2008年03月31日 (月)「いろいろ」(1616回定期)ではじまるメルクルの4月定期


■ 初登場から10年を経た、準・メルクルの成熟
 はじめて準・メルクルの指揮に接したのは「N響アワー」だった。妙な名前の指揮者だなぁなどと考えつつ見始めたものの、筆者がそれまでに聴いた《牧神の午後への前奏曲》のなかでも、トップ・クラスの名演であることはすぐに分かった。当時のN響はデュトワとの共同作業によって新しい時代を築きはじめたところだったが、メルクルの作り出すしなやかな音は、デュトワとは全く違った艶を持つものだった。

meurukuru.jpg その後、メルクルはN響の演奏会に定期的に登場するようになり、やがてはメンデルスゾーンやマーラーを録音するほどの「深い関係」へと発展していったのはご存じの通り。また、N響がピットに入った新国立劇場の《ジークフリート》《神々の黄昏》の圧倒的な演奏は、今でも語りぐさになっている。
 思い出してみれば、N響初登場の1997年、メルクルはマンハイム州立劇場の音楽監督というポストにあり、世界的には無名に近かった。しかしその後、彼はメトロポリタン歌劇場やウィーン国立歌劇場といった超一流の舞台に次々に登場するとともに、2005年からはリヨン国立管弦楽団、そして2007年からはライプツィヒ放送交響楽団の音楽監督に就任。わずか10年のうちに、世界の檜舞台で覇を競う中堅指揮者になっていたというわけである。

 さて、この準・メルクルが振る4月のA定期は、3曲がそれぞれ異なった性格を持った、カラフルな選曲。偶然かどうか定期の回数も「1616回」、「いろいろ」な曲があると告げているではないか(N響アワーの見過ぎか?)。

 

nakamura.jpg グリンカの《ルスランとリュドミーラ》は、痛快なショーピース、オーケストラの力量を図るリトマス試験紙、そしてロシアの豪快な冒険譚と、短いながらも複数の顔を持つ序曲。オーケストラ好きならば、誰もが自分なりの聴きどころを持っている曲だろう。続くラフマニノフの《ピアノ協奏曲第2番》は、独奏を務める中村紘子の十八番であり、今回も彼女の独壇場になることは必定。そしてメインは、20代のシェーンベルクが書いた《ペレアスとメリザンド》。ワーグナー風の壮大な響きを用いつつも音楽の性格は内向的、という奇妙な作品だけに、ややもすると冗長な演奏になりかねない難曲だ。メルクルは、昨年の9月、リヨン国立管の定期でもこの曲を振っているから(ドビュッシーの同名交響詩と一緒という面白いプログラム)、おそらくは魅力的な戦略を用意していることだろう。
 一方、C定期(1618回)は、今年で生誕100年を迎えるメシアンの《トゥランガリラ交響曲》。1時間半近くにわたって愛と死が交錯する大曲とあって、指揮者も演奏者も、そして聴き手もへとへとに疲れることは間違いないものの、うまくいけば最後には独特の恍惚が訪れるはず。日本が誇る世界的なオンド・マルトノ奏者の原田節、そしてピアノのピエール・ロラン・エマールという独奏者も素晴らしい。

■ オペラの俊英、ヴィヨーム初登場 
biyomu.jpg 一方、サントリーホールのB定期は、フランス人指揮者のエマニュエル・ヴィヨームが初登場。新しい顔ぶれが多数登場する今期のN響定期のなかでも、目玉の1つといえる。ヴィヨームは1964年、ストラスブールに生まれ、アメリカを中心にオペラの分野で目覚ましい活躍を遂げている俊英。2003年には、日本で二期会の《ばらの騎士》を振っているから、ご記憶の方も多いはずだ。まだ40代前半ではあるものの、オペラの豊富な経験を持つだけに期待度は高い。
 プログラムはドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》、N響ソロ首席奏者の店村眞積が独奏を務めるバルトークの《ヴィオラ協奏曲》、そしてサン・サーンスの《交響曲第3番》というもの。一見するとオーソドックスな選曲だけに、ヴィヨームの力がどれほどのものかをはかる格好の機会だろう。

                                                          (沼野雄司 ぬまの・ゆうじ 桐朋学園大学准教授)

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投稿時間:13:00

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