2010年01月22日 (金)N響初登場となるリリシズムの巨匠ビシュコフ~「音楽家は音を超えたものを求めなければならない」 藤田 茂


201002-nkyo1.jpg2月の定期には、熱烈なるリリシズムの巨匠、セミョーン・ビシュコフがN響の指揮台に初登場する。1952年、まだレニングラードと呼ばれていたサンクト・ペテルブルクに生まれたこの指揮者は、ソヴィエト体制下のロシアを去ったあと、アメリカからキャリアを再構築し、いまや同世代のなかでもっとも活動的な指揮者として、世界中の音楽ファンを魅了している。現在は、ケルン放送交響楽団の首席指揮者。大きく美しく弧を描くビシュコフのタクトが、精鋭ぞろいのN響からどのような響きをひきだしてくれるのか。待ちに待った組み合わせに、今から期待が高まる。

 

■定評あるショスタコーヴィチと棒さばきが堪能できるストラヴィンスキーのAプロ
Aプロの最初を飾るのは、すでにその解釈の深さに定評がある、ショスタコーヴィチ。レニングラード音楽院の大秀才であったビシュコフが、同じくレニングラード音楽院の恐るべき子どもとして知られた先輩ショスタコーヴィチの卒業作品、《交響曲第1番》を振る。ソヴィエト体制下の時代の空気を知るものが、あの懐の深い大きな表現でもって、この音楽の底にある人間の不安や希望にどのような声を与えるのか、真摯に向き合いたい。
そして、この《第1番》と組み合わされるのが、現代音楽の古典ともいうべき、ストラヴィンスキーの《春の祭典》。少女の生贄を春の神に捧げる、というのがもともとのバレエのテーマだから、音楽もまた強烈なダイナミズムを有しているのだけれど、もちろんそれだけではない。《春の祭典》は作曲家の緻密な計算のもとに成り立っている音楽だ。こういう作品こそビシュコフで聴いてみたいし、見てみたい。いくつもの声部を振り分けるビシュコフの棒さばきを堪能できる、またとない機会となるに違いない。

■濃厚なロマンチシズムに触れるBプロ
201002-nkyo2.jpgBプロには、ビシュコフならではの濃厚なロマンチシズムに触れることのできる、これまたロシア作曲家による2つの作品が並ぶ。1つはラフマニノフの《ピアノ協奏曲第2番》。ソリストとして迎えるのは、1977年生まれのロシア人ピアニスト、アレクセイ・ヴォロディン。まだ30代前半ながら、着実にファンを増やしている有望株である。ロシアの鐘の音を模したピアノのソロに始まる、雄大な音の波。ビシュコフのタクトが、この波をどのように盛りたてるのか、期待が集まる。そして、これとカップリングされるのがチャイコフスキーの《交響曲第4番》。これは、結婚生活が破たんするとともにメック夫人との奇妙な交際が始まる、チャイコフスキーの人生の転機に書かれた作品である。深くロシア的でありながら、ドイツ流の交響曲の原理に対する鋭い洞察が含まれる《第4番》は、ビシュコフ自身の音楽家としての歩みに重なる。N響がさまざまな指揮者と何度となく演奏してきたこの作品を、ビシュコフはどのように表現するだろうか。

■愛をキーワードとしたCプロ
Cプロでは、ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》から「前奏曲と愛の死」、そして、これにつづいて、マーラーの《交響曲第5番》が演奏される。前者が愛ゆえの死であるならば、後者は愛ゆえに生きようとする人間の生きざまを描く作品といえようか。いずれも愛をキーワードとした、ドイツ後期ロマン派のきわめてメッセージ性の強い音楽である。オペラ指揮者としても積極的な活動を繰り広げるビシュコフが、これらの作品を通して、何を語りかけてくるのか、とても楽しみだ。
ビシュコフはさるインタヴューのなかで、こんなことをいっている。「音楽家は音を超えたものを求めなければならない。それは地平線のようなもので、一歩踏み出せばまだ遠ざかる。だから音楽家の仕事には終わりがない」。決して到達できないがゆえに求めずにはいられないものがある。2月の定期演奏会は、そのプログラムを見ても、マエストロ・ビシュコフの音楽家としての、また人間としての姿勢が存分に現れる、濃密な演奏会になるに違いない。

(ふじた・しげる 音楽学・東京音楽大学講師)

 

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投稿時間:10:37

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