かつて、私も引きこもり程ではないものの、登校拒否に近い状態だったことがある。さらに言うなら、まあいわゆる 「いじめ」 に近い経験、話しかけても無視されて、靴を隠されて、ラケットのガットを切られて・・・なんて事もあった。でも、だからって、
『私はそこから頑張って出てきたから、 「今」 があるのです。さあ、みんなも外へ出てみようよ、きっと何かが変わるよ。』 なんて・・・絶対言えない。
だって、心の奥では、ちゃんとわかっているでしょ、そんなの。このままじゃいけない、とか、どうにかしなきゃ、とかそんな思いがぐるぐる渦まいて、結局その
「思い」 が 「重い」 になって自分を責めて、がんじがらめで動けない。めんどくさい、苦しい、切ない、助けて、でも関わらないで、一人にして、一人にしないで・・・、って意味わかんないよそんなの。他人を渇望して拒絶して、いつ触ってもいいの?いつ触っちゃいけないの?そんなのバリアーみたいに色で見えるわけじゃないから、親だって兄弟だって先生だって近付けない。近付ける訳がない。だから、
「無理」 なんだって。本当の意味で、他人が他人を理解するなんて。でも!でも!!!だからって私は諦めない。諦めないで生きてきたし、生きている。無理だからこそ、努力をしたいと思う。そして引きこもっていたいなら、いたいだけいればいい。とも思う。誰だっていつだって、強い人だって、痛いものは痛い。心の傷は、血が出ないし、他人にもほら!って見せられないから、やっかいだけど、
「痛い」 のは誰だって、私だってそうだ。
私の友人で彼にふられてボロボロになっていた子がいた。 「振られたぐらいで」 なんて簡単に思わないで欲しい。信頼していた人からの裏切りと言えば悲観的だろうか。そのボロボロさは傍で見ていてもどうする事も出来ないほど痛かった。そして彼女は一度死んでみようかなと、スカイダイビングを試みた。どうやら飛ぶ前に
「これで死んでも文句は言いません」 的な契約書にサインをするらしいのだけど、その時点で何かが少し吹っ切れそして、飛び降りた瞬間に、 「私はいつでも手を離す権利があったんだ」
と悟ったとか。しがみついていたのは私だ。もういらない。そして 「そんなやつ」 の為に自分の命を落とすなんてもったいな過ぎる。と痛感したらしい。友人を引っ張り出すのも卑怯だけれど、
【引きこもり】 と一言で言っても十人十色。一まとめになんて出来ない。理由も甘えも悲しみも全部それぞれ違うのだから。でも、今の私に言えるのは、まあ、そんな野蛮な方法で人生立ち直った人もいるって事ぐらいかなあ。