないものをお読みいただいた方にも重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。



4002:ニート、ひきこもりからの回復
名前:やや   日時: 2005/03/16 04:39:53

私は34才の独身女性です。
20代は実質、ずっと引篭もりでした。

30歳にして初めての正職員としての就職。
社会生活が乏しかった為に職場ではいじめに遭い、
苦労しました。

それでも3年半、介護職として働きましたが、同僚との確執で、仕事に熱意が抱けなくなり…去年の夏に退職しました。
現在失業中です。

そんな私の現在までに至る奮闘記を
ブログにしてまとめました。
今、まさに苦しみの渦中にいる方、
私と一緒に抜け出してゆきましょう!




4001:私に何が起こったか 2
名前:不思議な人生になってしまった   日時: 2005/03/16 02:15:30

変化した決定的な出来事はこうです。
それまでには自分なりに気づかなかったいくつかの小さい変化があって、いい意味でいい加減さの度が増したり、「ま、いいか」が自然と口癖になっていたり。
徐々に自分の親に言いづらかった”感情”の方を出し始めていました(以前こちらに書いた「なじっているのに〜聞いて欲しいのよ!」もそうです)。
私は何度となく母親と話し合うことが増えていて、それはまず前提として「私がどうも何かメンタルの部分で引きこもりに共通するような、自分でも困っている問題を抱えているらしい(これは私の見解なので専門的な証明は専門家にお任せします)」と母親が理解しているということ。
この状態にないと、私に何が起きていて、それは一体どういうことで、そのことについて”自己肯定感”という無意識のものが関係していて、そしてその解決には両親に私本来の”感情”を吐露する必要があって、などという所までたどり着くことが出来ない。そうすると、『気持ちを受け止める』だのということが何なのかなんて話すことは出来ないし。
そうやって繰り返された母との会話のある日に、「ひきこもり体験記」のアルバイトCさんの文を改めて母に読んでもらい、「私は頭や理屈で話をしてしまう、それが悪い癖なんやね」と、ふと気づき、Cさんの文から「その時の会話で父が何気なく言ったひとことで、私は自己の存在が価値のあるものであることを感じることが出来たのです。それは『息子を分かってあげられないということで息子に殺されてしまうのなら、それは本望である』というものでした。」と言う部分を指摘して、「このニュアンスを親から感じ取りたいだけなんや、それでいいのに、解かりたいと思う、その姿勢だけでいいのに、それを感じ取りたいだけなのに!」と胸の奥から搾り出すような感情の部分を出して久し振りに号泣しました。私はカウンセリングを受けたりしているので、一時間近く号泣する経験は今までも有るんですけど、親の前では初めてでした。
そう母と話す前に、実は父ともやり合っていて、そこではまだ父は「普通の次元」というテーブルからは降りることは出来ずにいて、結局父が切り上げる形でその場は終わってしまい、父が家を離れた後号泣しまくったんですけど(それも久し振りで、自分でも父にかなり恐いながらも心を見せようとした証拠なんでしょう・・・)。多分それがあったので母に上のように話せたんだと思います。私は親とのそういったやり取りの歴史は長いので(私は自分に起こっていることを文献や心理学の専門書などを読んで理屈では分かっていたので、その内容を両親に訴え続けることを一度やり続けて、掴みかかる様な喧嘩とバトルは母が親の会に行く前にもありました)、父から”拒否”を経験して一度は両親に理解してもらうということを諦めていました。だから父に向かっていくことは無意識のうちにも恐かったようで、それを改めて決心する、腹を決めることが出来て今に至っています。それには改めて通っていた精神保健福祉センターの精神科医の先生の「両親が関係有ります」の一言がとても大きかった。私に親に向かって感情を出す”決心”をくれました。

兎に角、こんな出来事で私は産まれて初めての、そして普通の人と同じ居心地に居るようです。



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